第299話 黒幕の話を聞こう
今回から本編に戻ります。
俺はティティに言われたようにシャワーを浴びて着替えた。ダサいと言われたままでは過ごしたくないもんな。
そしてそのままアルファ島へと向かった。シクトリーナのことも気にはなるが、ルーナがいるなら安心だろう。俺がメタトロンの話を聞いて戻ったら、ルーナもきっと帰ってきているだろう。
――――
「シオン様。お待ちしておりまシタ」
俺がアルファ島へたどり着くとイチカに出迎えられた。
「ここにいるのはイチカだけ?」
「ニコとミユは片付けを終えて、今は戦闘後のゴーレムの動作確認を行っておりマス」
イチカはまたしゃべり方が饒舌になった気がする。もう殆ど人間と区別がつかない。
「トオルは?」
「トオル様は現在尋問室でメタトロンから話を聞いておりマス」
尋問室何てあるのか……このアルファ島がトオルの管理になってから色々と手を加えたみたいで俺も詳しくは知らないんだよなぁ。
「案内……してくれるか?」
「はい。こちらへドウゾ」
「えっいいの!?」
ちょっと驚いた。てっきりトオルの許可をとってから……とか、貴方の命令には従いまセンとか言われると思ってたから完全に予想外だった。
「トオル様からシオン様が来たらお通しするように言われておりまシタ。でなければ案内いたしまセン」
あっそうですか。トオルが事前に言ってたからで、やっぱり俺のお願いは聞いてくれないのね。
とにかく案内はしてくれるそうなので、俺はトオルの元に向かうことにした。
――――
「やぁシオンくん。遅かったね」
尋問室とか言うから拷問器具とかあったらどうしよう? と思ったけど、そこは取調室のように机と椅子だけがある簡素な部屋だった。
トオルの対面にメタトロンが座っている。一応後ろ手に縛られてるけど、比較的自由な感じだ。
「ちょっと色々あってな」
「観てたよ。かなり危なかったじゃないか。下手してたら死んでたよ」
うっ……トオルも観てたのか。
「ああ。完全に俺の失態だったな」
「多分皆にも同じように言われるだろうね。まぁでも無事に終わってよかったよ」
「そうだな。それで……そっちの話を聞いてもいいか?」
「こっちはね。シオンくんの【毒の霧】の解除をしてからメタトロンを捕縛しようとしたんだ」
トオルの話によれば【毒の霧】を解除した時点で殆どの天使は死んでいたそうだ。
残っていたのはメタトロンと一部のネームド天使。そこでトオルはメタトロンを残して残りを全滅させた。
「セラフィエルと戦ったときに、天使の弱点はある程度分かったからね。倒すのはそう難しくなかったよ」
「その天使の弱点って何よ」
もしかして翼のことかな? 天使は翼に魔力を集中させているって話だから、翼が無くなれば敵じゃなくなるだろう。
「天使はね。ちゃんと呼吸をしているから、無酸素空間に放り込んだらすぐに死んじゃったよ」
「それって天使だけの弱点じゃなくて、生き物全ての弱点だよね!?」
呼吸を封じられたら誰だって死んじゃうに決まってるでしょ!
というか無酸素空間って……確かにトオルの魔法なら可能かも知れないけど、普通の人にはどうやっても出来ない芸当だからね?
「まぁとにかくメタトロン以外はさっさと全滅させて、メタトロンから話を聞くことにしたんだよ」
雑っ!? ネームド天使達の扱いが雑! まぁもう終わったことだし、詳しい詳細が聞きたいわけでもないからいいけだけど……なんだかなぁ。
「それで……話は聞けたのか?」
俺はチラリとメタトロンを見る。彼は目をつぶったまま大人しく座っている。さっきから一言も話さないけど……生きているのか?
「うん。聞きたいことは全部聞けたよ。シオンくんの自白剤も使ってるから嘘はないと思うよ。それからシオンくんの聞きたかったこともまとめて聞いちゃった」
俺の聞きたかったこと……スミレの召喚に関してだな。
「そっか。まぁ別に誰が聞いても構わないよ。それで……何か分かったか?」
「結論から言うと、メタトロンはスミレくんの召喚者じゃなかったよ」
「……それは事実か?」
「少なくとも自白剤の効果で嘘は吐いてないよ」
「じゃあ別の誰かがスミレを召喚したのか……」
せっかく見つけたと思ったのに、また振り出しか。
「でもね。メタトロンは召喚魔法をある人から教わってるんだ。その人がスミレくんの召喚者で間違いないと思う」
「それは誰なんだ!?」
俺は思わず身を乗り出してトオルに詰め寄る。
「慌てないで。ちゃんと説明するから……」
「あっすまん」
俺は慌てて一歩下がる。
「ただ……教える前にひとつだけ約束してほしいんだ」
「約束? 何をだ?」
「絶対にその人に復讐しないこと」
「はぁっ!? なん……理由を聞いてもいいか?」
俺はもう一度トオルに詰め寄ろうとしたが、トオルの真剣な表情に思いとどまる。トオルのこんな表情は始めてみるかも知れない。
「その人は僕が倒すからさ。シオンくん。君よりも僕の方が彼に恨みを持っているんだよ」
「その人の名前を……聞いてもいいか?」
「約束が先だよ」
トオルは本気だ。ただその本気さで、相手が誰なのか分かった。
トオルがここまで怒る理由はひとつしか見当たらない。トオルの一番大切な人……エキドナに関係しているはずだ。そしてエキドナが過去にあった出来事。
「分かった。俺は手出ししない」
「……テュポーンだよ」
やはりそうか。エキドナを人体実験した人物。
「テュポーンってのは魔族なんだろ? 天使と交流があったのか?」
「あったも何も……全ての元凶はテュポーンだったんだよ」
「全ての元凶が?」
「メタトロン――天使に【禁断の果実】を与えて広めさせたのがテュポーンって言えば、理解できるかな?」
「なっ!?」
【禁断の果実】。それのせいで始まりの大陸がロストカラーズになったと言っても過言ではない。それをテュポーンが天使に渡した?
「詳しく話してくれ」
俺はトオルからメタトロンに聞いたことを聞くことにした。
――――
テュポーンは原初の神――ナンムの子が生んだ第一世代の神ガイアの子。つまりは第二世代の神々だそうだ。簡単に言うとトールと同じ世代だな。
テュポーンはガイアが同じ第一世代の神であるゼウスと戦うために生み出したそうだ。
生まれた後、テュポーンとゼウスは何度も争ってきた。
そんな日々が何年も……何百年も続いたある日、ティポーンはゼウス側にいた三人の女神、モイライ姉妹を脅して【勝利の果実】を奪い取る。
【勝利の果実】はどんな願いも叶うといわれていた果実で、それを使ってゼウスに勝とうとしたんだ。
だけど、テュポーンが口にした果実は【無常の果実】といわれる、全ての力を失って、絶対に願いが叶わなくなる果実だった。
【無常の果実】を食べたテュポーンは、ゼウスに敗走して逃げ隠れることになった。
だがテュポーンは諦めなかった。
逃げた先でずっとゼウスに復讐することを考えていた。
力を失ったテュポーンに出来ることは策を練ること。テュポーンはまず自分がこうなってしまった【無常の果実】について研究することにした。
その研究の過程で完成したのが【禁断の果実】だった。
これを使って戦争を起こし、ゼウスを倒す。その為に利用されたのが天使だった。
予てより地上に目を付けていた天使。偵察のため地上に降りてきていた天使経由で、メタトロンに接触することができた。
テュポーンはメタトロンに【禁断の果実】を渡した。
これを使えば地上を手に入れることが出来るかもしれない。具体的な話はせずに、それだけ言い残して去ったそうだ。
それから先は長老が話したとおり、地上で最も美しいとされたエデンを手に入れるために、天使は【禁断の果実】をエデンの住人に食べさせた。
そしてそのまま大陸全てを包み込む大戦争へと発展した。
次にテュポーンとメタトロンが接触したのはこのカラーズ大陸でのことだった。トールやティアマト達、カラーズに移住してきた神々に敗れた天使達。
メタトロンはテュポーンに助けられ、一命を取り留めたらしい。
メタトロンは人間から降臨したわけでなく、完全に元の肉体のまま生き続けてきた唯一の天使らしい。
生き残ったはいいが、そのままの姿では目立ってしまう。その為、姿に変えることを余儀なくされた。
仲間を全て失ったメタトロンにテュポーンは仲間の復活方法を伝授した。それが降臨だ。
当時、この世に未練のある死を遂げた神は、成仏せずに霊として彷徨い続けるとされていた。
テュポーンは手近な神を捕まえて、まずは最後まで側にいたガブリエルとラファエルを降臨させた。
三人は同じように霊となった天使を集めて、もう一度天使の国を再興することにした。
何百……いや、何千。何万年掛けても必ず再考させる。そう誓って……。
メタトロンはそれからずっと霊を探し続けた。
まずは戦争で死んだ場所を探した。その場で霊となって留まっているものもいれば、別の場所へと彷徨う霊もいた。そしてもちろん霊とならず成仏した天使も大勢いた。
見つけた霊から話を聞き、少しずつ情報を集めて記録していった。
霊を探し続けること数千年。カラーズに降り立った数千の天使の内、なんとか百の霊が集まった。
だが霊を集めている途中で問題が起こった。
数千年の間に、この大陸にやってきた神々の殆どが死に絶えていたのだ。
今でこそカラーズにも魔力が存在するが、当時はまだ長老も成長しきっておらず、魔素や自然エネルギーが、始まりの大陸のように潤沢ではなかった。
その為、大量の魔力を必要とする神々の体が耐えきれず、死んでいったようだ。メタトロンを含む天使は皮肉にも姿を変えて生きていた為、魔力の消費を抑え、生きながらえることが出来た。
そのため集めた霊も、半分は降臨できてはいなかった。
このままでは霊を集めても無駄になる。
それを解決したのは数千年ぶりに姿を見せたテュポーンだった。
彼は神の代わりに人間を器として代用すればいいと答えた。
脆弱な人間を器にすることができるのか? そう質問すると、テュポーンは既に実験済みで、実際に降臨させた天使を連れてきていた。
テュポーンはこの数千年の間、属性について色々と調べていたらしい。エキドナを利用していたのもこの時期のようだ。
その結果、人間でも十分に降臨が可能だと判明したらしい。
ただしどの人間でも良いというわけではなかった。テュポーンが準備した道具に反応した者のみが適正があるとのことだった。
メタトロンはテュポーンの助言により、拠点となる聖教国を建国し、自分が教皇となり、霊と器を集めることにした。
降臨した天使達は人間に扮して霊と器を探すことにした。
それが何千年も続いて、次にテュポーンが現れたのは何とほんの数十年前のこと。その時にテュポーンは死の大地となってしまったロストカラーズが復興が可能だと言った。
今は死の大地で誰も住んでいない大陸を復興させれば、今度こそあの母なる大地が我々天使のものとなる。まさに天使の悲願であった。
ただしその為には七大天使が必要だという。
元々は七大天使ではなく、特殊な七色の色を使う予定だったが、その中の一色が失われてしまったため、叶わなかったそうだ。
おそらく特殊な七色が虹色。そして失われた一色が紫。スミレのことだと推測できた。スミレがこの世界に来たのが六十年前。この話が数十年前だとすればほぼ確定だろう。
そこで七色の代わりの候補となったのが七大天使だった。
七大天使は当時のメタトロンの部下だった最高幹部だった七人のことを指す。
しかし現時点で七大天使はガブリエルとラファエルのみ。残りは霊の状態でミカエルとウリエルが保管されていた。
母なる大地を手に入れる為、そこから七大天使の捜索が始まった。
ガブリエルはミカエルとウリエルの器探しを。ラファエルは見つかっていない七大天使の捜索をしに各地へと旅だった。
そしてメタトロンはロストカラーズへ帰還するための準備として、アヴァロンの建設と、七大天使の捜索に役立てる為、テュポーンに教わったホムンクルスの製作に取りかかった。
そして数年前。状況確認にやって来たテュポーンに異邦人の召喚魔法を教わった。異邦人の存在は昔から特別な魔法を使えると重宝され、天使の器になりやすい存在だった。
これで器事情が解消できると思い、メタトロンは召喚魔法の習得を開始した。
だが魔法の習得は難航し、完成まで数年かかることになった。
その間に、ガブリエルはミカエルとウリエルを降臨させ帰還。ラファエルはイグティエルとセラフィエルの捜索に成功し、さらにイグティエルの降臨にも成功していた。
メタトロンはようやく召喚魔法を完成させ、セラフィエルの器を召喚させた。それが光河朔と四人の人間だった。確かに召喚された異邦人は特別な属性を持ち、器としてもピッタリだったが、一癖も二癖もある連中だった。
その為、召喚魔法で器の量産は一旦控えることとなった。
そして最後の七大天使であるバラキエルの居場所が判明した。悲願達成まであと僅か……のはずだった。




