日本編㉒
全く……ひどい目に遭った。
初めて――いや一応二回目か、お邪魔したお宅で年下の女の子に正座で説教を食らった。
何で貴重な日本での時間を説教されて過ごさなくちゃいけないのか。
しかも背後には四十代の夫婦が苦笑いを浮かべている。
娘があんなに怒っている姿を見てどんな気持ちになっているのか。年上の男が正座しているのを見て情けない男と思われていないだろうか?
二時間後……説教が終わってから『初めまして。向こうの世界で娘さんを預からせていただいております』と挨拶する気まずさ。
恥ずかしさで威厳も何もあったもんじゃない。
それでも『娘の元気な姿をもう一度見ることができたのも貴方のお陰です。これからも娘をよろしくお願いします』だって。
『貴様みたいな男に娘は任せられん!』とか言われると思ってたよ。
挨拶も終わりようやく自由になった頃にはもう日が傾いていた。
おそらくスーラから連絡はいっているだろうし、この時間ならもうルーナとトオルも戻っていることだろう。
俺はこのまま家に帰ることにした。
――――
「お帰りなさいませご主人様っ!? 首を長くして待ってたにゃん!」
……バタン。
俺は家に入らずに、何も言わずそのまま玄関を閉めた。
今見た光景が信じられなかった。……今のルーナだよな?
今日一日色んな事があり過ぎて幻覚を見た……のか?
俺はもう一度……今度は少しだけ玄関のドアを開いて隙間から確認する。
いつものメイド服とは違い、ミニスカでフリフリのメイド服。似合ってるか、似合ってないかでいうと……微妙。
ルーナは可愛い系でなく美人系だ。しかも見た目は二十代中頃から後半。
そういう服を着るのはギリギリの見た目だと思う。
うん、やはりルーナはお淑やかな衣装の方が合っていると思う。
その肝心のルーナだが……顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。きっと滅茶苦茶恥ずかしいんだろうな。
そんなに恥ずかしいならしなければいいのに。それとも、もしかして罰ゲームのようなものか?
トオルと何か賭けでもしたのかもしれないな。……このまま放置プレイも可哀想だし、中に入るか。
「あっご主人様ひどいにゃん! 意地悪しちゃ駄目なんだにゃん」
……いやぁ。これ、痛すぎじゃね?
大けがってレベルを超えている気がする。
というか……何故語尾ににゃんを付ける。メイド喫茶でもにゃんは付けないだろ? もしかして、かなりコアなメイド喫茶に行ったんじゃなかろうか?
「……ご主人様? ずっと黙ってるけど……どうしちゃったのかにゃん?」
「…………ルーナ。恥ずかしくないのか?」
俺がそう言うとルーナは顔を伏せてわなわなと震え始めた。……あっこれヤバいかも。
「はっ……恥ずかしいに決まっているではありませんか!! そもそも一体誰のせいだと思っているのですか!!」
まるで俺のせいとでも言いたげな感じだ。
「罰ゲームじゃないのか?」
「違います!!」
「えっ!? 違うの? じゃあ何で……」
「それは……今日はシオン様が大変だったとお聞きして……少しでも労おうと日本のメイド風にもてなしを……」
確かにメイド喫茶風だけども。それで労われるかと言えば……。
「俺は……どちらかと言うといつものルーナの方がいいかな」
シクトリーナの落ち着いた雰囲気のメイドの方が労われると思う。俺がそう言うとルーナが安堵したように見えた。
「そ、そうですか。シオン様がこういった方がお好きだと申すのであればどうしようかと……」
どうしようってのは……離婚を考えると言うことなのか、それともシクトリーナのメイド服をこれに変更しようとしたのだろうか?
「と言いますか、メイド喫茶と言うのは何なのですか!! あんなの本当のメイドではありません!!」
あー、やっぱりルーナは不満だよな。だから出発前に言ったのに……。
「俺も本当のメイドってのはシクトリーナの方だと思うから安心してくれ」
「シオン様……」
「さっ、俺はリビングに向かうから、ルーナは着替えて来いよ」
いつまでも玄関口で話していても仕方がないからな。
「そうですね。ではわたくしは着替えて……」
「あっシオン様。お帰りだにゃん!!」
俺がリビングへ向かっていると、ルーナと同じ格好をした――フリフリに猫耳も付けたティティがいた。
「おおー!! ティティよく似合ってるじゃないか。凄く可愛いぞ!!」
ティティの愛嬌ならいつものメイド服よりも似合っている気がする。
「えっ!? そうかにゃ? ありがとにゃん」
ティティはファッションショーのようにその場でくるりと回転する。
うん。物凄くあざとい。だけどそれがいい。
「なぁティティ。シオン様じゃなくてご主人様って呼んで……」
「シオン様。わたくしの時と随分差があるように思うのですが……」
背後から感じる怒りのプレッシャーに俺は振り返ることが出来ず、ただ冷や汗をかくしかなかった。
――――
――ひどい目に遭った。
まさか家に帰ってからも説教されることになるとは思わなかった。
ただ今回は自業自得の面もあるから甘んじて受け入れた。
だが元凶には問いたださなくてはならない。
「トオル……どういうつもりだ?」
秋葉原に行くのもはいい。メイド喫茶に行くのも許容範囲だ。だが何故メイド服を買ってくる?
「……正直エキドナには似合わないと思うぞ?」
エキドナもルーナと同じく……いや、大人の色香を纏っているエキドナはルーナ以上に似合わないと思う。というかエキドナに着せたらもはやそれ系の店の人にしか見えなくなる。
「別にエキドナには着せないよ。これがドノバンくんへのお土産だよ」
もしかしてゴーレムメイド隊に着せるのか? そういえば四女のシホはロリメイドにしていたな。
「トオル様はこれを買わせるためにわたくしを誘ったのですわ」
すでに着替えているルーナが言う。
「流石にメイド服を何着も購入するのは恥ずかしいからね」
なるほど。何でルーナを連れて行ったかと思ったらそういうことか。
俺は知らなかったが、秋葉原にはメイド喫茶以外にもメイド服専門ショップがあるらしい。さっきルーナが着ていたメイド服以外の種類のメイド服も色々と購入したらしい。トオルはソータと結託しているから、お小遣い百万制限はない。
ルーナと業者を装って買い占めたようだ。ちなみにルーナも調子に乗って色々と試着したようだが……その様子は見たかったな。
その後メイド喫茶に行ってメイド体験。ルーナは自分の予想していたメイド像とかけ離れていて大層驚いたらしい。まぁ語尾ににゃんを付けるくらいだからメイド喫茶の中でもかなり特殊な方だと思うが……。
最後に電気街で皆から頼まれていたゲーム機等の娯楽品を買い漁って帰宅。
途中でスーラから連絡があり、俺が行けなくなったことを聞いたようだ。そこで購入したメイド服を着て家で待っていたと。
「僕は昨日と今日でやることは全て終わらせたからね。明日の引率は任せてよ」
この二日間、トオルはとても充実していたようだ。俺の方は……拷問ともいえる食事、今日は説得に謝罪に……何してるんだろ。
「ティティ達は今日はどうだったんだ?」
俺は未だにメイド服を着続けているティティに話し掛けた。かなり気に入ったようだ。
「うん。楽しかったよ。アレーナ様がすっごく喜んでた」
そのアレーナは話に加わらずに、ずっとご機嫌で箱を眺めていた。時折蓋を開けてはにへらと破顔する。あんなに緩んだ顔を見たのは初めてかもしれない。
「なぁ……あの箱には何が入ってるんだ?」
恐らく料理関係だとは思うが……。醤油じゃああはならないよな?
「あれね。どこかの匠が造り上げた包丁セットだよ。一番高かった包丁は二十万円もするんだって。他の包丁も五万円前後するって言って、ほぼ全財産使ってたよ」
「えええっ!? 何それメッチャ羨ましいんだけど」
普通の包丁は数千円、高くても一万円を超える程度だ。それが……二十万円?
料理好きの俺としては見逃せない話だ。一体どんな包丁なのだろうか。俺はアレーナに近づいた。
「アレーナ。その包丁を俺にも見せてくれないか?」
するとアレーナが勝ち誇った表情を浮かべる。
「ふふん。いいでしょう。ですが見るだけですからね。決して触らないこと。息も吹きかけてはなりません」
息もって……そう思ってるとマスクが手渡される。……随分と準備がいいな。恐らく自慢したかったんだな。
「ではこの輝きを存分に堪能してください」
アレーナが箱を開けると……。
「おおおっ!! マジか!?」
一目見ただけで分かる。これは良い物だ。
「私のお気に入りはこちらの柳刃包丁です。どうです? この見事な刀身。美しいと思いませんか?」
柳刃包丁――通称刺身包丁。この包丁で切り付けられた刺身はきっと美味しいはず。
「なぁアレーナ。帰ったらその包丁で寿司を握ってくれないか?」
「寿司ですか。いいでしょう。楽しみにしていてください」
アレーナも早く試してみたいに違いない。
「ねぇねぇ。包丁の違いで料理の味って変わると思う?」
「いやぁ。切れればどれも同じじゃないのか?」
「流石に錆びついてる包丁などは論外だと思いますが、それ以外はそれほど変わらない気がします」
「そもそもあんなに種類が必要なのかしら?」
俺とアレーナが盛り上がっている横で無粋なことを言うティティ達。
「全く……これの良さが分からんとは……」
きっとあいつ等はこの包丁を使った料理を食べても違いに気づかないに違いない。
「にしても……本当に羨ましい」
「……絶対に譲りませんよ」
「分かってるって」
というか、羨ましいことは確かだけど、俺の技術じゃこの包丁を生かしきれないと思う。残念だが諦めるしかない。
だがそこにアレーナが別の箱を準備する。
「ではシオン様にはこちらを差し上げましょう。私の包丁よりは劣りますが、それでも良い逸品ですよ」
アレーナがくれたのは別の包丁セット。
うん、今俺が使っている包丁より良いものだってのは見ただけで分かる。
「えっ!? 良いのか?」
「ええ。メイド隊分に余分に購入してましたので。……昨日のお礼です」
「マジか……ありがとう。大切にするよ」
多分この包丁セット、アレーナのよりは安いだろうけどそれでも十万円位しそうだ。……ん?
「なぁアレーナ。今他のメイド隊の予備って言ったよな? 他のメイド隊の包丁セットもあるのか?」
「ええ。シオン様と同じものですが、人数分と……それからモニカの分を購入しています」
既に退職しているモニカの分も買うのはアレーナらしいが……。
「お金はどうしたんだ?」
とてもじゃないが、メイド隊の分まで購入できるお金は持ってなかったはずだ。
「ティティから貰いました」
「ティティから? だってティティはお小遣いを持ってなかったはず……」
俺は確認しようとティティの方を振り向くと……そこにはティティの姿はなかった。
「……ティティは?」
「たった今ルーナくんと二人で出ていったよ」
そういえばルーナもお小遣いを持ってなかったな。
「トオル。ルーナは今日もお金を持っていたのか?」
「うん。シーナ用のオモチャをたくさん買ってたよ」
ほう……それは問いたださなくちゃならないな。
――――
二人はクミンから魔法結晶と引き換えにお小遣いを貰ったことを白状した。
どうやらクミンから言い出したことらしい。魔法結晶はこっちでは手に入らないし、魔法が使えるようになるから欲しくなるのは分かるけど……。
と、そこで昨日クミンが言っていた虫除けスプレーの話を思い出した。
――おそらくリカの魔法だな。
リカの魔法なら、しつこいナンパ男でもすぐに追い払える。ってことはリカもお金を持っていたってことか。今日はそのお金を使ったようには見えなかったが……。
ただクミン相手ではあまり強く言えない。クミンにはかなりお世話になってるからな。なので二人にはあまり無駄遣いしないようにと注意だけに止め……残り金額が心もとない俺もクミンにお小遣いをねだりに行った。




