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反芻と復習


 家に帰って、絡んでくる水戸を適当にあしらい、飯を食って今日の出来事を親に話して、しばらく居間でテレビを見て過ごし風呂に入って、部屋に戻ってベッドに横になった。

 そして、恒例となった今日の出来事の反復にかかった。

 あれから目を覚ました宮藤と話したが、あのダッフルコートがその魔法使いだということは間違いないらしい。実際俺も、手を地面に当てるだけでコンクリートを砕き、翳すだけで宮藤のアゴを跳ね上げるという常識離れした所業を目にしている。

 まるで歩く災厄のようだった。正直恐怖がなかったといえば、嘘になる。だがそれ以上に修羅場に慣れていた心が、それらの余分な感情を抑え込み、相手の目の前に立たせていた。

 よくよく考えて、やはり自分は壊れていると思った。あの瞬間、身の安全を、起こり得るリスクへの覚悟など考えていない。考えられない。それよりもなによりも、相手への対処を考えてしまう。

 相手を制することを、考えてしまう。

「――――ハ」

 きっと自分は、長くないだろうと思う。それは吸血鬼だとか魔法使いだとか関係なく、他にも交通事故だとか、自然災害だとか、そういう生命の危機にひんする場面はいくらでもある。その時だったら自分は、自身の安全を最優先に考えることは出来るのだろうか? 出来ると確信を持って言えるのだろうか?

「…………」

 考えていると、重い重い気持ちになっていった。魔法使いとの戦闘からこっちなにをして過ごしたのかよく覚えていなかった。心、捕らわれていた。

 そして魔法使いは言っていた。後悔するなよ、と。今日吸血鬼を、助けたことをと。

 なぜ俺は、助けたのだろう?

 理屈では、確かに俺は宣言した。借りは返す。やってしまったことの責任は取る。武道家としての誇りとかなんとか。

 だけどいざそういう実戦の場に立てば、そんな口約束などなんの効力も持たない。本能が、ほとんど身体を支配する。そういう極限状態なのだ、実戦というのは。

 その極限状態が選んだのは――そういうことだった。

 後悔がないといえば、あるのか?

「――――」

 それすら、よくわからない。つまり自分は、未だまともではないのだろう。そういえば水戸もそういった類のことで心配していたような気もする。実際、ほとんど普段の習慣でここまでたどり着いたが。

 瞼を、閉じる。終わったのならば、それで良かったと思おう。続くならば、その時考えればいい。それしかないし、それでいいとも思う。

 自分は間違った行動をとったか? と自問してみた。

 答えは、NOだった。

 ならばもう、眠ってしまえと思った。幸い風呂には入っているし、飯も食ったしテレビも内容はよく覚えていないが今日見る分は見た筈だ。だったら寝ても――

「歯、か。確かに、磨いてないな」

 思い出してしまった。確かに、磨いていない。確かにこれは気持ち悪い。しかし起きるのも面倒くさい。いっそ誰か代わりに磨いてくれないかとかわけのわからないことを考えたりしたが、まぁそんなわけもなく。

「……仕方ねぇ、諦めよう」

「兄じゃ、歯ブラシをお持ちしましたっ」

 と思ったら、家族のプライバシーの侵害だった。

 ややビックリした。いつもなら気配を察して先回りしてドアを押しとどめるところだったが、今日は油断した。

「あー…………さんきゅう」

 いろいろいろいろ考えたが、とりあえずサンキューに落ち着いた。妹だし、9歳だし、小三だし、善意だし、あんま無下にするのも憚れるし。

 ――なのか?

「では、失礼いたすっ!」

 というか案の定こころ許した途端、水戸は勢い飛びこむように部屋の中に侵入してきた。日に二度自分の行動を後悔する羽目になるとは思わなかった。後悔というより、失敗したのかどうか悩むといったところか。

「兄じゃ、歯ブラシを、ここにっ!」

「あ、あぁ……うん」

 パジャマ姿の水戸は恭しく片膝を立て、両手で歯ブラシを差し出てくる。それをベッドに座り込んだまま、苦笑いして受け取る。

 なんだこれ?

「その、なんていうか、ご苦労さま……さ、下がっていいぞ?」

「いえっ、兄じゃが歯磨きをおえるまで待ちまするゆえ、どうじょ歯磨きしてくれですじゃっ」

 なんてキラキラ目を輝かせて、こっちを見つめる。どうしたもんだか……とりあえず、シャカシャカと歯を磨き始める。

 シャカシャカ、と泡立ってきた。それを妹はじっと見つめている。

 シャカシャカ、と口の中が泡でいっぱいになってきた。それを小学校三年生がじっと見つめている。

 シャカシャカ、と今日の晩御飯の食べ残しである牛筋を奥歯から口を歪めてかき出す。それを9歳の水戸が笑顔で見守っている。

「…………」

 すごく、気恥ずかしい。というかそんなことしてる妹も恥かしいし、そんなことさせてる俺はもっとこっ恥かしい。

 もうなんか今日のことなんて忘れるくらい、ちょっとした拷問だった。

 磨き終えた。


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