第56話 秘密の話をしよう
エキドナに窘められたあとは、会議は順調に進んでいった。
攻める方は四人なので、これは臨機応変に。
ただし、万が一に備えて、念のため全員が転移で戻ってこれるよう、魔法結晶を持っていることだけが約束された。
攻め方は空からの侵入だ。ヴィネとホリンに乗って急襲をかける。その後はさっきも言ったように、臨機応変だ。
あと、基本方針として、アンデッドは全滅させ、人間の生き残り市民は無視することにした。
正直赤の国の王都に住んでいる市民なんて、録なやつがいないだろう。俺達が殺す必要はないけど、だからといって無理に助ける必要もない。勝手にしてくれって感じだ。生き残った市民に関しては、戦後のエキドナに任せることにしよう。
防衛に関しても、結界内に入ってきたら反撃するってことになった。
「では決行は明日の朝。各自、万全の態勢で望むとしよう!」
俺の言葉に全員で頷いて、会議は終了した。
――――
夜、自室に戻って一息つくと、扉からノックの音が聞こえてきた。
誰だ? ……と、扉を開けると、そこにはラミリアがいた。
「どうした? ……じゃないな。そう言えば時間を取るって言ってたな」
完全に忘れてた。
「ですので、無礼は承知ですが訪ねさせて頂きました」
「分かった。じゃあ中に……って言いたいけど、流石に男の部屋に入るのは嫌だろ? どこか別の場所に行くか」
ラミリアが嫌って思うかよりも、それ以前に連れ込んだらまたルーナ達に怒られてしまう。あまり人目に見つからない場所……。
食堂は……いや、多分明日の準備をしているだろう。会議室は誰が来るか分からないな。あ、訓練場なら誰も来ないんじゃないか。
そう思って俺達は訓練場へ向かうことにした。
――――
「女性を連れ込むのに、こんなところなのですか?」
「いい場所が思い付かなかったんだよ。それに連れ込むなんて人聞きの悪い」
「ふふ、事実じゃないですか」
「確かにな。と、こうやって二人で話すのは初めてだったな」
アイコンタクトならしたけど、直接言葉にするのはほぼ初めてだ。
「そうですね。いつも会話はありませんでしたし」
「それにしてはよく通じたよな」
「恐らく考えてることが、ほぼ同じだったからでしょう。お互い苦労してますから」
ラミリアはエキドナ相手に、俺は……あえて断言はいないようにしよう。
「だよな。……で、エキドナは実際のところどうなんだ?」
「どうなんだ? どころではありません。あれは完全に恋する乙女そのものですよ。長年エキドナ様にお仕えしておりましたが、あのような浮わついたエキドナ様を見るのは初めてです」
「でも、エキドナって子供がいるんだろ? テュポーンとの子供が」
「ご存知でしたか。……ですが、それは別にテュポーン様との子供という意味ではございません」
「えっ? 違うのか」
「違います! シオンさんはエキドナ様の正体をご存じですか?」
「いや、調べようかとも思ったが、知り合った後に調べるのは失礼かなと思って。必要なら本人に聞けばいいしな」
トオルが知っていたから恐らく神話系にいるのだろう。実際に俺だって名前だけは聞き覚えあるしな。
ルーナのシルキーの時もそうだったが、知り合った後に調べると、何となくプライバシーを漁ってる気になって気が引けてしまうのだ。
「そうですか。では差し支えない範囲だけ話させてもらいます。まず、エキドナ様が【重奏姫】と呼ばれているのはご存じですよね?」
「ああ、複数の属性を持ってるからだろ?」
「その通りです。では何故複数の属性を持っていると思いますか?」
ルーナはエキドナの体質がどうのって言ってたけど、聞く前にエキドナが来たから結局聞いてないんだよな。
「それは知らないな。なんでだ?」
「エキドナ様は今は人間の正体を体をしてはいますが、本当の体は人間ではないのです」
「それはあれか? 本当は竜でした? みたいな感じか?」
人化の魔法って感じなのか?
「いえ、竜ではないんですが……。それに全く人の姿をしてない訳ではないんです」
「じゃああれだ、人魚みたいに半分人間で半分別の生き物ってやつだ」
「すごいですね。あれだけのヒントで言い当てるとは……エキドナ様だけでなく、私を含むエキドナ親衛隊は全てが半人半魔の魔族です」
「おっ当たったか。って全員がそうなのか。へぇ……あっ!? 分かった! 人間の部分の属性と魔族の部分の属性で複数持ってるんだな?」
「その通りです。ですが、全員がそれで複数の属性を持っている訳ではないのです。一部の者だけが、そのような特徴を持って生まれるだけです」
そうなんだ。まぁだとしたら、フィーアスのニンフとか複数の属性を持っていてもおかしくないもんな。一部の選ばれた人だけってことだろう。エキドナ重奏軍はその選ばれた者で構成されてるのか。
「重奏軍ってよく言ったもんだな。複数の属性が奏でる魔法ってことか」
音楽のように複数の属性が混じって魔法を唱える。面白そうだ。
「その重奏って最初は蔑称だったんです。獣が双ぶで獣双。それをエキドナ様が重奏に変えたんです」
蔑称か。そういうこと考える奴はどこにでもいるんだな。
「重奏って芸術みたいでいいと思うよ。エキドナは三つの属性だよな。なら一人でもトリオってか?」
「そういえばエキドナ様の属性はご存じなんですよね?」
エキドナがラミリアは知らないって言ってたっけ?
「まぁ知る方法があったからな」
「勝手に知るのは失礼にならないんですか?」
ちょっと皮肉っぽくラミリアが言う。自分が知らないことを俺が知っているのが気にくわないのかもしれないな。
「まぁあの時はここまでガッツリと同盟を結ぶ気じゃなかったから、少しでも有利になりたかったってのがある。今なら断ってから調べるかな」
「敵か味方か分からないときは容赦しないと?」
「普通だろ?」
俺はニヤリと笑う。
「ええ」
ラミリアも笑って答える。
「で、何の話だったっけ?」
「エキドナ様が複数の属性を所持していた理由とテュポーンの話です」
「そうそう、そうだったな。複数の属性を持つ理由は、種を明かせばなるほどって感じだったな」
「先程も言いましたが、複数の特徴を持つ種族全員が属性を複数所持している訳ではありません。基本は他の種族と同じ一種類しか使えません」
「ふーん、で、それとテュポーンの話に何が関係あるんだ?」
「今でこそ私やハーマインのように複数所持の者が生まれておりますが、当時はエキドナ様一人――この世界において、属性を複数所持した方はエキドナ様が初めての存在でした」
「続けて」
俺はラミリアの話を促した。
「そこでエキドナ様のように、複数の属性を持つ生物を作ろうと画策したのがテュポーンでした。彼はエキドナ様に人体実験し、多くの新しい魔物を生み出しました。実際にエキドナ様が産んだ訳でなく、エキドナ様の血や細胞を他の種族に取り込まれた形です」
「なんだそりゃ!! エキドナを実験に使っただと!! テュポーンってやつは一体何様のつもりだ!!」
俺は思わず立ち上がって叫んでしまった。
「きっと自分を神だとでも思っておったのだろう」
答えはラミリアではなく、背後から聞こえた。
「エキドナ様!」
いつの間に……ラミリアが驚いてるから、彼女が呼んだわけじゃないようだ。
「部屋へ行ったらおんかったから探したが……まさか本当にラミリアと逢い引き中だとは思わなんだぞ」
どうやら俺を探していたようだ。
「逢い引きって……そんなんじゃないぞ」
「分かっておる。妾だってさっきの話を聞いておった」
「いつから聞いてたんだ?」
「調べるのは失礼かなって下りからじゃ」
「ほぼ最初じゃねーか。何で声をかけなかった?」
ずっと気づかれないように気配を消してたってことじゃないか。
「人の逢い引き中に声をかけるなど、無粋な真似を妾がするわけなかろう」
「じゃあなんで今になって声を掛けたんだ?」
どうせ声を掛けるなら、もう少し前……ラミリアがテュポーンの話を語る前にするべきだったろうに。
「そうじゃの……嬉しかったからかの」
「嬉しかった?」
「そうじゃ。妾の為に怒ったろう? それが嬉しかったのじゃ」
「べ、別にエキドナのために怒ったわけじゃ……」
ちょっと恥ずかしかったので、ツンデレ風に誤魔化してみた。
「……おぬし何故そこで否定する?」
真顔で答えられた。やはりツンデレはネタを知らないと通用しないか。
「いや、本当のことは恥ずかしいじゃないか」
「ふふ……全く。お主といいトオルといい、本当にに変わっておるのう」
「トオルが?」
「そうじゃ。というか、お主らはその話をするためにここにいるのじゃろう?」
って、なら初めから逢い引きじゃないって知ってるんじゃないか!
「エキドナ様。申し訳ございません」
ここでラミリアがエキドナに土下座で謝る。
「ん? 何を謝るのじゃ?」
「シオンさんにエキドナ様のことをベラベラと話してしまいまして。主人のことを許可なく話すのは部下として誤った行動だと思っております」
「別に気にする出ない。と言うか妾もその話をするために、シオンの部屋へ行ったのじゃ。そしたらラミリアが代わりに話してくれただけじゃ。手間が省けて助かったぞ」
そうだったのか……。
「どうして話そうと思ったんだ?」
「元々初めから話す気でおったぞ。同盟を結ぶのじゃ。互いのことを知らねばならんじゃろ。今になったのは、たんに時間がなかっただけじゃ」
「時間ならいくらでも……会議中でもあったじゃないか。って、そか俺にだけ話したかったとか?」
「いや、お主ら四人とルーナには話そうと思っておった。じゃが、いっぺんに話すのではなく、一人一人と話したいと思うておったのじゃ」
話すときは一人一人か……分かる気がする。
「それなのに私が出しゃばってしまったのですか」
ラミリアは酷く落ち込んでいるようだ。
「じゃから気にせんでよいと言っておろう。全く変なことを気にするやつじゃ」
いや、流石に変なことではないと思うぞ。
「エキドナもラミリアもそのくらいにしておけ。話が進まないじゃないか」
「いつも脱線させておるお主が言うでないわ!! しかしその通りじゃのではラミリア、続きを頼むぞ」
「え? 私がですか?」
「其方が話が始めたのじゃ。当然じゃろ?」
「……分かりました。と、言いましてもほとんど言ってしまいましたね」
俺はさっきまでの話を思い出す。
エキドナが複数の属性を持ってるのを知って、テュポーンが人体実験したんだったな。うん、思い出しただけでも腹が立つ。
「エキドナ様の細胞を使って生まれた種族はたくさんいます。代表的なのはオルトロスやケルベロス、キマイラなどでしょうか。エキドナ様はその種族を自分の子供のように育てました」
俺でも知ってる有名な魔物たちだ。
「ちょっと待て。テュポーンはどうなった?」
「あやつなら、実験で複数の属性を持つ魔物が生まれたら、妾の前からさっさと消えてしもうた。今は生きておるかも分からん」
「なんだそれ。じゃあなにか? 今も生きてるかもしれないのか?」
「あやつが生きてるとしたら、万は超えておろう。いくら魔族とは言っても、そこまで長生きするものかのう?」
「いや、エキドナも似たようなもんだろう?」
「まぁ妾は実験で死ねない体にされてしもうたからの。殺されない限り死ぬことはない」
「……わりぃ」
きっと触れられたくない部分だっただろう。少し陰を落としたエキドナに素直に謝った。
「なぁに、謝る必要はない。こうも長く生きておるからラミリアとも知りおえたし、シオン、お主にも知りおえた」
「トオルにも?」
「ははっ、そうじゃ。まさかこの年にもなって、恋を体験するとは思わなんだ」
「聞いていいか分からんが、一体あの夜トオルと何があったんだ?」
「なんじゃ、やっぱりあの夜トオルと会っとったことを知っとったか」
「トオルがエキドナの部屋に入るのをメイドが目撃してたからな。昼にゆっくり話したいと言ってたから、その事かと思ってたけど……」
「何だそれ? 私は聞いてませんよ!?」
「あれ? ラミリアは知らなかったっけ?」
「ああ、聞いてません。ですから次の日、エキドナ様がトオル様をヴィネに乗せたのに驚いたのです」
ラミリア……俺にはシオンさんなのに、トオルには様付けなんだな。
「うむ、あの時はすでにトオルに惚れておったからの。で、あの夜に何があったかじゃったか?」
「あ、ああ……あっ別に生々しい話はしなくていいからな!」
俺が釘を指すと、エキドナが真っ赤になる。へぇ、そんな顔も出来るんだ。いや!? 冗談で言ったんだけど……本当にあったの?
「な、なななな、生々しい話などするか馬鹿もんが! それ以前にそんなことしとらんわ!! それにしても……シオン、お主意外と破廉恥な男じゃのう?」
どうやら一線は超えてないようだけど……破廉恥って随分と古風だな。
「まぁよい。でじゃあの夜トオルと話したことは、今シオンと話していたことと同じことじゃ」
どうやら俺とラミリアが話していたエキドナの秘密をあの夜に二人で話したらしい。
「あの時のトオルもさっきのシオンと同じように、まるで自分のことのように怒ってくれたのじゃ。それが嬉しくてのう」
「コロッと落ちちゃった訳だ」
「もう少し言い方があるじゃろうが!! じゃが、その通りじゃな。しかし、先程のシオンも中々じゃったぞ。トオルよりもシオンの方に先に話しておれば、シオンの方に惚れとったかもしれん」
おいおい、そんな単純なことなのか? ……ってスミレに一目惚れした俺が言えることじゃないか。
「しかし、過去にも俺やトオルのように怒ってくれる男はいなかったのか?」
「まず、妾と対等に話せる者がおらぬ。皆妾を恐れるからの。そして数少ない妾と対等に話せる者は、隠居ジジイや他の魔王くらいなものじゃ。あのジジイの態度を見たじゃろう? 軽口くらいは許すが、あれでトキメクことはあるまい? 他も同じじゃ、魔族として完璧な姿でない、別の生物の混じった姿は醜いと思われがちじゃ」
そう言いながら、エキドナの体が黒い霧で覆い隠されていく。中で何が行われているか分からない。だが、霧がなくなった後には、エキドナは人間の姿ではなくなっていた。
上半身は先程までのエキドナと変わらない姿。いや、背中には大きな黒い翼が生えている。
下半身はヘソの下辺りから蛇に変化していた。……これが本当のエキドナの姿か。だからゼロやフレアは蛇女とか言ってたのか。
本当の姿を蔑称にされる……。トオルが怒る理由も分かる気がするな。
「へぇ。思ったよりもカッコイイな。その翼って空飛べるのか?」
あの翼って、何の翼なんだろう?
「ふふ……ははは……あっーはははははっ! お主ら、ほんによく似ておるの。トオルも妾の姿を見て最初に言った言葉は『すごいね。飛べるの?』じゃったぞ」
「ふーん、ならカッコイイって言った俺の方が上だな」
「お主……何故そこで張り合う? じゃが、お主は思ったよりって言っとったぞ。なら元は期待しておらんかったと言うことではないか?」
エキドナがジト目で睨む。トオルよりもイケメンってところを見せたかったのだが、失敗したようだ。
「じゃが、妾の真の姿を見ても怖がらない。気持ち悪がらない男は貴重じゃぞ。……なぁラミリアよ?」
「何故そこで私に振るのでございますか?」
「いやなに。シオンはライバルが多そうでの。手放さないようにせねばと思うてな」
「だから! 違うと何度も言ってるじゃないですか!」
「しかし、こんないい男、中々おらぬぞ? ラミリアとて憎からず思うとるんじゃろう? シオンならラミリアの姿も受け入れてくれるじゃろうて」
「それは……確かに……」
そう言いながら、俺をチラチラと伺っている。どうでも良いけど、本人の前でそういった話は止めてほしい。
「あー悪いが、俺にはその気はないぞ。あ、別にラミリアがってわけじゃなく、今は女性とどうにかなるってことは考えてないんだ」
「なんじゃお主は男色じゃったか。……はっ! もしやトオルと!? い、いかんぞ。例えシオンでもトオルはやらんぞ!」
「えっ? 本当ですか!!」
「違う!! ってか、ラミリアは何故そこで目を輝かせるんだ!!」
もしかしてラミリアはそっちの方に興味がある人なんですか?
「しかし……そうだな。エキドナが話してくれたんだ。俺も話すかな」
エキドナが秘密を話したんだ。俺も秘密を話すことにした。




