第279話 寸劇を観よう①
「ただいま……っと、何してるんだ?」
俺が通信室に戻ると、ティティとハーレクインとリンが一ヶ所に集まって話をしていた。
「あっお帰りなさい。さっきね、トオル様から盗聴記録が全部届いたの。だから今ハーレクイン様とリンちゃんと練習してたの」
「練習?」
話の前後に脈絡がない気がする。盗聴記録が届いた。だから話し合いをする。なら分かるが、練習て。
「そう練習。だって、ただ読むのは味気ないじゃない。せっかくだから、三人で登場人物の役割別に説明しようかなって。要するに簡単な寸劇みたいなものだよ」
以前トオルが音読した時は、全く頭に入ってこなかった。なので、三人が感情込めて音読してくれるなら、そっちの方が分かりやすいと思うけど……。ただそれだけの為に練習までするとか、どんだけ暇なんだよ。
「それでね。シオン様ちょっとこっちに……」
「ん? 何だ? 寸劇の手伝いならしないぞ」
ティティが皆と少し外れた場所で俺を手招きする。仕方がないからとりあえず向かう。
「ねぇ……二人とも少しおかしいけど、上で何かあったの?」
出来るだけ普通に戻したつもりだったけど……この子は本当に鋭いな。しかも気を使って誰もいない場所で聞くし。
「いや、戦闘前で少しナーバスになっていただけだ」
……あながち間違いじゃないよな?
「シオン様。あまり一人で抱え込まない方がいいよ。シオン様は溜め込むとネガティブな方向に考えちゃうから……せめてルーナ様にだけは、ハッキリと心の内を曝け出してもいいんじゃないかな?」
……この子はどこまで俺のことを理解してるんだよ。
「なぁ。ティティに曝けちゃ駄目か?」
なんかこの子の方が正解を言ってくれそうな気がする。
「……私はこれ以上シオン様の秘密を抱えたくないよ。相談には乗るけど、先にルーナ様に相談してね」
最近ちょっと頼り過ぎちゃったからなぁ。でも相談に乗ると言ってくれるのは本当にいい女だよな。
「さぁ! シオン様の許可も貰ったら、寸劇を始めちゃうね」
これで俺に許可を貰うために呼び出したことにした。アフターケアも忘れないところが流石だ。
溜め込まないように……か。とりあえず寸劇を聞いてから考えようかな。
――――
「どうやら先手を打たれてしまったようだな」
「……申し……訳……ございません」
「あらあら、ラファエルさんはこの落とし前をどう付けてくださるのかしら?」
「落とし前……だと?」
「ええ、こちらに不利益をもたらしたのですもの。罰は当然ですわ」
「何を……この裏切り者が!! 貴様こそ奴等と組んでるんだろうが!」
「私が裏切り者? 何を根拠に……もしかして先程の道化の言葉を鵜呑みにしているのですか? ラファエルさんともあろうお方がそのような考え……些か短絡的ではありませんか?」
「では、説明してもらおうか。何故貴様はこの地を……ファントムを見つけることが出来たんだ?」
「それは以前も申し上げたではありませんか。私が調査用に使用していた魔力がこの地で消滅したと。そこで部下に使い調査したところ、ファントムの存在が明らかに……」
「その部下――確か例の異邦人だったな」
「ええ。ですが、彼女らは許可を頂いて、既に処分いたしましたわ」
「本当に処分したのか?」
「……何が言いたいのです?」
「貴様が異邦人を利用して、奴等と連絡を取り合っているんじゃないのか?」
「……馬鹿馬鹿しい。よくそんなことが思いつきますわね」
「では異邦人に入っていたアリエルやレミエルはどうした?」
「それは……彼女らを処分した段階で消滅したと説明したではありませんか。魂と完全に同化をすると、回収できない例は過去にいくつもあったはずです」
「では奴らは何故アヴァロンのことまで知っていたんだ!」
「それこそ私が知るよしもありません」
「よくもそんなぬけぬけと……そもそも貴様の行動は全て怪しかった!」
「言いがかりは止してくださらないかしら」
「言い掛かりなものか! 突然海を調べ始めたのも、それを人間に任せるのも、今思えば不審でしかないではないか!」
「海を探したのは過去の戦争を調べれば、当たり前のことです。人間を利用したのも、こちらのことを隠しつつ、人員の確保と、ホムンクルスの実験をするのに都合が良かったからです」
「では全軍で出撃する予定だった今回の作戦でミカエルを連れてこなかった! 何か企んでいるとしか考えられないではないか!」
「ミカエルの別行動は正式に許可を得ております。それに、今回の作戦とも関係があること。貴女に何か言われる筋合いはありません」
「だから、その内容を説明しろと言っているんだ!! 隠しているのは疚しいことがあるからだろうが!!」
「二人とも。もうよさぬか」
「「はっ申し訳ございません」」
「ガブリエルよ。今一度尋ねるが、異邦人二人は本当に処分したのだな?」
「……はい。間違いなく処分いたしました」
「しかし、敵にこちらの内情が知れているのは事実で……」
「黙れ。誰が発言して良いと申したか」
「……申し訳ございません」
「……確かに敵が何かしらの手段を用いて、こちらのことを把握しているのは事実だ。アヴァロンの結界は何も作動しておらぬのだな?」
「はい。アヴァロン内で、魔物も魔法も使われた形跡はございません。もちろんユノマールの頃から使われておりません」
「ではラファエルの申す通り、内通者の可能性は捨て置けぬか。だが、今から探すとあっては手遅れになるばかり。例え内通者がおったところで、ファントムなる連中を全て倒してしまえば良いだけの話だ」
「それですが……奴等のルールとやらに従うのでしょうか?」
「ラファエルよ。あの【死の呪い】……本物であったか?」
「……少なくとも、私の目には同じものに見えました」
「ふむ。……であるとすれば、迂闊なことは出来ぬな。【死の呪い】だけは我にも手出しができぬ」
「ラファエルさん。一つ尋ねたいのですが、こちらからは【死の呪い】は紫の玉に入っていたように見受けられましたが……」
「ああ。確かに紫の玉に入っていたな。玉が器で、破壊することで、【死の呪い】が噴き出してきた」
「そうですか。……メタトロン様。やはりファントムは……」
「うむ。であるならば、其方の推測で間違いはなかろう」
「どう言うことですか! もしやファントムの正体が分かっているのですか!?」
「ええ。貴女のお陰で、ようやく確信が持てました」
「なっ!? 敵の予想が付いていたのなら、何故出撃前に教えなかったのだ!!」
「確信が持てたのは今ですからね。仮に推測の段階で教えたとして、もし全く違う人物だったら……そちらの方が、判断を誤る可能性があるでしょう。そちらの方が危険です」
「しかし相手は【死の呪い】のような危険な魔法を使う者なんだぞ! こっちは何も知らずに出陣して、危うく死ぬところだったんだ!」
「そもそも勝手に出陣したのはラファエルさんではありませんか。もし私が止めたとして、聞く耳を持ちましたか?」
「それは……」
「それと、勘違いしないで頂きたいのですが、私も彼が【死の呪い】を使えるだなんて知りませんでした。それどころか、二年前に戦った際は、降臨したばかりのミカエルに、手も足も出なかったような方なんですよ」
「では二年で【死の呪い】を覚え、こちらを追い詰めるまでに成長したと? それは別人ではないのか?」
「その者の属性は紫です。ラファエルさんも先ほど紫の玉だと仰いましたよね? 【死の呪い】を封じる際に、わざわざ紫色を使用するのは、その者が紫の属性だからではないですか?」
「確かに敵は紫の属性かも知れないが、それだけではその者だと……確かに紫は非常にレアなのは知っている。しかし、連中はこの大陸外からやって来たという話ではないか。別大陸に紫がいても不思議ではないと思うが」
「その可能性も先ほどのやり取りで完全になくなりました」
「何故だ?」
「いいですか? 【死の呪い】すら操り、母なる大地の場所を知るのなら、そもそもこの大陸に来る必要すらないのです。それをわざわざこの大陸に来て、バラキエルを人質にし、我々と敵対行動をとる。もしかしたら、我々を恨んでいる者なのかもしれません。しかし、であれば再三の忠告の意味が分かりません。言動と行動に矛盾があり過ぎるのですよ」
「だから外部からではないと」
「ええ、外部の者以外で紫の属性を持ち、我々の存在を知る者は一人しかおりません」
「なるほど。しかしそうなると、その時に殺さなかった貴様の責任は重くなるのではないか? 先ほど貴様は私に罰を……と言ったな。貴様の行動の方がもっと不利益を与えているのではないか?」
「確かに結果的に見ればあの時殺さなかった私の失態です。ですが、彼は肉体と霊の融合を解除する魔法が使えました。ですのでミカエルの優先回収が最優先だと判断しました。それから、紫という貴重な属性……後々に有効活用したいという打算も働いてしまいました。当時はあれが正解だと思っていたのです」
「だから自分には非がないと?」
「一番の失態は、彼の成長を甘く見ていたことです。本当なら、バラキエルを回収してから彼らの領地を落とすつもりでしたが、ミカエルを回収した後、すぐに叩くべきでした」
「ではその責任を……」
「ラファエル。もうよさぬか」
「し、しかしメタトロン様……」
「今の話。我はガブリエルから全て聞いておった。その上で、我がバラキエルの回収を優先させたのだ。我にも責任はある」
「……メタトロン様はガブリエルに甘すぎます」
「あら。先ほど貴女もメタトロン様から寛大な処置を頂いたではありませんか。メタトロン様は我々に等しくお優しい方ですよ」
「確かにそうだな。メタトロン様は我々天使に対して慈悲深い御方」
「今はそれ以上はよすのだ。それよりも現状をどうするのか述べよ」
「……ガブリエル。敵の正体は何者なんだ?」
「【魔王同盟】の話は貴女も聞いたことあるでしょう? 彼はその中の【銀国】の王です」
「【魔王同盟】だと!? 確かにその話は聞いているが……では敵は魔王だと言うのか?」
「少なくとも【重奏姫】エキドナが関わっているのは確実です。当時彼と行動を共にしていましたからね」
「確か【魔王同盟】の一人はヴァンパイアだったな……やはり先ほどの道化はヴァンパイアか。もしかして魔王だったのか?」
「新しい【夜魔王】カミラの顔は知りませんからあの道化が魔王かどうかは判断できませんが、魔王ならあのようなことはしないと思われますよ」
「確かに……ん? ちょっと待て。確か【銀国】の魔王は【銀乙女】ではなかったか? 先ほどから彼と言っているが、男なのか?」
「ラファエルさん。情報不足ですよ。あの国は魔王とは別の人間が国を治めているんですよ」
「そうなのか……待て。人間……と言ったか? 相手は魔族ではなく、人間なのか?」
「ええ、そうです。彼は人間です」
「馬鹿な!? 人間が【死の呪い】を操っていると言うのか!?」
――――
「はい! ここで前半終了だよ!」
「えっここで!? 凄い中途半端じゃん」
恐らく時間にして十分も経ってないと思うけど、普通に魅入っていた。
簡単な寸劇って言ってたから、てっきり三人が感情込めて音読するだけかと思ってたら、三人ともガッツリと演劇をしていた。トオルからは文字しか送られていないだろうに、まるで見て来たかのような臨場感があった。
リンがラファエル。ハーレクインがガブリエル。そしてティティがメタトロン……正直ティティ相手に二人が額づく姿は少し笑えたけど。なんでティティがメタトロン役だったんだろう?
しかし、俺の正体がバレた良い所で前半終了とか……何でこんな区切りになったんだ?
「あのね。ここでとんでもないことが起こったんだ」
「とんでもないこと?」
「突然上空に紫色の魔法が現れて、海から攻撃があったんだ」
「……なるほど」
要するに俺の所為か。
「ってことは、このまま後半?」
「うん! この後もっと重要なことが分かるからね。お楽しみに!」
お楽しみにって……まぁ楽しみではあるな。しかし……ここまでも十分重要な話はあったと思うが、それ以上に重要な話って……はたして劇を観ている場合なのか?




