第275話 道化師のショーを開始しよう
アヴァロンが目撃されて数日。ついにドライ諸島から目撃出来る距離までやってきた。
その距離、一番近いアルファ島から約一キロ。アヴァロンはそこで停止し高度を下げた。
一時期は雲の上まで上昇していて、海からは見えなくなっていたのだが……そのまま上空にいられたら、お手上げだったかもしれない。
今は前回の飛行船と同じくらいの高度――三百メートル。今まで見えなかったアヴァロンの地表を確認することが出来た。山に森、平原と無人島のような風景かと思えば、中央に町と思わしき場所と、その中央に宮殿……いや、あれは聖堂? を確認できた。
「なぁ天使は何で高度を下げてきたと思う?」
「我々と戦う為ではないですか?」
「戦うためなら、上からの方が優位だろ? 実際に雲の上から攻撃されてたら、手も足も出ないんだから」
こっちの空飛ぶ人員は俺がホリンに乗ることと、エキドナとグリフォン。あとはゼロとジョーカーズのヴァンパイアだけだ。数キロ先の上空から攻撃されたら、下手したら負ける可能性もあった。
「……案外、真下が弱点なのかもしれませんよ。もしくは真下への攻撃方法がないとか」
「真下への攻撃なんか、爆弾を落とすだけでも効果抜群なんだから、それはないと思うけど……弱点はあり得るかもな」
アヴァロンの下面は土が剥き出しだ。攻撃されて崩れていくと……確かに弱点かも?
「……もしかしたら、その辺りがアヴァロンの攻略法かもしれないな」
「シオン様。天使もさ、せっかく作った島を壊されたくないだけじゃない?」
ふむ。ティティの言うことも一理あるか。アヴァロンは攻撃手段じゃなくて、あくまで移動と拠点としての役割。
ドライ諸島付近に休めるところはないし、前回のように船なら一掃されてしまう。長期戦を予定しているなら、十分に考えられる。本当にそうなら、俺たちにとってはありがたいよな。
とにかくアヴァロンはあの位置から動く気配はない。
「連中はあの位置を拠点にするつもりか?」
近すぎず、遠すぎず。攻撃するにも微妙に届かない。届いても、威力は軽減している。かといって、油断していると、向こうからは攻撃がきそう。届く範囲で計算しているだろうからな。それに、空を飛べる天使なら、すぐにこちらに攻めてこれる。実に考えられた、非常に嫌な距離だ。
「シオン様。シクトリーナから通信です」
「全員に聞こえるようにスピーカーで繋いでくれ」
『もしもしシオンさん? リカだけど……こっちでも、アヴァロンを確認したわ。あれ、ユノマールの町そのものね』
「ユノマール?」
「白の国の首都ですよ。白の国は王政ではないですから、大聖堂がある町が首都となっております」
俺がピンと来てないのを察してか、ルーナが小声で教えてくれる。さっき見た聖堂。あれが白の国の大聖堂だったのか。ってことは、現在、白の国の首都はクレーターになってるのかな? ……ネットとか通信設備はないから、伝わるのが遅いかもしれないが、今頃白の国は大混乱になってるんじゃない?
「って!? 奴らは自分達の住んでいる場所そのものを飛ばしたってこと!? ……リカ、そのユノマールには一般人はどれくらいいるんだ?」
俺は天使とだけ戦うつもりだった。なのに一般人がいるとなると……。無茶は出来ないぞ。
『ユノマールは聖教徒のみで構成された町。一般人はユノマールから少し離れた町や村に住んでいるわ。仮に聖教徒が居たとしても、それは行商や依頼を受けた配達の依頼を受けた冒険者くらいかしら』
「その冒険者や行商人ってのは結構いたり……」
『ゼロとは言い切れないと思うけど、ユノマールに入るには、厳重な審査を突破しないといけないから、ほぼ居ないと言っていいわ。それに……こんな大がかりなことをしているんだもの。ここに来る前に、不穏分子は処分されてるわよ』
不穏分子……確かに、この時期にユノマールにいる聖教徒以外の人間は、俺達のスパイだと思われても仕方がない。可哀想だけど、もし聖教徒以外の人間が居たら、すでに殺されたとみた方が良いか。……不謹慎だけど、気にしなくていいと分かったら、少し気が楽になった。
「分かった。ありがとう。また何か分かったら教えてくれ」
『こっちでもモニターで随時確認してるから、気になることがあったらいつでも聞いて。少し位ならネームド天使の顔と名前は分かるから』
「それは助かる。俺の許可は要らないから、天使の名前が分かったら、すぐに言ってくれ」
一旦シクトリーナと通信を切る。やっぱりリカとヒミカをシクトリーナの通信室に待機させといてよかった。イプシロンは危険だから連れて来れなかったけど、シクトリーナの通信室なら安全だもんな。
「今後はティティの采配で、シクトリーナや各島に必要な情報を通達してくれ」
一々俺の許可を求めていたら手遅れになる可能性がある。
「はいはーい! 任せといて」
一見ふざけたような返事だが、ティティはちゃんと仕事は出来ることを俺は知っている。
通信関係はティティに一任させよう。
――――
停止したアヴァロンから、幾人もの天使が飛び立つ。予想通り、あの位置を拠点にして、攻撃を開始するようだ。
はたして今出てきた天使の中に、大物はいるのだろうか?
『シオンさん! あの中に青っぽい天使がいるの分かる?』
ティティが繋げたのか、リカの少し慌てたような声が聞こえる。
「……確かに白の中に青が混じってるな」
全員白の服を着ている中、一人だけ青の鎧を着ている。うーん、小さくて、顔までは分からないな。
『あれ、多分七大天使のラファエルよ』
「マジか!」
『ええ、基本的に青はラファエルの色として認識されてるから、他の天使に青色の鎧は着けないの』
顔が見えなくても、青の鎧だけで判断できるってことか。
「リカ。他に分かる天使はいるか?」
『ごめんなさい。他はちょっと……流石にあんなに小さくちゃ分からないわ』
「いや、確かに顔も分からないくらいの状態でラファエルが分かっただけでもありがたい」
『あっ、でも天使達は今隊列を組もうとしてるわよね?』
隊列? ……確かに、無作為じゃなくて、整列をしている。
『あまり使われることはないんだけど、天使の部隊は百人小隊、千人中隊、万大隊で構成されてるの。百人の小隊長が大天使。千人の中隊長がネームド天使。そして、一万の大将軍が七大天使ね。だから、今はまだ準備中だけど、最終的には十人のネームドとラファエルが集まると考えていいわ』
十人のネームド。百人の大天使。一万のエンジェルとホムンクルス。いきなりものすごい数だな。って、これにまだ五人の七大天使がいるんだろ。プラス五万? 流石に多すぎない?
『ガブリエルも同じ戦力だと思うわ。残りの七大天使はその半分でしょうね』
あっ、ガブリエルはともかく、残りは半分なのか。そういえば以前、七大天使は二大派閥で、ラファエルとガブリエル以外のネームドは半分って言ってたな。……それでも多いのは間違いない。
「しかし、いきなりラファエルが自軍の全勢力を率いて出てくるとはな」
最初は良く知らないネームドが来ると思っていたが、いきなり超大物だ。
『ここを見つけたのがガブリエルだから、ラファエルは一歩出遅れている。だから、手柄を独り占めしたいんでしょうね』
「……よくそれをガブリエルが許したな」
普通に考えると、ラファエルが飛び出すのを止める役目なんじゃないのか?
『ガブリエルはラファエルを捨てゴマに、こっちの戦力を確認するつもりでしょうよ。あの人、無駄に慎重だから』
『シオン。僕もそう思うよ。プラナは一か八かの賭けは絶対にしない人だから』
ガンマ島のデューテからの通信だ。ちゃんとティティが他の島にも繋いでいるみたいだ。
部下だったリカと、仲間だったデューテがそう言うなら、間違いないかもしれないな。
『シオン様。そろそろ出発しても宜しいでしょうか?』
待機していた道化師からの通信だ。通信はスムーズに行う必要があるので、ハーレクインで統一してもらっている。
「ハーレクイン……準備は万全か?」
一応入念な打ち合わせだけはしてきたが……。
『ええ、任せてください』
「いいか、ティアマトと上手く連携を取るんだぞ。それから、何か不都合なことがあればすぐに撤退だ。それから……」
「シオン様。その辺で……少し過保護過ぎますよ」
ルーナに窘められる。……どうやらテンパってるのは俺の方だ。一人でやる方がよっぽど気楽だよ。
『ふふふ。シオン様。本当に大丈夫ですので、安心してください』
「そ、そうか。……よし、ハーレクイン! ひとまずあの青の天使がターゲットだ」
『了解しました。では今から作戦を開始します』
通話が切れるが、モニター越しにハーレクインか飛ぶのを確認できた。……やっぱりなんの制限もなく空を飛べるのは狡いよな。
――――
「シオン様。始まりました」
ラファエル軍はまだ全員整列し終わってないのか、動きはない。大人数な分、準備に時間が掛かるんだろうな。
そのタイミングで、アルファ島から五百メートル地点。アヴァロンとの中間で、突如海から水柱……いや、水の壁がそそりたつ。まるで滝が逆流しているような神秘的な光景だ。
続いて水の音にも負けない笛の音が轟き始める。
ラファエル達は突然の出来事に、慌てて迎撃体制を取る。取り乱さずに攻撃してこないのは、統率が取れている証拠か。
『レッディース アーン ジェントルマン』
笛の音が終わると同時に道化師の声が高々と響き渡る。その瞬間、水の壁が消え、スポットライトに照らされ、ポージングをしたクラウンの姿が現れる。
「よし、決まったな」
「……シオン様。今のはなんなのですか?」
「何って……クラウンの登場シーンだけど? 決まっただろ」
「ティアマト様との連携と言うのは……」
「さっきの水の壁のことだけど。飛んでいる姿を見られたら恥ずかしいからな。お陰でクラウンがいきなり登場したように見えただろ?」
「笛は?」
「臨場感溢れていいだろ」
「掛け声は?」
「ショーの始まりの掛け声はやっぱりこれだろ」
「……スポットライトは?」
「あれが一番苦労したんだ。幸い光を照らす魔法を使える人がいたから、その人の魔法結晶を元にちょちょいと魔道具を作って……」
「詳しい詳細は当日まで秘密と仰ってましたが……ふざけているのですか?」
「なんでだよ! 天使にインパクトを与えつつ、話を聞いてもらえるいいアイデアだろ!」
「いやぁシオン様。こればっかりは私もふざけてると言われても仕方がないと思うよ」
「ティティまで……いいから続きを見ればこれが最良だって分かってくれるはずさ」




