第291話 アヴァロンへ向かおう
「シオン様。アヴァロンから新たな軍勢が出てきました」
キャメリアの言葉と同時にモニターがアヴァロンを映し出す。うーん、さすがにここからじゃ小さくて誰か分からないな。というか、ガブリエル以外の天使は知らないから顔が見えても分からないが。
まぁ十中八九メタトロンの部隊だろう。ようやく出てきたか。そういえばアルファ島のトオルは上手くやってるのかな?
「シオン様! 緊急連絡です! これは……ティアマト様からの連絡です!」
緊急連絡!?
通常の着信番号ではなく、本当のピンチにのみ使用する専用の番号への連絡。
「ティアマト!? すぐに繋いでくれ」
ティアマトって言えば、アルファ島のサポートをした後は他の島のサポートに行ったはず。さっきまでの映像には映っていなかったが……。
『シオン様っ!? 大至急【スパイラルチェーン】の解除とじぃの避難を許可してください』
「分かった許可する。今すぐに退避しろ!」
『ありがとうございます。テティス! じぃに避難命令を!』
『分かりました!』
『シオン様。迅速な判断ありがとうございます』
「いや、いい。それよりも……【スパイラルチェーン】って何なんだ?」
俺はその魔法を知らないし、そもそもじぃが何をやっているかも知らない。じぃって確か亀の執事だよな? あの人何かやってたの?
『えっ? シオン様。知らずに許可を出してくださったのですか?』
「ああ。だってティアマトが緊急連絡で大至急退避を進言するんだから急いでるんだろ? 説明を聞いてる場合じゃないじゃないか」
こんな時に冗談を言う人じゃないことは分かっている。だとしたら本当にヤバいことに違いない。
『シオン様……お願いした妾が言うのも何ですが、お話はもう少し聞かれた方がいいかと……』
「分かったよ。じゃあ……の前に退避の連絡は大丈夫なのか? 急いでるなら後ででいいぞ」
『連絡はテティスが行っておりますので大丈夫ですわ。えーと、【スパイラルチェーン】はアヴァロンを封じている鎖のことです』
あって、あの【水の鎖】のことか。【スパイラルチェーン】って名付けたのか。
「あれは亀の執事が管理しているのか?」
『ええ。シオン様にセラフィエルの軍勢の討伐を任された際に、じぃに魔法が解けないようお願い致しました』
そういうことか。確かに亀なら固そうだから、ハリボテの鎖よりも管理に向いてそうだ。
「それで……【スパイラルチェーン】を解除して退避ってのはどう言うことだ?」
『シオン様はアヴァロンから飛び出てきた軍勢をご覧になられましたか?」
「ああ、あれってメタトロンの軍勢なのか?」
『妾も確かめたわけではありませんが、おそらくそうでしょう。それで……メタトロンの軍勢の奇妙な行動には気づかれませんでしたか?』
「奇妙な行動? ごめん、出てきたのを確認しただけで、よく確認してないんだ」
そんなに奇妙な行動なのか? 俺はモニターを確認してみる。特に変わった様子はない。奇妙な行動って言うからてっきり魔法でも唱えているのかと思ったのに。
『シオン様。メタトロンの軍勢は何かから逃げているように見えませんか?』
逃げる? 言われてみればメタトロンの軍勢は急いで出てきたようでバラバラ……統率が取れてないように見える。
『先程じぃから聞いた話ではアヴァロンの中にいる天使の気配が次々と消えていったそうです。おそらく死んだものと推測できます』
「死んで……確かなのか?」
『じぃは気配を読むことに長けてますから間違いないと思われます。そしてアヴァロンから逃げ出す天使。こちらからアヴァロンに侵入したりはしておりませんよね?』
「ああ……」
『ということは、アヴァロン内で仲間割れが起きたと推測できます。そして、じぃはアヴァロン内で戦闘があった雰囲気はないと言っておりました。戦いをせずに複数の天使をまとめて殺す天使。それを実行できそうな天使にシオン様は心当たりがありますよね?』
「ああ。ある……」
奴の為にわざわざ専用の結界を張って準備したんだ。
「そうか。ついにアズラエルが出てきたってことか」
『そのようです。天使が気配はアヴァロンの中心部分から少しずつ範囲を拡げて無くなっているそうです。おそらくアズラエルはアヴァロンの中心部分におり、シオン様がお話ししておりました無差別に死に至らせる魔法を使用していると推測されます』
「だから急いで【スパイラルチェーン】と退避を命じたんだな。他の者はどうした?」
アズラエルの魔法が届く前に逃げないと死んでしまうからな。ドライ諸島の結界内まで逃げればアズラエルの魔法は結界で無効化される。じぃを含む海の魔族も全員避難させた方が良いな。
『お心遣いありがとうございます。元々じぃ以外は始めから結界内に待機させておりますので問題はございません』
「そうか。分かった助かったよ。少しこっちで相談してから対応するから、ティアマトとテティスも結界内に避難してくれ」
『畏まりました。妾達のお力がご入用の場合はすぐにご命令ください』
「ああ、その時は頼むよ。だからあまり出歩かないようにな」
各キーパー達と違い、自由が利く二人にはきっとまだ出番はあるはずだろう。その時が来たら役に立ってもらう。だからさっきみたいにウロウロしない様にだけはしてもらいたいところだ。
――――
「シオン様。どうするの?」
「まずは本当にアズラエルか確認したいところだけど……結界の範囲外だから、確かめに行けるのは俺しかいないんだよなぁ」
本当なら今すぐに飛び出していきたいところだけど、まだ全ての島で戦っていることを考えると万が一の時に備えて待機したい気持ちもある。
「そもそも何でアズラエルはあんなところで天使を殺しているんだ?」
「アズラエルは殺せば殺すほど強くなるのでしょう? 自分が強くなる為ではないのですか?」
「確かにアズラエル側はそうなんだけど、そうなるとメタトロン側が不明なんだ。トオルはメタトロンにはアズラエルの魔法がジャミングされてるって言ってた。だからアズラエルはメタトロンに逆らえない。逃げる必要はないんだ」
じゃないと、危険なアズラエルをわざわざ甦らそうとはしない。
「部下が死ぬからではないですか?」
「それならイェグディエルやイェグディエルの部下も一緒に逃がすはずだろ? それどころか、普通ならメタトロンだけ残ってそれ以外を逃がすはずなんだ」
「それはシオン様であって、普通のトップが前に出ることはないんじゃないですか?」
そうなのかなぁ?
「あれじゃない? アズラエルを復活させようとしたら逃げちゃったとか。目の前じゃないと従わせれないのに、逃げちゃったから慌ててるんだよきっと」
それだとイェグディエルも一緒に逃げていると思うんだけど……。じぃの話じゃメタトロンの軍勢が逃げても天使が残ってるって話だし……。
「俺にはメタトロンが予想だにしなかったことが起こっている気がしてならないけど……」
「では本当にあれはメタトロンの軍勢なのでしょうか?」
「なに?」
「だって見るからに統率がとれておりません。有象無象の集まりではないですか。もしかすると、メタトロンやイェグディエルが倒されて、天使だけになっているのでは?」
「……それはかなりマズいんじゃないのか?」
アズラエルは殺した相手の魔力を吸収する。メタトロンにイェグディエル。残った天使全てを吸収したら俺でも勝てないかもしれない。
それにメタトロンには聞きたいことがある。召喚のこと……それを聞くまでは死んでもらったら困る。
「ひとまずメタトロンが生きているか確認するのが最優先だな」
本当にアズラエルが復活したのか。メタトロンが生きているのか。生きていたら何故逃げているのか。それを最優先で調べないといけない。
「ルーナ。俺が出撃するぞ」
万が一アズラエルの場合は結界の外だから俺しか安全じゃない。そもそもあそこにいる全ての天使とメタトロンを取り込まれたら、結界が効かなくなる可能性もある。
さっき思ったように、戦争は数よりも個。全ての天使を相手にするよりも、強くなったアズラエルを相手にする方がより危険だ。
「分かりました。ドライとシクトリーナのことはわたくしにお任せください」
ルーナは俺が出撃することを止めない。それだけ危険なことと承知しているんだ。
「分かった。後は任せたよ」
「決して無茶はしないように……お気をつけていってらっしゃいまし」
俺はルーナに見送られながら通信室を出た。




