第307話 けじめをつけよう①
「という感じで、メンバーが決まったんだ」
メンバー決定の次の日。俺はスミレに会いにエルフの村まで来ていた。
ここに来るのは随分と久しぶりだ。最後に来たのは……天使との戦争が決まった時だったな。戦争をする話と、リカとヒミカが仲間になった話をしたんだった。そういえば会わせる約束をまだ果たしてなかった。まぁそれはいつでもいいか。
今日来た目的は今回の戦争のこと、テュポーンのこと、ロストカラーズの復興について報告に来た。そしてもうひとつ大事な話も……。
まぁとりあえずは報告を終わらせることを優先させていた。
「そのハーミットって人は、どうして選ばれたの?」
今は昨日のメンバー決定の話をしていた。ティティがハーミットって言った時の皆の驚いた表情。ドッキリが成功した感じでかなり愉快だった。
特にハーレクインの悔しがり方は面白かったな。
「ハーミットって、いつもテントに籠っていて、何を考えているか分からなかったんだけど、ティティだけはハーミットと意思疎通が出来たんだ。そのティティが絶対にハーミットの能力が役に立つって言ったんだよ」
「その人の能力は何なの?」
「ティティによると、ハーミットはテントの中に物を小さくして入れることが出来るみたいなんだ」
以前ハーミットのテントの中について、ブラックホール説、小さくなる説、実はスライム説を考えていたけど、どうやら小さくなる説が正解だったようだ。
考えてみたら、ラファエルは二人で外の映像を観たと言っていた。その時点でスライム説はないよな。
「ハーミットがいたら、荷物に関して心配要らなくなるんだ」
物資を小さくしてテントの中に置いてもらう。簡易的なアイテムボックスの役割が出来る。
もちろん小さくなっても、テントのキャパには限界があるし、時が止まっている訳ではないから、生ものの長期間の保存は出来ない。
ただ缶詰のような保存食に関しては問題ないし、冷蔵庫ごと入れておけば、多少は保存できる。まぁ魔力結晶の補充が難しいので、冷蔵庫の魔力切れの方が起こりそうだけど。
「でも……ティティさんは参加しないのよね? 意思疎通は出来るの?」
「確かにハーミットが何考えてるかは分からないけど、俺達の言葉は分かるから、指示には従ってくれるよ」
「要するにただの荷物運びなのね。あーあ、そのハーミットって人に同情しちゃうわ」
「そんなこと言われたって……こっちだって意思疎通はしたいんだもん。それに、一応本人にも許可とったもん。喜んで引き受けてくれたもん」
そりゃあ確かに荷物運びとしての採用だよ。
でも俺だってハーミットを便利なもの扱いにしているようで、あまりいい気分じゃないよ。でもさ、仕方ないじゃん。キャンピングカーが使えないんだから荷物に関しては本当に切羽詰まってたんだよ。
「もぅ。拗ねないの。でも荷物なら……何だったっけ? ……そうそう【物体交換】でどうにかならないの」
「確かに【物体交換】が使えるなら持ち運びは簡単だ。でも、今回は外部と完全に遮断されているのを想定して準備してるんだ。そもそも【物体交換】が出来るなら、魔法が使えるってことで、転移で帰ってこれるから準備そのものが必要ないんだ」
「そうなのね。事前に魔法が使えるか調べられたらいいのに」
本当、それが出来たら苦労はしないよ。
……スーラで実験してみようかな? いやいや喧嘩になるだけだから止めとこう。
《なんだか邪な波動を感じるの》
本当に鋭くなっちゃったな。
――――
「それにしても……シオンが変わってなくて安心したわ。戦争をするって話になったときは、随分と思い詰めていたように見えたから少し心配だったのよ。それにそれからずっとこっちに来ないし……年末に一回来たかと思ったら、世界樹と話してすぐに帰っちゃうし」
年末の世界樹はロストカラーズの話を聞きにレンと二人で来たことだな。あの時は挨拶もせずに長老の元へ行っちゃったもんな。
「まぁ色々と準備とかで忙しかったからな。ここに来る余裕はなかったんだよ」
「あら。そのわりには遊園地で遊んだり、キャバクラ通いしたり、青の国でパーティーしたりしていたって聞いたわよ」
「なっ!? 聞いたって……誰に? ってかキャバクラには行ってねーよ!!」
多分竜宮城のことだろうが、本当にひどい冤罪だ。
「ルーナさんに聞いたのよ。ルーナさん、シオンが冷たいって嘆いていたわよ。着ぐるみを着せて放置したり、キャバクラで朝帰りしたり、パーティー会場で置いてきぼりにしたりしたんでしょ? ちょっとあんまりじゃない?」
全然違う……。いや、部分的にはあってるんだが……ルーナめ。自分の都合のいいように話を盛りすぎじゃないか?
「それ……ルーナに騙されてるぞ。正式には着ぐるみはルーナが自主的に着て、俺達をストーカーしていたんだ。それで子供達に囲まれて動けなくなっただけだ。それにキャバクラじゃなくて、竜宮城でロストカラーズについて話を聞いてたら朝になっただけ。パーティーで置いていったのは、呼び出されたから仕方なくだ。それもすぐに呼びに行ったし、声を掛けられないように、控え室に行くように指示もした」
うん。若干俺も盛った気がするけど、概ね間違ってないな。
「ふーん。ねぇスーラさん。シオンの言うことは本当?」
《シオンちゃんとルーナちゃんの話を足して割ったらちょうどいいの》
「あっこらスーラ!」
「要するにどっちもどっちなのね。まったく……二人して何をしてるんだか」
呆れられてしまった。こうなったら話を変えて誤魔化すしかない。
「まぁそれは置いといて……ルーナとはよく連絡を取ってるのか?」
過去にシクトリーナに来て意気投合したって話は聞いていた。だが、そんな話をするほど仲がいいのか?
「そうねぇ五日に一回くらいかしら?」
「五日に一回!?」
想像以上の頻度で驚いた。
「多いときは三日に一回くらいで掛かってくるわよ。今回の戦争の話も既にルーナさんからある程度聞いていたわよ」
しかもルーナから連絡してるのかよ。というか、さっき俺が話した内容を既に知っていたとか……。
「それなら言ってくれれば良かったのに」
だったら話さなかったよ。
「確かにルーナさんから聞きはしたけど、ルーナさんの視点だったからね。シオンがどう思いながら戦ったのか聞きたかったのよ。それに、昨日のメンバー決めの話は聞いてなかったしね」
確かにさっきは俺が何を考えて戦っていたかも話した。
「そっか。それにしても、そんなに頻繁に連絡して、よく話す内容があるな」
まるで恋人同士みたいだ。
「基本的には世間話が多いわね。それからシオン。貴方のこと」
「俺のこと? ……どうせさっきみたいに愚痴ばっかりなんだろ?」
「ふふっそれもあるけど、シオンの好きなものは何か? どんな味付けの料理が好きか、日本ではどんな生活を楽しんでいたか。好きな仕草や髪型。服装まで色々聞かれたわよ。ルーナさん、本当にシオンのことを愛しているのね」
「……そうだな」
いかんな。顔が火照ってるのが分かる。
「ふふっ照れてるのが丸わかりよ」
「うるさい」
「どうやらその様子じゃ自分でも自覚してるみたいね。そろそろ腹をくくったら?」
「……本当は今日はその話をしに来たんだ。けじめをつけるためにな」
俺は姿勢を正し、スミレと正面から向き直る。
「スミレ……俺はルーナが好きだ」
いつも毅然としているが、実はメルヘンな一面があるルーナ。
メイド長として、完璧な仕事をこなしているが、どこか抜けているところもあるルーナ。
俺の行動を信じ、もし道を踏み外そうとしても全力で引き留めてくれる。
俺の為に泣いてくれるルーナ。
その全てが愛おしい。
スミレは俺の告白に虚を突かれた表情を浮かべ、大きくため息を吐く。
「あのね、そんなこととうの昔に知ってるわよ。本っ当に二人とも好き合ってるのにいつまでもウジウジと……焦れったくて、見ているこっちの方がイライラしていたわよ」
俺が意を決して告白したのに、まさかそこまでディスられるとは思わなかった。まぁ確かにバレバレだったかもしれないけど……。
「いや、俺だって天使のことがなかったらもっと早くに……」
「いいえ。シオンは多分天使のことがなくても、ずっと先延ばしにしていたはずよ。だって……私に遠慮してたでしょ?」
……俺は何も言い返せなかった。
「図星でしょ。大体けじめって何? ここで再会してお互い吹っ切ろうって話だったのじゃない。けじめってなら、あの時につけたんじゃないの?」
「いや、確かにそうなんだが……ねぇ」
「ねぇって何よ! 全然吹っ切れていないじゃない。大体ね、昔付き合っていた女が既に子持ちなのを知っているにも関わらず、異世界くんだりまで来るんだから、もはやストーカーよね」
「おまっ流石にストーカーは言い過ぎじゃないか?」
「似たようなものでしょ。そもそも高校の頃から数年付き合っただけなのよ? 普通の男なら別れたらすぐに次の女を捜すわよ」
確かにそう言われたらそうかもしれないけど……。
「まぁそこがシオンのいいところかのかもしれないけどね。とにかく私に気を遣う必要はないわ。私ね、本当に今はとっても幸せなんだから。帰ってくる度に成長しているアイラ。変わらず付き合ってくれるサクラとヒカリ。新しく友人となったルーナさんにミサキさんやレンさん。それから、このエルフの里の人達。今は日本にいた頃よりも幸せだったって言えるわ」
「そっか」
「それにシオンとも恋人じゃないけど、今は恋人だった頃よりも繋がりを感じるわ。仲間――家族としてね」
それは俺も感じていた。スミレだけじゃない。トオルやヒカリだって……日本の頃では普通の友達だったのに、今やかけがえのない家族だ。この感情は日本で無為に生活していたら絶対に手に入らなかっただろうな。
「ふふっ将来ルーナさんとシオンの間に子供が産まれたら、子育ての経験者として一緒に育ててあげるわよ」
「……流石に気が早すぎないか? まだどうなるか分からないし、今からロストカラーズに行くんだからな」
そもそもまだルーナに告白すらしてない。
仮にルーナからOKの返事をもらっても、今からロストカラーズへ行くんだから、結婚や子供なんて何年先の話だよ。
「どうなるか分からないって……あのねぇ断られる訳ないじゃない。子供が出来るのなんてすぐよ」
いやぁ。ルーナのことだから、一生メイドとして……とか、感情は抜きにして、可能性は十分にある。
それにしても……やっぱり自分で子供を産むと、その辺りの恥じらいみたいなのはなくなるのかな? っと、そもそもスミレはもう六十か。恥じらいなんてあるはずもないか。
「ちょっと、今失礼なこと考えたでしょ」
「全く……どうして俺の周りには鋭い人が多いのか」
スミレといいラミリアといい、それにスーラもか。
「シオンは顔に出やすいからね。それに日本でもそうだったでしょ」
そういえばアイコンタクトを始めたのはスミレが最初だったな。ラミリアみたいに会話は出来ないけど、意思疎通くらいは可能だ。
「そういえばルーナさんがいつも羨んでいたわよ。私やラミリアさんはシオンとアイコンタクトが出来るけど、自分がやるといつも違うと言われるって」
「実際に違うからな。ルーナの場合、いつもわざとか? ってくらい外すんだ」
本当、いつも仕事は完璧なのに、こういう所が抜けているんだよな。
「そうよ! けじめって言うのなら、私よりもラミリアさんにした方がいいんじゃない? あの人もルーナさんに負けず劣らずシオンのこと好きだと思うわよ」
「……ラミリアには、この後会いに行く予定だ」
これは本当だ。ラミリアにもけじめはつけるつもりだった。
「ラミリアさんはいつもシオンと旅をしてるし、シオンの考えを的確に読むし、スタイルも抜群なんでしょ? いつもルーナさんが不安がってたわよ」
確かに心当たりは沢山ある。俺がルーナの立場だと、本当にやきもきしただろうな。だけど……ちゃんとけじめをつけて、これからは不安にさせないようにするさ。




