第53話 ケンカを売ろう
屋敷の二階、一番奥の部屋にその人物はいた。
部屋へ入ったときに受けた圧力は、まるで突風を受けたようだ。エキドナがやったプレッシャーとはまた随分と違う。俺は後ろに吹き飛ばされそうになるのを必死で踏みとどまる。
「ほう、今の波動を受けても平気とは……そこの蛇姫が連れてくるだけのことはあるか」
「このジジイ……いきなり何やってくれるのじゃ!」
エキドナがいきなり食って掛かる。ジジイって……魔族の見た目と年齢は当てにならないけど、目の前の男性はとてもじゃないがジジイには見えない。
「ふん、ちょっと試しただけだろう? 何をそんなに目くじらを立てる?」
あれがちょっとだと……人類の大半が死に絶えるぞ。
「その貴様のちょっとが問題なんじゃ! 試すにしてももっと威力を落とさんかい!」
「威力を落としたら試せないだろうが。それに奴等は平気みたいだぞ」
「それは此奴らが特殊なだけじゃ。普通はさっきので死んどる」
「なら死ぬやつが悪い。ここに来た時点で、さっきの波動に耐えれなかった奴は俺と話す資格がない」
こいつは随分と傍若無人なやつのようだな。でも第一段階はクリアしたってことかな?
「と言うことはじゃ、この二人はお主と話す資格を得たということじゃな。シオン、許可を得たので存分とこのジジイと話すがよい。あ、遠慮はいらんぞ。ガツンと言ってやるがよい」
「ほう。どうガツンと言ってくれるのだ?」
エキドナの言葉に元魔王は面白がる。くそ……エキドナも無茶ぶりが過ぎないか? 遠慮はいらんって……多分、遜ると駄目ってことだろう。
《シオンちゃん! トオルちゃんがケンカ腰でいいからやっちゃえって。》
スーラから念話が飛んでくる。俺とトオルの距離だと、スーラとトオルも念話で会話できるみたいだ。聞かれたくない話のときとか、意外と便利だなこれ。
で、トオルからはケンカ腰でって……本当にいいのか?
「えっとそれじゃあ……あっまだ名前も知らないや。だからとりあえずジジイって呼ぶな? 俺の名前はシオン、こっちはトオルだ。シクトリーナ領……って言っても分からんよな。シエラを知ってるだろ? 魔王の。死んじゃったけど。だから今はシエラの代わりにあそこの城に住んでる。んで、今日ここに来た理由は二つあって、まず一つはジジイんとこのヘンリーが、こっちにちょっかいかけてウザいから殺す。だからジジイは大人しく見守ってろ。後は、残務処理とか面倒なので、隠居なんか辞めてさっさと魔王に復帰しやがれ。んでもってこっちにはちょっかい掛けるな! 以上!」
俺は一気に言った。……あれ? どうしたんだ? トオルもエキドナも固まってるぞ? 目の前の男も何を言われたのか理解できないって顔してる。いや、まぁ元魔王の方は仕方がないか。
「くくくっ、シオンお主最高じゃ」
かと思ったらエキドナが蹲って笑いを押し殺している。笑いを堪えてただけかよ!
「シオンくん、初対面の人に向かってジジイは流石に失礼だよ。本当のことでも、一応見た目は若作りをしてるんだからさ。もっとオブラートに包んであげないと」
いや、トオルがケンカ腰でって言ったんじゃ……って、トオルの奴。俺を窘める振りして更に追い打ちをかけてないか?
トオルの言葉に我慢できなくなったのか、ついにエキドナが腹を抱えて笑い出した。
「はーはっはははは! 何じゃ二人とも妾を笑い殺す気か? ひーー腹が痛いわ!」
目には涙が浮かんでいる。ちょっと爆笑しすぎじゃないか? 何がそんなにツボに入ったんだ?
「貴様ら……初対面でここまで生意気な口を聞かれたのは初めてだ。いいか貴様ら。俺にはなゼロって名前がある。覚えとけ」
ゼロは青筋を立てながら答える。俺は戦闘になる覚悟をしていたけど……これだけ言われても、俺達に攻撃しないのは懐が広いのか、舐めてるだけなのか。
「分かった。ゼロだな。んで、ゼロはどんな種族なんだ? ヘンリーと同じヴァンパイアなのか?」
ここまでケンカ腰にやって戻すわけにはいかないから、半ば自棄で、このままのスタンスでいくことにした。
「貴様は……まぁよい。俺はエンシェントヴァンパイアだ。ヴァンパイアの始祖、ヴァンパイアロードにより産み出された最古のヴァンパイアだ」
エンシェントヴァンパイア……どうやらヴァンパイアにも色々と種類があるらしい。
セロは俺達にも分かりやすくヴァンパイアのことについて説明してくれた。
始祖であるヴァンパイアロード。
始祖より直接産まれし二世代目のエンシェントヴァンパイア。
その下の第三世代、エルダーヴァンパイア。
エルダーヴァンパイア以下第四世代になる通常のヴァンパイア。その中で一番強いとされるヴァンパイアキングやヴァンパイアクイーン。
ヴァンパイアが他人の使役するためにヴァンパイア化させたレッサーヴァンパイア。
ヴァンパイアではないが、死体を操って眷属となる屍鬼。
以前ヘンリーが操った二千の兵士は屍鬼になる前の状態だった。
ヴァンパイアロードが生まれたのはもう一万年以上も前。ロストカラーズ時代まで遡るようだ。
エンシェントヴァンパイアはそんなロードの子供になる。子供といっても男女で作ったわけでなくヴァンパイア化させた……と言う意味らしい。セロはこの大陸にやって来たヴァンパイアロードの子の一人らしい。
当時は二桁を超えたエンシェントヴァンパイアも、今はゼロだけのようだ。そんなゼロも生まれて五千年は経つ。とてもそうは見えないけどな。
そんなエンシェントヴァンパイアから生まれた第三世代のヴァンパイアであるエルダーヴァンパイア。魔王だったゼロに従っていた。エルダーヴァンパイアはゼロのことを本当に従っていたようで、ゼロが魔王を辞める際、誰も彼の代わりに魔王になりたい人はいなかったようだ。隠居した今は、ヘンリーには従わず各地に飛び散ったようだ。そりゃあ第四世代のヴァンパイアに第三世代が従う訳ないよな。
その為、ここにはいないが、ゼロが一声をかければ瞬く間にゼロの下へと集まるだろう。
そして現在の第四世代のヴァンパイア、今では【魔素溜まり】からも生まれてくるようだ。
ヘンリーはその中では最も強いとされていた、ヴァンパイアキングだ。
俺はその説明を聞いて納得した。そりゃあヴァンパイアの中でも第二世代と第四世代では強さに差がありすぎるわけだ。
ゼロが丁寧に説明してくれたため、俺も改めてここに来た目的を説明する。
ヘンリーがやりすぎたので制裁を加えたい。だからもしヘンリーに味方をするなら敵対することになる。
ヘンリーを倒した後はヘンリーの領地が空になる。
ヘンリーの影響にある領地は、人間がいる赤の国と本人が元々治めている不夜城周辺。
ヘンリーが落とした人間の国はエキドナが治めてくれることを約束してくれたが、不夜城はいらないと言われた。その為不夜城周辺を治めるためにゼロに戻ってきて欲しい。
そしてこちらに攻め込むような馬鹿な真似は辞めてほしい。
お互いに敵対しないよう同盟を結びたい。
「とまぁこんな感じだが、どうだ?」
「断る。面倒くさい」
「えっ?」
まさか面倒の一言で断られるとは思わなかった。
「何故貴様らの為にわざわざ魔王に戻らねばならんのだ。折角ゆっくり暮らしているんだから、大人しくさせろよ。あ、ヘンリーは勝手に殺して問題ない。別に報復とかしないから安心しろ」
んん? これは予想外だな。俺の考えでは仕方がないなーと言って戻ってきてくれると思ったんだが。やっぱりケンカ腰だったのがマズかったんじゃないのか?
でもヘンリーは好きにしていいみたいだし、報復もしないなら、最低限のノルマはクリアか。問題は不夜城周辺だけど……でもあくまでシクトリーナに一番近い領土ってだけで、すぐそばって訳じゃないよな。どうせ新しい魔王が誕生するのも先の話だろうし、だとすれば放置でいいかな。
「分かった。なら別に問題ない。確認するが、俺達がヘンリーを倒しても問題ない。そのため俺達に攻撃はしない。この二つは守ってくれるんだな」
「ああ、好きにしろ。俺はヘンリーが死んでも関係ないし、お前たちにも危害は加えないと約束しよう」
「分かった。では契約成立だな」
俺はニヤリと笑う。すると突然、俺とゼロの中間に目映い紫の光が現れ、俺とゼロに光が降り注いだ。
「おい! 何だこれは!」
突然の出来事にゼロは避けることも出来ずに光を浴びる。
「特に意味はないさ。お互いに契約が成立した証だ」
嘘は言ってない。この光は【毒の契約】の一種だ。お互いに契約が成立したことで、自動的に発動するようにしてあった。流石に魔王相手に口約束だけじゃ怖いもんな。
問題は、この契約魔法が破られないかだ。相手の魔力は強大だ。俺の魔法が効かない可能性がある。
そのため、俺は自身の限界まで魔力を温存しつつ、少しの間だけ魔力の保有量を増やすドーピング、それにヒカリから魔力回復ポーションも貰ってきた。
今回の【毒の契約】に使った魔力は、エキドナの総魔力さえも上回っている。ゼロがエキドナよりも魔力量が多いとかでない限り破られる心配はない。
因みにエキドナの総魔力は昨日のうちにグリンに調べてもらっている。属性は赤と緑と黒の三色、魔力量はそれぞれ五十万。ただし満タンではない可能性あり。
俺は魔力が空っぽになったので、正直立っているのもしんどい。
「てめぇ!」
ゼロが俺に睨み付ける。恐らく俺の意図に気が付いたんだろう。
「ってことで、俺達に危害を加えないようにな。それさえしなければ何も変わらないから。じゃあ疲れたからこの辺で帰るわ。また会う機会があったら今度は一緒に酒でも飲もうや」
「おい! まちやが…」
ゼロが言い終わる前にトオルが転移魔法を唱える。転移した場所はホリンとヴィネを置いてきた場所だ。
俺達は二匹を回収するとすぐさま今度はシクトリーナ城まで転移した。




