第30話 敵の動向を知ろう
捕虜を解放してから早一ヶ月。特に変化はなかった。
未だにどこからもアプローチが来ない。偵察すら来る気配がない。
こっちはいつ攻め込まれてもいいように準備をしていたというのに。
俺達は、敵が襲ってきたら城の中で迎え撃つことに決めた。
通常防衛戦はわざわざ懐に敵を入れるなんて愚かなことはしないだろう。だが如何せん俺とトオルの二人だと限界がある。人材集めはこの戦いが終わってからと決めたからな。
今回は城の罠に任せようと思って色々と準備をした。……のだが、肝心の敵が一向に現れない。
赤の国は捕虜の解放のおかげで攻めてこないのは分かるが、ヘンリーまで音沙汰がないのはどういうことだ?
何か間違えたか? そんなことも頭に浮かぶ。
まぁ遅くなれば、その分俺とトオルが強くなれるからいいんだが。
この一ヶ月俺達は今まで以上に厳しい訓練をしてきた。
そして数日前ついにルーナに一太刀入れることにも成功していた。魔力値も最近では三万を越えていた。
ルーナに言わせると実戦を経験してから動きが見違えたとのこと。まぁ自分では気が付いてないんだけどね。
このまま敵が来ないようなら、先に旅に出てもいいかもな。
――――
「敵に動きがありました!」
その報告があったのは次の日のことだった。
その知らせを聞いた俺達はすぐに会議室に集まることにした。
「それで、状況は?」
俺は第一報を持ってきたシャルティエに問いかけた。
「はい、まだ攻めてきたわけではございません。メイド遊撃隊のリンからの報告があったのですが、どうやら赤の国が冒険者を雇ったみたいです!」
はい、まずおかしいところが一つあった。何だメイド遊撃隊って。メイドが遊撃してどうするよ!!
そういえば俺って料理隊と第二メイド隊くらいしか知らないよな。いや、警備隊は名前だけ聞いたことがある気がする。しかし他にいくつあるのか? それにしても遊撃隊って……。
「ちょっとすまん。メイド遊撃隊ってのは何なんだ? 一体何のために存在する部隊なんだ?」
「メイド遊撃隊は隠密行動にたけ、城の外の情報を仕入れてくる部隊です」
要するにスパイってことだな。でもそれって遊撃隊じゃなくて隠密隊って言わないか? 遊撃隊って本隊と違う別部隊ってことだろ? まぁそんなこと言っても仕方がないか。とりあえず遊撃隊のリンが外で仕入れた情報か。
「シルキーって城外だと能力が低くなるんじゃないの? 大丈夫?」
敷地外から出たら能力が半減するはずだ。
「能力の減少は個体差があります。遊撃隊は能力がほとんど衰えない人物を中心に活動しております」
詳しく聞くとどうやらその家に住む期間が長いほど能力の変化が大きいみたいだ。そのため遊撃隊は比較的年が若い者が多いそうだ。
「ちなみに何人いるの?」
「シルキーが五人とリャナンシーが一人です」
シルキーだけじゃないことに驚く。
「えっ!? リャナンシーがいるの? 村人だよね」
「ええ、先月の会議の後、村人にも今後のことを話しました。やはり新しい人は受け入れがたいものがあるそうで、村を大きくするのには反対だそうです」
まぁそうだろうな。予想通りだ。
「ですが、この城を含む全体的な発展には賛成のようでして……別の村を建てて、交流するのは賛成だそうです。それで、まずは私達メイドと打ち解けるためにも村の希望者からそれぞれのメイド隊へ何名か配属がされました」
うん、いい傾向じゃないか。ここ一ヶ月は修行に明け暮れていたから、知らなかったよ。
「そうだ、ついでに他のメイド部隊も教えてくれないか? 料理隊と第一第二くらいしか知らん」
「第一メイド隊、第二メイド隊、メイド警備隊、メイド遊撃隊、メイド補給隊、メイド通信隊、メイド研究隊、メイド料理隊の八部隊でございます。詳細は後でお渡しします」
おおう、想像以上に多くてビックリした。一部気になる部隊もあるな……。
「そうだな。後で貰えないか。一応把握しておきたいし。シャルティエ、悪かったな続けてくれ」
「はい、リンによれば冒険者ギルドにこの城の調査及び討伐依頼が発行されたとのことです」
そう言ってシャルティエは依頼用紙を見せてくる。
――――――――――
魔王[首なし]城の調査、及び残党討伐依頼
対象ランク:B以上。
報酬:成功報酬総額百万G。また個別に魔族の討伐(魔石提出)、もしくは生け捕り一体につき、五千G。
見つけた魔道具の優先所有権。
依頼内容:
転移の魔王【首なし】が、冒険者によって討ち取られたとの報告あり!
そのため魔王軍の残党狩り及び城の調査。
見つけた財宝に関しては国に提出の義務あり。しかし、希望があれば一部の魔道具の所有は認める。
定員は問わないが、魔族との戦闘の可能性があるため、実績のあるBランク以上の冒険者限定で行う。
また、この依頼には国の兵士も参加することになる。
依頼主:宰相オズワルド=リーバル
―――――――――
まず真っ先に気になったのは、この依頼用紙はプリンタのコピー用紙だ。それから直接書いてプリントアウトしたわけじゃなく、どう見ても写真を撮ってそれをプリントアウトしている。
……リンはデジカメを使用しているのか? PCは城の中へ持ち出していることは聞いていたが、実用化している話は聞いていない。突っ込みが多すぎて全てを突っ込むことができない。全部トオルの仕業にしておこう。
「動くとしたらヘンリーの方で、赤の国は動かないって話をしてたよな。一体どういうことだ? 解放した捕虜はどうなったんだ?」
「それに関してはセツナから報告が来ております。あの二人は国に帰った後、呪いを受けていることで危険視され隔離されているようです」
「隔離? 呪いのせいで!? だってあの呪いは解呪しない限り他人に影響はないぞ?」
「敵はどこまで影響あるかなんて知りえません。実際に確かめる訳にもいきませんから、危険が少しでもあれば隔離する理由としては十分でしょう」
にしたって折角帰って来た仲間を隔離するのはやり過ぎじゃないか?
「もっと詳しく分からないか?」
「どうやら、赤の国では魔王様は完全に死んだと確信したようです。ですが偵察隊が全滅した為、兵を送るのを危険視し、冒険者を偵察に使うようです」
「要するに、ヘンリーが赤の国にしたように、今度は赤の国が冒険者に行おうとしているってことか」
「まさにその通りかと」
全く胸くそ悪い。
「で、冒険者の集まりはどうなんだ?」
「現時点で五十名程とのことです。Bクラス以上の冒険者とのことですが、集まりは鈍いようです。またパーティーランクがBならパーティー内にCランクがいてもいいそうです。後は依頼が国のため、体裁のためか兵士も百名ほど冒険者と一緒に行動するそうです」
「ってことは最終的には兵士合わせて二百程度まで増えるのか? その程度なら城の罠でも十分何とかなりそうだな」
「ただ、今のがリンの報告で別件でセツナの方から、地方の兵士が二千程こちらに向かってくる動きがあると伺っております」
セツナも遊撃隊のメンバーのようだ。
「二千!?」
「これは二人の報告を聞いての推測になりますが、冒険者はこちらの目を引く囮で、本命は二千の兵士ではないかと」
俺達が冒険者に集中している間に一気に攻め落とす気か。
「しかし……二千は多いな。どうする?」
「どうする? じゃないよシオンくん。多分僕らは舐められてるよ。二千ってすごく少ないじゃないか。普通他国の城を落とす際は万単位で城攻めするよね?」
……時代は違うが、三国志や戦国時代を参考にすると確かにそうだな。しかしここは剣と魔法のファンタジーだぞ? そんなに兵士はいらないんじゃないのか?
「まぁ舐められている分なら問題はないじゃないか。その二千についてはまた後で考えよう。まずは冒険者の方だ。今後の冒険者の動向は? リンが遠くから観察するのか?」
ってか報告するのに毎回城と町の行き来は大変だろう。伝書鳩みたいなのがあるのか?
「冒険者の中にリンを忍ばせておりますので情報は逐一来る予定です」
どうやらリンは冒険者になってこの依頼を受けたようだ。冒険者カードはこの城でAランクの偽造カードを作ったらしい。身分証カードを作る魔道具を少し改良すれば可能のようだ。
「ってか冒険者に混じって大丈夫なのか? バレたらまずいじゃないか!」
「リンなら大丈夫です。そのようなヘマは致しません。他に聞きたいことはございますか?」
シャルティエもルーナも全く心配してないようだ。俺はリンには会ったことないが、二人が信用しているなら大丈夫だろう。
「そうだな。潜入はリンだけなのか? 確かセツナって言うメイドもいるんだよな?」
さっきからちょくちょくセツナの名前もあった。リンと同じように潜入しているのだろう。
「セツナは王城の方へ潜入しております。おそらく今も待機しているはずです」
「そっか。そういえば俺達が捕虜にした二人は隔離されているんだよな? 二人に接触は出来そうか?」
「既に接触しております。二千名の兵士の話題もそこから聞いた話のようです」
なんとまぁ仕事の早い。
「なら。二人に再度接触をしてみてくれ」
「お二人を救出されるのですか?」
「いや、別に救出はしなくていい。そんな義理もないしな。ただ、今二人が何を思ってるか、正直な反応が知りたくてな」
グリンは国を裏切らないと言っていたが、隔離されている状態をどう思っているのだろうか?
俺はシャルティエに薬を渡す。
「これを体内に入れると、五分間だけ禁則を気にせずに話すことができる。可能ならこれを飲ませて話を聞いてくれないか?」
「畏まりました。セツナにはそのように指示を出しておきます。夜には報告が出来るかと」
「ん? この薬を渡すだけでも明日以降になると思っていたが……さっきから気になっていたが、連絡も含めてどうやってるんだ?」
「ケータイで連絡をとっております」
「はっ? ケータイ!? 電波がないだろ? どうやって?」
思いもよらぬ単語に思わず聞き返す。
「先月の会議の後でトオル様とグレイさんが改造を致しました。ケータイの中にトオル様の魔法結晶を入れ込んで魔道具にしたようです。ケータイ同士で会話をしたり、メール? という文字を打つ機能を使うことができます。また、簡単な転移のシステムも利用できます。ケータイと同じ大きさの物までなら送ることが可能です」
えっ? トオルいつの間にそんなことやってたの?
どうやらグレムリンのグレイはメイド研究隊に所属をして、地球産の物をこちらでも利用出来るように改造しているらしい。
ケータイは俺とトオルだけでなく、サクラとヒカリがスマホを大量に持ってたらしい。何故? と思ったが、資金難になった際にカメラ機能を見せて魔道具として売りに出すつもりだったらしい。
そして現在利用できるケータイは八台。ケータイにはそれぞれ一から順に番号が振ってあり、その番号を指定することで通信出来るそうだ。
ちなみにゼロと九はドローンとノートパソコンに使用しているとのこと。
二桁以上の番号は、まだトオルの魔法では無理とのこと。まだスマホやPCもあるので将来的には通信できる量が増えるように努力中らしい。
確かにあまり気にしてなかったけど、この間のドローンはスマホで操作してたな。魔法結晶を使ったのか。でもドローンは会議の前だぞ? そう思ってたが、ドローンだけは最初に試していたようだ。だからドローンがゼロらしい。
ケータイは現在は、リンなど外で活動している遊撃隊、トオル、ルーナが個別に所持しており、残りは城のコントロール室に置いて、必要があれば貸し出すとのこと。
ねぇ俺にはないの? 一応城主なんだが……。
今、城のコントロール室はメイド通信隊が活動しており、九の番号が振られたノートPCを所持している。リンやセツナの報告はケータイからノートPCに届くようになっている。ノートPCにはプリンタやマイクが設置されており、会話が可能。メール機能で写真が届けば、印刷も出来るってことだ。先ほどの冒険者の依頼書もそうやって写メで送られてきたようだ。てっきりこっちに帰ってきているのかと思ったぞ。
呼称は携帯通信機でケータイで統一しているそうだ。スマホでは意味が通じなかったらしい。
それにしても気になることがある。
「なぁ。なんだか俺の知らないところで勝手に色々進んでいるんだが? もしかして俺っていらない存在なのか?」
俺って城主だよな? まぁお飾りなんだけど。それでも報告がないってどうよ?
と、よく考えるとメイドを取りまとめているのはルーナ。トオルがグレイと魔道具開発。ヒカリも農業に勤しんでいる。姉さんはその中心になっている。
もしかしなくても、俺だけ何も貢献していない気がする。……そりゃあ連絡も来ないか。
「シオン様の出番はこれからでございます。シオン様には今後出来るはずの戦闘部隊を率いてもらいたいと思っております。そもそも城主自らが些事をされては周りから侮られてしまいます。シオン様はドンと構えるのが仕事と考え下さい」
俺が若干凹んでいるとルーナがフォロー? をしてくれる。
しかし決まったことの報告もないのは何でだ? なんかいつも事後報告になってる気がするんだが……こういうのって城主の許可があって進めるものじゃないのか?
「それよりも対策を考えましょう。冒険者と兵士、それから沈黙していますがヘンリー卿に関してもこのまま終わらないでしょう」
なんか質問をされまいと強引に話を戻らされた気がする。……気のせいか? 気のせいだろう。
「ヘンリー卿のことですが、もしかしたらこの冒険者の件に関わっている可能性がございます」
シャルティエが答える。
「どういうことです? シャルティエ?」
「実は国が冒険者ギルドに依頼する前に、この城の調査を依頼したものがいるそうです。内容は殆ど同じだったそうで……国から同様の依頼があったため、優先度からこの依頼は下げられたそうです。ギルドとしても依頼主にキャンセルの連絡がしたいのに、行方不明になったとかで、繋がらないそうです」
「シャルティエはヘンリー卿が冒険者を使ってこちらを調べようとした。赤の国が対応してきたからそちらに任せることにした。そう考えるのね」
「はい、報告を聞いて私はそう感じました。ルーナ様は違うと?」
話を聞いてると俺もそう思うな。
「いえ、流れはそうでしょうが、任せたままで様子見ってことはないと思ってます。これを利用し、一緒に攻めてくることも考えられます」
「ヘンリー卿が赤の国と手を結ぶと?」
ありえないとシャルティエは言う。
「そうではありません。我々が戦って疲弊しているときに横から攻めてくる。その可能性があると思っております。あわよくば我々との戦いで疲弊した赤の国まで一気に攻め込めるかもしれません」
なるほど。漁夫の利作戦ってとこか。うん、可能性はあるな。
「ヘンリー卿の所に行っている遊撃隊から連絡は?」
「今の所ありません。ヘンリー卿の所は結界があるため、潜入しにくく情報が得にくいと報告を受けています」
「仕方ありません。まだ発足したばかりですし……今後は結界破りや、バレない潜入など訓練をしていきましょう。今は外からでもいいので、おかしな点があればすぐに報告をするように伝えなさい」
「かしこまりました」
「では……他に何かありますか? なければ終了いたしますので、解散しましょう。あ、シオン様だけ少し残ってください」
特にないようで皆会議室から出て行く。
残ったのは俺とルーナの二人だ。
「で、何かあるのか?」
「申し訳ございません。シオン様。わざわざ残っていただいて……実は先ほどの件ですが」
「先ほどの件? 何だ? あっメイド隊のリスト?」
「いえ、あっそれもありましたね。そちらは準備が出来次第お持ちします」
「違った? じゃあ何だろう?」
「あの……色々な報告がシオン様にされなかった件でございます。誠に申し訳ございません」
「えっ? あー、それか。別にいいよ。別に悪いことしてる訳でもないし。まぁ仲間はずれの気分でちょっとだけ寂しかったけど」
実はちょっとどころじゃなく、かなり凹んだけど。
「いえ、本来なら下の者が何かをするときには城主の承認が必要なのです」
「あっ、やっぱり承認とかそういうシステムはあったんだ」
あれだよな。書類にハンコ押したりするやつ。上の奴がやりそうな仕事だ。
「ええ。ですから本来ならばメイド隊の発足や、開発の許可の承認をシオン様にはやってもらわなくてはなりませんでした。他にも村の発展状況などの報告も毎日しなくてはなりませんでした」
「まぁ毎日は面倒くさいけど。……でもしなくてよかったの?」
「今回はわたくしが勝手に全て決定してしまいました。如何なる処罰も覚悟しておりますので、なんなりと仰ってください」
「いや、別に処罰とかはないけど……けど何で?」
ルーナは優秀すぎるメイドだ。分かっててこんなことするはずはないのだが……。
「それは……会議でのシオン様の驚きが見たくて……」
「は?」
言ってる意味がまるで分からない。
「今までの会議でのシオン様の反応が面白くて,今回も思わず……本当に申し訳ございません」
深々と頭を下げるルーナ。まさかの理由だった。要するにルーナにドッキリを仕掛けられたというわけだ。
《ごめんね、シオンちゃん。》
どうやらスーラも共犯のようだ。
俺はあまりの理由に呆れることしかできない。
ルーナはもう恐縮しまくっていて寧ろ痛ましい。そんなに落ち込むならしなければいいのに……。
「んで、どうだった? 反応は?」
「それはもう立派なツッコミで……いえ、何も」
「ははっ。まぁいいさ。でも今後はちゃんと報告してくれると嬉しいかな。正直俺に何が出来る訳じゃないけど、仲間外れみたいで寂しかったし」
「えっ? お咎めは…?」
「別にないよ。こっちだって仕事一途で真面目なルーナのお茶目な所を見せてもらったし」
そう言うと、ルーナは顔が真っ赤に染まる。
「ま、何か重大なことは事前に教えてよ。もしかしたら許可できないものもあるかもしれないし」
「それはもちろん! 今回も一応シオン様なら絶対に許可すると思ったからですし…」
確かにメイドの新しい分隊を作ったり、ケータイを普及するのに断る理由はない。と言うか、俺よりルーナの方が優秀だからルーナが許可した時点で問題ないはずだ。
あまり、ドッキリなどはして欲しくないが、ルーナと冗談が言い合える本当の仲間になれたようで嬉しかった。少しは前の魔王との関係のようになってきたかな?




