日本編⑬
今回はヒミカ視点です。
「リカ……本当に大丈夫?」
「大丈夫じゃない? ダメだったら生存報告だけしてさっさとシオンさんの所に戻るだけよ」
リカは気楽そうに笑う。リカの家庭の事情を知っている私としてはそれは無理しているようにしか見えない。
リカは資産家の愛人の娘だった。
当時リカの父親が権力を振りかざして、母親に迫った。リカの母親はそれに逆らえなかった。そしてリカを妊娠する。もちろん父親が認知するはずがない。妊娠が発覚するとリカの母親を捨てた。
その為、母親はリカを女手ひとつで育てていたが、リカが中学生の時に過労で亡くなる。リカの母親は生前に父親に交渉して、自分の死後、リカを引き取るように交渉していた。
リカが自分の娘だと家族や世間い公表されるのを恐れた父親は、知り合いの娘だと言って仕方なくリカを引き取った。
そんな父親の世話にはなりたくはなかったが、中学生のリカには他に行く場所もなく、仕方なくお世話になることを決意する。
ただしもちろん家での環境は最悪。父親以外はリカのことを知らないが、薄々は勘づいていた様子。その為、本妻の母親とその息子たちに疎まれ、ひどい仕打ちを受けていたようだ。そして父親からは完全に居ないものだと認識されていた。
それでも行くところがないリカはその家で生活するしかない。
リカは相手に弱味を見せないようにと、常にトップクラスの成績を維持し続けていた。そして、高校卒業と同時にさっさと家を出る気でいた。
まぁその反動で、スバルと組んでトビオを苛めたり、万引きとか、裏では素行は悪かったけど。
流石に援交に手を出そうとした時は必死に止めたっけ。
異世界召喚がなければ、リカは今もあの家でずっと耐えていたと思う。そう考えると、むしろリカは異世界召喚で救われたのかもしれない。
だから今回も本当なら帰りたくないはずだ。だけどそんなリカの事情を知ればミサキやレンが遠慮して帰らなくなるかもしれない。
さっきミサキに向こうに帰るか悩んだと言っていたが、それもミサキに気をつかっただけ。本当は悩んでなんかいない。最初からあっちに戻るつもりだったんだ。
だからあの時口を滑らせたのは完全に誤算だったに違いない。
もし自分の選択で、ミサキやレンがこっちに残る選択を諦めたら、申し訳がない。だから悩んだと言った。二人がこっちに残る選択肢を選んでもいいように。
それと今さっさとシオンさんの家に戻るって言ってたけど、シオンさんもリカの家庭の事情は知らない。
その為、早く帰ったらシオンさん達にも気を使わせてしまうだろうから、それもしないはず。
多分リカは残り四日間、行く宛もなくひとりで適当に過ごすつもりだ。
「もうミサキもレンも居ないんだから、無理して家に帰る必要ないよ。そうだ! 久しぶりにさ、二人でカラオケにでも行こうか?」
私がそう言うと、リカの表情が少し和らいだ。
「もぅ。ヒミカは本当にお節介なんだから。そんなに心配しなくても、本当に大丈夫だって。それよりもヒミカだって両親に会いたいでしょ? 私にまで気を使わなくていいんだよ」
気を使ってるのはそっちの癖に……。
でも正直言うと私の方は両親に会いたい。私は両親との仲は悪くなかったから。このままじゃいつまでも平行線だ。
「分かったわ。私も帰るけど……いいこと! もし行く場所がないならすぐに連絡すること! ひとりでホテルやネカフェに泊まるくらいなら、ウチに泊めるからちゃんと言いなさい!」
私の言葉にリカは諦めたようにため息を吐いた。
「……分かったわ。どのみちヒミカの両親には話したいことがあったから、この帰省の間には会いに行こうと思ったし、行く場所に困ったら連絡するわ」
「ウチの両親に話? 一体何?」
今度は私が驚いた。リカってウチの両親に話なんて何も思い当たらない。そもそもウチの両親に会ったことなんて、遊びに来た時に挨拶した位のもんだし。
何だろう? 変なこと考えてないといいけど……。
もしかしたら、私を残して一人であっちに戻る気じゃ……。そんなことをしたら絶対に許さないんだから!
「そんなに睨まなくても、別に大したことじゃないって。別にヒミカの両親じゃなくて他の大人の人でもいいんだけど……一番事情を分かってくれそうなのはヒミカの両親だからね。話しやすいのよ」
どうやら顔に出ていたみたい。そして大したことじゃないと言っておきながら、内容については話してくれそうもない。
「まぁいいわ。じゃあ連絡待ってるから」
もし仮に置いていこうとするのなら、無理矢理付いていけばいいだけの話だ。
それよりも今大事なのはリカがボッチにならないこと。何を企んでいるかは知らないけれど、今はそれでいいことにしよう。
――――
私が実家に帰ると案の定大騒ぎになった。
どうやら私は死んだことになっていたらしい。
授業中に教室でいきなり五人だけが居なくなるという、学校側の言い分。
そんな非現実的なことは信じておらず、何か事故が起こって隠蔽されたと思っていたらしい。
私の両親は学校に対して訴訟をするつもりだったようだが、他の被害者の保護者がそれに乗り気ではなく、中々話が進んでいない所だったようだ。
他の保護者……リカの家は当然無関心。
サク君の家は今回の事件がサク君の席を中心に起こっているため、学校側はむしろサク君を首謀者とみているみたい。
もちろんサク君の保護者は否定しているけど、万が一本当にサク君が加害者だった場合を恐れて積極的になれないみたい。
トビオの保護者は、学校でトビオが虐められていたのを知ってた。そして証拠はないけれど、虐めていたのは私たちということも分かっていたみたい。だから学校側よりも、私たちの方を怪しんでいて、とてもじゃないけど協力体制はとれないみたい。
唯一スバルの親だけは協力的みたいだけど、彼女は一番の問題児だったから、あまり当てに……ということらしい。
とにかく学校に訴訟する前でよかった。学校側だって被害者だしね。証拠も何も出ないだろうし、負けて終わりに決まっている。
私は両親に全て打ち明けた。
異世界に召喚されて、天使になったこと。
その過程で悪いこともやってきたこと。
途中で三人死んで、生き残ったのは私とリカの二人だけになったこと。
そこでシオンさんに助けてもらって、なんとか生きながらえたこと。
そして一時的に日本に帰還できたこと。
三人が死んだ原因は事故ということにした。トビオのことを正直に話すか悩んだけど、トビオだけを悪者には出来なかった。
もちろんスバルとサク君を殺したことは許せないけど、今ここで正直に話してしまうと、矛先がトビオの保護者へと移ってしまう。
そうなると、サク君とスバルの保護者が、トビオの保護者を責める。
トビオの保護者が思っているとおり、私たちはトビオを虐めていた。
正確にはスバルが……だけど。でも私は止めなかった。だから私も同罪だ。
もし私たちがこっちでトビオを虐めてなければ、トビオはあんな風にならなかったかもしれない。
だから話せなかった。もしかしたら話さなかったことで生きている私とリカが死んだ三人の保護者から責められるかもしれない。それでも構わないと思う。だけど、それが父と母にいくのは勘弁してほしかった。
だから私は今回の帰宅を、長居できない一時的な帰還と説明した。そうすれば、死んだ三人の保護者や学校に本当のことを説明しなくて済む。私とリカが四日間バレなければ、それで真相を語る必要はないのだから。
元々私は向こうに戻るつもりだった。リカが戻るのに私が戻らない選択肢はない。リカにとってはそんな考えは逆に迷惑だろうけど……やはり居なくなった五人の中で、私一人がこっちに残っても居心地が悪いだけ。
でもそれは私の勝手な都合。それで両親が納得するはずがない。他の保護者や学校なんて気にせずこっちに残れと言うに決まっている。
まぁ両親の言い分なんて別に気にせず勝手にあっちに帰ればいいだけ。あっちに戻ってしまえば追いかけてこれないのだから。
でもどうせなら納得してもらいたい。そうすれば次もまた帰ってこれると思う。だから今回は一時帰宅で押し通すつもり。
こんな荒唐無稽な話、もちろん最初は信じなかった。
だけど私が黒い翼を出して、浮かんでみせることでようやく信じてくれた。翼があることで、私はもうただの人間じゃないことのアピールになり、この世界に居続けることができないと言う話の信憑性が増す。
ただ……人じゃなくなったことで、両親に嫌われてしまうかもしれない。まぁその時はその時で、リカと一緒に帰ればいいだけ。そう思っていたが、幸い父も母も私の翼を見てもちゃんと受け入れてくれた。
こんな姿になった私を受け入れてくれた両親のありがたみを改めて実感する。
それと同時に受け入れてくれる両親のいないリカのことが心配になる。
……結局この日リカから連絡が来ることはなかった。




