第9話 最後の夜を過ごそう
買い物を終えて、家に帰るとそこには既に透と緋花梨が帰っていた。
透はいつも通り、緋花梨はかなり落ち込んでいるようだ。
どうやら家族の説得は失敗したらしい。
「やぁ、紫遠くんおかえり」
「ただいま。その様子だと、緋花梨は家族の説得には失敗したみたいだな」
「そうだね。母親が必死に止めてた。…と言うか半信半疑で、どちらかというとこっちが詐欺師のような感じに見られた感じがするよ」
「まぁ確かに異世界に行くって、怪しい道具持ってたら、詐欺師っぽいかもね」
「まぁそんな感じでさ。娘に関わるな的な感じになったよ」
「関わるな…か。それなら何で一緒に帰ってきてるんだ? 近付かせないようにすると思うけど? それに…緋花梨は何で大人しいんだ? もっと泣いているか、駄々捏ねているかと思ったけど?」
「おばさんには今日が最後のお別れだからって言って納得してもらった。緋花梨くんの方は説得が失敗してからは大人しくしてる、諦めたのかな?」
「ふ~ん。まぁ諦めてくれたのならいいか。それより夕飯の支度しよう。支度しながら買ってきた物を報告するから手伝ってくれるか?」
「うん、大丈夫だよ。向こうに行く前に僕の料理の腕前を披露させちゃうよ」
「おおっ!頼もしいな。じゃあ行こうか」
――――
夕食の準備は順調に終わった。透の腕前は可もなく不可もなくと言ったところか。正直、俺の方が手際が良かった。
透は「向こうでの料理当番は紫遠くんで決まりだね」とか言いやがった。まぁ料理は嫌いではないから別にいいけど。
購入した食材などの報告も終了した。リストにあったのは全て買ってあったため問題なかったようだ。
夕食は昨日と同じように大騒ぎだった。
ソータは、うめーっ!と言いながらたくさん食べ、クミンは酒を飲みながら料理をつまんでいく。
緋花梨とアイリスは二人仲良く食べて談笑している。
それにしても…緋花梨の様子が気になる。どうなってるんだ?
騒がしい夕食会も終わり、片付けをしていると、緋花梨がこちらへ来た。
「九重君、ごちそうさま。とても美味しかったよ」
「お粗末様です。喜んでもらえたなら嬉しいよ」
やっぱり、料理を美味しいって言ってくれるのは作りがいがあったと感じるよな。
「それでね。九重君。私、向こうに行けなくなっちゃった」
「ああ、透に聞いたよ。おばさんが反対したんだろ」
「うん、それどころか、怪しい人たちと付き合うなとまで言われちゃったよ」
本当失礼だよね! と緋花梨は苦笑いする。
「確かに俺達は怪しいかもな」
「そんなことないよ! 氷山君だってすごく真面目にお話ししてたんだよ! お母さんの方がおかしいんだよ」
「いや、娘に変な男がついてたら仕方ないって。いいお母さんだと思うよ。ちゃんと親孝行しないと、いなくなってからじゃ困るよ」
俺の親は親孝行する前にいなくなっちゃったからな。
「それで、明日は見送りに来るのか?」
「ううん、明日は行かない。名残惜しくなっちゃうから。だから今日でお別れです」
「そっか。ごめんな。一緒に連れて行ってやれなくて」
「九重君は私のためを思って言ってくれてるからいいよ。それよりも本当に気をつけてね」
「まぁその為に準備万端にして行くんだからな。向こうの世界に革命を起こしてくるよ」
「ははっ! でも九重君達なら本当に出来そう!」
緋花梨は「応援してるね!」と笑いながら言った。
「緋花梨くん! そろそろ帰らないといけない時間だよ!」
透の声が居間の方から聞こえる。
「分かった! すぐに行くー。そういうことだから元気でね」
緋花梨が握手を求めてくる。
「ああ、そっちも元気でな。アイリス達のこともよろしく」
そう言いながら握手を返す。
「任せて! アイリスちゃんはもう親友だよ!」
「ははっ! 頼もしい」
「じゃ、もう行くね! 頑張ってねー!」
緋花梨は大きく手を振りながら出て行った。
最後に気持ちいい別れ方が出来たのはいいのだが、正直俺はまだどこか疑わしいと思っていた。
あの緋花梨が大人しく別れるのか? いや、ありえないだろ?となると……
明日は見送りに来ない…と言うことは、もしかして車に忍び込んでこそっと付いてくる、漫画でありがちな王道パターンでは!?
そう考えると今が大人しいのも頷ける。
うん、明日は出発前に念入りに隠れていないか確認しよう!
と、緋花梨を信じない最低なことを考えながら片付けを終える。
自室に戻ってから購入品リストを見ながら最終チェックを行う。
アイリスとの買い物の時に調味料や食べ物は大量に仕入れてきた。
ついでに野菜の種も大量に仕入れてきた。普通のスーパーにない特殊な野菜や香辛料の種はネット通販で購入した。在庫ありだったから明日の午前中には届くだろう。
残りの持ち物を透と相談したのだが、本をもっと購入した方がいいとのことだった。
具体的には陶芸の本や手芸の本など生産に関する本を買った。透は向こうで農業だけでなく産業革命も興すみたいだ。
それに併せて明日の午前中は透が糸や布、ろくろを朝一で買ってくるそうだ。他にも頼んでいるものがあるらしい。俺は紙媒体の本を書店で買って、今日購入して足りないと思った消耗品を追加で買うことにした。
そして昼ご飯を食べたら出発する。時間がどうか分からないが、昼に出発した方が向こうにも昼に到着できそうな気がするからだ。
いきなり異世界の夜の森に飛ばされるよりは昼に飛ばされる方がマシだろう。
ふぉと時計を見る。時間はそろそろ十時になろうとしていた。
ソータ達は…今は風呂の順番待ちで居間でゴロゴロしてるな。
透は緋花梨を送ったきり戻ってきていない。多分また色々店に寄っているのだろう。
少しだけ早いが、俺は姉に電話をすることにした。
しかし。何回か呼び出し音が聞こえたが、なかなか出ない。
約束していた時間よりも少し早かったので、まだ帰ってないのか?そう思ってると繋がったようだ。が、妙に周りが騒がしい。
「もしもし、姉さん?」
「あ、紫遠ー? ごめんなさい、確か何か相談があったんだよね? 実は会社の飲み会に掴まってまだ帰れてないの。恐らくもう少しで終わるとは思うけど……相談って明日じゃ駄目かな?」
どうやら居酒屋にいるみたいだ。姉も一応話せてはいるが、口調がややおかしい。明らかにお酒は入ってそうだ。
明日じゃ遅いけど……今の酔っている状態で話しても、仕方ない。
異世界に行くなんて、素面の時でも信じれそうにないのに、酔っているならもう冗談にしか聞こえないだろう。
「なら今日はいいよ。一応メールしとくから時間があるときにでも読んどいて」
「分かった。本当にごめんね?」
「いや、いいよ。じゃあ飲み過ぎないように。気を付けて帰りなよ」
そう言って、電話を切る。
参ったな。まさか、直接話せないとは。まぁメールしておけば大丈夫だろう。
仕方がないから俺はメールを作り始める。
自宅のガレージが異世界に繋がったこと。そこからソータ達三人がやって来たこと。行方不明になってた菫が異世界にいたこと。今なら異世界に行けるため、異世界に行くことを書き、最後に直接話せなくて申し訳ないと謝罪と、家族として今まで一緒に暮らせてありがとうと感謝の言葉で締めくくった。
メールを書くだけで一時間くらい経ってしまった。
思ったより時間が掛かってしまったな。もしかしたら、もう帰ってるかも。
今なら電話出来るかもとも思ったが、やはり酔っている時に話す内容ではないと思いメールの送信だけで済ます。
これからどうしようか?とも思ったが、明日からのことを考えると体を休めるために休んだほうがいいだろう。
俺はシャワーだけ浴びて寝ることにした。
こうして地球での最後の夜が終わっていく。