第57話 続・秘密の話をしよう
前回の会議で、俺たちが異邦人だという話はしたが、何故こっちに来たかなど具体的な話はしなかった。だから俺はスミレの事を二人に話した。
「【迷宮天使】のことは話には聞いておったが……まさかシオンの女じゃったとは……」
エキドナもスミレの二つ名を知っていた。本当に有名なんだな。
「今は違うよ」
「しかし、よりを戻しに向かうのじゃろ?」
「チゲーよ。別れを言いに行くんだ。感謝の言葉と一緒にな」
スミレに会うのは俺のけじめの為だ。よりを戻すためじゃない。
「ふーむ。お互いが好きあっとるなら構わんと思うが……。まぁ本人達にしか分からん何かがあるんじゃろうな。ではシオンはその者に会うまでは、恋愛はせぬのじゃな?」
「ま、そう言うことだ」
「じゃがその後は問題ないと……ラミリアよ。今のうちから頑張っとった方がよいぞ」
「何を頑張るというのですか!!」
「まずは本来の姿を現すというのはどうじゃ? ここにおるのは妾達のみじゃし、妾もシオンも秘密は話したぞ?」
「……仕方ありませんね。シオンさん少しお待ち下さい」
はぁとため息を吐きながらラミリアが立ち上がる。えっ? 本当に元の姿に戻るの?
「いや、そんな無理しなくても……」
別に人の秘密を無理に暴く趣味はない。
「いえ、私もシオンさんに、本来の姿を見ていただきたいです」
まぁそういうなら……。ラミリアもエキドナと同じように、体中を黒い霧に覆われる。この黒い霧は必ず現れるのかな?
しばらくすると霧が晴れ、ラミリアの真の姿が現れる。
上半身は変わらず人の姿。そして下半身はエキドナと同じく蛇の姿だ。同じ種族なのかな? あっ、でもラミリアには黒い翼はないんだな。
というか……服装がガラッと変わっている。軍服からシャツ一枚とやけに薄着になっている。下着も着けてないから、胸の部分がとんでもないことに……正直あんなに大きなのは見たことがない。……完全に凶器だよな。
にしても、いつもの軍服では全然そんな感じじゃなかったのに……ラミリアって着やせするタイプなんだな。ってか、そもそも何で服まで変わってるんだ? エキドナは変わってなかったぞ?
「へぇ、エキドナとは印象が随分と違うな。翼がないからか?」
非常に目のやり場に困るのだが、服にツッコんで言いのかな? でもセクハラになる? いや、このままの方が……そう思ったので、あまりラミリアを見ずに、あえてスルーをした。
「ラミリアよ……。確かに妾は頑張れとは申したが、いささかその格好は刺激が強いと言うか……気が早くないか? シオンが目のやり場に困っておるぞ。シオンもじゃ、何を翼のことで誤魔化そうとしておるのじゃ」
エキドナにはバレバレだった。でもさ、仕方がないじゃないか。
「えっ? ……きゃあ!」
ラミリアはまるで少女のような悲鳴を上げて両腕で前を隠す。……気がついてなかったのか。
「も、申し訳ありません。普段この姿は就寝時にしかなりませんので……」
そう言うとラミリアはもう一度黒い霧を出して元の姿に戻ってしまった。正直言うと、もう少し見たかったな。
「シオン、お主が今考えておることを当てて見せようか?」
ニヤニヤとこちらを見るエキドナ。止めてください。多分当たってます。
「今は女はどうでもいいんじゃないのか? ん?」
恋愛は考えてないけど、男としてエロは切り離せない。ラッキースケベ的なのはむしろ歓迎です。
「言葉には出しておらぬが、なんとなくお主の考えが妾にもわかるようじゃ。はぁお主なら、女なぞ何時でもどうにか出来るだろうに」
欲望に任せて手を出したら駄目です。手を出すならちゃんと恋人だけにしましょう。あっでも娼館などのお仕事なら……いやいや、それも今は止めときましょう。
「なんじゃ? シオンはもしかすると童貞なのか? 反応がうぶ過ぎるぞ?」
どどどど童貞ちゃうわ!
「はぁお見苦しい姿をお見せしました」
いえいえ、大変眼福でしたよ。
「ラミリアも……別に戻らなくても、そのまま悩殺すればよかろうに」
止めてください。本当に堕ちてしまいます。
「それで……どうでした?」
ラミリアが俺に感想を尋ねてくる。
「え? 立派だったと思うけど……」
「胸の話じゃないわい!!」
「がはっ!」
エキドナの強烈なツッコミが俺を襲う。ってか尻尾で殴るのは反則だろう。ハリセンと違って、下手すれば死ぬぞ?
あっ……ラミリアが真っ赤になって胸を押さえる。その服じゃ、大きさはあまり分からないんでけどね。
「シオンさんってエキドナ様の仰るように破廉恥なんですね」
「がはっ」
今度は精神的ダメージを食らう。ちょっとした冗談だったが、流石に失礼すぎたか。まぁ本当のことを言うと、目を逸らしていたから、そこしか印象がなかったんだけどね。
「実はよく見てなかったんだ。その……あまり見たら悪い気がして。エキドナと違って、翼がないこと位しか分からなかった。だから今度は見られてもいい服を着てもう一度見せてくれ」
「ラミリアはラミア族じゃからの。翼がなくて当然じゃ」
あっ、やっぱりラミア族なのか。上半身人間で、下半身が蛇だから、多分そうだと思ったんだ。
「エキドナはラミアじゃないのか?」
今の反応だとエキドナはラミアじゃないんだな。……何になるんだろう?
「妾は妾のみの種族じゃ。じゃからエキドナと言うのは名前であり、種族名でもある。もし妾に本当の子が生まれたら、その子が第二のエキドナ族になるやもしれん」
エキドナの子。……それって旦那はトオ……考えるのは止めとこう。というか、相手はともかく、子供に関しては少し気になるよな。
「もしかすると、これ聞いたら失礼に……ってか、確実に失礼だから、答えたくなければ答えなくていいけど、その……子孫繁栄というか、そういった行為ってどうやるんだ?」
別にセクハラしたくて言ってるわけではないが、やはり気になる。
「本当に失礼な質問じゃな。だが、尤もな話じゃな。もちろん行為自体は可能じゃ。この蛇の体にも生殖器はあるでの。……いや、流石に見せんぞ!!」
いや、見せろとは言わないが……。
「じゃから、この姿のままでも行為に及ぶことは可能じゃ。それに、人の姿の状態で行為に及んでも、子を授かることは可能じゃ」
「そうなんだ。そういえば、何でエキドナはそのままなのに、ラミリアは服が替わったんだ?」
「実は、同じように見えて妾の服も替わっとるんじゃ。背中をよく見るとよい。翼があろう? 元の服じゃと翼が服の中で丸まってしまうんじゃ」
エキドナが背中を見せる。確かに翼の付け根の部分だけ、服に切れ目があった。
「なんだ。じゃあエキドナも服が替わってたんだ」
「そうじゃ人の姿と本来の姿、入れ替わるときに、最後に着ていた服ごと入れ替わるのじゃ。そうでないと、さっきも言ったように翼が大変じゃ士、なにより下半身の服が破れてしまう」
考えてみたら蛇の姿だから、今は下は何も履いてないもんな。
「そっか。確かに、変わるたびにズボンがなくなってしまったら大変だな」
人間に戻った時に下半身だけ露出とか、どこの変態ってなってしまう。
「お主は人型でしかないから分からんかもしれんが、妾達は体が変態しているわけではなく、姿が入れ替わってると言った方が正確なんじゃ」
変身じゃなくて交換。どうやらあの黒い霧の中で、足が蛇になる訳じゃなく、別の場所に保管してある、もう一つの自分の体と入れ替わるようなものらしい。
そのため、もう一つの自分の体は最後に入れ替わった状態で、保管され続けるようだ。
「じゃあ人型でずっと暮らしていて……えーと、何て言ったらいいんだ? とりあえず人型と魔族型と呼ぶな。魔族型になったら、魔族型も成長とかしてるのか?」
例えば百年くらいずっと人間の姿で暮らしていて、魔族の姿に戻った時に、その姿は百年前の姿なのかな? それとも百年後の姿なのかな?
「成長しとるぞ。まぁずっと人型でおることはそうない。妾もラミリアも、自室ではこっちの姿になっていることの方が多いのじゃ。こっちの方が本来の姿じゃから楽じゃしの」
「ならいつもその姿……悪い。失言だった忘れてくれ」
考えれば分かることだった。半人半魔のように言われてるのに、その姿のまま生活していたら、ずっと言われ続けることになるのだ。
「シオン、お主は気を遣いすぎじゃ。さっきの魔族型も妾達のことを半魔と呼ばないようにするためじゃろう」
半魔って多分エキドナ達には差別用語に等しい単語だと思ったから避けたんだけど、やっぱりエキドナにはバレてしまったか。
「シオンさん……」
「ラミリアよ。シオンはこのように気配りも出来る男じゃ。妾達のことを蔑ろになぞ絶対にせぬ」
「……分かっています」
……ラミリアもきっとたくさん苦労したんだろう。
それにしても、どれだけ強くなろうとも、エキドナ達のように正体を隠しながら暮らさないといけないなんて……悲しいな。
「エキドナ、もう一つ聞いてもいいか? その姿と人型の方、どっちが強いんだ?」
人間の姿でも勝てなさそうだったが、こっちが本当の姿なら、もっと強いってことなのかな?
「ふふふ、シオンも気になるか。トオルも気にしておったぞ。そうじゃな……殆ど変わりはせぬが、こっちの方が、魔力の伝導率は良い気がするの。それから、三つ全ての属性が使いやすい。人間の姿でも三色使えるんじゃが、一色が特出する感じじゃの。後は人型の方が微々たるものじゃが、常に魔力を消費しておる。尻尾も翼も使い勝手がよいし、総合的に見ると本来の姿の方が強かろう」
殆ど変わりがないって言っておきながら、結構違いが多いじゃないか。まぁどっちも強いのは事実か。
「私は逆に人型の方が強いかもしれません。敵と相対したときに、足の方が動きやすいです」
ラミリアの言うことも分かる。蛇型じゃ、平地ならともかく、段差があったりするなら、足の方が便利そうだ。
エキドナは魔法型だから魔力が伝わりやすい魔族型、ラミリアは動きやすい人型。なるほど一長一短って感じか。
「うん、これで聞きたいことは大体終わったかな」
元々なんでトオルとエキドナが急接近したか、ラミリアと相談するつもりだけだったんだが……。
ここまで聞いてしまったら、もうトオルを応援するしかない。
「この戦いが終わったらエキドナはどうしたい?」
ヤバい。聞いててなんだが、この言い方はヤバい。……フラグだ。生きて帰ってこれなくなる。
「別にどうもせんぞ」
フラグの意味を知らないエキドナはあっけらかんと答える。って、どうもしないの!?
「……てっきりトオルと一緒になるって言うかと思った」
「そんな一緒じゃなんて……」
……なんかもの凄い照れてる。おいおい、尻尾がブンブン動いてるぞ。訓練場を壊したりしないだろうな?
「まぁ正直に言うと、一緒に居たいとは思うとる。じゃがな、前回も言ったと思うが、まだこの城にはトオルが必要じゃろ? トオル自身も、落ち着くまではここを離れとうないそうじゃ。それに隣の国が妾の領地になれば頻繁に……それこそ毎日会えるというものじゃ。一緒になるには、お互いに落ち着いてからでよい」
……意外と考えてるんだな。でも、将来的にはトオルは出て行くことになるんだろう。地球から一緒にここまで来て一年半以上過ごした。……先の話とはいえ、別れがあると思うと、寂しいな
「さて、結構話し込んでしもうた。妾は先に休むでの。お主らも逢い引きは程々でな。特にシオン、明日……というかもう今日じゃな。数時間後には出発するんじゃから、早めに寝るのじゃぞ」
気がつくともう日が変わっていた。確かに明日は決戦。少しでも休んでいた方が良いだろう。
「じゃあ俺達も戻ろうか」
というか、話は終わったんだから、エキドナもラミリアと一緒に帰ればいいのに……。気を利かせたつもりかもしれないが、何もないぞ?
「はい。……あの、シオンさん」
「なんだ?」
ラミリアは恥ずかしそうに……でも、意を決したような顔をした。
「次はちゃんとした服を着てきますので、今度、もう一度私の本来の姿を見ては頂けませんか?」
「分かった。この戦いが終わったら見させてもらうよ。楽しみにしてる」
「……はいっ!」
なんか壮大なフラグを作ってしまった気がしなくもないが、気のせいだろう。




