第42話 エルフを解放しよう
「すまないな。またここに閉じ込めて」
一旦話を終えたので、【黄金の旋風】を牢に戻す。流石に客室に通す訳にもいかないからな。
「いや、気をつかってくれて悪いくらいだ。特に不便はしてないし……だけど、リャンファンだけは別にしてやってくれないか? 流石に男だけの牢屋に女性が一人は……」
確かに。一緒では何かと問題だろう。
「分かった。リャンファンは一人になるけどいいか?」
「アタシは別に一緒にでも困らニャいけど……まぁ男女別にってのは仕方ないと思うから構わないよ」
「じゃあ、せっかくだからリャンファンには客室を使ってもらおうか。リン、案内してあげて」
「畏まりました。リャンファン様、こちらへどうぞ」
…ん? 今何か違和感がなかったか…
「あれ? リン、言葉使いが……」
「先程までは冒険者仕様でございました。メイドの時にスを付けてたらおかしいでしょう?」
「いや、冒険者でもスを付けてたらおかしいだろう?」
「……え″?」
リンはメイドが出してはいけない声を出す。
俺は、なぁと隣にいるリャンファンに聞いてみる。リャンファンもニャって言って頷く。まぁ俺からすれば彼女の時々発せられるニャも十分おかしいんだが。
「お前は冒険者として活動していたときに、語尾にスを付けてたのを聞いたことがあるか?」
「……!? そ、そういえば聞いたことがございません!」
「だろう。まぁ別に個性があっていいのかもしれんが」
「いえ、お忍びで潜入しているときに個性があったら困るのですが……」
確かに目立ったら駄目だよな。
「そもそも何でスとか付けようと思ったんだ?」
最初は口癖かと思ったが、普通の言葉が使えるならワザと使用しているんだ。
「……ルーナ様が丁寧すぎず、それでいて粗暴な言葉使いでもないと」
やつか。また変な知識でも教えたに違いない。まぁ別に間違っている訳でもないからいいだろう。
「今更変えるのもおかしいし、リンはそれでいいだろう」
「そうですか……そうですね。今からまた言葉を考えるのも億劫ですし、また潜入する際はあれでいきます」
リンは諦めたようにため息を吐く。
「それでは改めましてリャンファン様、こちらへ」
気を取り直したようにリンがリャンファンを案内しようとする。
「ちょ、ちょっと待つニャ!確かに牢からは別にニャることを了承したけど、客室は聞いてないニャ! 皆と同じ待遇を希望するニャ」
動揺しているせいかニャが多い。どうやら普段は意識して共通語を話しているようだ。
「別にいいじゃないか、俺たちも気になるし、どんなだったか感想聞かせてくれよ」
牢からセラが声をかける。
「でもアタシだけ悪いよ」
リャンファンは申し訳なさそうだ。
「何、こっちもそこまで待遇は悪くなさそうだし。寧ろ野宿より快適ってもんだ。だから行ってこいよ。後でたっぷり土産話してもらうからな」
「セラっち……わかった。一人で贅沢してくるニャ!」
リャンファンは吹っ切れたように言った。
「盛り上がっているところ悪いけど、別に部屋を客室に移すだけで、客待遇するわけじゃないからな? ウロチョロしたり、美味い食事が出てきたり、サービスがあったりはしないからな」
俺は一応念を押すことにした。
「わ、わかってるニャ。さ、リンっち早く案内するニャ」
リャンファンが少し動揺している。実は結構期待していたようだ。
リンは微笑みながら案内する。
「はいはい、リャンファン様行きましょう。ではシオン様失礼します」
そう言ってリャンファンを連れて出て行った。
さて、と。俺は牢の中に向き直る。
「じゃあ俺はお前らに聞いた話を仲間と話してくるから、大人しくしていてくれ。また後で話は聞くと思うから。何か困ったことがあったら、メイドに言ってくれ。ある程度は融通を利かせるようにはするから」
そしてそのまま俺は【蒼穹の槍】の方へ話しかける。
「お前たちはやっぱり俺達に協力はしてくれないのか? 話を聞かせてくれるだけでもいいんだが?」
「話すことなぞ何もない。殺したければ殺せばいいだろう」
【蒼穹の槍】の一人が俺の方を向き、そう言い放つ。おそらく彼がリーダーなのだろう。
「そっか。エルフには色々と相談したかったんだけど、仕方がないか。じゃあお前達は解放するから出てくれ」
俺がそう言い牢を開ける。
「「「はっ?」」」
蒼穹の槍全員が驚いた声を出した。
「おい! どうして解放するなんて話になるんだ! 協力はしないって言ったんだぞ!」
リーダーらしき男は信じられないといった顔をして俺に尋ねる。
「だから協力しないんだろ? だったらここにいる必要はないし、別に殺す必要もないじゃないか。ここにいたら食事や見張りの分俺達が損することになる」
俺は当然だろうと言った顔で答える。
「そう言って解放した後で俺達を殺す気なんだろう?」
「殺すなら解放しなくても、今すぐでも殺せるっつーの。ただ、別に俺は協力しないやつには基本的に優しくはないから。親切にはしてあげられないぞ?」
コイツ等の置かれている状況、さっき【黄金の旋風】と話した内容を親切に教えてやる気はない。だからコイツ等が解放された後、ギルドや国に捕まろうが知ったことではない。
「おい、お前ら。シオンさんはそんなに悪いやつじゃないぞ。こっちが嫌がるような話は聞いてこなかったし、お茶菓子はビックリするほど美味しかったし……このまま解放されたら絶対に後悔することになるから止めとけって」
状況を知っているセラが【蒼穹の槍】を説得しようと試みる。
「セラ。それくらいなら良いけど、内容まで話しちゃうと不公平だからそれ以上は駄目だぞ」
俺はセラがそれ以上はしゃべらないように一応釘を刺しておく。
「やっぱり何かあるんだな! 解放とかいって罠にかける気なんだろう。……これだから魔族や人族は信用できない」
勘違いした【蒼穹の槍】のリーダーがそれ見たことかと叫ぶ。
「ほら、勘違いするじゃないか。別に解放しても俺たちは何もしない。セラが言ってるのは、この依頼の本当の目的を知らないお前達が帰ったら碌なことにならないって言ってるんだ。ま、どのみちお前達は話さないって言ってるんだ。俺達の罠だろうがそうでなかろうが、こころ出るしか方法がないんだから、さっさと出るんだ。どうせ死ぬ覚悟は出来ていたんだろう」
そう言って無理矢理三人を牢から出す。
抵抗しても無意味なのは知っているため大人しくついてくる。
「城の入口にこいつらの装備を用意しておいて。さすがに装備なしじゃ帰れないだろ」
俺は牢に待機しているメイドに準備をお願いして外へ出ることにした。
――――
牢から城の入口までは歩いても数分だ。先頭をメイドが道案内役で、最後尾を俺が歩いている。その間に言いたいことだけ言っておこう。
「さて、何も話さないと言ったお前達からは俺も何も聞かないし、お前達に有用なことは何も話さない。だから、ただの独り言を今から話す。別に返事はしなくていい。この内容をお前達がどう解釈するかも自由だ」
俺は歩きながら前を歩いている三人に語り出す。
「ツクモってエルフの長を知ってるか? もし会うことがあったら伝えて欲しいんだ。そのうちシオンが会いに行くって。サクラやヒカリも一緒だって。楽しみに待ってろって。あと、娘のアイリスは無事に辿り着いたって。手紙も預かってるから楽しみにしてろって。……まぁ伝えなくても、直接会いに行くから別にいいけど」
三人は驚いて振り返る。
「お前は一体何を……何故ツクモ様の名前を? しかもアイリス様の名前まで……」
「答える必要はない。それにほら前を向いて歩けよ。もう着くぞ」
立ち止まった三人を急かす。話してくれないやつに何を言っても無駄だからな。精々色々と考えるがよい。
入口にはルーナが待っていた。
「あれ? 何でルーナがいるの?」
てっきり他のメイドがいると思っていたのだが。
「どうせこの後、会議室で話し合いを行うのでしょう? でしたらついでと思いまして」
そう言いながら三人に武器を渡していく。
「シオン様の温情で生かして帰すのです。これからは身の丈に合った生活を送った方がいいですよ」
三人は特に返事もない。どうやらさっきの俺の話が気になってそれどころではないのだろう。
「よし! じゃあここで解散だ。次、この城に入ったら流石に命はないと思えよ!」
そう言って俺はルーナと二人で城に戻ろうとする。
「お、おい! ちょっと待て! お前とツクモ様の関係を……」
それを慌てて引き留めようとする【蒼穹の槍】のリーダー。
「さっき言っただろう。お前達からは何も聞かないから、俺も何も話さないって。独り言だって。勝手に解釈すれば?」
そう言って俺は振り向かずに手を振って城へ入った。
「よかったのですか? 彼らはツクモ様についてご存じだったようですが?」
ルーナが心配して聞いてきた。
「別に構わないさ。奴らに聞かなくても会いに行けばいいだけだから。それにこっちにいることは伝えたんだ。あいつらがスミレに会うことがあったらそれだけ伝われば十分さ」
俺は自嘲気味にそう言った。
「あとあの者達に【毒の契約】は使用しないので?」
「もしかしたら伝言してくれるかもしれないだろう? それにアイツ等に殆ど情報は渡ってないし……あ、でも城の罠の情報は知ってるのか」
ちょっと失敗したかな?
「城の罠は変更が可能ですし、アインス砂漠など転移に関してはバレておりません。問題はないでしょう」
なら別にいいか。
「それよりもだ。色々と相談したいことがあるんだ。皆も呼んでくれないか?」
俺はセラ達から聞いたこと、冒険者カードのこと。セツナが連れてくるだろう二人のこと。ツヴァイスのこと、それらについて今すぐ話し合いたい。そう思っていた。




