第48話 観戦しよう
姉さんとエキドナ親衛隊のラミリアが戦える場所へ……と言うことで、俺達は場所を訓練場へと移すことにした。
道中、エキドナにラミリアの実力を聞いてみたところ、エキドナの軍の中ではトップの実力者だそうだ。しかし、それでもヘンリーや他の魔王には絶対に敵わないとのこと。
そう考えると、エキドナと部下との戦力差がありすぎる気がする。そしてヘンリーの実力が明らかに下なのも気になる。なんでヘンリーは魔王になっているんだ?
それを尋ねてみると面白いことがわかった。
ヘンリーは先代から引き継いでまだ間もないからだそうだ。そういえば以前に聞いたが、魔王になったのって、二百年前だっけ? 理由は千年以上魔王やってた先代が隠居したからだった気がする。
いくら魔王でも、二百年くらいじゃ力も大したことないらしい。だからこそ戦力を上げているのだとか。確かシエラで五百年だったかな? ……エキドナは何年魔王をやってるんだろう?
因みにヘンリーの前の魔王に仕えていた幹部は、先代と一緒に出て行ったらしい。
普通は先代の意思を組んで、新魔王を支えると思うんだが……先代が偉大すぎたのか、ヘンリーが駄目すぎるのか……きっと両方だろう。
ついでに、他の魔王についても聞いてみた。ヘンリーはアンデッドの魔王で、シエラは女型魔族の王だそうだ。残りの魔王は、悪魔型魔族の王【悪魔王】ベルゼード、ワイバーンやドラゴンなど竜の王【竜魔王】ゼファーだそうだ。エキドナが何の王なのかは教えてくれなかった。トオルなら分かるかな? 後で聞いてみよう。
――――
「さて、では両者とも準備はよろしいか? これはあくまでも力試しじゃから、相手に重傷を与えそうな攻撃の場合、こちらで判断して止めるからの。よいか?」
訓練場では姉さんとラミリアが向かい合っている。そしてエキドナが審判をするようだ。
エキドナの言葉に姉さんとラミリアは頷く。
「よし、じゃあ始め!」
エキドナがそう宣言した次の瞬間、ラミリアがその場で倒れた。どうやら意識はないようだ。
「「「はっ?」」」
エキドナの親衛隊は、ラミリアが開始と同時に倒れて驚いている。何が起こったか分かっていないようだ。
俺だって親衛隊の皆さんと同じ気持ちだ。滅茶苦茶驚いている。
姉さんがやったことは……さっき応接室でエキドナがやった魔力を込めた威圧だ。
やってみたいことって、これだったのか。それにしても、さっき初めて知って、早速使ってみるとは……。
「あれ……ちょっとやりすぎちゃったかな? やっぱり初めて使う技は、加減が分からないね」
ハハハと姉さんは苦笑する。
「勝負あり! 勝者サクラ。……じゃが、これは流石にあんまりではないか? 先ほどの妾よりも強い衝撃じゃったぞ」
エキドナが呆れた顔で姉さんを見る。
「だって……面白そうだったから試したかったのよ。本当は怯ませるだけのつもりだったんだけど、まさか意識がなくなるとは……ねぇ?」
ねぇって言われても……。どうやら威圧は試合場のみに発したため、観客の親衛隊や俺たちには届いていない。審判として中央にいたエキドナには効果があったようだが、流石に平気のようだ。……いや若干冷や汗をかいてるようだ。エキドナに冷や汗をかかせるとは……やるな、姉さん。
エキドナがラミリアに近づき確認する。
「……こりゃしばらく目を覚まさんじゃろう。すまんが、横になれる場所を用意してくれぬか?」
「わたくしが準備致します。ラミリア様をこちらへ」
エキドナの言葉に、ルーナ素早く反応する。そのままラミリアを抱えて隣の医務室の方へ連れて行った。
「さて、流石に呆気なさ過ぎるのう。そこでじゃ、サクラよ。妾と一戦やらぬか?」
いやいや待てと。流石にエキドナはマズいだろ。現役の魔王尾が相手じゃ、流石の姉さんでも敵わないって。
「……エキドナさんとですか? 流石に私じゃエキドナさんを相手は無理ですよ」
良かった。流石の姉さんも自重してくれそうだ。
「別に真剣勝負じゃないからよかろう。そうじゃ! では、お互い魔法なし。肉体のみの勝負はどうじゃ?」
「魔法なしですか……それだと逆に少し物足りないような気もしますが……いいでしょう。やりましょうか? ってうわっ!!」
姉さんがやりましょうと言った瞬間、エキドナから姉さんの顔面めがけて蹴りが飛んでくる。
ちょっ!? 流石にそれはないんじゃないか? 不意打ち過ぎるぞ。
「ほう、今のを避けるか。サクラよ其方なかなかやるのう」
エキドナはすごく楽しそうだ。それに、喋りながらも攻撃の手は緩めない。次々に足技を繰り出していく。ってか、もう止めることは出来ないな。
「流石に,いきなり、過ぎますって、これじゃあ、息をつく、暇もないですよっ!」
それでも姉さんはエキドナの攻撃を全て回避している。しかも途切れ途切れだが、会話もしている。
「いやー。エキドナくんも過激だけど、サクラくんも負けてないね」
隣で観戦しているトオルは非常に楽しそうだ。
「いや、姉さんは避けてばかりじゃないか。それに、エキドナはまだ足技ばかりで手を使ってないし……早いとこ攻勢に出ないと、厳しいんじゃないか?」
このまま防戦一方ならいずれ捕まってしまうだろう。
「まぁ模擬戦なんだし、お互い楽しんでいるみたいだから、僕らもゆっくり観戦しようよ」
そう言ってトオルはメールを打ち始める。
「……何してるんだ?」
「だって、せっかくの迫力ある格闘技観戦だよ。ほら、観戦には必要なものがあるでしょ?」
俺はトオルのケータイを覗き込んだ。メールの文章には『至急ビールと枝豆とビデオカメラ』と書いてあった。
俺は呆れつつも、確かに最高の娯楽かもな。と思い、楽しむことにした。
――――
試合開始から一時間は経っただろうか。お互い決め手に欠けながらも、休むことなく闘っている。
エキドナ親衛隊も二人の勝負を一時も見逃さないように固唾を呑んで見守っている。
「それにしても二人とも凄いね。魔法が使えなかったら、僕じゃあ二人に勝てないよ」
ビール片手にトオルが話してくる。一体何杯目のビールだろうか?
「確かに。格闘センスは姉さんが一番だよな。合気道をやってたのは、伊達じゃあなかったってことか」
かくいう俺もすでに五杯目のビールだ。
つまみも枝豆以外に、冷や奴や山芋短冊やら小鉢が増えている。
「あ、見て! そろそろ終わりそうだよ」
メイドと一緒につまみとビールを持ってきて、そのまま一緒に観戦していたヒカリが二人を指さす。ちなみに一番飲んでいるのは間違いなくヒカリだろう。
ヒカリの言葉に闘っている二人に注目する。致命傷はないようだが、明らかに姉さんの動きが鈍くなっている。流石に限界かな?
エキドナの攻撃を後方へ避けながらも尻餅をつき、そのまま後ろに大の字になって倒れ込む。
「はー、はー、もー無理。動けない。降参しまーす」
仰向けのまま姉さんが降参宣言をする。
「なんじゃ、もう終わりかの? もっと体力をつけんといかんぞ」
そうは言ってるが、エキドナもかなり息が上がっているように見える。俺から見たら二人とも十分体力がある気がするんだけどな。
「体力は結構自信はあったんだけどなぁ。流石に、当たっただけで死にそうな攻撃を避け続けるのは初めてだから、知らないうちに体力が随分と削られちゃったみたい」
エキドナの攻撃を一撃でも食らうとその時点で終わりだったようだ。
ったく、模擬戦でやっていい攻撃じゃないだろう。姉さんもよく避け続けれたよな。
「それにしても……あそこで暢気に食っちゃべってる三人を見てると、非常に腹が立ってくるわね」
姉さんは寝ている状態で顔だけ俺達に向ける。
「ああ、あれのう。妾らをアテに呑んでおったようじゃの。一人見知らぬものがおるが、あれが先ほど言っておった残りの一人か?」
「ええ、ヒカリって言うわ。私達と違い戦闘能力はないけど、いなくてはならない大事な子よ」
「力だけが全てじゃないからのう。安心せい、お主らと同様に対等扱うゆえ」
そう言いながら姉さんの手を取り立ち上がらせる。
「お主らもサクラの実力をよく見たか! 妾とここまで対等に闘える者などおるまい?」
エキドナは親衛隊に向かって言い放つ。親衛隊も姉さんの実力を理解したのだろう。誰も何も言わずただ頷くのみだった。
「ほら、そこの酔っぱらい達、私にも一杯持ってきなさい!」
「そうじゃそうじゃ。もちろん妾の分もじゃぞ!」
……持って行った後はおそらく説教だろうな。『何勝手に人の闘いで酒なんて飲んでるのよ!』って感じに違いない。まぁ楽しんだから仕方がないか。
俺はよいしょっと立ち上がり、準備していたビールサーバーからビールをついで持って行くことにした。
――――
二人にビールを手渡すと、それを一気に飲み干す。
「かーっ! 生き返るって感じよね。動いた後のビールは格別だわ」
まるでオッサンのような言いぐさだ。
「ほう! 冷たくて美味しいのう。暑く火照った体に染み渡る、飲んだ後に喉の奥から、何とも言えぬ爽快感、エールかと思うたが全然違う……これは一体何なのじゃ?」
「僕たちはビールって呼んでる、エールと似たようなものって言うか、エールもビールの一種だけどね。若干作り方が違うんだ。エールもいいと思うけど、こっちは飲んだときの刺激とか結構違うでしょ?」
トオルが説明する。確か俺達が普段飲んでいるのがラガーって言うんだっけ? まぁ俺はエールは飲んだことがないから違いは分からない。トオルは旅している時に飲んだみたいで、ラガーの方がいいって言ってたな。
「二人とも。ビールもいいけど、先にこっちを飲んで欲しいかな」
横からヒカリがオレンジ色の飲み物を二人に渡す。ヒカリ特性の体力回復ポーションだ。
「あとこれも。二人とも汗だくだよ」
そう言ってタオルも一緒に渡す。
「ありがとうヒカリ。やっぱりヒカリのポーションはいいわね。一気に回復したわ」
姉さんはポーションを一気飲みし、汗を拭きながら礼を言う。
エキドナもポーションを飲んでその効果に驚いているようだ。
「ヒカリとやら……このポーションはお主が作ったのか? 疲れが一気に吹き飛んだぞ」
「はい、そうです。エキドナ様……」
「様など付けんでよい。妾はシオンらと友誼を結んだ。其方とも対等の友誼を結ぶ故、楽にするがよい」
「えっと……いいんですか? その、私戦えないし……」
「何も戦うことが全てじゃなかろう? こんな効果のあるポーションも作れるのじゃ。誇ってよいぞ」
「……はい! ありがとうございます!」
皆で地球から来て一人だけ戦ってないヒカリはそれをずっと悩んでいた。
俺も以前似たようなことを伝えて、その時は落ち着いたようだが、最近はヘンリーとの戦いが近づいたため、城で一人留守番をすることを気に病んでいたようだ。
身内からだけじゃなく、他人からも評価を受けることが何よりも嬉しかったはずだ。
「時にサクラよ。もし魔法を使っておったら、勝負はどうなっておったと思う?」
「恐らくもっと早く私が負けていたでしょうね。私の魔法は戦闘向きではないし、総魔力が私よりも高いエキドナさんには、多分私の魔法自体あまり効かなそうだし」
そして小さく「試してはみたいですけどね」と呟く。
「そうか。魔法ありでも闘ってみたいものじゃが……」
そう言いながらチラチラと俺達の方も見る。恐らく俺達とも闘ってみたいのだろう。
「体力はポーションで回復しても、精神的な疲れまでは回復しないので、今日は駄目です。また機会があったときにってことで……」
俺はとりあえず誤魔化すことにする。さっきのを見せられて、戦おうという気は起きない。
「それよりも歓迎の宴……とまでは言わないけど、夕食を準備しているので、先に温泉でも入って汗を流したどうだ?」
少し前にフィーアスの山奥に、いい感じの温泉が湧いているのを発見したから、いつでも入れるように改造をした。
温泉はフィーアスの村人用とシクトリーナ用に分かれている。
、温泉にはフィーアスの村を経由しなくても直接温泉まで行けるように、温泉の入口付近に転移扉を設置している。その所為で、偶に覗きと勘違いされるのは勘弁して欲しい所だ。
「じゃあエキドナさん、サクラちゃんも一緒に温泉に行こうよ!」
何故か汗をかいていないヒカリが先導して三人は温泉に向かった。薦めておいてなんだが、一瞬魔王と一緒に温泉は不敬にあたらないかな? と思ったが、意外とエキドナはノリノリで向かっていった。
「親衛隊の方々はどうします? ってか温泉に付いていかなくて良かったんですか?」
魔王を俺達に任せてもいいのだろうか?
「……本来ですと、護衛と世話係がついて行くのですが……正直に言いますと、あんなにはしゃいでいるエキドナ様は初めてでありまして、その……恐らくついて行くと怒られそうで……」
あー、何となく想像がつく。この人達も大変そうだな。
「じゃあ先に宴会場に行きます?」
「いえ、流石にエキドナ様と一緒に食事は出来ませんので、どこか控え室のような場所で、順番に食事を取らせて頂きたいのですが」
流石に王と部下が一緒に食事は出来ないとのこと。それにいくら信用をしていると言っても、警備は必要らしい。
しかし、流石にエキドナ一人で参加させるわけにも行かないから、側近でもあるラミリアと参謀のハーマインは参加するとのこと。
残りは交代で警備と食事をとることにしたらしい。俺は宴会場の隣に控え室として準備をさせた。
ちなみに姉さんとの闘いで気を失ったラミリアは、まだ目が覚めていない。特に異常は見当たらないので、恐らく起こせばすぐに起きるだろうとのこと。
なのでハーマインをそちらに向かわせ打ち合わせをするらしい。おそらく俺達がいない方がいいだろうと思い、第一メイド隊から数人お目付として同行してもらった。
宴会の方は第二メイド隊とメイド料理隊がしっかりと準備をしているそうだ。
料理は普段食べてないような料理をたっぷりと用意させてもらった。
例えば汁物はシチューではなくコンソメスープ、焼き物に関してもステーキではなくハンバーグ、他には天ぷらやフライなどの揚げ物、点心を中心とした中華、パスタやラーメン、うどんなどの麺類、そういった料理をバイキング形式にして好きなものを取ってもらえるよう、そしてその場で料理、出来たてを食べてもらうようにしていた。
ちなみに今回は刺身のような生系はさすがに抵抗があると思って何も準備をしていない。寄生虫などは俺がいるから食中毒の心配もない。今は大丈夫だけど、生系はツヴァイスやフィーアスもしばらくは抵抗があったからな。初めての人に出すものではないと、実感している。
しかし親衛隊の皆さんも……と思って、バイキング形式にしたんだけど、参加しないなら、普通に提供した方がよかったかな?
 




