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トマトジュース

「ま、気にすんなよ吸血鬼。水戸は人見知りハンパじゃなく激しいから、俺以外の人間にはなっかなかなつかねぇし」

『きゅうけつき?』

 やっべ、と思った。どうかしてた、俺。その場にいる当人と俺を除く三人の声が、ダブっていた。油断もなにもいいところだった。

「や、いや……きゅ、キューケッキって名前なんだよ、こいつ。実は。外人だから、ミドルネームって奴? クディア=キューケッキ=エリ……なんとか。だからきゅうけつきじゃなくて、キュウケッキな。な、キューケッキ?」

「うん、わたしキューケッキっ」

 ますますわけわからん女だった。いきなり不条理な名前を押しつけられて、むしろ愉しげにしている。本当に嬉しいのか、むしろそういうの突きぬけてただ面白い展開だったから良かったりするのか? どうでもよかったが。

「そうか、キューケッキさんか……世の中には色んな名前があるもんだな、なぁ母さん」「えぇ、そうですね。ならわたしたちもこれからキューケッキさんってお呼びしようかしら?」

 さすが我が両親、突きぬけていたその辺は。助かることこのうえなしだった。

 なんて。

 あるいはそういう他人の事情に深く首を突っ込みたがらない性格だからあえてここは乗ってくれた格好なのかもしれなかった。もしくは事情があると察して、気を遣ってくれたのか? 本当のところは、神のみぞ知るといったところだった。

「そ、そうだな。それがいいんじゃないか? じゃ、二階に行こうぜ、キューケッキ?」

「うん、そうだね今史っ」

 やり返しとばかりに人の名前を呼び捨てするのはやめて欲しいところだったが、ここを離脱することが最優先事項だった。ニコニコしながら手を振る両親の間をすり抜けて、居間をあとにする。最後にこっちをむー、と睨むようにする水戸の顔が見て取れた。

 そういえば結局、うがい出来なかったな。

「で? 暇だからきたのか?」

 バタン、とドアを閉めて、中に入る女人に語りかける。振り返ると宮藤はソファーの上にあぐらをかいてちょこん、と座り込んでいた。

 ――だからスカートで、そういう恰好は心臓に悪い。

「ちがうよ」

「いやだからお前少しは恥じらいってものをだな……いまなんて?」

 たとい動揺しようが、聞き逃してはいけないものは弁えている。

「ちがうっていったよ」

 今夜の宮藤の声は、静かだ。いや普段からそこまでわーぎゃー喚いているわけじゃないが、抑揚とか声の調子とか雰囲気とか。そういうものが、こちらにそう感じさせていた。

 ハァ、とため息をはき、とりあえずメガネでも直してみた。気分を変える、という意味も込めて。

 今度はどんな厄介事を持ってきたのだろうか?

「違う、のか。そうか、じゃあ今日はなんで来たんだ?」

「今史が危ないから、きたんだよ」

 いつもの笑みも作らず、真っ直ぐ、真摯にこちらを見つめてくる。そこからは感情は読みとれない。もっといえば、感情が感じられない。

 唐突に、

「お前、普段どこでなにしてんだ?」

 口をついて出た問いかけに、宮藤は口を三日月形に歪めた。

「――知りたい?」

 嗤ったのだと、思った。

 なぜかはわからなかったが、なぜかそれはこちらの興味を引くものだった。

「とりあえず、ホレ」

 手に持っていたものを、宮藤に投げる。それを宮藤はぽかんとした表情で、なんなく受け止める。やっぱこいつ、運動神経いいな。

「なに、これ?」

「トマトジュース」

 言って、こちらも椅子に腰かけ、ストローを刺しちゅーちゅー飲み始める。吸血鬼にトマトジュースというのも、なかなかに皮肉が効いてると思う。飲むかどうかは、定かではないが。

「へー、ありがとっ」

 なんて今度はまっとうに笑って、宮藤は躊躇なくトマトジュースをちゅーちゅーやり始めやがった。なるほど、吸血鬼でもトマトジュースは飲むと。ひとつ勉強になったような心地だった。

「んで、なんだ? お前普段、どんな生活送ってるんだ?」

 ここまで喋って、この前がなるほどあしらわれていたことを悟った。あれは楽しんでたと同時に、こちらを試していたのもあるかもしれない。

 だがそうすると、今回俺はなにかの試験にでも合格したのだろうか? よくわからないが、可能性があるとしたらこの前の対魔法使いとの戦闘ぐらいか?

「ボクは普段、今史も通ってる学校の生徒として学校に通ってるよ。クラスは2-H。赤眼がめんどくさいからカラコン付けてるよ。外してるのは信頼の証し。ちなみに吸血鬼ってボクひとりじゃないから、そこんとこ夜露死苦。魔導連盟とは敵でもあり味方でもあり中立でもあるってところ、つまりはケースバイケース、相手にもよるね。他に今史自身が聞きたいことってある?」

「――まず、ひとつめ。全部、本当のことなんだな?」

「うんっ、嘘言ってないね」

「じゃあふたつめ、なぜ俺に――いや、急に生徒に声をかけ、試すような真似をした?」

 もしそうだとして、なぜ唐突に始めたのか? 2-Hということは、既に一年と数カ月を学校内で過ごしていることになる。今までそんなことはなかったはず、だ――たぶんだが。

「儀礼……違うかな、マズい……んー、これも違うかも?」

 答えは、すぐには返ってこなかった。語っては詰まり、それを繰り返していた。それに俺は助け船のように、

「複数の理由があるのか?」

「ていうか、そうだね……うーん?」

 煮え切らない、というか喋り慣れてない感じだった。いくつかそこから想像できるものもあるが、そこは置いておこう。

「まず、ひとつひとついこうか。儀礼ってなんだ?」

「通過儀礼っていうか、吸血鬼はある一定の年齢を越えると、決めた相手と契約を結ばなくちゃいけないんだ。それのこと」

「ほう……」

 色々と引っ掛かるところはあるが、まずは置いておこう。

 次。

「マズイってのは、この前の魔法使いか?」

「そだね。マズイっていうか面倒くさいっていうか、そんなとこだけど」

「じゃあ、最後。違うっていうのは、なにが違うんだ?」

 ちょうどトマトジュースを飲みきる。ストローを口から離し、ドア近くのゴミ箱めがけて振りかぶり、

「んー、なんていうか……今史が、っていうか」

「?」

 よくわからない単語に、タイミングを逸する。一度手をおろし、再度狙いをつける。

「俺が? どういう意味だ、俺がどうしたって?」

 投げる。

「そう、今史が……そういうのじゃなく、すごいなって……んー、それも違うなー」

 テトラパックはジャストな方角、飛距離でゴミ箱に吸い込まれていった。それを見届け、振りかえる。

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