第304話 見送りをしよう
俺はラファエルに【毒契約】を掛け魔法を使えなくした後、牢へ収監。
メタトロンに合わせる前に、俺とティアマトが別室でメタトロンと会うことにした。
「其方が我らの創造主ナンム樣だと申されるのか?」
「どうやらそのようです。まぁ妾は覚えておりませんが……」
信じてもらえるか分からないが、俺はメタトロンに簡単にティアマトのことを説明した。
「にわかには信じられん」
案の定信じては貰えない。何せティアマト本人が忘れているんだし、メタトロンはナンムに会ったことがない。
これで信じろと言うのが無理な話だ。
「妾もまだ信じきれておりません。ですが事実のようですので……」
「それで……我にそれを明かしたのはどのような理由がおありで?」
信じられないと言った割には敬語を使っている。
まぁ今さら俺達が嘘を吐くとは考えにくいと判断して、一応敬意を持って接するようだ。
「貴方は妾を――ナンムを憎んでいますか?」
「ナンム樣は我らの……エンリル様の創造主だ。恨むはずがあるまい」
「ですが、ナンムが居なくならなければ……ナンムが子の教育をすれば何も起こらなかったのではないですか?」
「……その昔。エンリル樣が仰られたことがある。『何故ナンム樣が色々な姿で我々をお生みになられたのか、あれだけナンム樣が協力の大切さを問うたのに、何故誰も理解しようと思わんのか』と。エンリル樣はそう仰られておりました」
「貴方はそれを聞いて、地上の者と協力しようとは思わなかったのですか?」
「……恥ずかしながら、エンリル樣の不憫さを思うと憎しみばかりがつもり、その言葉を今まで完全に忘れておりました」
忘れていたからこそ、エンリルが死んだあとに復讐に走ったんだろうな。
メタトロンはエンリルを本当に尊敬していたみたいだし、覚えていたのなら、こんな風に裏切るはずはない。
思わず忘れるなよとツッコミたくなるが、数万年も生きていたら忘れても仕方ないか。
「あの子を不憫に思うあまり……ですか。気持ちは分からなくもないですが、恐らくあの子は復讐なんて望んではいなかったと思いますよ。とても優しい子でしたから……確か雲を創造したのもエンリルでしたね」
雲を創造って……えっ!?
「ティアマト。もしかして記憶が……」
「いえ、別に記憶が戻ったわけではありません。ですが、ふとその光景が頭をよぎったのです」
記憶が回復した訳じゃないのか。話しているうちにエンリルに関しての記憶が引っ張られたのだろう。
「確かにエンリル樣は雲を創造されたと申してました。それを知るあなた様はやはりナンム樣……我らは愚かにも創造主に弓を引いておったのか」
メタトロンの反応を見る限り、エンリルが雲を創造したことはそれこそ親のナンムか直接エンリルに聞いた者位しか知らない情報だったんだろうな。
「別に妾でなくとも弓を引く行為そのものが間違っているのです」
「どうやらそのようです。お陰で全てを失ってしまいました」
「貴方の部下達は懇ろに弔います。もう霊になって復讐に走ることはない。きっと皆安らかに眠ることでしょう」
「それを聞いて安心しました」
「貴方は本当にあの大陸へ戻るのですか? 今なら他の天使と同様安らかに……」
「いえ。もう決めたことです。我はあの大地をもう一度踏みしめてから逝きたい」
メタトロンの決心は固いか。
「……分かりました。もしここにいるシオン樣が【死の呪い】を封印して、あの大陸を復興させたのなら、天使の領地を用意し、あの大地に貴方がいたこと――天使達が存在していた事実を深く大地に刻むことを約束しましょう」
「お、おおお……あの大陸に我々の領地を……。あ、ありがたき幸せ」
「礼には及びません。天使を滅ぼした妾達にはこの程度しか罪滅ぼしたが出来ません。それではシオン樣。戻りましょう」
「……もういいのか?」
「ええ。妾はもう十分に話しました。後は、あの人に時間を与えてあげるべきです」
確かに……敵だった俺達よりも、最期の時間を過ごしたいと思っている人物がいる。
「分かった。じゃあ連れてくる」
俺は隣に待機していたラファエルを呼びにいくことにした。
――――
「ラファエル!? お主……生きておったのか」
「ええ。生き残ったのは私だけですが……こうやって一人だけ生き恥を晒していることをお許しください」
「構わぬ。生き恥と言うなら我も同じだ。それよりも……最期にお主だけでも会えたこと。嬉しく思う」
「彼らの温情で、明日の処刑まではここに留まることを許してもらえました。明日は……私も一緒にお供します」
「……ラファエルよ。それが何を意味するか分かっておるのか?」
「もちろんです。私は……最期までメタトロン樣をお慕いして付き従います」
「そうか……お主とガブリエルには随分と……」
ここで二人の話を聞き続けるのは野暮だな。一応キャメリアに監視はしてもらうけど、音声は聞かないように言っておこう。
俺は二人の邪魔をしないように、そっと出ていった。
――――
次の日。
処刑に集まったのは俺とルーナ。
それから昨日メタトロンと話をしたティアマトと、どうしても参加したいと言ったデューテ。大人数で居られると、メタトロンも嫌だろうし、必要最低限の人数で見送ることにした。
まぁキャメリアがチェックしてるだろうから、興味のある人はモニターで観ているかもしれない。
「この扉の向こうに小さな部屋がある。部屋に入り、この扉を閉めれば、その部屋にはもうひとつ別の扉が現れる。その扉に触れると、始まりの大陸に転移する」
「……了解した」
「メタトロン。お前のしたことは俺達人間にとって許しがたいことだった。だけど、最期に少しでも互いの事情を知れて良かった。これから死地へ追いやる俺が言うのもおかしいが……二人の健闘を祈る」
転移すれば死ぬだけだから健闘も何もない。だけど言わずにはいられなかった。
「健闘か……では其方が復興に訪れた時に、我とラファエルの二人がいた痕跡を遺せるように頑張るとしよう」
俺達が行くまで生きて待ってるとは言わない。それが無理だと分かっているからだ。
そして何もかも消滅してしまう。だけどメタトロンはそれでも何かを遺すという。
「分かった。期待しているよ」
俺はそう言うと一歩下がる。そして入れ替わりでデューテが前に出る。
「二人にさ。これを持っていって貰いたいんだ」
デューテはラファエルに一対の翼を渡す。
「この翼は……」
「ガブリエルの翼だよ。多分ガブリエルが生きていたらキミと同じように付いていくと言っただろうからね」
デューテはこれを渡したいから絶対に参加するって言ったんだろうな。粋な計らいをするじゃないか。
「ふふっ恐らくそうであろうな」
ラファエルが優しく笑う。二人の仲は決して良くはなかったかもしれないが……多分お互い良きライバルだったんだろうな。
「あいにくと肉体の方は僕が同じ冒険者パーティーのプラナとして弔う予定なんだ。だから翼しか渡せない」
「分かった。奴を……よろしく頼む」
ルーナとティアマトは何も言わない。ただその目が二人を最期までしっかりと見届けようとしている。
ラファエルは右腕にガブリエルの翼を抱き、左手はメタトロンの右手を握っている。
メタトロンは最期に一瞬だけこちらを見たあと、ラファエルの手をギュッと握りしめて、左手で扉を開く。
そしてもうこちらを振り向くことなく二人で個室へと入っていく。
「……行ってしまったな」
閉じられた扉を見ながらポツンと呟く。
部屋の中にはロストカラーズへの扉が現れているはずだ。ラファエルと最期の会話をしているのか……もう既に転移をしたのか。
ここからでは分からない。
「ではシオン樣。最期の仕上げをしましょうか」
「そうだな」
ルーナに言われてこの場所を後にする。
メタトロン。俺は近いうちに必ずそっちに行く。だからお前がそこにいた痕跡を楽しみにしてるよ。
――――
最期の仕上げ。それはメタトロンとも約束した、今回死んだ天使達を見送ること。
昨日から浄化を進めているが、そっちはかなり順調のようだ。
しかし、浄化するのはただの作業とも言える。これで弔ったとは言えない。
だから慰霊祭をして、ちゃんと送ることにした。
場所はアヴァロンの大聖堂。
そこに今回の戦争に参加した者全員を集結させた。戦闘に参加してないミサキとレン。メイドもティティやキャメリア、シャルティエが来ている。
「では僭越ですが、わたくしが執り行わさせて頂きます」
ルーナの前には俺が看取った神官達と、ガブリエル、ミカエル、サリエルの遺体があった。彼らをルーナが弔うことで合同慰霊祭とした。
「最期の挨拶をされたい方がいらっしゃいましたらどうぞ」
ルーナの言葉にリカとヒミカが前に出る。
「スバル……貴女のお陰で私達はこうやって生きてるわ。貴女の分までしっかりと生き続けるわね。悔しかったら、さっさと生まれ変わって、私達に会いに来なさい」
「スバルは本当にサク君が好きだったよね。肉体は無くなっちゃったけど、サク君の魂はここにあるから……一緒に連れていってね」
ヒミカがスバルの手にそっと生徒手帳を握らせる。
二人は目を閉じ、手を合わせる。合掌はこちらの世界の文化ではないから、同じ仕草をするのは元日本人達しかいない。
二人が戻ってくると、次はデューテとリュート。それから姉さんも一緒にいる。
「ケイン。プラナ。本当はクロムもいたら良かったけど流石にクロムはいないから……代わりにクロムの武器を置いておくよ。皆でパーティーを組んでいたときは本当に楽しかったよ。そしてケイン。キミはどう思っていたか……最後まで分からなかったけど、僕はキミのことが大好きだったよ」
デューテはクロムの武器をケインの上に置く。あの武器は自由に形を変えることのできるかなり貴重な魔武器だ。だけどデューテやリュートにはそんなの関係ないだろう。
「僕は足手まといだったから、パーティーにいい思い出はないし、パーティーの一員だった自覚もない。でも……今の僕を見たら皆は僕を認めてくれたかな? 僕はケインに認めてもらいたくてずっと頑張って来たんだ。これから僕はケインのように立派な冒険者になるから、見ててくれると嬉しいな」
リュートはケインにずっと憧れていた、認められたかったって言ってたもんな。
今のリュートは立派になったと思う。
これからはリュートがケインの代わりに冒険者を引っ張ってやってほしい。
「ケイン。……いや、健一だったわよね? 貴方が日本人だったこと。私は絶対に忘れない。そして、この世界を貴方のような人がもう現れないような世界にするから……安心して眠っててね」
「ちょっと!? ケインって健一って名前だったの!? 僕そんなこと知らないよ!」
突然のカミングアウトにデューテが姉さんに食って掛かる。……俺も初めて聞いたよ。
「あらっ? 言ってなかったっけ? 本名は唐沢健一。健一がこの世界っぽくない名前だから、少しもじってケインって名前にしたらしいわよ」
「だから何でサクラがそんなこと知ってるんだよ!!」
「だって本人とお茶したときに聞いたから」
「お茶!? お茶だって!? ケインが生きてる時は敵だったじゃないか。一体いつ……」
「アンタだって敵のシオンと飲んだんでしょ? ちゃんと後で説明してあげるから。今は静かにしないと……ね」
「飲んだのはシオンだけだよ! 絶対に後で説明してよね!」
今の言い方……もしかしてまだあの時のこと恨んでるのか?
姉さんがケインとお茶したのは黄の国でメイドしていた頃。確か最低二回は会ってるからその時に聞いたんだろうな。
そういえば一回目の時の説明は詳細に聞いたけど、二回目に関しては全く聞いてない。恐らくその時なんだろうな。
姉さん達が下がって、もう前に出る人はいないようだ。
「では始めます」
ルーナが手を組んで祈り始める。本来なら魔法を唱えるだけだから祈る必要もないのだが……ルーナの敬意の表れなんだろうな。
俺は手を合わせて祈ることにした。
「此度の戦争で亡くなられた全ての者達へ。現世での罪を全て洗い流し、新たな生があらんことを願って……【輝かしい来世への祈り】」
いつもの【この世界から安らかなる解放を】じゃない。だけど暖かい、優しい光が神官や天使の体を包み込み、浄化していく。
これだけ暖かな光なんだ。あの神官も来世では絶対に幸せな生活を送ることが出来るはずだ。
慰霊祭を終え、天使との戦争は完全に終結した。
次回で七章が終わりとなります。




