第40話 捕虜を解放しよう
俺がヘンリーを倒して皆の所へ行くと……三人は座って談笑していた。えっ!? アンデッドはどうしたんだ? 俺はあんなに苦労したのに……やや理不尽に思いながら俺は近づいた。
「あっ? 終わったー? 最後あれ何やってたの? 途中から全然分かんなかったわよ?」
姉さんには俺が何をやったのか理解できなかったようだ。まぁ外から見ていただけじゃ分からないだろう。俺は三人に先ほどの戦いについて説明した。
――――
「で、これが残りの粒なんだけど、中々しぶとくてさぁ。どうしよう?」
俺の説明を聞き終えた三人は、顔を見合わせため息を吐く。
「シオン様……無茶が過ぎますよ。もう少し考えて行動してください」
「あんたねぇ、よくまぁこんな面倒いことを……一体何万個あったのよ?」
「シオンくんってさ、愚直っていうか……時々馬鹿だよね」
散々な言われようである。
「いやだってよ。物理攻撃は無駄だし、毒も効かないし、これしか思いつかなかったんだよ! ってか、それなら皆はどうやって倒すんだよ?」
「わたくしは銀属性ですから、そもそも弱点で霧になることなくダメージが入りますし」
「わたしは最初から戦う気がないから別に関係ないし」
「僕はそうだなぁ。バックドラフトで一気に殲滅ってのはどうかな?」
うん、ツッコミどころがいくつかありそうだ。
「ルーナ。弱点属性で霧にならないってどういうことだ?」
「弱点属性は相性の関係で上手く能力が発動しないのです。ですので霧にならずに直接肉体にダメージが入ります」
以前聞いた【魔法無効】の話と似たようなものか。
「姉さんは……まぁいいとして、トオル、バックドラフトってなんだよ。お前は炎なんか扱えないだろ?」
「炎魔法は扱えないけど……まあ見ててよ」
そう言ってトオルは何やら魔法を唱える。が、透明で何も分からない。が、少し待つと目の前に大爆発が起きる。かなり強い爆発だ。が、おかしなことに、爆発はまるでそこに部屋があるかのように四角にで囲まれていた。爆発は目の前で止まっているような感じだ。
「ね、こんな感じ。因みにどうやったかは今は企業秘密だよ。まだ完成させてないから正式お披露目は今度だね」
今ので不完全な魔法なのか? だとしたら完全版はどうなるか……見当もつかない。
「……まぁ二人には倒す方法があったかもしれない。でも俺の魔法じゃこれくらいしかやりようがないだろ?」
今の方法は二人だから出来たのであって、俺には真似できない。
「シオン様はそもそも【魔法無効】が使えますからナイフに【魔法無効】を付与させれば霧状にはなりません」
「わざわざ粒で囲まなくても、大きな水で体全体を囲めば良かったんじゃない? 体が無理でも一粒じゃなくて何粒か纏めても問題なさそうだし」
「シオンくん。霧の粒に毒は効くなら、【毒散弾】が直撃した部分は既に消滅しているはずだよ。じゃないと粒は何百万個は必要だったと思うし。だから多分【毒散弾】を打ち続けるだけで終わってたと思うよ。仮に霧の部分が残ってても、体に戻ると小人サイズだったかもね」
……どうやら普通に戦えばよかったようだ。
「しかし、ヘンリー卿にシオン様の能力や実力が全部バレなくてよかったかもしれません。特に【魔法無効】がバレなかったのは、かなりのアドバンテージかもしれません」
「そうだね。能力がバレたら対処されやすいもんね。というか、次は僕が戦ってみたいんだけど……」
「そうですね。次回はトオル様にお願いしましょうか? まぁ実際はその時次第でしょうが」
「ちょちょちょ!? ちょっと待って欲しいんだけど。……ヘンリーってこれだよな?」
俺はまだ残っているヘンリー粒を見せる。
「それは偽者、コピー卿です。本物があんなに弱いはずないではないですか。それは必要ないからさっさと処分してください」
「はぁ!? コピーってどういうことだよ!? 聞いてないぞ! それにあんなに弱いって……苦戦してたくせに」
「あれはわざ…ゴホン。何でもありません。ではシオン様にも順を追って説明いたします」
あっルーナめ。今誤魔化そうとした。絶対誤魔化そうとしただろ。
俺の勘ぐりなぞ知るかって感じでルーナは説明を始めた。どうやら眷属召喚で自身の分身を召喚したようだ。能力は同じようだが、魔力や戦闘力は本人の半分くらいとのことだ。
「なぁ、それ最初から気が付いていたんだろ? どうして教えてくれなかったのさ」
「そちらの方が面白……ではなく、油断をしないためです。最初から偽者と分かっていたら、きっとシオン様は舐めてかかったでしょう。正直今のシオン様なら勝てるとは思ってましたが、油断をすると分かりません。実際に油断して背中を取られたでしょう?」
コイツ絶対今面白いって言おうとした! ……が、油断して背中をとられたのは事実なので、何も言えない。
「あまり納得はしたくないけど分かった。でも、だとすると次は本物が来るかな?」
「今回ヘンリー卿の策は完全に失敗しました。分身は破れ、戦力補強は結局出来ておりません。プライドだけは高いので、仕掛けてこないとも限りませんが、まずは準備に取り掛かるのではないでしょうか」
何の成果も得られなかったから、感情は置いておいて一旦準備に取り掛かるか。
「そういえばアンデッドは全部倒したのか?」
「あのアンデッド兵はシオンくんが粒にして閉じ込めた途端に動かなくなったよ。だからさっさと浄化したよ」
偽者だったとはいえ、今回のアンデッド化の主だったから、主がやられたことで動かなくなったのかな?
「浄化してもさ、また眷属召喚とかされない?」
「眷属召喚はあくまでも使い魔や直系に対してのみ使用可能です。こんな出来損ないの契約もしていない浄化されたただの骨では使用できませんよ。そもそも今回眷属召喚されたのは、浄化してない部分が残ってたからだと思われます。ですので、ちゃんと浄化していればこんなことにはならなかったはずです」
出来損ない……ルーナって、ヘンリー関係には言葉が厳しくなるよな。
「よし! それじゃあ一応一区切りか? っと、そうだ」
俺は残ってた偽ヘンリーの粒を消滅させた。……思ったより消費したな。
「想像以上にこの残ってた粒は魔力をかなり消費したぞ」
「おそらくコピー卿の核となる部分だったのでしょう。もし、消滅させなかったら、そこから復活もありえたかもしれませんよ?」
まぁ無理でしょうけどね。と追加で呟く。驚かすなよ。
「そういえば偽者の魔石ってないのかな? あとアンデッド兵にも」
こんだけ人数がいればいい稼ぎになるんじゃね?
「コピー卿は魔法で生み出した分身なので魔石はないのでしょう。それからここにいた兵士はまだアンデッドですらない状態でした。魔法で動かしていた死体に過ぎません。ここから魔石が生成されると本物のアンデッドになります」
今回のはコピー卿が無理矢理動かしていただけだから正式なアンデッドではないらしい。だからコピー卿がやられた時点で動かなくなったんだな。
「因みに一部の上級アンデッドを除いて、アンデッドから取れる魔石は灰色の魔石です。灰色の魔石は他の魔石と違い、魔力石や魔法結晶へ加工する際、他の色に変換出来る優れものです」
俺やトオルのみたいにレアな色だと灰色の魔力石からしか属性の魔法結晶が作れない。俺はともかくトオルは転移や通信に魔法結晶を大量に使うので灰色の魔石はいくらでも欲しい。……が、まさかアンデッドから取れてるとは思わなかった。
そうなると、今回のこいつらは正式にアンデッドになってから退治すればよかったのか? いやいや、流石に危険すぎる。
そういえば生き残りはどうなってるんだ? 遠目からは何か結界みたいなので守られていたようだったけど。俺は捕虜の元へ向かった。まぁすぐそこなのだが。
――――
「……また随分と減ったなぁ。俺が出て行くときには三百はいたぞ」
今は百ちょっとってところか。二百は死んでいる。
「わたくしが来てからは欠けてはいないのですが……申し訳ございません。もう少し早く来ればまだ生き残りがいた筈なのですが……」
ルーナが申し訳なさそうに謝罪するが、ルーナは何も悪くない。むしろよくやったと思う。
「いや、ルーナのお陰でこれだけでも生き残ったんだ。ありがとう」
そうして俺は捕虜たちに話しかける。
「待たせたな。今からお前達を解放するから。まずは入口まで戻るか」
これ以上ここにいて、さらに厄介なことになっても困る。輸送隊のようにサッサと解放してしまおう。
本来なら歩いていくところだが、既に転移を見せているので今更だろう。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
捕虜の一人が叫ぶ。
「何だ?」
「い、いや少しくらい説明があってもいいだろ! いきなり変な男が出てくるわ、死体が起き上がって襲ってくるわ、もうたくさんなんだ!」
色々あって爆発寸前だな……ってか俺が敵なのを理解してるのか?
「別にお前達に説明する必要はないんだが……まぁいい。簡単に言うと、お前達を不死王ヘンリーが狙ってきたから迎撃してやった」
「はぁ!? 何で不死王とかそんな大物が俺達を狙うんだよ!」
「さっきアンデッドになった仲間を見ただろ。ヘンリーの目的は二千のアンデッド兵を手に入れることだ。その為にお前達はここに連れてこられた。分かったらさっさと帰れ。輸送隊はもう帰ってるぞ」
質問タイムは終わりとばかりに俺は話を打ち切る。
「ちょ、そういえば輸送隊はどうなったんだ? すでに帰ってるってどう言うことなんだよ!?」
「あー? ったく。輸送隊はさっさと降伏したからお前たちと同じ呪いをかけて帰したぞ。一応輸送隊がいた場所にお前ら用の竜を残してるから、それに乗ってさっさと帰れ」
竜は賠償としてもらったの以外にもこいつらのために残していた竜もいる。まだ森の入口で待機しているはずだ。ってか、コイツ等更に数が少なくなってるからもう少し竜が貰えそうだ。
「呪い。…そうだ! あんたが行った後、呪いで結構な人が死んだんだ! どういうことだよ!?」
男は思い出したように叫ぶ。
「はぁやっぱりか。どうせ禁則事項でも破ったんだろ? だからあれほど破るなと念を押したのに……」
「いや、俺達は別に破ったりは……」
「大方、『何だよあいつは! 化け物じゃねーか!』とか『この呪いは外せないのか?』言ってたんだろ?」
男の顔が強ばる。図星のようだ。
「ったく、俺のこともそうだし、呪いや魔法のことを言うのはここで起きた話だろうが! 何で話してるんだよ。分かったか? お前らは普通に禁則事項を守ってないんだよ!」
「なっ!? それならそうときちんと説明してくれれば……」
「何でそこまで面倒見なくちゃいけないんだよ! そもそもちゃんと何回も念を押して話しただろ? それとも何か? 子供でも分かるようなことを、一々全部教えないと理解も出来ない大馬鹿野郎なのか? そこまでの馬鹿なら何を言っても無駄だ。それに、分からないことは質問しろって言ったよな? 質問してない時点でお前らは自業自得なんだよ。事実、輸送隊は色々と質問してきたぞ。結果、呪いでは死者は一人もいなかった。お前らなんかより、よっぽど優秀だったぞ」
流石に男もぐうの音も出ないようで、これ以上は何も言わなかった。
他の奴からも特に文句も出なかったので、トオルに頼んで入口まで転移してもらう。
捕虜達は転移に驚いていたが、特に何も言わずに大人しくしている。何か言って禁則に引っかかりたくないだけだろうが、それでも少しはマシになったかな。
後は俺は城に残してきたヴォイス達だな。俺はトオルに頼んで森の入口に連れてきてもらうことにした。
――――
「もしかしたら忘れられてるかと思いましたよ」
開口一番ヴォイスが言う。
「そんなわけないじゃないか。どうせならここでの合流が早いと思っただけだ」
本当はついさっきまで忘れていたが、それは言う必要はないだろう。
「よし、お前達も早く準備しろよ。まぁ準備と言っても竜の確認くらいだろうが」
「はは、そうですね。じゃあちょっと行ってきます」
そう言ってヴォイス達も準備に取りかかる。と、そこにエイミーだけ残ってる。
「どうした?」
「あの、母への薬なんですけど……」
エイミーは遠慮気味に尋ねる。
そういえば薬を渡すから帰る前に声をかけろと言ってたっけ。見事に忘れてたな。
「ああ、忘れてた。確か病気の薬だったな」
俺は空の瓶を用意して、その中に魔法を唱える。魔法は【万能薬】。
この魔法は病気を治したり、解毒をする薬ではない。
体の異変を取り除き、正常にする薬だ。体に悪影響を及ぼしている菌や毒、呪いまでも排除する。
「これを飲ませてやるといい。だが、魔法で作った薬だから一ヶ月で効果が無くなる。出来るだけ早く飲ませろよ」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
エイミーは目には涙を浮かべ、感謝の言葉を何度も言いながら受け取る。
「感謝はちゃんと効いてからしてくれ。まぁ多分大丈夫だろうが……もし効かなかったら、また来るといい。次はもっといいのを作ってやるから」
「あの……母が元気になったら一緒にお礼に来ても良いですか?」
「別にわざわざお礼なんて必要ないが……そうだな。侵略じゃなくて遊びに来るなら歓迎するぞ」
「……はい! 今度は遊びに来ます!」
じゃ、準備してきます。と言ってエイミーは駆け出す。
「よーし、準備できたな! これに懲りたら今度は攻めてくるんじゃねーぞ!」
そう言って送り出す。まぁこんな大変な目にあったんだ。もう二度と会うことはないだろう。
ちなみに追加で死んだ兵士の分の竜が二百ほど余ったので、連れて帰ることにした。前回と今回で四百の竜が手に入った。
迷惑はかけられたが、犠牲はなかったし、戦利品としては十分だろう。
「これで今回の件は全部片が付いたかな?」
本物のヘンリーとか今後の問題はありそうだが、当面の問題は解決したはずだ。
「あ、シオンくん、言ってなかったかもしれないけど、Aランク冒険者を何人か捕虜にしてるから」
「……は?」
最後にもう少しだけ残ってるようだ。




