第7話 説得しよう
次の日の朝、起きると透は既に出かけており、ソータは居間でお茶を飲んでいた。
「おはよう。早いな」
「ああ、おはよう。向こうでは朝が早かったからな。そうそう、朝飯は透が出かける前に用意してくれたから大丈夫だぞ。あいつスゲーな。昨日は遅くまで俺達と話していて、朝も今日は色々やることがあるからって早くから出て行ったぞ」
やることって何だろう?聞いてないな。
「後の二人は?」
「まだ寝てる。こっちの世界に慣れるまではゆっくりさせとくつもりだ」
「昨日はアイリスを遅くまで悪かったな」
結局アイリスが部屋から出て行ったのは日付が変わって随分経った後だった。アルバムを見ながらの菫の話に大盛り上がりしてしまった。
「別に構わないさ。あいつも喜んでいたみたいだし。それに俺達もトオルと話してて同じくらいの時間だったからな」
アイリスと別れた後、俺はそのまま寝てしまったからよく知らないが、同じくらいの時間までソータ達も話し込んでいたようだ。
「透とはどんな話を?」
俺は気になって聞いてみた。
「ああ、主に向こうの生活の話かな。文明や国家、人々の暮らしとか入念に聞いてくるんだ。驚いたよ。後はこっちのことを色々聞いた。大分生活が変わったみたいだな。なんだよスマホって。俺がいた時代はポケベルが流行りだしたばっかだったぞ」
ポケベルって確か数字が送られてくるやつだったよな?暗号式メールみたいなやつって聞いたことがある。
「ま、それはどうでもいいか。それよりシオンは今日はどうするんだ?」
「俺は今日も出かけるよ。帰りはちょっと分からないな…。そうだ、これから近所に挨拶に行くから、それだけ付き合ってくれないか?」
「ああ、今後のご近所付き合いの為にも必要だよな。了解。…俺だけでいいか?」
「そうだな、あと二人いることは伝えておこう。そうだな…どう見ても日本人には見えないから海外からの留学生ってことで。今は時差ボケで寝てることにしよう」
そういうことで早速俺達はお隣さんや町内会長の下へ挨拶に行った。因みに挨拶周りで配る菓子折は昨日のうちに買っておいた。
俺が留守にすること、これは留学することにした。そして交換留学と言う形でアイリスとクミン、俺の遠い親戚でソータが面倒を見ることにした。
また後日、二人も連れてくると言い、無事挨拶周りも終わる。問題はないようなので、ソータとは一端分かれることにした。
「なぁ、家にあるパソコンでインターネットしてもいいか?」
ソータからそんな要望があった。おそらく透から聞いたんだろう。家にはパソコンは俺の部屋にしかない。
「別に勝手に入って操作していいけど使い方分かる?」
一瞬、見られてまずいものがないか考えたが、特に問題はないはずだ。
「トオルから聞いたので大丈夫だと思う。当時の授業でも起動はしたことあるし、最近のこといろいろ調べてみたい」
それならと、俺は了承した。
――――
さて、これからどうするか?
ソータと別れてこれからの計画を考える。まずは買い出しを…と考えたが、透の用事が買物なら内容が被るかもしれない。一先ず透に連絡してみることにした。
「やあ、おはよう。紫遠くん。どうしたんだい?」
「ああ、こっちはご近所に挨拶回りが終わったから、どうしようかなって」
「そうだね…僕の方はもう少し掛かりそうだよ。でも昼過ぎには部室に行けると思うよ」
「そうか。何か手伝うことはある?」
「そうだね……。スマホを新しく三台契約してくれないかな」
「スマホを? 昨日買ったよね?」
「あれは中古で契約してないやつでしょ。じゃなくて、契約しているのが必要なんだよ」
「ん? どうして?」
異世界では通信できないから契約は必要ないだろう。
「ソータくん達三人にプレゼントするんだよ。彼らはこっちじゃ身分証もないからね。契約が必要なのはなるべくこっちで準備してあげなきゃ」
ソータの戸籍はどうなってるのか? まぁもう使えないだろう。残りの二人は言わずもがなって感じか。
「三人はこれからこっちで暮らすんだから必要か。確かに俺達で出来る限り準備する必要があるか」
「今から新規契約三台なら丁度お昼くらいになるんじゃない?」
「了解。じゃあ契約してから部室に行くよ。あ、その前に昼休みに姉さんに連絡したいからたぶん昼過ぎになるかな? 遅くなるようなら連絡する」
「わかったよ。じゃあ、また後で」
電話を切り、俺は携帯電話を買いに行くことにした。
――――
複数の台数の契約は思ったよりもスムーズに完了した。
まぁ契約者もスマホの機種も全て同じにしたからな。あ、色だけは三色別にしたけど。
因みに料金の引き落とし先は俺の通帳だ。スマホだけじゃない。ネット回線やガスや水道など光熱費、各種税金もか。
昨日、二千万下ろして、残高は五百万。これだけあれば増やさなくても引き落とされ続けても数年は持つか。
キャッシュカードなら俺のカードで使い続けることが出来るだろう。窓口じゃ厳しいが、大金じゃなければ入金は出来るのだから契約関係はこのままにしておこう。
俺はこの世界からいなくなるけど、死亡届など出さないから俺がいなくても継続して使えるはずだ。
俺は時計を見るとちょうど昼だった。今なら姉さんは昼休み中か?とりあえず電話してみることにした。
姉の名前は九重桜。姉が四月生まれで、俺が三月生まれ。そのため、学校では双子じゃないのに同学年という、珍しい姉弟だ。
四年生大学の俺とは違い、短大を今年卒業して一足先に社会人になっている。
俺は人の少ない静かな公園へ行き、姉に電話する。
「もしもし、紫遠?どうしたのいきなり?」
幸いなことに数回のコールで姉が出た。
「姉さん、久しぶりだね。今、時間大丈夫?」
「何? 急用? 今、昼休憩中だけど、後十分くらいで戻らないといけないから、あまり話せないわよ?」
「そっか、ちょっと込み入った話で時間掛かるんだけど……。分かった、また後でにするよ。夜だったら何時くらいなら大丈夫?」
「そうね……十時以降なら家に帰ってると思うわ」
「そっか。ちなみに姉さんは明日も仕事だよね?」
「そりゃあ平日だからね。明日も朝から仕事だけど、どうしたの? もしかしてお姉ちゃんが恋しくて会いたいーとか?」
姉さんはたまにこんな風に俺をからかうことがある。
「そうだね。正直言うと会いたかった」
ただこれが最後かと思うと、正直な話電話よりは直接会って話をしたかったと思う。
姉が住んでいる場所はここから電車で一時間。距離的には行けなくはないが、明日の準備のことを考えると往復二時間の距離は正直厳しい。
もし、姉さんが明日休みなら無理を言って帰って来もらおうとも思ってたが…
新卒で、まだ一年も経ってない姉に、明日会いたいから会社を休んでとは絶対に言えない。
「ねぇ本当にどうしたの? いつもの紫遠らしくないわよ?」
いつもと違う雰囲気を感じたのか、心配した声になる。
「ううん。大丈夫、夜にちゃんと話すよ」
「絶対よ! 困っていることがあるなら正直に言ってね。お姉ちゃん力になってあげるから。あ、でも恋愛相談とかはダメよ!お姉ちゃんより先に結婚とかは許しません!」
姉さんも菫のことは知っている。なにせ同級生だ。行方不明になったときは緋花梨と一緒に必死に探してくれた。
そして今は俺が早く立ち直れるように、と考えているのか、たまにこういった冗談を言ったりする。
「ははっ恋愛相談じゃないから安心してよ。それより姉さんの方こそ恋愛はどうなのさ?」
とりあえず反撃してみる。
「あっ、こんな時間。仕事に戻らなくっちゃ!じゃあまたね!」
一方的に切られた。…恋人はまだまだ先のようだ。
――――
姉さんとの電話後、俺は部室へ向かった。
部室のドアを開けるが、二人はまだ来てない。俺は部室の奥、いつもいる定位置に座って今までのことをまとめてみる。
買物以外はほとんど終わったな。後は最後に姉さんに話をするだけか。
姉さん怒るだろうな。でもさすがに言わないわけにはいかないし。
俺は次に異世界に持って行く物を考える。とは言ってもこっちは透に任せっきりだ。
昨日買ったのはキャンピングカーとアウトドア用品と電化製品。
後は何が必要だったっけ? 昨日の透との会話を思い出す。
そうだ!本が必要だ。紙の本は後で書店に行くとして電子書籍なら今ここで買える。
俺はスマホからネット書店のページを開く。
え~と、まずはアウトドア関連だな。野草図鑑やキノコ図鑑、動物図鑑等を購入する。地球と生態系は違うだろうが、似たような動物はいるらしいし、参考にはなるだろう。
そういえば魔物や魔族がいるって言ってたな。アンデッドとかも。こっちの神話とかと流石に違うだろうが、何かの参考になるかもしれない。
俺は伝説上の生き物図鑑、神話図鑑、妖怪図鑑など地球上に存在しない生き物の図鑑を購入した。
後は、DIY関連の本も買っておこう。電気が使えないような文明なら役に立つはずだ。
昨日、アイリスと話をしたが、拠点となる場所を作るなら、そこの村興しを始める必要があるかもしれない。
俺は農業関係の本と建築関係の本も購入した。
ふと、畑の作り方や野菜の育て方の本を購入しながら思った。いっそのこと地球から種を色々と持って行けばいいんじゃねと。
初めは旅することを考えていたから、嵩張らなくて日持ちのしそうな食料と調味料だけ持って行くつもりだったが、拠点で全部作ればいいことに気がついた。
野菜の種はガーデニングを取り扱っている店で手に入る。種だから嵩張らないのでたくさん持って行ける。
いや、野菜だけじゃない、向こうでは調味料がほとんどないと言っていたじゃないか。香辛料、胡椒や唐辛子、砂糖なども一から作ればいいんだ。
土地柄の問題もあるだろうが、持っていけば何かの役には立つはずだ。
これは異世界で農業チートが出来るのではないだろうか?ヤバい俄然楽しくなってきた。よし、こうなったら向こうで本格的なカレーが作れるくらいの香辛料を作ろう。
俺は色々な栽培の本を購入した。同時に料理の本も必要と思って料理本も片っ端から購入した。
とりあえずこれくらいか? 他にもありそうだが、今は思いつかない。
俺が本を購入してダウンロードしていると部室のドアが開く。
透と緋花梨の二人だ。だが、心なしか緋花梨の元気がない。
二人は俺の姿を見つけると、こっちにやってきた。
「ごめんごめん。思ったより時間がかかっちゃって。待った?」
「いや、そうでもないよ。考え事してたらすぐだよ」
俺は透にそう言い、緋花梨の方を見る。
「緋花梨は……元気ないな」
まぁ明日でお別れと言ってるからしょうがないか。
とりあえず約束だったから昨日の後の話を緋花梨に聞かせる。
と言っても手紙の内容は恥ずかしくて話せないところが多いから、菫がどれだけ苦労したかの部分だけ話すことにした。
――――
「……ってことで、今はエルフの長になっているらしいぞ」
緋花梨は途中菫が奴隷になったり酷い仕打ちを受けた話で涙を流しながらも、大人しく最後まで聞いていた。
「菫ちゃん、辛かっただろうね」
「ああ、大変だったと思う。でも今は娘もいるし幸せだそうだ」
アイリスは離れて地球に来てしまったけど、アイリスの妹のアイラと一緒に暮らしていると書いてあった。
「菫ちゃん。二児の母親なんだね。……想像つかないや」
「まぁ大学生の俺たちじゃ想像つかないよな」
親戚の子の子守くらいならともかく、子供を産んで、子育てするなんて想像もつかない。
「九重君はやっぱり菫ちゃんに会いに行くの? 菫ちゃんはもう結婚してるんだよ?」
緋花梨はやっぱり心配そうだ。
「関係ないよ。俺は自分の気持ちに整理をつけるために、会いに行きたいだけだから」
「ねぇやっぱり私も一緒に行きたい! 私だって菫ちゃんに会いたいよ」
緋花梨が涙を流しながら訴える。
「駄目だ、昨日も言っただろう。両親が悲しむぞ」
緋花梨は両親がのところでピクッと反応する。
「でもでも…じゃあ九重君はどうなの? 桜ちゃんはちゃんと許してくれたの?」
今度は俺がうっとなる。緋花梨と姉さんは高校のクラスが同じで仲がよかった。
「姉さんにはさっき電話した。詳しい話は夜になるけどちゃんと話し合うよ」
緋花梨が本当? って感じで見つめてくる。嘘ではないぞ。ただ俺は姉さんが許してくれなくても行く気ではあるが。
「そうだ! 氷山君は? 一緒に行くんでしょ? なんで氷山君はいいの?」
緋花梨が透だけ連れて行くのはずるいと言った。何のことだ?
「何言ってるんだ? 透は一緒に行かないぞ?」
なんでそんなことになってるんだ?
「いや、僕も行くんだけど?」
「えっ!?」
今度は俺が驚く。
「おい、聞いてないぞ! 何で透も行くんだよ!」
「だって、異世界なんて面白そうなこと見逃せないよ! 僕は紫遠くんから許可はもらわなくても、ソータくんからは昨日のうちに許可を貰ってるよ。それに紫遠くんも僕がいた方が何かと便利だと思うよ」
確かに透がいたらかなり役立つだろうな。それにしても……。
「マジか……いつの間にそんな約束を?」
「昨日、紫遠くんとアイリスくんがお話ししている時に決めたよ。ソータくんも紫遠くんが一人で行くより安心って言ってくれたしね!」
そう言えばソータが異世界の生活に関して色々と説明したと言っていた。ただの興味かと思ったが、自分で行くためだったのか。……だが、現時点で頼りっきりの俺としては否定できる材料なんて何もない。
「ぐぬぬ……それで、透は地球でやり残したことは?」
「もう済んだよ。言ったよね。午前中の用事があるって。まぁ元々家からは勘当されてたしね。楽なもんだよ。後は買物をすれば、すぐ出発できるよ」
「えっ!? 透って勘当されてたの!? 何で!?」
俺は驚いて透に問いただした。考えたら大学で知り合って、よく一緒にいたけど、考えたら、透の何も知らない。部室に住んでると勘ぐったぐらいだ。家庭のことなんて聞いたことなかった。
「そうなんだよ。知らなかったっけ?」
俺と緋花梨はブンブンと首を横に振る。緋花梨も知らなかったらしい。
「だって氷山君あまり自分のこと話さないから……」
確かに俺達のことはよく話してたけど、透はいつもそれを聞いてアドバイスする方だった。
「そうだっけ。まぁ大したことじゃないから」
そう言って透は簡単に事情を話した。
どうやら透の家はエリート一家のようで、透はそこの三男として生まれたそうだ。
親や兄達はとても優秀で常にトップの成績だったそうだ。透も決して劣っているわけではなく、むしろ優秀な方ではあるぜのだが、兄たちに競べると下に見えてしまう。
両親はトップではない透を疎んでおり、大学入学と同時に大学卒業までの授業料だけ渡されて、家を追い出され、二度と帰ってくることは許されないそうだ。
今は大学の近くでアパートを借りて一人暮らし。お金はFXなどで稼いで全く困ってないらしい。
「ってことで、僕には帰る家もないし連絡も取る必要がない。実際に大学に入ってから連絡も取ってないしね。僕がどこに行こうが、何しようが気にしないと思うよ」
「それでも異世界に行くならもう会えないんだし連絡くらいしたら?」
緋花梨はそれでも心配のようだ。
「確かにね。僕も今生の別れってことで、電話してみたよ。大学辞めて日本を出るって。そしたら『好きにしろ、こちらに関わるな』だってさ」
「なんで家族なのにそんな酷いことが言えるの? 氷山君が可哀そうだよ」
「あの家では成績が全てなんだよ。それに僕はつまらないエリート街道よりも、楽しい異世界ライフの方がいいから別に可哀そうでも何でもないよ」
透はカラカラと笑ってる。多分本当にそう思ってるんだ。
「そっか。じゃあ一緒に異世界ライフを送るか」
透も地球に未練はないのなら何の問題もない。
「よし、じゃあ三人で楽しく頑張ろー!」
そう言って緋花梨は拳を上に挙げた。
「何勝手に自分を入れてるんだよ! 緋花梨、お前は駄目だぞ」
「何でよ! いいじゃん。この流れは皆で頑張ろうって流れだったよ!」
緋花梨は「やだー! 行くったら行くの-!」と子供のように手を振り回しながら駄々をこねている。
「まぁまぁ二人とも。このままじゃ話が進まないよ。いい?紫遠くんは緋花梨くんの家族や緋花梨くん自身を思って連れて行きたくない。緋花梨くんは残されたくないし菫くんにも会いたいからから一緒に行きたい」
うん、と頷く俺と緋花梨。
「じゃあさ、お互いの意見の間をとって、緋花梨くんも両親の許可が出れば行っていいんじゃない? 出なければ諦めようよ」
透からナイスな提案が飛び出す。
普通親ならこんな馬鹿げたこと了承しないはずだ。
「俺はそれで問題ない。ただ、緋花梨が親を説得したと嘘をつく可能性があるから、説得には俺と透が一緒にいるってのが条件かな」
「ダメダメ! だって絶対に駄目だって言われるよ」
緋花梨は親が許してくれないと思っているので透の案には賛成できないようだ。
「そうは言ってもねぇ。緋花梨くんだって内緒で異世界に行って親御さんを困らせたくないでしょ?行方不明になった娘を探して心身ともに窶れていく親御さんなんて想像したくないでしょ?」
「確かにそれはそうだけど…」
「ならどっちみち親御さんには説明しないといけないよね? なら一緒じゃないか」
「うう……でも……」
「ああ、もう、時間がないんだから、うだうだ言ってないでさっさと行こう!」
俺は緋花梨の手をとり、部室を出て行こうとする。
「ちょっと! 九重君! 待って!」
「待たない。ほら透も」
「そうだね。行こうよ」
よいしょっと立ち上がって、透も付いてくる。
こうして俺達は駄々を捏ねてる緋花梨を連れて彼女の家まで行くことにした。