第58話 男同士の話をしよう
朝から空気が重い。
そりゃそうだ。今日は決戦だ。空気が張り詰めていて当然だろう。
……そういう理由だったら、どんなに良かったことか。だが、この空気の重さはそうじゃなかった。
俺は今食堂にいる。ちゃんと朝食を食べないと、体力が持たないからな。
だが、そこにルーナと姉さんとヒカリが入室する、スーラがジャンプして、ルーナに乗る。そこから空気がおかしくなったのだ。
実は昨日の訓練場へは、スーラを連れて行かなかったのだ。
出て行くときも、帰ってきたときも寝ていたので、気がついてないと思ったが、どうやら寝たふりをしていただけのようだ。
三人は元から俺が昨日外へ出ていたことを知っていた。キャメリアから聞いたのだ。だが、それでもスーラも一緒だからと安心はしていたようだ。だが、フタを開けてみると、昨日はスーラさえもいなかったと判明した。
いつもなら「どういうこと!」と食って掛かりそうな姉さんが今は大人しい。だからこそ余計に怖い。
三人とも無言で朝食を食べている。誰も声を発さない。カチャカチャと食器の音が鳴るだけだ。
急いでこの場を去らなければ! 俺は急いで朝飯をかきこんでいく。
「シーオーン。ゆっくり食べないと、体に悪いわよ?」
姉さんがすさまじくドスの効いた低音で、ゆっくりした声を発する。
「あ、ああ。そうだね。今日の戦いを思うと気がはやっちゃった。ははは」
俺は辛うじてそう返事をする。
「へぇ。そうですか。今日の戦いのことで……わたくしは、てっきり疚しいことでもあるのかと思っておりました。ホホホ」
ルーナの口調はいつも通りだが、顔にも声にも表情がない。全くの無感情だ。特に最後の笑いがすごく怖い。
「やだなー。俺だって今日は大事な日なんだから、緊張だってするよ」
「そうだよねー。今日は大事な日だもんねー。緊張して、夜どこかに出かけちゃったりするもんねー」
何だろう。いつも笑顔のヒカリの笑顔に今日は陰が見える気がする。そういえば昔、アイリスがヒカリはヤンデレって言ってたのをふと思い出した。
「さて、朝ご飯も食べたし、ちょっと準備をしてくる!」
俺は慌てて席を立った。
《シオンちゃん……昨日みたいにまた私を置いていくの?》
置いていくというか、スーラがルーナの元に言ったんじゃないか……。
「ば、馬鹿だなー。そんなわけないじゃないか。さ、行こうスーラ」
俺はそう言って、スーラを持ち上げて肩に乗せる。
《………》
いつもなら《ありがとうシオンちゃん!》って言ってくれるのに、今日は無言だ。
くそっ! 俺が一体何をしたって言うんだ。
こんな時はやっぱり逃げるに限る。戦いも終わって、勝利すれば打ち上げや何やらで誤魔化しがきくだろう。
俺が食堂を出て行こうとすると……間の悪いことに、丁度エキドナ達が入ってきた。
「お、なんじゃ? シオンはもう食べたのか?」
「ああ、早めに食べて準備をしようと思ってな」
ここでエキドナ達と話すのは非常にマズい。早く脱出を……。
「そうかそうか。そうじゃ、ホリンの所に行くなら、ついでにヴィネの様子も見てはくれぬか?」
「あ、ああ。分かった」
そうだ! ちょうどいい。ホリンの所へ向かおう。そう思った矢先に、ふと、すぐ後ろのラミリアと目があった。
「あ、おはようございます。昨日は……大変お見苦しいものをお見せして、申し訳ありませんでした」
ちょ、ここでその話は……ほら、テーブルの三人が聞き耳立ててる。
「何を言うとるか。立派な胸じゃとシオンも褒めておったではないか」
空気を読まないエキドナ。顔を赤らめて俯くラミリア、ガタッと席を立つ三人。……終わった。
――――
「あはは、それは災難だったね」
「災難なんてもんじゃなかったよ。俺の命は潰えたかと本気で思ったぞ」
俺は今、ホリンのブラッシングをしながらトオルと話をしていた。トオルはヴィネをブラッシングしている。
「エキドナから、昨日シオンくんに話をするって言ってたけど。まさかそんなことになってるなんてね」
トオルはいつの間にか、エキドナのことをくん付けでなく呼び捨てにしていた。
「元はと言えばお前のせいだぞ。いきなりエキドナと仲良くなって」
「そんなこと……言えばちゃんと答えたのに、コソコソと探るからだよ」
「だってなぁ。地球の頃から浮ついた話一つ聞かなかったトオルがだぞ」
女に興味……どころか人間に興味があるのかも不明だったぞ。
「まぁ地球にいた頃の僕は空っぽだったからね」
「カラーズに来た当初もそんな感じだったよな」
魔法など、興味のあることには頑張ってたけど、外に目を向けてはいなかったと思う。
「あっ? 分かる? 正直シオンくんがエイミーくん達と話している時は、自分でもそう思ってたよ」
「俺の考えに賛同していたけど、どうでもいいって思ってたよな」
「うんうん、なんでこんな人たち助けるんだろうって、人を集めたいならもっと他にいるだろうって思ってた」
「今は?」
「シオンくんが正しかったのかなぁ? って気はしてるかも。だってこの城がちゃんと成り立ってるからね」
「まぁそれはルーナやトオルがしっかりとしていたからだし……それにツヴァイスやフィーアスはこれからだろう?」
「うん、これからお金のやり取りを開始したり、交易も始めるから……お金が絡むと人って怖いもんね」
「ああ、今は村人しか集めてなかったから、良かったけど、商人が入り、他の移住人も入るようになったら状況は一変するだろうな」
「今いる人達も、自分たちは最初からいたって優越感を得て、新しい居住者を下にみたり、お金を持つようになったら、犯罪も増える可能性が出てくるしね」
「考えるだけで頭が痛くなりそうだ」
「ま、僕もそこまではここにいるからさ。なんとかなるよきっと」
「トオルはいいのかそれで?」
本当はもっと早くエキドナの所に行きたいんじゃないのか?
「いいよ。途中で投げ出したくはないしね」
「別にエキドナの所に行っても、すぐ隣の国だし、部屋は開けとくから、いつでも戻ってきていいんだが?」
別に住む場所が変わっても、ここに来なくなるわけではないはすだ。
ってか、出て行っても、定期的にトオルには魔力の補充をお願いしたい。ケータイ然り、転移然り、今この城はトオルの魔法で保っていると言っても過言ではない。
「まぁそうだけどね。完全に向こうに行っちゃったら、向こうの手伝いばかりが増えそうで……。一緒にこっちも発展したいのに、お客様扱いになりそうで嫌なんだ」
ツヴァイスを完成させたときに身内で喜びたいか、外からの応援で喜びたいか。トオルの中では重要なことなんだろう。俺には否定することはない。
「……なぁ、エキドナがトオルに惚れた理由は、何となく聞いたけど、トオルは何でエキドナを好きになったんだ?」
俺がそう言うと、珍しくトオルが動揺した表情を浮かべる。
「な、なんだい藪から棒に」
「だって気になるじゃないか。あの他人に興味がないトオルが人を好きになった理由」
「興味がないは言い過ぎだよ。僕だって興味がある人はたくさん……いたよ?」
疑問系じゃないか。
「……そうだなぁ。初めはやはり探究心からだったよ。何せ神話の世界の話だからね。興奮だってするさ」
トオルは自分の知識が認められたり、証明されるときが一番幸せそうだった。こっちへ最初に来たときも地球との繋がりを見つけて興奮してたっけ。
「でもね。エキドナの話した内容は、地球での話と違って、とても悲しい話だった。僕自身の知識欲だけで聞いてはいけない話だったんだ」
そう言えばエキドナと最初に話したときも、テュポーンの話を持ち出して駆け引きをしていたな。
「エキドナね。この話をした時震えていたんだよ。この世界に勝てる人はいない。っていうくらい強い魔王がだよ! 小刻みに震えて……未だにトラウマになってるんだよ」
俺と話したときも少し辛そうだった。昨日ラミリアに話させたのは、多分自分ではあまり話したくなかったのではないだろうか。
「僕は興味本位で人の心に土足で入ったんだ。そう気づいて、急に自分が恥ずかしくなったよ。自分のことを罵りたくなったよ。で、気がついたらエキドナを抱きしめてた」
おおう、トオルってこんな感情的なやつだったのか。いや、この時に感情的な男になったんだ。
「エキドナは驚いたようだったけど、小さな声で『ありがとう』って言ったんだ。それで……」
「そこで堕ちた訳か」
トオルが恥ずかしそうに頷く。おお、初々しいな。
「その後はもうメロメロだったよ。エキドナが本来の姿を見せてくれたときは、本当に美しくて息をするのも忘れてたよ」
「翼で飛べるか聞いたんだろ?」
「えっ? そんなことまで聞いたのかい!? あれは誤魔化しだったんだよ。思わず美しいって言いそうになっちゃったから」
「誤魔化すなよ。美しいって言った方が喜んだだろうに。あと、俺も同じことを言ったんだ『その翼って飛べるのか?』って。そしたら『トオルと同じことを言うのじゃな』って笑ってたよ」
「多分嬉しかっただろうね。今まであの姿で人間や魔族、色々な人に蔑まれていたみたいだから」
「そう言ってた。あと、俺と話すのが先だったら、トオルより俺の方に惚れてたかもって言ってたぞ。多分冗談だけどな」
「あっ、でもそれはちょっと傷つくよ。って言うか、シオンくんはその気もないのに何人の女の子を惚れさせるんだよ! 知ってる? 天然ジゴロって自覚あるナンパ男よりタチが悪いんだよ」
「えっいや……だってなぁ。わざと嫌われるのは違うだろう? 俺は普通に行動してるだけだし」
そりゃあ何人かに好意を持たれてる気はする。……まぁエイミーはアイドル的憧れに近そうだから別と考えて、ルーナは……どっちかと言うと俺をからかってるだけだろう。
最近確信したんだが、ルーナはシチュエーションが好きなのだ。俺が好きってよりも、城主とメイドのいけない関係とか禁断の恋……のようなのが好きなだけ。恋に恋する乙女のようなものだ。……乙女かどうかはさておくが。
今朝も俺が好きだからヤキモチとかじゃなく、ヤキモチを焼いている自分に酔っている感じだろう。
他のメイドは……エリーゼやアレーナは寧ろ俺を嫌ってそうだ。俺はエリーゼのこと、メイドの中では割と好みの方なんだけどな。
村の子供たちやスーラはまぁ対象外だし、姉さんやヒカリはルーナと同じ、もう義務やノリでやってるだけだ。
ラミリアは……流石に出会ったばかりでよく分からない。多分嫌われてはないだろう。
……あれ? 実は言うほど好かれてないような?
「……なんでそこで凹むのさ」
「いや、実は俺、皆に好かれてなかったと気がついて……」
「どういう思考でそうなったのか……。一回本当にシオンくんの頭の中を覗いてみたいよ」
やめてくれ。トオルなら本当にやりかねない。
《マスター。私はマスターのことが大好きですよ!》
「おお、ホリン。本当か!? よし、もっと優しくブラッシングしてやろう。ここか? ここがいいのか?」
《マスター、もっと下もお願いします》
「おお、分かった。ホリンも今日は大変だと思うけど、よろしくな」
《ええ、任せてください。お二人同時に乗せるのは些か不安が残りますが、マスターのためにも頑張らせて頂きます。あっそこいいです》
はりきるのはいいが、変な声は出さないでほしい。
今日はホリンに乗って王都へ急襲をかける。ホリンに乗るのは俺とルーナだ。二人乗りは初めてだが、エキドナとトオルを見る限り問題ないだろう。
《ホリンちゃんには負けてられないの! 私も頑張るからね! シオンちゃん!》
「ああ、期待してるぞスーラ」
俺がホリンだけ構っていたので、スーラも負けじと主張する。さっきまでのことはもう忘れたらしい。
今回の戦いは二人で戦う初陣だ。コンビプレーの練習もしてきたし、頑張りたいな。
《むむ、スーラ先輩にも負けませんよ》
ホリンはホーリーグリフの名の通り、白の属性、聖魔法を唱える。アンデッドには効果抜群だろう。
「二人とも期待してるからケンカは駄目だぞ」
《分かってるの》
《もちろんですマスター》
二人とも俺の大事な相棒だから仲良くして欲しい所だ。
「トオル、こっちは終わったけどそっちはどうだ?」
俺はホリンのブラッシングを終わらせ、トオルに確認する。
「こっちもいつでもいいよ」
トオルの方も準備完了のようだ。いよいよ出発の時が近づいて来た。




