閑話 重奏姫の初恋
今回はエキドナ視点の閑話です。
「さて見えてきたぞトオル。あれが妾の城じゃ!」
シクトリーナ領土からはるか北の大地、歩いて行くとAランクやSランクの魔物が蔓延る山脈を抜けねば到達できぬ大地。そこに妾の城があった。
「もう着いちゃったんだね。ちょっと残念かも」
「なんじゃ? 着きたくなかったのか?」
トオルには城を見てもらいたかったのじゃが、もしかして迷惑じゃったかの?
「だって……二人でいる空の旅が終わってしまうんでしょ? ちょっと寂しいなぁって」
「トオル……」
マズい! 非常にマズいぞ! 自分でも顔がにやけておるのが分かる。
まさか妾がこんなに舞い上がってしまうとは……二日前にこの城を飛び出した時には、考えもしなかったぞ。
――――
今回の旅はまさしく運命の出会いがあった。
初めは、シエラの死後に住んで居る者達を見に行っただけじゃった。
もしつまらぬ者じゃったら殺してしまおう。そうも思っておった。
到着してから驚いたのは、ルーナに表情があったことじゃ。
過去に何度かシエラと一緒にいたルーナを見たことがあったが、その時には全くの無表情で、ゴーレムかと疑ごうたこともあった。
それが笑顔を見せ、時には冗談も言っておった。まさに驚くべき変化じゃった。
そのルーナを変えたと思う人物が、シオンじゃった。ぱっと見は少し頼りない優男のような感じ。話し方もこちらの機嫌を伺うような話し方じゃった。
じゃが、少しばかり脅してやろうと、試しに妾の威圧を放ったんじゃが、正面から受け止め、平然としておった。
それもその場にいた全員がじゃ。その場にはシオンとルーナ以外にもトオルとサクラがおった。その三人とも平気な顔をしておった。
妾はこの三人に興味が湧いた。いや、興味ならすでに湧いておった。
茶うけに貰ったケーキとやら。甘味としてあれほどの物を食べたことはなかった。それこそ何千年も生きて初めての衝撃じゃった。これほどまでに美味いものがあるとは想像だにしてなかった。
そしてやっぱりシオンは猫を被っておった。妾が対等の友誼を結ぶと言った瞬間今までの殊勝な口調からがらりと変えおった。
そこでシオンはたった三人でヘンリーを倒すと言いおった。確かに個々の力はヘンリーより強そうじゃ。じゃが相手のアンデッドは下手したら何千、いや何万もいるはずじゃ。それを三人でどうする気じゃ?
妾には只の妄想にしか思えんかった。
トオルの第一印象は、シオンよりも頼りない男という印象じゃった。妾の威圧にも耐えうるため、それなりの強さは持っておるようじゃった。
その考えが変わったのは、妾に向けたひと言じゃった。
「テューポーンの話なんてどうだい?」
その言葉は完全に不意打ちじゃった。妾はその瞬間どうなったじゃろうか?
うまく誤魔化せたじゃろうか。
テュポーン。妾が最も憎む忌まわしき名前じゃ。何故それをこのトオルは知っておる?
横のシオンを見てみる。シオンには何の話か分からないようじゃった。知っておるのはトオルだけか?
何故その名を発したのか、その真意を確かめる必要がある。
トオルもそのつもりだったようじゃ。妾はこの男を要注意人物と見定めた。
その後のサクラとの模擬戦はまことに楽しかった。妾とあそこまで肉弾戦を繰り広げた者は久しぶりじゃ。ただ妾は魔法の方が得意じゃから、肉弾戦でいい勝負じゃ、サクラもまだまだじゃがの。
模擬戦の後に飲んだビールとやらは格別じゃった。見た目はただの冷やしたエールじゃが、飲んだ時の喉越しの良さはエールとは全くの別物じゃった。おそらくエールを冷やしてもあの刺激は味わえまい。
ふむ、もう一度飲んでみたいものじゃ。
あの城は本当に不思議じゃった。シエラが居たときに滞在した時と大違いじゃった。
温泉という体の芯まで温まる風呂。肌が艶々と潤った感じがした。それに石鹸とシャンプーにリンス。石鹸は妾の城にもあるが、泡立ちが全く別物で汚れがきれいに落ちよった。それにシャンプーとリンス。髪を洗い終わった後のサラサラ感は自分の髪とは思えぬほどの気持ちよさじゃった。
夕食に関しても食べたこともない料理。全てが美味しく食せた。
思わず『妾もここに住む!』と言ってしもうた。じゃが、妾だけでなく、あの堅物のラミリアやハーマインも揺れておったわ。結果は断られたのじゃが、妾は諦めはせぬぞ。
その後、トオルと二人で過ごした夜を妾はきっと忘れぬであろう。
妾の話を聞いてくれたトオル。
妾の正体を見て、受け入れてくれたトオル。
全てを知って、そっと抱きしめてくれたトオル。
トオルはたった一晩で妾の心の中に深く踏み込んでいったのじゃ。
次の日の朝はトオルの顔を満足に見れなかったぞ。
そういえば、シオンから不思議な魔道具を貰ったのじゃった。
不思議な飴じゃった。舐めると魔物の言葉が分かるようになるのじゃ。
《わが主よ。我の言葉が分かるのですか?》
おお、本当に聞こえよった。
(聞こえとるぞ!そなたの働きにはいつも満足しておる。)
《勿体なきお言葉。わが主よ。宜しければあのホーリーグリフのように我にも名を頂けぬでしょうか》
シオンはあのホーリーグリフにホリンと名付けておった。そう言えば妾はこの者に名を付けてはおらなんだ。
(そうじゃの……お主の名はヴィネでどうじゃ?)
付けてしまって思うたが、女の様な名前かの?
《おお、では我は今後はヴィネと名乗りましょう。わが主よ感謝します。》
(喜んでくれて何よりじゃ。してヴィネよ。これから妾と妾の後ろにおるトオルを乗せて飛んではくれぬか?)
《わが主以外の者も乗せるのですか》
(すまんが頼む。妾にとってとても大切な者じゃ)
《おお! トオル殿はわが主のつがいでしたか! では何の問題もございません》
(つがっ!? ……まぁよい。その通り、トオルとは将来夫婦になりたいと思うておるゆえ、よろしく頼む)
《お任せください。わが主の望むがままに、どこまでも飛びましょう》
ヴィネとの会話を終えるとハーマインがシオンに向かって土下座をしておった。どうやらこの飴が欲しかったらしい。
全くハーマインの恥知らずが……しかし、この魔道具の素晴らしさは、実際に体験した妾なら良く分かる。
するとそこにルーナが共同研究の話を持ち出した。引き受けるなら飴をハーマインに渡すという。
こちらとしてもこの飴が量産できるのなら是が非でもない。ハーマインには頑張ってもらうとしよう。
空の上をトオルと一緒に移動したのは本当に楽しかった。年甲斐もなくドキドキした。妾かこんな気持ちを持っているなど思いもしなかった。
空の旅が終わるのが本当に寂しかった。
それにしても……シオンという奴は本当に大物じゃった。
まさかゼロ相手に、いきなりジジイと言い放ちおった。その時のゼロの顔。とても呆けた顔をしておったわ。
思わず笑い転げてしもうた。
しかもそれだけではない。シオンのやつは、ゼロに向かって契約の呪いをかけよった。
あの時は正直胆が冷えたぞ。じゃが戦闘準備をしようと思うたら、次の瞬間には部屋から出てヴィネの待つ広場におった。そしてそのまま気が付くとシクトリーナ城へ戻っておるではないか。
どうやらトオルの魔法らしい。転移の魔法が使えるとは流石トオルじゃ!
戻って来て最初にしたことは、シオンを叱ることじゃ。せっかく平和的に解決出来たものを、ケンカを吹っ掛けてどうするのじゃ!
シオンは口約束が信用できないと言う。確かに信じるだけの愚か者よりはマシじゃろう。
しかし、あそこまで喧嘩腰になる必要も……なんじゃと? トオルが妾の悪口を聞いて、感情的になったじゃと。
ん、んん、そ、そういうことならば仕方ないじゃろう。しかし、妾の為に怒ってくれるとは……ほんにトオルは憂い奴じゃの。
ゼロには後で詫びでも入れればよかろう。あの者もそこまで器が小さい男でないから大丈夫じゃろう。
――――
そういう訳で詫びを入れ、来るべき戦いに備えるために帰ってきたのじゃが、トオルのもっと一緒に空の旅を楽しみたいと申した。妾も同じ気持ちじゃが、妾の城も見てもらいたい。
正直、料理はシクトリーナには全く及ばぬが、城に関しては負けておらぬつもりじゃ。
この城でトオルともっと仲良く……と思っておった。
じゃが、トオルは毎日城の中や外を歩き回ってばかり。妾も付き合おうと思っても、ラミリアから仕事を押し付けられる。あやつ……わざと妾とトオルを引き離そうとしておらぬか?
トオルの相手は現在ハーマインが行っておる。二人とも研究熱心なところが似ておるから、本当に楽しそうに話しとる。……よもやハーマインにトオルを取られたりせぬじゃろうな?
……こんなに悔しい気持ちになったのは、初めてかもしれぬ。これが嫉妬というものなのかのう。
妾はどうにかしてトオルと二人になる機会を伺った。じゃがそれは叶わぬ夢じゃった。
いや、まだ可能性はある。そうじゃ! ゼロの所に行くためにはトオルと二人きりになる必要がある。
よし、そうと決まれば明日はトオルと二人でゼロの所へ行くのじゃ!
――――
「彼の場所までは送るけど、僕は広場で待ってるよ」
翌日、トオルは転移で前回の広場まで送ってくれたが、一緒にゼロに会いには行ってくれぬらしい。
確かに前回は無礼を働いたため、トオルの安全を考えれば会わぬ方がよかろう。じゃが……もう少し一緒にいてもいいではないか!
こうなったらさっさとゼロの所へ行って、残り時間を二人でゆっくり楽しもうぞ。
妾が一人でゼロの家へ向かうと、仁王立ちでフレアが立っておった。まったく……コヤツと話すと疲れるから嫌なんじゃ。
「ゼロ様にあんなことをしでかして!! よくもおめおめと顔を出せたものね!」
案の定フレアは怒っておる。ここで相手にすると無駄な時間が掛かってしまうのう。するとトオルとの時間が無くなってしまう。
「そこを退くのじゃ。お主には用はない」
「な、なによ、いつもと違うじゃないの」
いつものような余裕が妾にはないのじゃ! フレアがいつもと違う妾に気圧されている今がチャンスじゃの。
「その通りじゃ。いいからさっさと退かぬと……」
妾は魔力を練り上げる。脅しには丁度良かろう。
「わ、分かったわよ。ゼロ様にもあなたが来たら通せと言われてるから」
ふむ。ゼロも妾が来ることを察しておったか。
「ふん、じゃったら早く通せばよいのじゃ。ほれっ」
妾は溜めてた魔力をフレアへ渡す。
「わっ! ちょっと危なって、きゃあ!」
魔力の塊は、フレアの前で激しい光と音を発して弾ける。ふん、脅しようの光と音の塊じゃ。怪我一つないはずじゃ。
「ふぇ……うわーーん!! ドナちゃんのバカーーー!!」
フレアのやつ、幼児かしてどこかに行きおった。ふむ、少し気が晴れたの。
――――
「どういう事だったか説明してもらおうか」
妾が顔を見せるなり、そう言い放ちおった。外には出さぬが、あれはそうとう腹立たしく思っておるようじゃ。
「まぁ待つが良い。まずは詫びの品を預かっておる。話はそれからじゃ」
妾は預かってきた酒を渡す。日本酒というそうじゃ。
妾もシクトリーナ城で味わったが、実に旨かった。色々な種類があり、甘口から辛口、芳醇な香りから、スッキリした味わいのもある。エールのように一気に飲むのではなく、少しずつ味わいながら飲む。そんな酒じゃった。
妾はゼロにそう説明した。ゼロは無類の酒好きじゃから、思うた通り興味を持ったようじゃ。
「ほれっまずは一献」
もちろん妾も一緒に飲む。美味しいものは少しでも味わいたいしの。それに妾が飲むことで毒味も兼ねておる。
妾が飲んだことにより、ゼロも日本酒を口へ運ぶ。ははっ、ゼロめ。随分と驚いておる。そうじゃろうそうじゃろう。
「これは何だ?」
「何じゃって、さっきも言ったろう。日本酒という酒じゃ」
「いや、そう言う意味ではないが……これは美味いな。まず口に含んだ時の香りがいい。少し甘いが、悪くはない。しっかりと酒を感じることが出来る」
「ドワーフどもが飲んどるのに比べると強い酒ではないが、こういうのもよかろう?」
「ああ。これはじっくりと味わいたくなるな。だが……なにかつまみが欲しくなるな」
「そう言うと思うてな。それも一つ用意しておる。シオンが数が少なく貴重な一品と言っておったぞ。妾も食べておらぬから楽しみじゃ」
材料がないので、あの城でも作られておらぬ、シオンのみの秘蔵の品らしいのじゃが……。
「ほう、それは楽しみだな。……それがその一品なのか? 随分と少ないが」
「じゃから貴重じゃと言っておるじゃろう。お主のためにシオンがその貴重な品を分けてくれたのじゃ。いらぬなら妾が全部もらうぞ」
「まてまて、要らぬとは言ってない。だが、これは何と言う料理なんだ?」
「塩辛と言うらしい。海に住んでおるイカという生き物らしいのじゃが、妾の領地には海がないので、よう知らぬ」
「イカか……確かクラーケンの子がそういう名前ではなかったか?」
「おおっ! クラーケンなら妾でも知っておるぞ。たしかかなり巨大な魔物じゃな。あれの子なら確かに貴重じゃろう」
しかし、シオンは魔物とは言っておらんかったような気もするが? ……まぁそれはどうでもいいじゃろう。
「まぁそれはともかく早速食べてみるか。……む!? これは!!」
どれ妾も一口……ほうこれは……。
「これは美味いか不味いかと言えば間違いなく美味い。だが、これの真価はそんなことではないな」
「うむ、これ単体でも美味いが、これは日本酒とよう合う。まさに日本酒のための料理じゃな」
「イカと言ったか? 身を塩漬けにしたのか? 肉を塩漬けにして保存するとは聞いたことがあるが、こんなのは知らんな」
「うむ……これがあればいくらでも酒が飲めるのう」
「おい。それは俺への土産だろ? 飲み過ぎだろうが! 塩辛も、そんなに食うと俺のがなくなるだろうが!!」
確かに土産ではあるが……ったく、器の小さな奴じゃの。
「少しくらいよかろう。妾だって塩辛は初めて食べるのじゃ」
「お前は頼めばまた貰えるだろうが! だから遠慮しろ!」
「お主だってシオンと和解すれば、これくらいいつでも貰えるようになるはずじゃ」
「……なに?」
おおっ、ゼロめ。見事に興味を持ちおった。シオンめ……こうなることを見越して土産を持たせたのじゃな。油断ならぬ奴じゃ。
「元々シオンはお主と敵対せぬようにここまで来たのじゃ。であるから、仲良う出来る筈じゃぞ」
「……その割りには、向こうから喧嘩を吹っ掛けてこなかったか?」
「そ、それはその……。ちょっとした行き違いがあったのじゃ」
まさか、妾のことを悪く言ったからだとは説明しづらい。じゃが……説明せぬ訳にはいかんじゃろうな。
――――
「……っく。くははははっ! あ、あいつ等は、そんな理由で俺に喧嘩を売ったのか!?」
案の定笑いおった。妾のことはともかく、トオルのことを笑われると、無性に腹が立つのう。
……これがトオルの気持ちやったやも知れぬ。妾のことを悪く言ったら腹が立つ。うむ、そう考えると、嬉しく感じるのう。
「お前は何をにやけているんだ?」
いかん、顔が弛んでおったようじゃ。
「な、何でもない。それよりもじゃ。シオン達には最初から敵意はなかった。ちょっとした手違いがあっただけじゃ」
「そのちょっとした手違いとやらが、俺がお前に言った蛇女だとはな。流石に思わなかったぞ」
そりゃそうじゃろう。妾だって聞くまでは思わなかった。
「しかし、お前に惚れる男がいるとはな。余程の大物だな」
「そうじゃ。トオルは大物なのじゃ」
「……俺にはお前の変わりようにも驚いたぞ。お前こそ、その男にベタ惚れではないか。今のお前はどう見ても魔王には見えん。ただの盛ったメスだ」
「さ、盛ったメスとはなんじゃ!!」
その言い草は失礼にも程があるぞ!
「悪い悪い。別に悪い意味じゃない。お前も女だったんだと思っただけだ」
「じゃが、もっと言い方があるじゃろうが。例えば……恋する乙女とかどうじゃ?」
「……お前、それ自分で言ってどう思う? ……ああ、別に言わなくても良い。その顔で分かる」
多分妾の顔は真っ赤だったんじゃろう。
「お前をこんな風にする男がいるとはな。俺も俄然興味が出てきたぞ」
「なっ! トオルに手は出させぬぞ!」
「心配せんでも別に何もせん。魔王すら骨抜きにする男。美味い酒。そして俺に掛けた魔法」
「シオンの契約のことじゃな。軽く話を聞いたが、妾が全魔力を使って、やっと破れるかどうかの魔法のようじゃ」
「ほう。お前でも苦労をするのか。で、これの影響はどうなんだ?」
「シオン達に手を出さない限り、なんの影響もないそうじゃ。抑止力のための魔法のようじゃからの」
「この魔法、無理に外そうとするとどうなる?」
「解呪を試みると、それよりも先に魔法が発動するそうじゃ。人間ならそれで死ぬじゃろうが、其方なら少し辛いだけで死にはせぬじゃろう」
「なら暇潰しも兼ねて、この魔法の解呪をやってみるか。お前でも苦労するなら、それなりに楽しめそうだ」
自らに掛かった呪いの解呪を、暇つぶしに考えるのは、世界中でこの男くらいな者じゃろうて。
「なら今回の謝罪は……」
「元よりそこまで怒っておらん。そもそも怒っていたら、すぐに城に攻め込んでいる」
そうじゃろうな。居場所は知っておるし、コヤツなら飛んで行くことが可能じゃ。
「ただあまりに生意気なら、少し懲らしめる必要があるとは思っていたがな。理由も聞いたし、今回は不問とする。また、今後同じ過ちを繰り返さないように、お前やそのシオンとか言う小僧が、俺のことをジジイと呼ばないなら、俺やフレアは今後お前のことを蛇女と呼ばないようにしよう。どうだ?」
「其方……もしやジジイと呼ばれるのを気にしておったのか?」
「誰がジジイと呼ばれて喜ぶか!」
「分かった。もう其方のことはジジイと呼ばぬ。ちゃんとゼロと名前で呼ぶことにしようぞ」
「なら俺も今後はエキドナと名前で呼ぶことにしよう」
「それ、ちゃんとフレアにも伝えておくのじゃぞ」
「分かっている。その代わり、あまりあれを虐めてやるなよ。あれもシエラがいなくなって、寂しがっていたからな」
「さっき少し揶揄ったら、泣きながら何処ぞへ飛んで行きおったぞ」
あの時はまだ約束しとらぬから無効じゃ。
「はぁ!? ったく。しゃーねーな」
こやつもそれなりに苦労をしているようじゃ。
このあと、妾とゼロは前回出来なかった具体的な話をすることにした。ゼロはヘンリーを倒しても報復しない。シオン達には手を出さない。魔王には戻らないが、ヘンリーの部下が報復しないように、不夜城に関しては最低限の面倒をみる。
ヘンリーを倒して落ち着いたら、酒持って挨拶に来い。
契約の魔法に関しては、ゼロが自身で解呪する。解呪しても手は出さない。
以上の約束が交わされた。大分譲歩してくれたし、上々の結果であろう。シオンも正式に謝罪するべきじゃし、全てが終わったら、挨拶に向かわせるべきじゃしな。
――――
立派な成果を上げたので、トオルに褒めてもらおうと、妾が意気揚々と戻ると……なんと!! トオルの奴。暢気にフレアと遊んでおった。妾があんなに苦労したのに女と遊んでおるとは!!
「あっ! ドナちゃんおかえりー」
おかえりーではないわ! そもそも何でフレアがここにいるのじゃ。……って妾が追い出したのじゃった。
「トオル……お主、こやつのこと嫌っておらなかったか?」
嫌っとる相手と遊んでおるとは……ハーマインとも仲良さげじゃし、まさかトオルは女癖が悪いのではなかろうな?
「まぁ好きではないけど……でもこっちの方は大人しいから」
幼児の方ならじゃと?
「……そなた、もしやロリコンでは?」
「違うよ。それならエキドナくんを好きにはならないよ」
ちょっ!? そんな不意打ちのように好きと言うでない! 照れてしまうではないか。
「あー! ドナちゃん照れてるー。お顔が真っ赤だよ!」
「う、うるさいのじゃ! それよりも其方も早う帰るが良い。ゼロが探しておったぞ」
「えっ!? ゼロ様が! 分かった。帰るね。ドナちゃんもトールくんもまたね!」
フレアめ、ゼロが探しておると聞いて慌てて帰りおった。うむうむ。それでよいのじゃ。
「さて、では妾達も帰るとするかの」
「そうだね。でも転移ですぐに帰るのも味気ないし、二人でゆっくり、ヴィネくんに乗って帰ろうよ」
そうじゃ! 本来の目的は、二人きりの時間を過ごすことじゃった。転移で帰ったら、計画が無駄になるところじゃった。
どうやらトオルも二人きりになりたかったようじゃ。妾はもうそれだけで満足してしまいそうじゃ。
帰ったら、またトオルと離れて、書類整理をやらされるのじゃろう。じゃが、これもトオルとの未来のためじゃ。そう思うと苦でもないわ。
じゃが、この一時だけは二人きりでもよかろう。




