第316話 色のある世界
「うっうおおお!!」
俺は穴を塞ぐように世界樹を上に乗せたのだが、穴から噴出される【死の呪い】の抵抗が凄い。気を抜くと世界樹ごと吹き飛ばされそうだ。
さっきまで周囲の【死の呪い】は世界樹に近づこうとしなかったが、ここを塞がれると終わりなのが分かっているのか、流石に【死の呪い】も逃げ出さずにこちらに襲い掛かって来る。
さっきまで世界樹の近くは安全地帯だったが、今は【毒包囲】がなければやられてしまうだろう。さっき解除しなくて本当に良かった。
《お兄ちゃん!! 今地面に根を固定させているからもう少し頑張って!!》
しっかりと地面に根付くまで、まだしばらく時間が掛かりそうだ。
それに、世界樹の成長が足らなかったようで、穴全体を防ぐことが出来ず、隙間がある。今は世界樹が無理矢理抑え込んで俺の方まで【死の呪い】を届かないようにしているが……。
【死の呪い】を吸収して世界樹が成長するのが先か、負けて吹き飛ばされてしまうのが先か……こうなったら残りは根性だな。
――――
俺がしばらく粘っていると、突如背後から吹き飛ばされそうな突風が巻き起こる。世界樹を押さえていなかったら間違いなく吹き飛ばされていただろう。
真っ暗だった世界が一気に明るさを取り戻す。強風が周囲の【死の呪い】を全て巻き込んで通り過ぎたからだ。
《シオンちゃん!!》
背後からスーラの声が聞こえる。振りかえると全員がこちらに向かってきていた。
「スーラ!! みんなっ!?」
《【死の呪い】の柱に異変があったから、この辺りの【死の呪い】全部吹き飛ばしたの!!》
穴から噴出していた【死の呪い】を防いだことで、外から見えた柱にも影響があったようだ。
あの風はリュートが巻き起こしたのだろうか?
スーラが俺の所にやってきて手に巻き付く。
《その穴に向かって【毒の暴風雨】を放つの!》
――【毒の暴風雨】
俺とスーラが初めて完成させた合体技だ。
噴き出る【死の呪い】を押し戻して、その間に世界樹の固定を進めるつもりか。
「シオン君! 風が止んだタイミングで、私とレンちゃんが世界樹の根元だけ重点に成長させるよ」
「頼む!」
根元が成長すれば、隙間の穴が無くなり漏れ出すこともない。それに吹き飛ばされることも……。
「この辺りの【死の呪い】は僕とショコラで全部吹き飛ばしたからね。もしまた【死の呪い】が近づいて来ても全部吹き飛ばしてあげる。だからシオンはそっちに専念していいよ」
やっぱり吹き飛ばしたのはリュートだったか。これで【毒包囲】を解除して【毒の暴風雨】に集中出来る。
「シオン。世界樹の固定は私に任せて」
アイラは弓を構えて世界樹に向けて矢を放つ。矢には赤いロープが巻きつけられており、世界樹の周りを一回転して地面に突き刺さる。
それを三回繰り返し、自分の位置を含めて四方でガッチリと世界樹を固める。
「……これで手を離しても吹き飛ばされない」
「ありがとうアイラ。助かったよ」
これで両手が使える。俺は穴の隙間に【毒の水球】を召喚する。
「いくぞスーラ! 【毒の暴風雨】」
穴の中で【死の呪い】を巻き込む竜巻が発生した。
――――
《これでもう大丈夫だよ!》
穴はすっかり大きくなってしまった世界樹により完全に塞がれていた。
「これで……本当に終わりなのか?」
《いま僕の根がどんどん穴を埋めているからね。僕が伐り落とされるまで新しい【死の呪い】は発生しないよ》
新しい【死の呪い】は発生しなくても、この大陸にはまだ【死の呪い】が蔓延している。それを全部消し去らない限り、外の結界を解除出来ないから、シクトリーナに帰ることは出来ない。
《ここで僕が外の【死の呪い】を食べ続けるけど、僕だけだったら何百年かかるか分からないよ》
それは最初から聞いていたし、その為に虹のメンバーの俺達がいるんだけど……世界樹は既に大木と呼ばれそうな大きさまで成長している。なのに何でまだ子供の口調なんだろう? まぁ世界樹の中では子供かも知れないし、気にしたら負けだな。
「シオン。これからどうするの?」
「そうだなぁ。とりあえずここを拠点にしようか。植物や野菜の種をまいて生活環境を整える。新鮮な野菜が食べたいよなぁ?」
「えっ? じゃあ畑仕事をやるの? 【死の呪い】を撲滅する旅をすると思ってたんだけど……」
「もちろんそれも並行して行うよ。大陸中に世界樹の種をまいて【死の呪い】の吸収させる。だけど……これは全員でやる必要はない。ここなら【死の呪い】はないから【毒包囲】を使う必要がない。だから俺が種をまいて来るので皆はここで拠点を作って待ってて欲しいんだ」
皆で移動するよりも、俺がホリンに乗って行動した方が、早く移動できる。
それに【死の呪い】がない状態なら、結界内では転移も連絡も出来るはずだ。
「じゃあシオン以外で畑仕事? 確かに野菜は食べたいけどとっとやだなぁ。……ねぇ僕もついて行っていい?」
「えっ? でも俺はホリンに乗って飛んで行くつもりだぞ?」
「心配ないよ。僕もトールに乗っていくからさ」
確かに鳥型のトールはデューテを乗せて飛ぶことが出来る。
「……行ってもつまらないと思うけど?」
「畑仕事よりマシでしょ。それに……トールがいたら地理が分かって便利じゃない?」
《ここが世界樹の中心であると分かったからな。我の知る範囲の地理であれば分かるぞ》
地理が分かってもその国がもうないから意味はないが……でも世界樹を植える役には立ちそうだ。
「それに【死の呪い】って空に溜まっているよね? 僕とトールでまとめて吹き飛ばすことも出来るよ」
【死の呪い】は相手を消滅させたら自分も消える。だから吹き飛ばすというよりは魔力を餌に相殺ってところだ。
今までは新たに発生するだけだったから、魔力の無駄だったけど、今後は世界樹のお陰で魔素が発生して魔力も回復することが出来る。今はまだ魔素が少しだけだが、時間が経てば魔力に関しては心配なくなるだろう。
「なら……デューテも一緒にお願いしようかな」
「シオン様っ! 妾も……妾も一緒に……妾も土地のことに詳しいですよ!」
「いや、土地のことはトールに聞けばいいし……第一ティアマトは飛べないじゃん」
「しっ、しかし……先ほども妾達は活躍しておりません。このままでは何しにここまで来たのか……」
そういえばさっきはティアマト姉妹とデューテだけ何もしなかったよな。そしてデューテは今から一緒に行動する。……うん。道中では水槽に入っていただけだし、役に立ってないどころか足手まといにすらなっている。もしかしたらラピスラズリの二人の方が役に立った可能性まである。
「まぁティアマト達はここで活躍してくれよ。何といっても畑仕事には水が必要になるからな」
「分かりました。ここに海を作ればいいのですね?」
「違うよ!! 何で海水なんだよ!! 普通の水でいいんだ水で!」
まさか海水しか出せないなんてことないよね? それなら本当に役立たずだぞ?
「そうですか……では川を創って海まで繋ぐと言うのはどうでしょう?」
またとんでもないことを言い出す。ここから海までどれだけ遠いと思ってるんだよ!!
「それは最終的にだ。今は畑用の水路とかを優先させてくれ」
「うう……海までの道のりは遠いのですね」
いつの間にか役に立つから海が目標になってるし……やっぱりどこか残念だよな。
「ヒカリ……大変だろうが、ここはお前に任せてもいいか?」
俺とデューテが不在の間、ここのリーダーはヒカリしかいない。
ティアマトは暴走しがちだし、リュートは……別にリュートでもいいけど、男性一人だから大変そうだ。それに畑仕事ならヒカリが一番だと思う。
「うん。任せてよ。畑仕事はフィーアスでずっとやってきたからね。慣れたものだよ」
畑仕事は復興の第一歩。
きっと俺がここに帰ってくる度に、この何もない灰色の砂漠に少しずつ緑が増えていくんだろうな。
そして緑以外にもきっと様々な色が復活していくだろう。それを想像するだけでワクワクしてくる。




