第278話 逃げ道をなくそう
イプシロン最上階のコントロール室。
天使が逃げないようにするための秘策を行うために、ここで魔法を使わなくてはならない。
まぁ、別にどこでもいいんだが、ここは俺の魔力が込められた核が有る。
その為なのか分からないが、ここでは魔法の制御がしやすい。それに、一番高い場所のため、アヴァロンもよく見える。
「よし、じゃあ始めるか。スーラも準備はいいか?」
《もちろんなの!》
「シオン様っ。頑張って下さいましね」
「……ルーナ。やっぱり通信室に戻った方が良くないか?」
俺が通信室を出ていこうとすると、何故かルーナも付いてきたんだよな。別に魔法をひとつ唱えるだけだから、危険も何もない。
それどころか、俺は全力で魔法を唱える。ルーナが俺の魔力に当てられて、ダメージを受ける可能性すらあるんだけど……。
「今までのわたくしはいつもお留守番でしたからね。シオン様がどの程度強くなられたのか、この目で見たいのですよ」
どれくらい強くなったかって、だからここでは戦わないんだけど……。まぁ魔力の大きさだけは判断できるか。
考えてみれば、ルーナと一緒に戦うのは、ヘンリー戦以来だな。
しかも、あの時は、俺はスケルトンばっか倒して、ヘンリーはルーナが戦った。
その後、卒業試験をして負けて……思えばあれ以来、ルーナの前で全力を出した覚えがない。
「分かったよ。だけど、危ないからもう少し後ろからでいいかな? うん、そこでいい。じゃあ俺の先生として、どのくらい成長したか、見ていてくれ」
ルーナを部屋の隅へと移動させる。そこからだと俺の後ろ姿しか見えないが、正面は危険だし、ルーナも文句を言わないから、問題ないんだろう。
「かしこまりました。しっかりとこの目に焼き付けます」
後ろ姿だからと言って、そんなマジマジと見られると恥ずかしいんだが……いや、むしろ俺が見えない分気になって仕方がない。
……けど、安全面を考えたらこれでいい。俺は少し緊張しながら、スーラと【魔力の共鳴】を行う。
【魔力の共鳴】により、自身の魔力が跳ね上がる。この急激な魔力の上昇も随分と慣れたものだ。
「……すごい。もはやわたくしの魔力なんて、足元にも及ばないですね」
背後からルーナの感嘆の声が聞こえた。
わざわざ確認はしないから、表情は見えないが、その声は、追い抜かれて嬉しい気持ちと、少し寂しい気持ちが混じった複雑そうな声に感じた。
「よしスーラ。目標はアヴァロン上空だ!」
《分かってるの!》
今回は俺とスーラ。互いに別の魔法を唱える。
狙うはアヴァロンの上空。俺はそこに紫の玉を召喚する。その玉は楕円形に形を変え、アヴァロン全土と同じ面積まで広がった。
もう一つ。スーラの魔法も発動している。俺の魔法のすぐ横に巨大な砂時計を召喚していた。
「シオン様……もしかしてあれは……」
「【死の呪い】だ。隣の砂時計は制限時間な。ルールを破るか、あの砂時計が全て落ちきったら発動するようになっている。……あれがあのまま落下すれば、アヴァロンは全滅。ロストカラーズと同じように、死の大地になるだろうな」
ハッと息を飲むルーナ。想像通りの答えだったろうが、実際に聞くとショックなのかもしれない。
「ここからでも分かるほど禍々しい魔法ですね。正直、あれを見ているだけで体の震えが止まりません。あれがシオン様の魔法とは……正直信じられませんし、信じたくもありません」
「心配しなくても、発動するつもりはないよ。単純にルールを破るとあれが発動するって脅しだ」
「……もし天使がルールを守らなかったり、制限時間が来たらどうされるおつもりですか?」
「ルーナだってあれが禍々しい魔力を帯びてるって言ってたじゃないか。天使だってあれが偽物じゃないことくらい分かるはずだ。それから制限時間だけど……正直言って明日中にはこの戦争は間違いなく終わると思う」
「アヴァロンがこのまま帰る可能性はないでしょうか?」
「実は……俺の魔法と平行して、ティアマトが魔法を唱えていたんだ。ほら、アヴァロンの下を見てみろ」
ルーナは言われたようにアヴァロンの下を見る。そこには海からアヴァロンに向けて水が四ヶ所に発射されていた。
「アヴァロンを【水の鎖】で動きを封じた。ティアマトとテティスの【魔力の共鳴】で発動しているから、生半可な攻撃じゃ絶対に外れない」
特に魔法の名前が決まってないとのことだったので、シンプルに【水の鎖】ってしたけど……どうせなら、【クリスタルコメット】のようにカッコいい名前がいいな。
「アヴァロンを固定して……逃げることが出来ない状態で、【死の呪い】で脅すわけですね」
「ああ、流石にこの状態で、ルールを無視するはずはないよ」
これが仮に【死の呪い】の存在を知らないようなら、脅しは無意味かもしれない。だが、天使は【死の呪い】の恐怖を身をもって知っている。
さっきの見せしめで、本物なのは理解しているだろうから、大丈夫なはずだ。
「……あの【死の呪い】はずっとあそこに置いておくのですか?」
「いや……流石にあれを維持し続けたら、俺が先にバテちゃうよ。半日も持たないよ。だから天使が四ヶ所に分散した時点で、偽物に変える予定だ」
天使にも期限は明日までって言ってあるから、そんなにのんびりはしないだろう。早ければ一時間もしない内に進軍してくるんじゃないか?
「偽物……ですか?」
「ああ、ラピスラズリの魔法だよ。あれで投影し続ける予定だ」
「ですが……彼らの魔法は蜃気楼……偽物ですよ。見た目はともかく、【死の呪い】から発せられる魔力の質ですぐにバレませんか?」
「確かに今までならそうなんだけど……ほら、一人……じゃない。一匹増えただろ? スノーのお陰で、ラピスラズリの二人が大幅にパワーアップしちゃってね」
「パワーアップ……ですか?」
「ああ、アイツら三人で【魔力の共鳴】をしやがった」
「……【魔力の共鳴】って二人だけでするものではないのですか?」
「俺もそう思っていたが……どうやら違うらしい。というか、誰も試したことがなかっただけだな」
俺は試そうと思っても……スーラ以外に似た属性はいないから、試すことすら出来ない。
「まぁお陰で幻影魔法もパワーアップしてさ。見た目だけじゃなく、追加で大きさと魔力も投影できるようになったんだ」
「大きさと魔力……投影ですか?」
「ああ。今までは同じものを映す感じだったんだけど、小さいものを大きく見えたり、大きなものを小さく見せることも出来る。それに、発せられる雰囲気や威圧までそっくりそのまま投影できるんだ。だからあの禍々しい魔力も再現できる。もちろん偽物だから、詳しく調べられたり、触られたりするとバレちゃうけどね」
だけど、あの禍々しい魔力を触ろうと思ったり、調べるために近づく天使もいないだろう。
「道化師様だけでなく、トオル様にティアマト様。ラピスラズリ様まで参加して……それなら、秘密にせずともわたくしにも事前に話してくださればいいのに」
ルーナが若干拗ねたように呟く。
「……今回はさ。言うのが少し躊躇われたんだ」
「どうしてです?」
「……止められたら、どうしようかなって」
「……よく意味が分かりませんが?」
「ルーナは前もって今回の作戦を聞いていたらどう思う? 危険だから止める? ふざけすぎって窘める? それとも賛成する? ……俺はそれを聞くのが怖かったんだ」
先日のトオルとの話の後、覚悟を決めたはずなのに、それでもまだ悩んでる。
でも、この心理状態で、ルーナに危険だから使用するなと言われたら、俺は多分使えなかった。
だから、実際に使用し、逃げられない状態までやって、後戻りが出来ない段階までは言えなかった。
いや、本当は違う。今考えたのは建前で、そう思おうと自分に言い聞かせているだけだ。
本音は……本当の俺は、この戦争を楽しみたいだけ。【死の呪い】なんて味気ない方法で終わらせたくないだけだ。だから止められたら喜んで止めた筈だ。
そもそも今回の戦争。強くなって調子に乗っているのか、負けないと分かっているからか、どこか緊張感に欠けている。
先程の天使にルールを伝える方法も、ルーナにふざけすぎと言われた。ついさっきだって、戦争中なのに馬鹿話で盛り上がっていた。これから沢山の天使が死ぬと分かっているのにだ。
赤の国の兵隊が攻めてきた頃は、もっとちゃんと死と向き合っていたと思う。
今の俺はヴァスキ戦で見せたような、暴力を楽しんでいる自分になっているんじゃないのか?
本当は相手を殺すことを楽しいと感じて……あの人を殺しまくって楽しんでいたトビオ。……あれと同じじゃないのか。
こうやって考えている時点であんなのとは違う! そう否定するのは簡単だ。だけど、それが本音かどうか……。建前と本音。理性と感情。色々な思いが俺の中で入り交じっていた。
「なぁルーナ。やっぱり俺は変わってしまったかな?」
変わってないろ言ってほしい。だが、自分の中では答えが出ている。日本からこっちにやって来た当初と今。あの頃と比べると、間違いなく俺は変わってしまったと思う。
「シオン様……」
「ごめん。やっぱ今のなし。さっ戻ろうか」
俺はルーナの返事が怖くて、途中で遮った。否定も肯定も……どんな言葉も、今の俺には信じることが出来ない気がする。
「さっ、一旦通信室に戻ろうか」
【死の呪い】に関しては、魔力は消費し続けるが、一度発動してしまえば、何処に居ても変わらない。一応細かいコントロール担当で、スーラの分身体をこの場に残しておくから、何かあればすぐに報告が来るはずだ。
俺達はコントロール室を出て、通信室に戻ることにした。
帰り道は互いに何も話さず、微妙な空気に包まれていた。
そんな中、俺はこちらに来た当初の姉さんとの誓いを思い出していた。
今の俺はその誓いを守っていると自信をもって答えることは出来そうもない。




