日常編 パーティー③
「それで? 俺に紹介したい人って?」
「それが……紹介ではなく、やってもらいたいことがあるのだ?」
「はぁ? やってもらいたいこと?」
いったい何をすればいいんだ?
「……料理を作ってもらいたいのだ」
「よし行こう。すぐ行こう。何を作ればいい?」
何だ。舞踏会よりもはるかに楽しそうな話じゃないか。というか、なら、最初から料理人として呼んでくれればいいのに。
「……その前に理由を聞かないのか?」
「理由? そんなの美味い飯を食いたいからだろ?」
「まぁ間違ってはいないのだが、女王陛下がな……」
「……またあの人が面倒なことを言ったのか?」
「ん……まぁな。ウチの陛下が用意した料理に……」
「まさかケチをつけたのか?」
いくら女王でも、外面はいいんだから、そんなこと言わないと思うが……。
「いや、ケチと言うか、『折角の新鮮な魚、天ぷらで食べれたらさぞ美味しかったでしょう』……と」
あちゃー。確かに王都だから、新鮮な魚は準備できているはずだ。だけど、料理となったら……以前から流通していた娯楽品と違って、ルーアンで販売し始めた調味料はここまで届いてないだろう。だから、俺達がルーアンの潮風亭で食べたような、味の薄いムニエルとかその辺りだろうな。
「もちろん王都で天ぷらは……」
「ある訳ないだろう。私ですらシオン殿と釣りをした際に初めて食したのだ」
だよなぁ。
「それで陛下が天ぷらに興味を持ち……だが、ここには作れるものがおらぬ」
晩餐会に参加しているメンバーで料理は……姉さんは無理だ。ヒカリも……こっちに来て全く料理はしてない。リュートとデューテ……うん。天ぷらなんて作ったことはないだろう。……ってことは、最近アレーナから料理を学んでいたマチルダくらいか? マチルダも一人で王族の料理となれば難しいだろうし……いや、俺も家庭料理しか作れないから難しいけど……。まぁそれでも一番マシではあるか。
「しかし、それならレンは手伝って欲しかったな。というか、何故ルーナには内緒だったんだ?」
「その……城主であるシオン殿に料理をさせることで不興を買わないかと……」
要するに怖がったッてことか。まぁ気持ちは分かるな。でも、ルーナもメイドがだし、普通に料理は出来る。あそこにいるくらいなら、喜んで手伝ってくれるだろう。
「じゃあ、問題ないから、レンとルーナにも手伝わせよう。ミサキは……別にいらないけど、文句を言うようなら連れてきて」
あそこに一人で放置したら後が怖い。
「分かった。ではルーナ殿にもお願いすることにしよう」
……なんか妙なことになったな。まぁとりあえず厨房に行ってみようかな。
――――
「うおおお! ロブスターじゃん! それに蟹。……えっ!? もしかしてこれキャビア? マジかよスゲー!!」
流石王宮の厨房、高級食材だらけだ。
俺はレムオンに連れられて、厨房にやって来た。秘匿性が高いので、少しの間、王宮の料理人には、退出してもらっている。
しかし、普段扱わない食材ばかりだから、どうやって料理していいか、検討がつかないな。
それに、王の目当ては天ぷらだろ? となると、どれも微妙だな。
魚の方は、確かに塩漬けじゃない新鮮な魚もある。恐らく持ってくるのが大変だっただろうな。
生け簀みたいなものがあるのかな?
「……っと、これってもしかして牡蠣?」
そんなものまであるんだ。
「ねえレムオンさん。この牡蠣って普段はどうやって食べるの?」
「うん? それか……主に煮込み料理やパイ料理。あとは……そのまま食べることもある」
「えっ!? 生で食べるの? 魚は食べないのに?」
確かに生ガキは美味しいけど……。
「……そうだ。だが、この中で生で食べるのはそれだけだな」
「……お腹壊したりしないの?」
牡蠣って言ったら、最も食中毒になりやすい食材じゃん。
「別に何ともないが?」
……地球と違うのかな? それとも鮮度の問題とか? 分からないけど、牡蠣があるなら……。
「シオン様。お待たせいたしました」
「はぅぅ。何すればいいの?」
「ウチも味見なら任しとき!」
ドレス姿から、料理しやすい服装に着替えてきた三人。……約一名役立たずがいるけど。
「よし、せっかくだから、天ぷら以外も作ろう。食べなかったら、俺達が食べればいいだけだしな」
これだけの高級食材。シクトリーナでもお目にかかれないものだらけなんだから、この機会を逃したくはない。
「まずは、この蟹とロブスター。グラタンにしようと思うから、ルーナはホワイトソースを作ってくれ。次はメインの天ぷらの準備をするから、レンは天ぷら用の魚を捌いてくれ。ミサキは邪魔にならないように、貴族の男どもとダンスをしていてくれ」
「畏まりました」
「はう!」
「よっしゃ! 任せと……なんでや!」
……やっぱりミサキはおいしいキャラだよな。
「味見役はいらん!」
「そんなん冗談やんかー。ウチかて皿を並べるくらいは出来るで」
……そんなんで、居座られても迷惑なんだが。
「まあいい。じゃあミサキは見つからないようにシクトリーナから調理器具や調味料を持って来てくれ」
俺が携帯用に持っている調味料だけじゃ足らないだろう。
「か弱い女の子に荷物運びをさせるんか?」
「嫌なら舞踏会に戻っても……」
「任しとき! ちゃんと見つからんように持ってくるで!」
……チョロすぎる。
「それで? シオン様は何を作られるおつもりですか?」
「俺は牡蠣を使って色々とな」
せっかくの牡蠣だ。これを使った料理を作りたい。
――――
料理を作り終わった俺達は、晩餐会が終わるまで、このまま厨房に隠れていることにした。
多めに料理は作ったので、戻ってきた城の料理人にまかない的に振舞いながら料理談義を繰り広げた。
中でも俺の作った牡蠣のアヒージョは好評で、是非作り方をと懇願された。出来立てはパンを浸して食べると最高だし、残ったオイルでパスタも作れて二度美味しい。まぁ王族が残ったオイルを……ってのは貧乏くさい気がするから、しないかもしれないが。
「牡蠣以外にも、ロブスターじゃなく小さな海老や、きのこ。鶏肉なんかも美味しいぞ。それから、ブロッコリーなんかも一緒に入れるといいかもしれない」
「なるほど……ブロッコリーは青臭くて合わないと思いますが?」
「それは美味しいブロッコリーに出会ってないだけですよ。野菜は育て方や土で美味しさが全然違いますからね。バルデス商会で種と土、育て方の方法を販売しておりますので、購入して育ててみれば、甘みのあるブロッコリーが育ちますよ」
「育て方ねぇ。今まで何も考えずに仕入れていたが、美味しいものを作るためには、ちゃんと吟味しないと駄目かね?」
「もちろんです。まずは信用できる専属の農家と契約するところから始めては如何ですか?」
「ふむ……その為には、まず種と土を手に入れなくては……用立ててくれるか?」
「それはこちらにいるお嬢様方と交渉していただければ」
後は俺の出番はない。ミサキとレンに任せればいい。
「……シオン様。先ほどと違い、生き生きしておりますね」
「そりゃあ舞踏会よりも料理の話の方が全然面白いもんな」
「シオン様は本当に料理がお好きなんですね」
「そりゃあね。……でも、社交界もちゃんと覚えないといけないのは分かってるよ」
「ふふっ。今回のでわたくしも少し堪えました。シクトリーナはシクトリーナらしく致しましょう」
「……そうだな」
俺達らしい社交界か。それも良いかもしれないな。
――――
「シオン殿……陛下がお呼びだ。一緒に来てくれぬか?」
「何でだよ! もう終わったんじゃないのかよ!」
時間的にはもうお開きになっていてもおかしくないぞ。
「パーティーは無事に終了した。陛下も料理は喜んでいたようだし、別に文句があるわけではないのだ。むしろ感謝を述べたいのではないかと思うのだが」
ああ。シェフを呼べってやつか。俺名指しじゃないんだな。
「じゃあ俺じゃなくても……」
料理を作ったのはレンやルーナも一緒だ。そうだ! レンに行かせれば……。
「よし! レン頑張れ!」
「はぅあ!? 何でわたし?」
「どうせさっきみたいに、後でバルデス商会として話を聞くことになるんだから、ついででいいじゃないか」
「はぅぅ……じゃあミサキちゃんでもいいよね。どうせ役に立ってなかったし。それくらいしなくちゃ」
「レン!? ちょっとひどない? ウチかてちゃんと働いたで!」
……レンのやつ。自分が行きたくないからって……随分と言うようになったな。
「それが、シオン殿名指しでな……」
……それ、本当に感謝の呼び出しか? もっと別の話の気がする。
「仕方がないな。ちょっとだけだからな」
俺はレムオンと一緒に王のもとに行くことにした。




