第6話 手紙を読もう
俺は部屋へ入るとテーブルと座布団を用意し、居間から持ってきた酒とつまみを置いた。
「そこに座ってくれ」
「はい」
そう言われてアイリスは向かい側に座る。
「じゃあ早速だけど手紙を読ませてくれないか?」
アイリスは手紙をこちらに手渡す。
「読んでもいいか?」
「ええ、私はしばらくお酒でも飲んで待ってます」
アイリスは手元にあった酒を飲み出す。
俺はアイリスから貰った手紙を読み始めた。
――――――
この手紙を読んでいると言うことは私の事を覚えていたのでしょうか?
私がこっちに来てすでに五十年以上たちました。
(もちろん覚えてるよ。何せこっちは一年しか経ってないから)
シオンは元気にやってるかな?素敵なおじいさんになってるかな?
結婚して子供がいたりして?50年も経ってると孫がいるのかな?おじいちゃんとか呼ばれてたりして(笑)
今シオンが他の人と結婚して家庭を持っていると考えると少し寂しい気持ちになりました。
可笑しいよね。私はこっちで子供がいるのに。
こっちの世界に来て、色んな事がありました。
――――――
手紙に書いてあった話は俺の想像を絶するものだった。
向こうに着いてすぐに人間の国で迫害を受け奴隷に落とされた。
奴隷商人が菫を売るために移動中、たまたま一緒に売られるエルフを助けるために奴隷商人を襲撃したエルフに助けられる。
菫はその時に名前をツクモスミレと名乗った。どうやら俺の事を忘れないためらしいが…
そして、そのままエルフの村で生活し始める。そこで菫はエルフとして生活するため、洗礼を受けエルフの一員になった。
そこで数十年過ごした後、菫は当時助けてくれたエルフと結婚した。
だけどそのエルフは数年で死んでしまう。エルフの村を守るために戦死したそうだ。
菫は旦那の代わりにエルフの村を守るために敵と戦いその敵を退ける。その功績からエルフの長になった。
ある時、娘のアイリスが旅の途中だったソータを連れて村までやってきた。ソータはどうやら地球へ帰るために旅をしているらしい。
アイリスはソータと旅をすることになった。
菫は村に残ることにした。エルフの村をそのままには出来ないし、地球に戻るには年月が経ちすぎているから。
でも…もしかしたらと思い、アイリスに手紙を託した。
そういったことが書かれていた。菫、凄く大変だったんだ。それなのに俺、菫がツラい時に一緒にいることが出来なかった。
俺は手紙の続きを読むことにした。
――――――
私達が最初に話したときの事を覚えていますか?高校生の時……五十年以上も前のことですが私は今でも覚えています。
(俺だって覚えてるよ。まぁ、こっちでは五年位前だけど。)
学校の放課後、誰もいない教室で私は読書をしていました。
私は家に帰りたくなかったから。
家では両親が何時も喧嘩をしていたからです。
そんなとき、うしろから急に物音が聞こえました。ふりむくとシオンがいました。
教室には私しかいないと思っていたからとてもビックリしました。
『何?』
私が発したさいしょの言葉です。今思うとかなりそっけないですね。でも、同じクラスでもほとんど話したことがなかったしおんがいて、こっちをずっと見てたからふしぎでした。
その時のシオンは何て言ったか覚えてる?
『凄く絵になってる。キレイだった』
(もちろん覚えてるよ。夕焼けが射し込む教室で読書をしていた姿は本当に綺麗だった。俺はその時に菫に一目惚れしたんだ。)
ほとんど話したことがなかった人からいきなりそんなことを言われた私の気持ちが分かりますか?すごくうさんくさいって思ったんですよ(笑)
そんな私の事を気にもせず、そのあともシオンは私によく話し掛けるようになったね。お互いに本が好きってことがあったからかな?私も少しずつ話せるようになりました。
お互いに色んな本を読んで感想を言い合ったね。この世界には本はほとんどなくてあっても歴史の本や兵法書のようなものばかり。物語なんてないのでさびしいです
。私は放課後にシオンと話すのが楽しくなっていました。そんな日々は私の大切な思い出です
その後だったかな?両親がりこんすることになったのは。
恥ずかしげもなく泣いている私にシオンは何も言わずに胸を貸してくれたね。
その後で「悲しければいくらでも泣けばいい。辛いことは今ここで流しきればいい。これからはおれがずっとそばにいてやる。悲しい思いはさせない」確かこんなセリフだった気がします。ちょっと補正が入っているかもしれませんね。
でも私はその時シオンに救われました。そして、シオンを好きになったんです。いや、すでに好きだったかもしれません。恋人同士になれたのはうれしかったよ。
でも、私は別の世界へ行き、結果としてシオンを裏切ってしまいました。怒ってるよね?
でも、もしいきなりいなくなった私の事を心配してたらいけないと思って手紙を書くことにしました。
こちらでは日本語なんて使ってないから、変な日本語になってるかも?やっぱり使わないと忘れちゃうね。昔は覚えていたシオンの漢字も忘れてしまいました。
最後にこれだけは言いたかったです。
今、私は別の世界で暮らしています。家族ができ、幸せになりました。
全てシオンが私を救ってくれたから。私、シオンに会えて嬉しかった。
シオンは幸せになれましたか?私のせいで不幸になってませんか?
私の事は忘れて幸せになっていてくれてると嬉しいです。
ありがとう私の好きな人。
――――――
気がつくと俺は泣いていた。
アイリスは何も言わずに俺を見つめている。
「手紙を見せてくれてありがとう」
俺は涙を拭いてアイリスに礼を言った。
「いえ、どうでした母からの手紙は?」
「アイリスは中身は?」
「知りません。人様への手紙を勝手に見るなんて出来ませんから」
「そっか。手紙のお陰で、ようやく前を向くことが出来そうだ」
菫がいなくなったことが認められかった。現実を見れなかった自分からようやく抜け出せそうだ。
「そうですか。それならば持ってきて良かったというものです。因みに母から伝言があるのですが聞かれますか?」
「ああ、お願い」
そう言うとアイリスは立ち上がって、後ろを向く。
「母からは、もしシオンが泣いていたならば胸を貸してあげなさいと。でも、私は胸は貸して上げれませんので、代わりに背中を貸します」
少し照れながらアイリスは言った。
俺は苦笑しながら立ち上がってアイリスの肩に顔を付けた。
「じゃあ、少しだけ」
「本当に少しだけですよ?」
「ははっ。分かったよ」
俺はしばらく肩に頭を付けたまま色々と思い出していた。
「俺が最後に泣いたのは、菫の胸の中だったんだ。その時はまだ俺は高校三年生だったんだけどね。旅行に行ってた両親が事故で死んでさ、最初は急なことで訳が分からなかったけど、両親の亡骸を確認したとき、実感して今にも泣きそうだった。でも隣にいた姉が、目には涙を浮かべてたんだけど、必死に我慢してて……多分俺が居たから泣けなかったんだ。それを見て、俺も姉の前では絶対に泣けないと思ったんだ。で、葬式も全部終わった後、菫と二人でいたら『式も終ったし、今はお姉さんもいない。もう我慢しなくていいよ』って抱きしめてくれたんだ。俺は恥ずかしげもなく泣いてしまったよ。……で、今はその菫の手紙に泣かされて、子供の肩を借りている。母親とその子供二人に涙を見せるなんて情けないよな」
「そんなことはありませんよ。シオンさんの涙は優しい涙です。人の為に流せる涙に情けないはないですよ。それに今、流してる涙は母の為の涙でしょう? それならばいくらでも流して下さい。私も出来ることなら手伝います」
「ははっ、それなら胸を貸してくれよ」
俺は笑いながらいい、アイリスの肩から顔を上げる。
「私は安くありませんからそれは出来ません。もういいのですか?」
アイリスも笑って答えてくれたが、下手したらただのセクハラ発言だ。冗談として受け入れてくれて本当に良かった。
「ああ、もう大丈夫だ。ありがとう」
そう言ってお互いに座り直す。
「見た目は全然違うけれど、どことなく菫に似てるな、やっぱり」
「……どういったところが母と似てますか?」
興味津々な表情でアイリスが聞く。
「そうだな…クールっていうか感情はあまり表に出さないというか、普段はキツいくせにどこか優しいというか。恋人じゃない男に背中だけは貸すってのはポイと思ったよ」
それを聞いてアイリスはなんとなく不満そうな顔をしている。似ていることよりも俺が言った内容に不満があるようだ。
「この手紙は感情がよく表れている気がした。手紙だからなのか、年を取ったからか分からないけど読んでビックリしたよ」
昔は顔文字や(笑)なんて絶対に使わなかった。メールとか一行で返事しかしないような感じだったし。
「母は自分のことをクーデレって言ってましたよ。私にはクーデレの意味は知らないですけど」
俺は過去の記憶を呼び起こす。
「……クーは分かるけどデレはあったかな?」
正直思い浮かばない。
「それで、手紙を読んでシオンさんはこれからどうされるのですか?」
アイリスが改めて質問する。
「そうだな。異世界に行くのは変わらない。そして、菫に会いに行く」
「会ってどうするのですか?」
「礼をいいたい。俺も菫に会えて良かったと。菫といて幸せだったと。そうすれば俺は先に進めると思う」
それならば、ごそごそとアイリスはポーチの中から大きめの紙、これは地図か? と、ブローチを取り出す。
「これはエルフの村への地図と通行書代わりのブローチです。これがあれば私達の村に入ることが出来るでしょう」
「ありがとう。すぐには行けないと思うけど、必ず行くようにはする」
「それがいいでしょう。ソータさんと違い、向こうで生活するのなら、母に会いに行くより先に自分の拠点を作られた方がいいですよ。やはり地に足が付いてないと困りますからね」
「確かにその通りかもな。まずは拠点を作って強くならないと!」
その言葉にアイリスはうんうんと頷く。
「それで…もし、よろしければ母のこちらでの話を教えてくれませんか?」
少し申し訳なさそうに、アイリスが言ってくる。
やっぱりなんとなく、菫に似てるなーと思った。それからアルバムを取り出し、アイリスと昔話をしながら夜は更けていった。