第288話 吹っ切れよう
「さて、一応四つの島を全部観たけど……全ての島が順調そうだな」
最初は五十万の天使って聞いてどうなることかと思ったけど、むしろ楽勝すぎて怖いくらいだ。
よく戦争は数って言うけど、魔法があるこの世界では数よりも個の質だよな。一騎当千が数人いるだけで、万の敵をものともしないことが分かった。
「というか、これじゃあどっちが正義でどっちが悪か分からないな」
「シオン様。普通魔族と天使って言ったら、百人が百人天使が正義って言うと思うよ」
「そりゃあイメージではそうだけどさ」
俺はそのイメージを払拭したいんだけどな。
だけど今の戦い方――特にファイ島は残虐なイメージがあった。いくら天使が悪だと言ってもあれはないんじゃないか?
「シオン様はまだ拘っているのですか?」
「まだって言うか……そりゃあねぇ」
「ええ。シオン様。これは戦争です。敵を殺すのは当たり前ですよ」
「それは分かっているけどさ。その……殺し方とか……」
「シオン様は勘違いされております」
「勘違いだって?」
「ええ、確かに先程の戦いはこちらが一方的で残虐に映ったかもしれません。ですが、殺さないとこちらが殺されてしまいます」
「それは分かってるよ。だけどもっとやり方があるんじゃないかと思ってさ」
「シオン様の仰るやり方とは何ですか? まさか正面から正々堂々殺し合をするのですか?」
「そうじゃない! そうじゃないけど、あんなに残酷な殺し方をしなくても……」
「それが勘違いだと申してるのです。おそらくシオン様の頭にはあの約束があるからそう感じているだけです。ですが、今戦っている皆様は誰もあの約束を破ってはおりません。皆様は全員シオン様の意思を尊重しております」
「えっでも……」
「確かに一部過激なシーンはありました。ですがそれはその種族として仕方のない部分であります。確かに人間にとっては敵を食べるというのは残虐に見えるかもしれません。ですが、それがスライムの戦い方です。その戦い方を否定すると言うことはスライムを否定することになります。シオン様はスライムを否定しますか?」
「……いや」
「ジョーカーズの皆様やゼロ様だって同じです。個々の魔法や種族の能力で残虐に見えますが、それは彼らの種族がヴァンパイアだからです。仲間内で勝負をしているため遊んでいるように見えますが、将として武功を競うのは当たり前のこと。違いますか?」
「……違わない」
「いいですか。殺し方と死を軽んじることはイコールではございません。そこをシオン様は勘違いしておられるのです」
イコールではない……か。確かに俺はイコールで考えていたかもしれない。
「死を軽んじている行為というのは、殺す行為そのものを楽しむことだとわたくしは考えます。無意味にいたぶる行為や欲望を満たす行為、人体実験のような行為が死を軽んじているのではないですか? そのような光景をシオン様はたくさん見てきたのではないですか?」
俺の脳裏に様々な光景が蘇る。ナーガの集落で囚われた女性達。マフィアのアジトで拘束されていた本物のアーノア。実際に見たわけではないが、話を聞いていた赤の国の横暴や盗賊のアジトで感じた不快感。そしてトビオ……。
「今シオン様が思い浮かべた者達と、先ほどのゼロ様はイコールですか?」
「違う!!」
それだけは間違いなく断言できる。
「そういうことです。今戦っている皆様は天使を大勢殺しました。ですがそれは戦争だからです。決して自分の快楽のために殺しているわけではない。ましてや無闇矢鱈に痛めつける者は誰一人としておりません」
今見てきた四つの島での戦い。確かにスライムに飲み込まれたり、干からびたり色々とひどい殺しかたもあった。だが、誰一人としてトビオのように痛めつけながら――楽しみながら殺していた者はいなかった。
「中には楽しそうに殺している人もいました。ですが、それは自分の力を思いっきり出せるから。修行で強くなった自分を確かめるため、久しぶりの実戦で気分が高揚したため。シオン様も経験がありますよね?」
俺も強くなった自分の実力を確かめたいと思ったことはある。
「ですがそれは人として当たり前のこと。決して軽んじているわけではありません」
「確かにそうだ。あいつらは間違ったことはしていない」
「そもそも……毒で相手を殺すシオン様が残虐とか言っても説得力がありません」
……確かにそうだ。毒で相手を殺す俺がゼロ達の戦い方に口を出すことは出来ないな。
――――
「時にシオン様。話は全く変わりますが、シオン様は先程の寸劇をご覧になられてどう思いましたか?」
「えっ? どうしたんだ突然?」
本当に話が変わってビックリした。脈絡無さすぎだろ。
「いいから答えてくださいまし」
「そうだなぁ。時間がないくせにやたらとクオリティが高くて、コイツら無駄にハイスペックだと思った」
「ちょっとシオン様!? 無駄にってひどくない?」
「ティティは少し黙っててください。失礼しました。えと、内容ではなくですね。寸劇をすると言う三人の行動についてどう思われましたか?」
内容や出来じゃなくて行動?
「そうだな……コイツら馬鹿だなぁと」
「ひどっ!? シオン様ひどっ!? せっかくシオン様のためにやったのに、あんまりじゃない!?」
大事なことでもない癖に二回も言いやがって……。
「だからティティは少し黙っててください。そうです。リンもティティもお馬鹿さんです」
「ルーナ様もひどっ!? お馬鹿扱いされて黙ってろはあんまりすぎですよぉ。しかもお馬鹿さんって更に馬鹿にされた気分!!」
確かに。馬鹿よりお馬鹿さんの方が、より馬鹿にされてる気がする。
「他にもティティはくっころさんだとか、今日の夕食だとか、ふざけたことばかり言っておりましたよね?」
ルーナはティティを完全に無視してさらにディスる。
「そうだな。確かに少しおふざけが過ぎたかもしれないな」
「うう……二人ともひどい」
「ではこの戦争の最中、ふざけているティティは死を軽んじてますか? 盗賊達のような悪人ですか?」
「はぁ? ティティが悪人な訳ないだろ。ティティは俺が最も信用しているメイドで、最高にいい女だぞ」
「はにゃ!? し、シオン様! ルーナ様の前でそんなこと……」
「……なんでしょう。自分で尋ねておきながら、非常に不愉快な気分にさせられました」
何でルーナがダメージを受けてるんだよ。
「とにかく! 多少不謹慎かもしれませんが! ティティは悪い子ではないんです!」
何でキレてるんだよ。でもまぁ言いたいことは分かった。
「シオン様。先程コントロール室で聞かれた質問に答えたいと思います」
俺が答えを聞くのが怖くて打ち切った話だな。
「シオン様は変わりました。あれから五年以上経つのです。変わらない方がおかしいと思います。当時頼りなかった青年が、頼もしい青年に成長しました。まぁ少し子供っぽいところはまだ残ってますが」
頼もしく成長したと言われて喜ぶべきなのか、子供っぽいと言われたことに凹むべきなのか……。
「ですが、シオン様は変わってないと思います。未だにサクラ様との約束を覚えていて、力に溺れずにそれを守ろうとしています」
「いや、その約束は……」
守れなかったと思うから、悩んでいるんだ。
「守っていますよ。先程も申し上げましたが、シオン様もゼロ様達と同じく、少し特殊な魔法を使っているからそう思い込んでしまうだけです。事実シオン様は無闇に痛めつけてはおりません」
「そう……かな?」
「今までシオン様が殺した方は直接被害を受けた方のみでした。城に攻めてきた赤の国の兵士。こちらを殺そうとしていた冒険者。赤の国に関してはヘンリー卿が滅ぼしており、直接手を下したわけではありません。黄の国では盗賊。魔族ではありますがナーガ一族。青の国では天使関係だけ。マフィアの構成員すら殺しておりません。シオン様が今まで殺してきたのは正当防衛と極悪人だけなんですよ。それが今回の天使は極悪人と言えども、間接的な被害で、直接的な被害は少ない。それから今までとは比べ物にならない人数。今までと何も変わらないのに規模だけがいつも以上に巨大なので、シオン様の良心が必要以上に悩んでるんですよ」
「そう……なのか?」
「言われただけではピンと来ないでしょうが、安心してください。シオン様はトビオとは違います。殺しを楽しんでいない、元のままのシオン様ですよ」
言葉だけでは納得はできないが……ただ少しスッキリした。
「ありがとうな。お陰で少しモヤモヤが取れた気がする」
「少しでもお力になれたのなら幸いです」
「ああ……やっぱりティティは優秀だな」
「何故そこでティティなのですか!? そこはわたくしを誉めるところではないのですか!」
「いやぁ。ティティにさ。悩んでいるならルーナに打ち明けたらって言われてさ。流石だなぁと」
まぁその話はルーナに聞いた後なんだけどね。
「うう……最近シオン様はわたくしに冷たくないですか? たまにはわたくしにも飴をくれないと、泣いてしまいますよ」
「ははっ、冗談だよ冗談。ルーナにも感謝してるって……飴か。そうだな。この戦争が終わったら、特大の飴をプレゼントしよう」
「……言っておきますが本当の飴が欲しい訳じゃありませんからね?」
「分かってるよ!! とにかく楽しみにしといてくれ」
全く……それくらい俺にだって分かってるっての。プレゼント自体はもう準備してるから……喜んでくれるといいな。




