第290話 鼓舞しよう
『まったくもう。こっちはあんまり時間がないんだからね。何なのよ』
「……本当は文句を言いたいところだけど、どうせ聞かないから一言だけ。デューテがさっきガブリエルと会話をしていたんだけど、その時に『僕と同じくらいケインのことを思っている人が、絶対に体を取り戻してくれるはず』だってさ」
うん。今さら文句を言っても仕方がない。それよりは姉さんを鼓舞することの方が大事だな。
『……あの子ったら……。私はあの子と違って、ケインに愛情はない。同じ日本人として……あの時助けられなかった気持ちだけは負けてないと思うわ。デューテのためにも必ず取り返すわよ!』
よし、少しでも姉さんを鼓舞することに成功したみたいだ。次はリカだな。
「リカ。あまり無茶はするなよな」
流石にいきなり足を切り落とすのはやり過ぎだ。
『サクラさんが最初から連れていくって言えばこんな無茶はしなかったわよ』
『なによ。私のせいだって言うの?』
「もう、姉さんは反応しなくていいから、それでリカ。どうしてそんな無理してまで行きたがったんだ?」
もしかしてまだ復讐を考えているのだろうか?
リカはスバルが死んだのは天使のせいだと言って、ずっと復讐を考えていた。だがリカの体からレミエルを取り除いたとき、復讐心は消えたと言っていた。
『シオンさんが考えていることは予想が付くけど……不思議とね。スバルの復讐は全く考えてないの』
「ならどうして……」
『ケジメ……かな。私はこっちの世界にやって来て、天使に荷担し、色々とやってきた。だからそのケジメをつけたいの。それにはここで守ってもらうだけじゃダメ。自分でやらないと私は前に進めない』
……リカの気持ち。俺には痛いほどよく分かる。
『なんかシオンに似ているわね』
どうやら姉さんにもそう思われてしまったようだ。
『そうなの?』
『だってシオンはケジメをつけるためにこっちの世界にやって来たんだから。ねっシオン』
「そうだけど……今ここで言う必要はないだろ」
改めて言われるとすごく恥ずかしい。
『話だけは聞いていたけど……確かスミレさんって言うのよね? 私はまだ会ったことないけど、エルフの村に住んでるのよね?』
『ええ。じゃあこの戦争が終わったら会わせてあげるわ』
「ちょっと! そんな勝手に……」
『あら。別にシオンの許可は要らないわ。女子会にすればいいだけだし』
「そっちの方が嫌なんだって!?」
別に会わせるのは問題ないけど、このノリは絶対に俺の恥ずかしい黒歴史まで暴露されてしまいそうだ。
「あっサクラ様。その女子会。わたくしも参加しても……」
ほら、こういう風に言うやつが出てくる。
「はいはい! その話は止め! んで、リカ。ケジメをつけるってのは理解できるが……足はどうだ? ……立てそうか?」
足を切り落としてエリクサーで復活させたんだ。トオルの理論では足は生き返っているはず。
『少し試すのが怖いけど……ヒミカ。ちょっと肩貸して』
リカはヒミカに掴まり車椅子から立ち上がる。
『リカ! 大丈夫!?』
立ち上がってすぐによろめいたので、慌ててヒミカが支える。
『ええ、久しぶりに立ち上がったから少しふらついただけ。もう、大丈夫だわ』
リカはすぐに体勢を立て直す。ヒミカから少し離れ……しっかりと自分の足で立っているのを確かめる。
『……もしかしたら、治ってもリハビリとかしないと歩けないかもと思ったけど、大丈夫そう』
リカはその場で屈伸をしながら答える。
「エリクサーは完全に回復するからな。筋肉が弱ったとかもないはずだ」
『うん。これなら戦えそう』
「戦える……か。天使の力を失ったんだ。どうやって戦う気だ?」
『この半年、空いた時間でルーナさんに鍛えてもらったし、少しは強くなったのよ』
「そうですね。わたくしは天使の頃のリカ様とヒミカ様を知りませんが、最低限身を守れる程度には成長していると思います」
へぇ。ルーナが言うなら間違いないだろう。
『それにね。レミエルはいなくなったけど、天使の力が使えなくなった訳じゃないの』
リカが魔力を練り始めると……背中から天使の翼が生える。
「はぁ!? ちょっとどう言うことだ!?」
俺は確かにレミエルを取り除いたはずだ。何で天使の翼が……って、他の天使と違って黒いんだけど。
『どうやら体が覚えてるみたいでレミエルが居なくなっても、同じ能力が使えるのよね。……何故か翼は黒くなっちゃったけど。私だけじゃなくヒミカもそうよ』
するとヒミカの背中にも黒い翼が生える。
『この翼……アリエルがいた頃と違って、実物じゃなく魔法で作り上げた翼みたいです。ただ全く同じように扱えます』
体が覚えている……か。そういえばスーラも進化して属性が変わっても、緑属性の頃の魔法が使えるし、リュートだってショコラと融合して属性が変化しても魔法は変わらない。
そう考えると、一回自分がイメージした魔法はたとえ属性が変わっても……天使が抜けても覚えてるってことか。
『それに黒い方が堕天使っぽくて格好いいでしょ』
「その中二チックな考え方は嫌いじゃないな」
将来的には黒歴史になりそうだけどな。
『ってことは、貴女たちは自分で飛べるのね? 二人には熱子に乗ってもらおうと思ってたんだけど……』
今まで言及はしてこなかったけど、やはりヒミカも一緒に行くのか。まぁリカが行くのなら当然か。
『でも翼を出してる間は魔力を消費しますし、戦場まではお借りしていいですか?』
『私は岩子に乗るから、二人で乗ることになるけどいい? それともオワンに乗る?』
『いえ、オワンに乗るのはちょっと勇気がいると言うか……』
『そう? スベスベして気持ちがいいんだけど』
……俺には理解できない言葉が交わされている。岩子と熱子はロック鳥とフェニックスだからいい。だけどオワンは……。
『シオン様の考えていることは分かります。ですが……サクラ様の従魔であるオワンは、サクラ様の調教により空を飛ぶことに成功しました』
俺が不思議な顔をしているのが分かったのか……それとも同じ気持ちだったのか。ずっと黙っていたシャルティエが答える。
「ちょっと何してんの!?」
いやいや、海の中で生物に空を飛ばすとか意味不明すぎる。
『やーね。私が調教した訳じゃないわよ。勝手に飛んできたのよ』
「いや、それ意味わからないから」
勝手に飛ぶわけがない。
『あら、シオンにだけは言われたくないわよ』
「いやいや、俺はクラゲを飛ばしたりは……」
『じゃあその肩にいるのは? 普通のスライムは飛ばないわよ』
「…………」
そう言われたら返す言葉がない。そうか、オワンはこの意味不明な生物と似たようなものか。
『……非常識姉弟』
「『はああっ!?』」
俺と姉さんが同時に声をあげる。シャルティエのやつ、何てことを言うんだ。どう考えても非常識なのは姉さんだけで十分だ。
『何いってるのよ。非常識なのはシオンだけでしょ』
……同じことを考えていたが、口に出さないだけ俺の方が常識があるよな。うん。
『ほらほら、先程シンフォニア領上空を飛んでいたのが目撃されているんですから、そろそろ出撃しないと間に合いませんよ』
そこにシャルティエは反論するどころか爆弾発言をする。
「えっそうなの!? それでシンフォニア領は大丈夫なのか?」
『どうやら無法地帯に隠れていたようで、シンフォニア領を無視してこちらに向かっているそうです。なのでハーマイン様には攻撃されるまで手出し無用と言っております』
なるほど。旧赤の国に隠れていたのか。確かにあそこからなら天使の姿になっても人間に見つかる危険性は少ない。
シンフォニア領を攻めないのは、足止めされるのを嫌ったか。あくまでも標的は俺達ってことか。
ってことは、戦闘は一番邪魔にならないシクトリーナとシンフォニアの境界辺りになりそうだな。
『三人とも無理は絶対にしないように。万が一の場合は転移ですぐに逃げるんだぞ』
こっちからは映像を確認出来ない。だけど……三人を信じて待つことにしよう。




