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ちげーよ

 慌てて、"首筋"に手をやる。どくんどくん、と心臓が脈打っている。まさかまさかまさか……昨日言っていた、蚊みたいなものだと。蚊は刺している時、人間は気づけない。その痒みを喚起させる唾液により、麻酔をかけられてるから。吸血されていても、されるがままで――!

「吸ってないよ」

 軽い言葉に、全身にかいていた冷や汗が止まり、ため息が漏れる。もちろん確証はないが、その軽い言い方が逆に信憑性を持たせていた。

 一応触ったそこから、穿たれた穴の感触はなかった。

「ったく、ビビらせんなよ……あー焦った。ったく、お前なんのつもりで――」

 見て、今度は俺がきょとんとする順番になった。

 宮藤は頬を、膨らませていた。不機嫌ですと、言葉なしに主張するように。まるで子供だ。

「……なに頬膨らましてんだ、お前」

「むー」

 頭が痛い事態だった。ここまでくるとこいつは人に頭痛をもたらすためにやってきたようにすら感じる。朝っぱらから、ホント勘弁してほしい。

「……なにが不満なんだよ。聞いてやるから、言ってみろ?」

「またひとのことバカにした」

 また、も、バカ、も気にかかる単語だった。

「バカにした? 俺が、お前を? いったいいつだよ?」

「いま」

「……だから、俺がいま、どうお前をバカにしたって言うんだよ?」

「血を吸うって」

 メガネを押さえる。

「……吸血鬼だろ?」

「化け物じゃないもん」

「……そりゃわかったって」

「そんなむやみやったらに、吸わないもん」

 やっとわかった。なにが引っ掛かってたか。

「あー……そうだな。でも、あ、うん、悪かった」

 いろいろいろいろ言い分はダダ漏れそうになったが、結局押しとどめて謝っておくことにした。まあいろいろいろいろ回り道して考えて結論付ければ俺が悪くないこともないかもしれないし、それになにより男女の考えの差は埋めようがないと実証済みだし。

「ま、わかればよろしい、うんっ」

 腕組みながらだがなんとか納得いただけたようだった。それに複雑なものを抱えながらも安堵し、ベッドから足を下ろした。さてまぁ着替えて、顔を洗って飯を食って歯を磨いて、がっこいこう。そのまま、ドアの方を向いた。

 ヒいた。

「…………」

 そこに、半開きになったドアにもたれかかるようにこちらを見つめる"水戸"と、目が合ったから。

「…………なにやってんだ、お前」

「兄じゃ……なぜにおなごが、部屋におるのじゃ?」

 ビクッ、とした。肩が跳ねた。だけど動揺はそれだけで、他はなんとか抑えることに成功した。

 震えそうになる声だって、押忍の精神だ!

「いや、勘違いすんなよ水戸? これは、あれだ。ちょっとこのお姉ちゃんがその……」

「えっへっへぇ」

 うまい言い訳を考えてる最中になにへらへら笑ってんだこのバカ吸血鬼はっ!

「あ、兄じゃ……」

「いや、う、後ろは気にすんなよ水戸? その、あれだっ。これはその……た、単なる間違い――」

「なにが間違いなの、いまふみーん?」

「っせぇッ! いま妹と大事な話してんだから話しかけんじゃねぇっていうかなにお前背中にぴったりはりついてな、ない胸が、胸が、胸がひっついて……!?」

「あ、あ、あ、兄じゃァ……っ」

「いやそのちが水戸あの俺はそのお、押忍の精神で、気合いが、根性で……!」

「むー、今史? 今のちょっと酷いよ? そりゃ確かに無いけど、ボクだってその辺気にして――」

「お前らまとめて黙ってろォオオオ!!」

 こんなのは、武道家じゃ――俺じゃねえ!


 女と一緒に朝飯を食って、そして登校する羽目になるだなんて、悪夢だった。こんなこと、俺の人生には訪れないと思っていた、というか望んでいなかった。繰り返しだが、こんなの断じて俺じゃ、ない。

「ハァ……」

「今史、いっつも頭抱えてるね」

「気にするな……趣味みたいなもんだ」

 前を見なくても、ある程度気配でどうなってるのかぐらいわかる。だから人通りも横断歩道も信号機も問題はない。問題はどちらかというか、鞄を後ろ手に持ってうっきうっきスキップしながら短いスカートひらひらさせて楽しげに俺の隣をいく人外の女生徒だろう。

 ああ、可愛いさ。もう見慣れてきてるからて飽きることもないしもっと言えば今みたいに見なくても雰囲気とか気配ですら可愛いんだ。そりゃ役得だって割り切りたい気持ちだってあるけど、だけど周りから突き刺さるような視線がそれを許しちゃくれないんだ。

 ああ、わかってるさお前らが何考えるかなんて。なんだありゃ? 白柳が、女の子連れて登校してる? しかもなにあれ、めっちゃ可愛くない? どゆこと? 彼女か?

 ちげーよ。


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