第267話 道化師を弟子にしよう
任命式も無事に終わり、それぞれの島に解散する面々。
天使がいつ来るか分からないが、それぞれの島で、最終チェックや連携などを確認するつもりだろう。
俺は、さっきの任命式で紹介をされたジョーカーズ。彼らを見てピンと来たことがあった。いや、彼らじゃない。クラウンだ。クラウンなら、俺のイメージ通りのことが出来るはず。その交渉をする為、俺はファイ島へと向かった。
――――
相変わらずファイ島は辛気臭い。
別に空気が悪いわけじゃないけど、何となく薄暗い。枯れ木が多くて、コウモリが頻繁に飛んでいる。
ドルク達はどうやってこの島を開発したんだろうな? 錬金術でどうにかなるとは思えない。
俺が城へ入るとフレアに応接室に通された。今日は大人の性格のようだ。
「ではクラウン様をお呼びしますので、こちらでお待ちください」
最初に会った時の印象が酷かったけど、今は立派なメイドとしてやってるみたいだ。ただ、扉をすり抜けるのは止めて欲しい。
『なせクラウンだけなのですか!!』
しばらくすると、女性の叫びが聞こえてきた。女性の声だから、今のはマジシャンかフォーチュンかな?
俺がクラウンだけ呼び出したことで、何か勃発しているのかもしれない。
……やはり互いにライバル同士なのか? 誰か一人を四天王に任命しなかったのは正解だったかもしれない。
「ぼ、ぼ、ぼ、僕に用事があるんだって?」
数分後、若干勝ち誇った顔のクラウンが顔を出す。一体どんな攻防が繰り広げられたんだろう?
「ああ。実はクラウンに折り入って頼みたいことがあるんだ」
「あ、あ、あ、あら? わたくしでは駄目なんですの?」
「ち、ち、ち、違うよ。僕に用事だよね?」
……今度は他の人格かよ。やはりコイツは面倒くさいな。
「……俺は道化師に用事があるんだ。ややこしいから、俺と話すときは、誰か一人に統一してくれ」
話す度に人格が入れ替わったり、増えたりすると、こっちが疲れる。幸いなことに、道化師は五人の人格とちゃんと共存しているようだ。話せば分かってくれるはず。
だが、俺がそう言うと、クラウンが固まった。……どうしたんだ? もしかして怒っちゃったか?
少し待つと、クラウンの体が女性になった。ああ、脳内会議で、誰が出るか相談してたのかな。女性ってことはハーレクインだろう。
「では、わたくしが代表でお話を伺いますわ」
「あれっ? しゃべり方……」
初めの吃りがない。……それだけで随分と聞き取りやすい。ってか、普通に話せるのかよ!
「あれは、今から自分が話すと言う主張の為ですので、一人の時は、必要ない行為ですの」
ああ、五人の人格で誰が話すか、あれで判別してるのか。正直ウザかったから、こっちの方が助かる。
「実は……」
「「ちょっとシオン様! どうしてクラウンだけですの!」」
そこにフォーチュンとマジシャンがやって来る。……一体いつになったら話を進められるんだろう。
「「ちょっと待ってください!? ハーレクインになってるじゃありませんか! まさかシオン様はハーレクインが目当てで……」」
さっきまでクラウンだったのが、ハーレクインになっているもんだから、女性二人が更に騒ぐ。というか、息ピッタリだなこの二人。占い師と手品師。何となく似ているもんな。
「ふふっ、貴女方よりも、わたくしの方が魅力的……ということでしょうね」
「「なんですってぇ!?」」
「ちっがーう! 何言ってるんだよ!」
あーもぅ。なんでそこで煽るんだよ。二人が滅茶苦茶ヒートアップしてるじゃん。
「三人とも落ち着けって。俺はただクラウン――今はハーレクインだけど、道化師にやってもらいたいことがあるだけだ」
「なぜ道化師なのです! 頼みなら、私が代わりに……」
「いえ、このフォーチュンテラーにお任せください」
そこで二人が睨みあう。仲良いんじゃないのかよ。
「俺がハーレクインに頼むのは、奇抜な衣装やメイク。要するに道化師の格好が理由だけど……マジシャンとフォーチュンもこの格好になる?」
俺が必要なのは人の神経を逆なでするような道化師の格好。絶対に天使のもイラつくはず。それが出来るなら誰でもいいんだけど……。
マジシャンとフォーチュンは互いに向き合い……。
「「失礼しました」」
そう言って退出する。流石にこの格好は嫌だったのか。
「ったく。何なんだよ」
「ふふっ。あのお二人はシオン様のお役に立ちたいのですよ。あの二人だけではありません。リーパーもドクターも、きっとそう思っているはずです」
そう言いながらハーレクインは仮面を取る。……他の魔族同様、素顔はかなりの美人さんだ。白塗りメイクや仮面で分からないが、おそらく他の道化師も似たようなものだろう。
「何でだ? さっきが初対面で、挨拶しかしてないのに……」
「それは……シオン様が、わたくし達の父であるゼロ様がお認めになっている方ですから」
そっか。ゼロは始祖の第一世代からヴァンパイアにされた。同様に、彼女らは第三世代は第二世代からヴァンパイアにされたから、本当の子供じゃなくても、ゼロが親になるのか。
そしてゼロを見れば分かる。ヴァンパイアは親のことを本当に大事に思っている。
「シオン様は知らないでしょうが、昔のゼロ様は自由奔放、唯我独尊。他人なんてどうでもいい。自分だけが全て。唯一無二の存在でした」
魔王だったときの話かな? 自由奔放は分かるけど、唯我独尊はイメージにないなぁ。ましてや、ティアマトへの忠誠や、カミラ達、それに夜魔族のこともあるから、自分だけのイメージよりも、仲間思いの一面の方が強い。
「わたくし達エルダーヴァンパイアは、そんなゼロ様を父として、主人として尊敬しておりました。ゼロ様が隠居し、わたくし達に暇を出したときは、全員で悲しんだものです」
隠居してバラバラになったのは、自分たちの意思じゃなくて、ゼロが連れていかなかったんだ。部下のことちゃんと気遣ってるじゃないか。
「そのゼロ様が、力になってやりたい友人がいるから力を貸してくれと、一人一人に頭を下げて、お願いに来ました。ゼロ様なら、わざわざ会いに来ずとも、使い魔を使って呼び出せば、わたくし達は喜んで馳せ参じます。頭を下げずとも、命令していただければ、この命に代えてでもその使命を全うします」
「いや、死んじゃ駄目だろ」
「ふふっ、ゼロ様もそう仰ってました。ですが、以前のゼロ様は、子は親のために命を投げ打つものと言っておられましたのに」
確かにゼロは今でも父の意思を継いで、ティアマトを守ろうとしているし、そう考えていたのかもしれない。
「昔のゼロ様も良かったですが、今のゼロ様の方が素晴らしい主君だと、ジョーカーズ全員の総意です。ですから、ゼロ様を変えてくださったシオン様には、我々ジョーカーズは忠誠を誓います」
……俺は何もしていない。ただ一緒に遊んでいただけ。ゼロが変わったのは、ゼロ自身が望んだからだ。だけど……嬉しいな。
――――
「それで、わたくし――いえ、道化師に用事とは何でしょう?」
ようやく本題か。長かったな。
「その前に少し聞きたいんだけど、ハーレクイン達の格好は、好きでやってるの?」
「もちろんですわ。わたくし達道化師は楽しませてなんぼの世界。その為には、まずは見た目を変えることですわ」
……一体誰を楽しませていたんだろう? ゼロ? それとも同僚? もしかして人間とか?
そもそも、確かに人と違う見た目だけど……。ハーレクイン達は楽しませるってより、怖がらせるに近いと思う。道化恐怖症になりそうだ。
「まぁいいや。じゃあ楽しませるために芸をしたり、人前で話したりするのって大丈夫?」
「もちろんです。……もしかして宴会の司会とかでしょうか? でしたら喜んで務めさせていただきますが」
「いや、それはもう適任がいるんだ」
ティティがいる限り、司会の座は揺るがないだろう。というか、この天使との戦争前に、こんな風に改まって宴会の司会はお願いしないだろう。
「では何を?」
「うん、実はハーレクイン達には、案内役になってもらいたいんだ」
「案内役? それはリーパーですよ?」
「それじゃあ地獄に行っちゃうじゃないか! 誰が地獄の案内を頼んでるんだよ! そうじゃなくて、このドライ諸島の案内をお願いしたいんだ」
「ここの案内人? 誰かご招待をされますので? 別に構いませんが、わたくしはまだこの土地が不馴れでして……少し時間をいただければと」
「時間は……まぁ相手次第だけど、まだもう少しあると思う。それから、島の詳しい詳細は説明しなくていいんだ。派手に出迎えてくれればいいんだから」
「……一体どなたを案内されるつもりで?」
ハーレクインの顔には先程までの笑顔がなく、真顔になる。恐らく気づいたかな?
「うん。もう予想が付いてると思うけど、天使の案内をしてもらいたいんだ」
「……詳しくお話をお聞かせください」
やはり予想していたようで、ハーレクインに驚きはない。
「さっき結界を張ったけどさ。この島の攻略方法って分かる?」
「アルファ島からファイ島の核を外すことで、イプシロンへ入ることが許されることですか?」
「そう。英霊の封じてあるこの塔に入るためには、四つの島を攻略しなくてはならない。そしてルールの話も分かっってるよな? 四つの島を同時に攻略し、同時に核を破壊するっていう嘘ルール。このルールを天使に伝える役目、それを道化師にお願いしたいんだ」
前回の偵察隊ではティアマトとテティスが先鋒を務めた。まぁあれは迎撃の為なんだが……。
今回は天使の前で、ドライ諸島の説明をしてもらう。四つの島を同時に攻略すること。遠距離は効かないこと。他にも細かいルールは沢山ある。それを道化師にお願いしたい。
アヴァロンが船なのか飛行船なのかは分からない。でも全軍って言うくらいだから巨大なはずだ。当然戦力も前回の比じゃない。
前回は一体だけだったネームド天使は何十体といるだろうし、七大天使や教皇もいるはずだ。
「正直危険すぎる役目だ。でも、天使を分散させるには、この嘘ルールをちゃんと説明しないといけないんだ」
本来なら、偵察隊がその任務を担う筈だった。だけど、全滅させちゃったからなぁ。
せっかく万全の体制で待ち構えていても、敵が思惑通りに動いてくれないと、無駄になってしまう。
こっちの土俵に入ってもらうためのルールを相手に伝える必要があるのだ。
「……その大役をわたくしに任せると?」
「そういうこと。ある程度強い人じゃないと、単騎で敵に対することが出来ない。そして、使者として普通に行っても適当にあしらわれるだけ。いいか、ハーレクイン。いや、道化師達。お前達のショーで天使達をこちらの土俵に引きずり込んでやれ」
「……本当に。本当に、わたくしがその大役を仰せつかってもよろしいので?」
「嫌なのか?」
「とんでもありません! 新参者のわたくしに、このような大役を任せて頂けるなんて……道化師としてこれ程嬉しいことはございません。たとえこの命が尽きようとも、なんとしてもこの大役を勤めさせていただきます」
「だから死ぬのは駄目だからね。でも……うん、任せた。そのためにも……」
「まだ何かあるので?」
「ハーレクインが強くなくちゃいけない。天使が来るギリギリまで、俺がお前達をみっちり鍛えてやるから覚悟しろ」
「おおっ! シオン様直々に鍛えてくださるのですか!」
「ああ、目標は一週間で魔力値を百万まで伸ばす。それから、ショーの練習もしないとな」
「ま、魔力値をひゃくまん? そ、それ、ゼロ様よりも上では?」
「……そ、そうかもしれないな」
俺と初めて会ったときのゼロは百万いってなかった。だけど、魔力増強ドリンクのお陰で、今はもう百万を越えているはずだ。まぁハーレクインを鼓舞するためにも言わないけど。
「わたくしが父よりも強く……」
「そうだ! お前はゼロよりも強くなれ。なぁに百万なんて、このスライムですら突破してるんだ。楽勝だろ」
《ですらってなんなの!》
言葉の綾だろ。いいから黙ってろって。
「そのスライム……とんでもないスライムなのですね」
ハーレクインの顔に一筋の汗が流れる。やはり魔力百万超えのスライムは異常だよな。
「大丈夫! ハーレクインなら、余裕で抜けるさ。本当は今から……って言いたいところだけど、説明やら準備やらが必要だと思うから、明日から修行開始な」
明日また迎えに来る約束をし、俺はイプシロンへと戻ることにした。さて、俺も修行のための準備をしようっと。




