第61話 人助けをしよう
「この辺りには、殺された市民のアンデッドしかいないみたいだな」
「そうですね。リンの報告通り、兵士のアンデッド兵は城の方へ帰還したようです」
俺とルーナは三人と別れて、今はホリンに乗って城へ向かっているところだ。
ホリンならすぐに城までたどり着くが、囮だし、この辺りの状況も見ておきたかったので、あえてゆっくりと目立つように飛んでいる。さっきは今よりも上空を飛んでいたので気がつかなかったが、建物の影にアンデッドになった市民がチラホラと隠れている。
「アンデッドって、やっぱり昼の方が弱いのか?」
「そうですね。昼と言うか、太陽に弱いイメージでしょうか。太陽の下でしたら力が落ちるはずです。わたくしが城から離れるようなものです」
今も太陽から隠れているところを見ると、間違っていないだろう。
「単純に弱くなるだけか。ってことは、以前戦った偽ヘンリーも、夜に戦ったらもっと強かったのか?」
あの時は、時間的にはまだ夕方って時間だった。
「どうでしょう。ヴァンパイアとアンデッドは別物ですからね。あくまでヴァンパイアは不死であり、死体が生き返った訳ではないのです」
ルーナの言い分なら、死体が太陽に弱いだけらしい。地球のイメージではヴァンパイアも太陽に弱いんだけどな。
「あれ? でも死体を眷属化して進化すると、ヴァンパイアになるんじゃないの?」
「死体からなるのは動く屍ですね。進化とは少し違いますが、その状態で、時間が経つと体内で魔石が生成され、屍鬼になります。この状態ではまだアンデッドと言えないですが、魔石が体中に浸透すると、その際にもう一度変化して、スケルトンやリッチ、ワイトなど正式なアンデッドになるのです」
屍鬼の状態で肉体を持っているのに、正式なアンデッドになると、肉体が無くなっちゃうんだ。確かに進化とは言えないかもな。
「屍鬼からヴァンパイアになることはない?」
「ヴァンパイアになるのは少し条件が異なります。生きたままの人間を眷属化させると、レッサーヴァンパイアになります」
死体からじゃなかったのか。生きたまま……あれかな? やっぱり血を吸って眷属にしたりするのかな?
「今この辺りを徘徊してるのはリビングデッド? それとも屍鬼?」
「夜の内に殺されたのであれば屍鬼、日が昇ってからですとリビングデッドでしょうか。見た目は殆ど変わりませんので、動きで判断するしかありません」
うーん。動きって言ってもなぁ。隠れているから全く分からないぞ。
とりあえず、リビングデッドか屍鬼か分からないし、アンデッドならスケルトンとかも含まれるから……ひとまずこの辺にいるのは全部ゾンビって呼ぶことにしよう。
「ならこいつらを今ここで殺しても仕方ないのか」
「どうせ明日の朝までにヘンリーを倒せば、全員動かなくなります。それよりも魔石を持っているスケルトン兵を優先させましょう」
「そうだな。なら城へ向かうか」
――――
「太陽に弱いってことは、今城へ行けばアンデッド達は弱いのか?」
「はい。ですが、おそらくあの城の周辺には、太陽を遮断する結界が張られているのではないかと」
だからスケルトンたちは城に帰って行ったのか。
「あれっ? この国を覆っている結界とは違う?」
ケータイが通じないんだし、今ここには結界が張られているんだよな?
「ええ、この国を覆っている結界は、トオル様の魔法が遮断されていることから、外部からの魔法を妨害する為のようです。恐らく外からの偵察を防ぐ為でしょう。そのため、弱体化遮断の結界を別に用意しているはずです」
「何で一纏めにしないんだ? そうすればアンデッド達が帰ることがないだろうに」
「一つの結界に複数の効果を付与させるのは、とてつもなく難しいのです。シオン様だって、盾に複数の毒を付けるよりも、別の盾を二個出した方が楽でしょう?」
確かに一つの盾に複数の毒を付けるのは非常に難しい。ってか無理だ。
「なるほど納得した。確かにそれなら結界を二つ用意した方がいいな」
ってことは、城に近づくと、昼でもアンデッドやヘンリーは弱体化してないのか。油断はできないな。
―――――
「うわあああ!!」
ホリンに乗って移動中、下の方から悲鳴が聞こえてきた。
「生き残りか? どうしよう?」
正直赤の国の市民を助ける必要性は感じない。が、このまま見捨てるのも忍びないか。
「とりあえず行ってみましょうか。外にいて、まだ生き残ってるなら、何か情報を持っているかもしれません」
確かに……病院にいる連中と違って、未だにこの街中で生きているなら、強めの冒険者かもしれない。
俺たちは声のした方へ向かった。
そこは宿屋の二階だったようだ。ゾンビ共は外で暴れていたため、今まで隠れていれたのかな? でも、ついにバレて部屋の中まで侵入って感じか。
部屋の中には、女の子が二人と、倒れている男が一人、それから入口にゾンビが一人。今は部屋にあるベッドを縦にして、入り口を無理矢理守っている状態だ。きっと男が女の子を守ろうと頑張った結果だろう。
「あかん、もうダメや。オトンもやられてもうた。何でこんなところに来てまで、パニック漫画のような最後を迎えなあかんのや」
「はぅ! ミサキちゃん諦めたら駄目だよ! ほら、諦めたらそこで試合終了って言うでしょ?」
「でもこないな状態でどうやればええんや。くそ! こんなことなら、攻撃できる魔法も覚えとくべきやったなぁ……」
「はぅぅ。ねぇ本当に死んじゃうの? 私いやだよう……」
今の会話!! この二人はもしかして……。
「おい、助けてやろうか?」
俺は窓から女の子二人に声をかけた。疑問形だが、この二人は絶対に助けなくてはならない。
「はぅ! 誰?」
おどおどしていた方の女の子が声を出す。見た目から二人とも高校生くらいか?
「通りすがりのヒーローさ。叫び声が聞こえたから寄ったんだけど……」
「「お願い! 助けて!!」」
二人が同時に叫ぶ。
「りょーかい。ルーナはそこで待機な」
「畏まりました。お気をつけて」
俺は窓から部屋に入る。
「危ないから下がってな」
俺は二人を下がらせ、ベッドをどかす。その瞬間ゾンビどもが襲いかかってくるが、大したことはない。【毒射】で全員吹き飛ばす。
今回の毒は魔力無効化だ。動く屍としてヘンリーの魔力が命令しているなら、その命令を壊してやればただの死体に戻るはずだ。
もし意思を持ったアンデッドなら効かないが、こいつらならこれで十分だ。
ついでに廊下に出て、この宿に残ったゾンビにも【毒射】を放つ。
ゾンビどもは【毒射】に当たるとバタバタと倒れて動かなくなる。ただの死体に戻ったようだ。
「よし、これでしばらくは安心だな」
俺は二人に向き直った。
「おおきに。ホンマ助かったわ。えっと、ウチはミサキ。んで、こっちの『はぅはぅ』言ってるのがレンや」
「はぅぅ。ミサキちゃん。はぅはぅは余計だよ。それにそこまで言ってないもん。あっレンです。本当にあろがとうございました」
言ってるそばからはぅはぅ言ってるのがレン。それから方言が特徴的な方がミサキか。
俺は倒れている男を確認した。噛み傷と引っ掻き傷が酷いな。
「もう死んでるな」
「そんな……オトン……」
「はぅぅ」
二人とも泣きながら、男に近づこうとする。
「すまん、申し訳ないがそれ以上近づくな」
俺は近付いてきた二人を止める。
「な、なんでや! 助けてくれたことには感謝するが、何でオトンに近付いたらあかんのや!!」
ミサキがこっちに突っ掛かってくる。
それを見てルーナが慌てて部屋に入ろうとするが、俺はそれを制止する。
「こいつはもう死んでいる。すぐにさっきのゾンビと同じになる。今近づくと襲われるぞ」
本当にゾンビになるか分からない。だけど、その可能性が少しでもあるのなら、近づかない方が無難だ。
「そんな……まさかオトンがあんな風になる言うんか?」
「ああ、だからそうなる前に、ちゃんと成仏させてやりたいんだ。……いいか?」
せめてゾンビにならないようにさせてやりたい。
「……ほな頼む」
「分かった。ルーナ、お願いできるか?」
「畏まりました」
そう言ってルーナが部屋に入ってくる。二人はルーナがいることに気づいていなかったようで、驚いている。
「なんや!? どっから来とるんや?」
「はぅ。メイドさんだよ」
「このルーナは魂を浄化させる魔法が使える。この男の魂はキレイに浄化されるはずだ」
俺の説明の後に、ルーナが男に近寄り魔法を唱え始める。
「申し訳ないが、そこで最期のお別れしてくれ」
本当は近づきたいだろうが……申し訳ないが諦めてくれ。
「オトン……多分オトンがいなかったら、ウチら二人はすぐに死んでた。だからオトンには感謝してもしきれん。ホンマありがとな」
「おじさん……私達を助けてくれてありがとう。最後までお父さんって呼べなくて、ごめんなさい。でも、本当はお父さんのように思ってたよ」
二人は泣きながらお礼を言った。そのタイミングを見計らってルーナが魔法を発動させる。
「この者に大いなる安らぎを…【この世界から安らかなる解放を】」
その言葉と同時に銀色の光が男を包む。光がなくなると男がいた場所には男が身につけていた物だけが残されていた。男の肉体も骨も残されていなかった。
「これでこの者の肉体と魂は浄化されました」
残された身につけていた洋服や小物を手に取り二人が泣きながら抱き合う。
俺はその二人の頭に手を置いて撫でる。
「もう少し泣かせてあげたいところだが、ここで大人しくしているわけにもいかない。どうだ? 俺達の仲間がいるところに来るか? ここよりは安全だと思うぞ」
「はぅ。どうしよう? ミサキちゃん」
「ここにいても死ぬだけやん。レン、お願いしよう。……じゃあ私達二人をお願いできますか?」
「分かった。俺の名はシオン。そしてこっちがルーナだ。そして肩に乗ってるのがスーラで外にいるのがホリン」
《スーラだよ! よろしくね!》
「グルルルゥ!!」
……スーラよ。この二人は飴を舐めてないから通じないぞ。
あとホリン、鳴き声じゃ俺にも何て言ってるか分からないからな? しかも突然の魔物の声に二人は怯えちゃったし。
「怖がらなくてもホリンは大人しいから大丈夫だ。……ってそうか。流石のホリンも四人は乗せれないな。ルーナ。魔法結晶を使って一旦リンの所へ戻ろう」
「畏まりました」
そう言ってルーナが魔法結晶を取り出す。
「お二人、申し訳ありませんが、わたくしとシオン様の手を握っては貰えないでしょうか?」
「ホリン、お前はさっきのところまで先に帰っていてくれ」
俺がそう言うと、ホリンは雄叫びを上げながら病院まで戻っていった。
理由は分かっちないだろうが、言われた通り二人は大人しく俺とルーナの手を握った。
「では……行きます」
その言葉と同時に、体がフワッと浮いた感じになった。と思ったら次の瞬間には病院の屋上にいた。
「えっ? えっ? どういうこと?」
「はぅあ! ここどこ?」
「ここは病院だ。お前たちがいた場所は……ほらあの辺だ」
俺は先ほどまでいた辺りを指さした。
「ホンマや……えっ? 一瞬であそこからここまで来たん? 手を繋いだだけで? そんなんどんなチートや」
「はぅぅ。テレポーテーション?」
うーん、チートと来たか。最初から気づいていたが、この二人は地球人……それも日本人のようだ。
「シオン様、一旦リンをこちらへ呼びます」
そう言ってルーナがケータイを取り出す。
「えっ? スマホ!?」
ミサキがルーナのケータイを見て驚きの声を上げる。あれを見ただけでスマホって分かるなら、俺と同じ年代ってことだろう。
「……あっリンですか? ええ、少し問題が発生しまして今先ほどの屋上にいます。すぐにここまで戻ってこれますか?」
無事リンに連絡がついたらしい。
「まだこの建物にいるみたいなので、すぐに戻ってくるみたいです」
「そうか。なら俺たちはリンが来てから、もう一度出かけるか。ホリンは……もう戻ってるみたいだしな」
さっき別れたホリンは、すでに屋上で待機している。
「あ、あの……それ……」
「ん? あれが気になるか?」
うんうんと頷く二人。そうだよなぁやっぱり気になるよな。と、そう思ってたらリンがもう戻ってきた。事情はルーナが説明してくれるようだ。
「まぁ話してあげたいところだけど、今はのんびりしている時間はないんだ。これが落ち着いたら話してやるよ。それで、今ここに来た――リンって言うんだが、彼女に二人ことを任せるので、困ったことがあるならリンを頼れ。後はここで騒動が終わるのを大人しく待っててくれ」
俺がそう説明しても二人は不安そうだ。そりゃあいきなり知らない人に後は任せた……じゃあな。
と、説明を終えたのかリンとルーナがこちらに近寄ってくる。
「話は聞いたっス。この病院には他の市民もたくさんいるから、一緒に待ってるといいっス」
「リン、この二人には終わった後に話すことがある。魔石集めはいいから、出来るだけ気にかけておいてくれ」
どのみちこの辺りのゾンビは、魔石を持ってないってことが分かったからな。
「分かってるっス。ルーナ様からも伺ってるっス。任せるっスよ!」
リンは自信たっぷりに胸を張る。まぁ大丈夫だろうが、やっぱり語尾のスが緊張感に欠けるよな。
「よし、ルーナ、改めて出発しよう」
俺達は改めてホリンに乗り、出発する。ホリンが「グルルゥ」と雄叫びを上げて飛び立った。
「あ……ホンマにありがとな! 後でいっぱい話したいことがあるから、絶対にまた会いに来てや!」
「あの……ありがとうございました!!」
遠くで二人の叫びが聞こえた。俺はそれに手だけ振って答えた。




