第45話 魔王を迎えよう
「シオン様、至急お知らせしたいことがございます。会議室までご足労下さい」
こちらが返事するまでもなく一方的に切られる通話。
ルーナにしては珍しく、かなり慌てているようだ。
俺は急いで会議室に向かうと、そこにはトオル、姉さん、ヒカリの三人。それから各メイド隊の隊長と、村代表のセラ、リャンファン、エイミー、グリン、開発部門担当のダナンと勢揃いしていた。
「シオン様お待ちしておりました」
ルーナは俺を上座の席に座らせる。
「こんだけ集まるのは珍しいな。本当に何があったんだ?」
周りの連中も呼び出されただけなのか、よく分かっていないらしい。
「では、全員揃いましたので進めさせていただきます。まず、今お集まりの皆様は各部門の代表、シクトリーナ城の幹部とお考え下さい。今後は色々とご相談も増えていくかと存じます」
確かにここにいる連中は代表と言えなくもない。開発はドルクじゃなくてダナンなのは……ドルクは作ることしか考えてないからだろうな。
「何? 任命式とかそんな感じなの? 別に幹部がどうとか今更じゃない?」
確かに姉さんの言うように今更だ。
「幹部云々は城外へ向けての発信となります。新たな城主としてシオン様、城の名前はシクトリーナ。そしてシエラ様の死亡。これは今後外の人に会ったら話していただいて構いません」
シエラの死まで……一体どうしたというのだろうか?
「シオン様は王と言う立場は嫌われたので、肩書きは城主、側近としてトオル様、サクラ様、ヒカリ様、顧問としてわたくしが就きます。後は皆様が各部隊の隊長と考え下さい」
「あの……私たちは何の隊長なんでしょうか?」
エイミーが恐る恐る手を上げて聞いてくる。
「エイミー様方は外交部門の担当をしてもらおうと思っております。人間や他の種族との交渉、交易がある際に役だってもらおうと思っております。メイドからは補給隊が付き従います」
確かに、冒険者や兵士ならこの世界の流通や貨幣の常識を持ってそうだし、人間とのやりとり、獣人ならリャンファンもいるしピッタリかもしれない。
「そして開発部門としてダナン様に来てもらっております。ドルク様には面倒と断られてしまいましたので……」
やっぱりドルクは断ったのか。でもセラ達もいるし、ダナンで正解なきもする。
「今後も民が増えていくと、幹部なども増えるかもしれませんが、まずはこのメンバーで進めたいと思います」
「じゃあ今日はこれで解散?」
結局何がしたかったのだろう?
「そんなわけはありません。寧ろ今からが本題です。……キャメリア」
呼びかけたのは通信隊の副隊長のキャメリアだ。キャメリアは立ち上がって前へ出る。
「それでは私から説明させていただきます。先ほど判明したことですが、おそらく本日中に来客がございます」
「来客? 敵ではなくてか?」
だからいきなり幹部とか言い出したのか。しかし、敵以外に誰が来るって言うんだ?
「まだ敵対行動はとらないと思われます。おそらく様子見ではないでしょうか」
「随分と勿体ぶった言い方だな。一体誰なんだ?」
「【重奏姫】エキドナ様です」
瞬間ピシッと室内の空気が張り詰めるのが分かった。変わらないのは俺と姉さん、ヒカリの三人だけだ。
「……その情報は確実なのかい?」
トオルが代表して質問する。トオルには誰だか分かっているようだ。
「トオル……エキドナってのは誰なんだ? 【重奏姫】って二つ名がある時点でただ者ではないと思うが」
俺がそういうと、トオルは呆れた顔になる。
「シオンくん。もう少し外の情報を仕入れた方がいいよ。いいかい【重奏姫】エキドナはね……魔王の一人なんだ」
その言葉で俺達三人も息を飲んだ。
「魔王って……えっ!? 魔王がこの城にやってくるの? 何で?」
何で突然魔王がやって来るの? 意味がわからない。
「だからそれを尋ねてるんじゃないか。……で、どうして敵対行動はないと分かったのかい?」
トオルは改めて質問した。
「エキドナ様とシエラ様は、唯一魔王の中でも仲がよく、友人といっても差し支えのない御方でした。元魔王軍隊長のヴィーヴルはエキドナ様から、こちらへ仕えるように指示された者でした。今回はシエラ様が死んだと知って、こちらへ向かっているのではないかと思われます」
なるほど。今回は墓参り的な感じなのか……ん?
「ちょっと待てよ? シエラが死んだ後に暢気に住んでいる俺達は大丈夫なのか?」
普通なら友達が住んでいた場所に、知らない人間が勝手に住んでいたら、殺されかねないと思うのだが?
「……多分」
自信ないのかよ!?
「ふふ、冗談です。おそらく大丈夫でしょう。だってエキド……」
ルーナが話しかけているところで突然ズン!! と衝撃を感じた。これは誰かが結界内に入った衝撃だ。
「早すぎる! もう来たの!?」
ルーナの口調が崩れている。ルーナの予定よりも、かなり早いようだ。
「トオル様!」
ルーナはトオル向かって叫ぶ。トオルは分かってると言わんばかりに魔法を起動させる。
「ルーナくん、シオンくん、サクラくんの三人でとりあえず先に入口に行くよ! シャルティエくんとシェルファニールくんはすぐに追いかけてきて」
そう言ってトオルは魔法を発動させる。シャルティエとシェルファニールも「はい」と頷き、会議室を出る。
「キャメリアは準備を! アレーナもすぐに何か出せるように! 他は待機! ルミナは後をよろしく」
ルーナも的確に指示を出していた。
……本来なら城主として俺がしなくてはいけないんじゃないのか? と思わなくもないが、二人が優秀すぎるということで黙ってることにした。
彼女らは指示されたように行動を開始しようとするが、その前に俺達の転移が始まったので、その後のことは分からないが……おそらく上手くやってくれるだろう。
――――
俺達は城門前へと転移した。今この場には俺達四人しかいない。
外に出ると分かる。ピリピリした空気。膨大な魔力がこちらに向かってやってくる。この魔力量は偽ヘンリーなんか目じゃないのがはっきりと分かる。
「なぁルーナ。エキドナってどれくらい強いの?」
魔王なのだから強いのは当たり前だが、この魔力量は……ドーピングを重ねた今の俺よりも上なんじゃないだろうか?
「エキドナ様は五人の魔王の中で、特に魔法に関して名高い魔王です。おそらく魔力量だけでしたら他の魔王の三倍の魔力を有していると思われます」
「三倍!? めちゃくちゃ多いじゃないか? えっ? 最強の魔王ってことか?」
「いえ、おそらく戦闘能力なら二番目ではないかと。エキドナ様を含む重奏軍は、他の魔族とは違い特異体質で、属性を複数持っている軍隊なのです。わたくしは赤しか存じ上げておりませんが、エキドナ様は三色以上の属性を持つと言われております」
属性って一人一つじゃないの? それを複数って……しかもエキドナ一人じゃなくて、軍隊が複数の属性を持ってるの? 反則じゃね?
「つまりエキドナは赤と、他にも最低二色の属性を持っているってことか。そんなことが可能なのか?」
「おそらくエキドナ様の体質の為だと思われますが……どうやら到着したようですので、お話は後程」
東の空から猛スピードで何かがやってくる。あれは……グリフォンか? その上に人が乗っている。あれがエキドナか。
他に姿が見えないことから、やって来たのはエキドナ一人のようだ。魔王が一人でやってくる? 部下も連れずに? そんな馬鹿な!?
エキドナを乗せたグリフォンが、俺達の上空で止まりこちらへ向かって降りてくる。
「あらぁ? わざわざお出迎え? ご苦労なことですわね」
見た目は二十代後半ってところか? ルーナよりも大人に見える。まぁ魔族の見た目は全く当てにならない。だってシエラが若い魔王で五百年……ってことなら、少なくとも千歳は超えてそうだ。
赤く伸びた長髪と褐色の肌、整ったボディラインは大人の色気というか……すごく艶めかしい。
「エキドナ様。お久しぶりでございます。本日は突然どのようなご用で?」
「貴女は……ルーナ、だったかしら? 久しいわね。息災のようで何よりだわ。いえね、噂で聞いたのだけれどシエラが死んだそうじゃない? ウチのヴィーヴルからも何の連絡もないし……色々と伺いたいと思ってね」
やはりシエラが死んだことをどこからか嗅ぎ付けたらしい。
「左様でございましたか。ここへはお一人でいらしたのですか?」
「見ればわかるでしょう? と言いたいところですけどね。部下があまりにも遅くてね。妾だけ先に着いてしまったわ。後数時間もすればこちらへやって来るのではないかしら?」
どれだけ飛ばしてやって来たのか……というか先に魔王が着くって、部下の意味なくないか?
「ではお連れの方が見えられるまで、中でお待ちになられませんか?」
「そうね。お邪魔しようかしら。でも。その前に……そちらの方々を紹介してくれないかしら?」
エキドナが俺達を値踏みするような目を向ける。
「失礼しました。お目にかかれて光栄です、わたくし、シオンと申しまして現在こちらの城主をしております」
とりあえず第一印象が大事だ。思いっきり頭を下げてやった。……あれっ? もしかしてトップって下げない方がいいのか? これ、舐められたらどうしよう。
「まぁ! あなたが新しい城主なのね! シオン……いい名前ね」
一瞬ゾクリとした。エキドナのこちらを見る目がヤバい。値踏みから獲物を狩るような目に変わってる。
「エキドナ様に名前を褒められるとは光栄に存じます。それからこちらは側近のトオルとサクラでございます。二人とも優秀なので是非覚えてやって下さい」
「へぇ……。トオルとサクラね。覚えておくわ」
二人とも「光栄に存じます」と跪く。
「ああ、立ちなさい。貴方方は妾の部下ではないから、畏まる必要はなくてよろしくてよ」
エキドナは手をパタパタとしながら二人を立ち上がらせる。
「それにシオン、あなたここの城主なのよね? 立場的には妾と同じなので、貴方も畏まらなくてもよろしくてよ」
「畏まりました。それではお言葉に甘えまして、少し言葉を崩させてもらいます。エキドナ様よろしくお願いいたします」
それでもタメ口は拙いだろうと思い、とりあえず普通の敬語にさせてもらう。敬語も得意ではないから間違った使い方かもしれないが少しくらいなら構わないだろう。
「それではエキドナ様お疲れでしょう。こちらへご案内いたします」
ボロが出ないうちに……と察したのかルーナが城内へ案内する。
エキドナも特に何も言わずに着いてくる。とりあえず、ルーナに任せておけば問題ないだろう。
――――
「まぁ! このお菓子は甘くてとても美味しいわ」
俺達は応接室にエキドナを招待した。エキドナの目の前にはショートケーキが置いてある。一口食べて驚いた顔を浮かべる。ふふ、いくら魔王と言えども、甘味の魅力には勝てまい。
「エキドナ様のお口に合いましたようで何よりでございます。料理人も喜びましょう」
こういったやりとりは全部ルーナに任せることにした。それにしても、アレーナはこの短時間でしっかりと準備していたようだ。
「ええ、とても美味しいわ。これ妾のところでも作ることは出来ないのかしら?」
「レシピをお渡しすることは出来ますが、材料を手に入れるのは難しいかもしれません。こちらの料理に使われている材料は、全てこの城で作ったものですので、市場に出回っている訳ではございません」
「そう……残念ね。まぁレシピだけ後で部下に渡してくださる? 材料は探させれば見つかるでしょう」
「畏まりました。後ほどいらしたお連れ様にレシピはお渡しいたします」
「お願いするわ。それじゃあ本題に入りたいのだけれど、よいかしら?」
エキドナはルーナから俺に視線を向けた。部屋の空気が変わったような気がする。
「シオンあなたは何者なの?」




