日常編 死の呪い
「シオン様! あんまりではないですか! なぜ……何故わたくしをお呼びになってくれませんでしたの!」
「い、いや。落ち着けって。呼ぶとか呼ばないは……ティアマトに言ってくれ」
今日は先日お願いした玉手箱を引き取りに、ティアマトと第一竜宮城にやって来たんだが……着いた瞬間、テティスに責められることになった。
確かにあの時テティスはいなかったけど……俺は単純に忙しいからいないと思っていた。だが、実際には誘われていなかったんだな。
「ティアマト姉さま! どういうことですの!」
「どうもこうも……シオン様は妾の歓待に来てくださいましたのだから、妾がもてなすのは当然のことでしょう」
「それでも、一言くらい声をかけてくだされば、わたくしもすぐにそちらに参りましたのに……」
「だって……貴女に自慢したかったのだもん」
「お姉さま!?」
テティスが驚く。俺だってそうだ。まさかそんな子供っぽい理由で誘わなかったのか。
「ああ、あの時のシオン様。本当に楽しそうにしておられましたわ」
「キー!! お姉さま! 大人げないですわよ!」
本当にそうだ。ったく、普段はメチャクチャ仲がいいのに……まぁ喧嘩するほど仲がいいって言うから、これも仲がいい証拠なのかもしれないな。
「シオン様。今度は是非ともわたくしの方へ……もちろんお姉さま抜きで!!」
「駄目に決まってます。シオン様は妾との方が楽しいに決まってます」
……ただし、俺を巻き込むのだけは止めてくれ。
「二人とも落ち着いて。それがさ。この間の歓待を、この駄目スライムがチクリやがってさ。竜宮城の接待はNGになっちゃった」
俺は二人を宥めながら説明した。せっかく楽しかったのに……城に帰ったら、スーラが真っ先にルーナとラミリアの二人に報告。問答無用で正座コースだ。
ルーナはこの間、俺を信じて怒らないって言ったばかりなのに、キャバクラみたいな女遊びは別ですって……はぁ。
《ちょっと!? 誰が駄目スライムなの!!》
「お前だこの駄ライムが!」
《駄ライム!? ムキー!! 今日こそはもう許さないの!》
「おお? やるか? 俺だって毎回毎回やられっ放しじゃないぞ」
《いいの。覚悟するの!》
「「あ、あの……その辺で……」」
俺とスーラが喧嘩を始めたので、言い争いをしていたテティスとティアマトが仲裁に入る。
俺達にとっちゃあ日常茶飯事なんだが……俺とスーラも二人と似たようなものだったな。
――――
ちょっとした言い争いがあったが、無事に【死の呪い】が封じられている玉手箱を貰うことが出来た。
ティアマトによると、中には一人を殺す程度の呪いしか入ってないようだが……。
一応、万が一を考えて、誰にも迷惑が掛からないように、絶対立ち入り禁止にした状態のアインス砂漠で試すことにした。
「スーラも離れていた方がいいんじゃないか?」
《何言ってるの! ちゃんと役に立って、駄ライムの汚名を返上するの!》
さっきのまだ気にしてるのかよ。
「もぅ……悪かったって。別にスーラは駄目なスライムじゃないからさ。だから……本当に危ないかもしれないから、離れててくれよ」
《危ないなら、尚更離れないの! だって私は相棒なんだから》
「……ったく。本当に知らないからな」
相棒か……本当に心強いな。
《まぁ本当はシオンちゃんが頼りないから私が頑張るしかないの》
……前言撤回。やっぱり駄ライムで十分だ。
――――
「よし、じゃあ開けるぞ」
玉手箱に鍵は掛かってないが、はずみで落としたり、破壊しようとしても、絶対に開かないようになっている。
開ける方法はただひとつ。開けようとする意思を持って箱を開けるだけ。開けようと思わない限りは、絶対に開かない。
ゴクンと息を飲んで、玉手箱の箱に手を当てる。
俺が『開ける!』と確固たる意思を持つと、箱はすんなりと開いた。
「うわっ!?」
開いた瞬間、中から白いガスが吹き出した。これが【死の呪い】か!?
俺はモロにガスを浴びることになった。触れてみて分かった。このガスは本当にヤバイ! 俺は咄嗟にスーラを掴み投げ飛ばす。
《シオンちゃん!!》
「大丈夫だ! ゴホッ。それよりもスーラは早く俺の魔力を確認してくれ!」
叫んだことで、ガスを思いっきり吸い込んでしまう!
スーラを投げたのはスーラを蔑ろにしたり、助けるためではない。俺を客観的に観測して欲しかったからだ。ガスに触れた瞬間、急激に力が抜ける感覚があった。吸い込んでからはさらに顕著だ。
これ……単純な死よりも、もっと別の何かなのかもしれない。
……時間にして、恐らく一分位だろうが、随分と長い時間が経過した気がした。
辺りや体内から【死の呪い】が無くなった。
「……何とか生きてるな」
ティアマトめ。何が多少魔力があればレジスト出来るだ。確かにレジスト出来たけど、かなり危険だったぞ。
《シオンちゃん!! 無茶すぎるの!》
スーラが怒りながら近づいてくる。
「すまんすまん。だけど……観測できたなら、理由は分かるだろう?」
《シオンちゃん。一瞬だけ、紫の属性が薄くなってたの。それから、魔力もどんどん減ってたの》
「やはりか……」
《何か分かったの?》
「この【死の呪い】は、アズラエルのように、相手を殺す呪いじゃない。相手の属性を無くす呪いだ。生き物は誰だって属性を持っている。その属性を……魔力を全て失わせる。恐らく属性と魔力を全て失ったら……」
《私達魔物は、属性と魔力が無くなったら、存在そのものが無くなっちゃうの》
「魔物だけじゃなく、人間や植物もだ。魔石を持ってなくても、どれだけ低くても、魔力は必ずある。それがなくなれば、存在が無くなるさ」
俺はケータイを取り出し、ティアマトに連絡する。ティアマトとテティスにはちゃんとケータイを渡しているから、気づけば取ってくれるはず。
『……これで良いのでしょうか? もしもーし。繋がってますか?』
慣れてないのが丸わかりだな。にしても、もしもしはどこでも共通か。
「ティアマトか? 俺だ。シオンだ」
『まぁ!? シオン様ですか。妾に連絡していただけるとは、本当に嬉しいですわ』
「ごめん。大事な話なんだ。玉手箱……【死の呪い】の件について聞きたいことがある」
『……何でしょう?』
声から、ティアマトの空気が変わったのを感じとる。多分俺が玉手箱を開けたのに気づいたんだろう。
「前回聞き忘れたんだけど……【死の呪い】を受けた人はどうやって死んだんだ? あと、植物や建物なども……」
俺がこっちに来た当初に、ルーナから聞いた言い伝えでは、死のガスが蔓延し、草木は枯れ、死の大地となったと聞いた。
それを聞いたときに、俺は氷河期を思い浮かべた。火山灰のようなもので覆われて、太陽が差し込まず、草木は枯れて……。
死のガスにしても、火山ガスのような有毒ガスを想像していた。だけど……。
『【死の呪い】で死んだものは、死体も残らず、塵となり消えてなくなりました。建物や植物も同様です。そこには何一つ残されていません』
やっぱりそうか。
「もうひとつ。死体は消えたと言ってたけど、生きている状態で体が消え始めたり、魔法が使えなくなったりしたか?」
『……私が知る限り、生きた状態で体が消えたというのは知りません。全て死んだ後でした。あと、魔法ですが、大技が使えなくなることはありましたが、魔法自体は使えました。ただ威力は低くなってましたが』
「方舟で脱出した中に【死の呪い】を受けて生きていた人物はいたか? あと、【死の呪い】を受けた人物はどれくらい耐えることが出来たか?」
『シオン様。もしかして、何か分かったのですか?』
「分かるかもしれないから聞いているんだ」
『失礼しました。方舟の中には【死の呪い】に触ったものはいませんでした。【死の呪い】に一瞬だけ触れたものは、特に何事もなく生き続けておりました。ですから、玉手箱の中の量なら、特に死ぬことはないと判断しました』
そういうことか。
『ですが、十分以上【死の呪い】の中で生き続けれたものはいないと思います。また、体内に取り込んだ場合は数分と持たずに死んでいました』
俺は思いっきり吸い込んだから、下手したらヤバかったかもな。
「出来れば吸い込まないように、念押ししてほしかったな」
『もしかして吸い込んだのですか!? 何て無茶を……取り扱いには注意してくださいと、申しあげたではないですか!』
「あっ、あれ。そういう意味だったの? てっきり俺は俺以外の誰かを巻き込まないように……って意味だと思ってた」
『それは気をつける以前に当たり前のことです! それでっ! シオン様は大丈夫なのですか?』
「若干死にかけたけど、大丈夫だ」
『死に!? ああ……妾のせいでシオン様が死ぬことになったら、なんとお詫びをすれば良いのか……こうなったらもう妾は腹を斬るしか……』
「大げさだ! 一応生きてるし、ティアマトが気にする必要はない。それよりも色々と教えてくれて助かった。また何か分からないことがあったら連絡する」
『ちょっとシオン様お待ちくだ』
多分また謝罪とかうるさそうだから、俺はさっさとケータイを切る。そして、着信が来ないように、電源を落としておく。
「さて、随分と状況が理解できたな」
というか、前回ちゃんと聞いておけば、良かっただけだけどな。
《女の子相手に浮かれてるのがいけないの》
またそんなこと言う。だって楽しかったんだもん。それに、お酒も飲んでたしね。思考が鈍っててもおかしくないな。うん。
「とりあえずまとめるぞ。【死の呪い】は正式には『殺す』ではなく、属性を『奪う』だ。魔力の源である属性が無くなれば、魔力も魔法も使えなくなる」
《属性が無くなったら生きれないの》
「そういうこと。どんな生き物にも、物体にだって、属性はある。たとえ魔法を知らない人間でもだ」
俺たち地球人だって属性は持ってた。魔法が使えない浦島太郎だって属性は持ってる。
だから浦島が玉手箱を開けたら、属性が奪われ、死ぬことになった。白い煙が出て、体が消滅したら、じいさんになって死んだと解釈されてもおかしくはない。
「スーラ。さっき俺の色が一瞬だけ薄くなったと言ったな? あと魔力も減ったと。今はどうだ?」
《さっきよりは戻ってるけど、元よりは薄い気がするの。あと魔力は三十万くらい減ってるの》
「結構減ってるな。俺的にはもう平常だから、属性が戻ってないとすると、もう色は薄いままかな。で、薄くなった分、総魔力も減ったんだろう」
《ヒカリちゃんの魔力回復ポーションを飲んでみるの!》
「そうだな。一時的なのかもしれないし、一応飲んでみるか」
俺はダメ元でポーションを飲んでみた。
「……どうだ?」
《……さっきより魔力は上がったけど、属性は変わらないの》
「やっぱりそうだよな」
それに魔力が上がったのも、満タンになっただけ。俺は常に魔力は八割程度にしているから、その分が回復しただけ。総魔力量は減ったままだろう。
くそっまた鍛え直さなくちゃな。……まぁ一ヶ月くらい魔力増強ドリンクをメインで飲めば、すぐに取り戻せるだろう。
《一応エリクサーも飲んでみるの!》
「いや、エリクサーはケガを治すのであって、魔力は回復しないぞ」
《でも、多少の病気や呪いも治せるの》
「【死の呪い】も治せるってか? まぁ試すのは問題ないけど……」
俺はエリクサーを飲んでみた。…………おおお?
「ス、スーラ! どうなった!?」
《すごいのシオンちゃん! 魔力は変わってないけど、属性の色は元に戻ってるの!!》
「だよな! 俺もなんか力が戻った気がするもん」
さっきまで総魔力が満タンだったイメージが、まだ余裕があるように感じる。心持ち強くなった気もするのは属性の色が戻ったからか。……マジか。エリクサー最強だな。
《ほら! 私の言った通りなの!》
「ああ、流石スーラだ」
まぁエリクサーはどうせ近いうちに飲むこともあるだろうから、その時に気がつく……もしかすると、今は減ったばかりだから有効で、時間が経てば無効になる可能性もあるな。
……でも、時間を置いて試す勇気はないなぁ。
にしても、エリクサーが最強なのは間違いないわけだ。流石は世界樹。ロストカラーズ時代からの……待て待て待て。
世界樹は【死の呪い】も治せる?
レンは何て言ってた? 確か、世界樹はロストカラーズ時代はユグドラシルと呼ばれた大樹で……ロストカラーズが住めなくなったから方舟で移住した。
方舟では乗せることが出来ないので、自らをいくつかの種にして……。
住めなくなったのは【死の呪い】のせい。でも、ユグドラシルなら治せたんじゃないのか?
いや、ガスそのものをどうにかしないと意味がないのか。
いや、考えるのはそこじゃない。何故種になってまで持ってくる必要があったのか。長老の意思で箱舟に乗り込んだとは考えにくい。これが【死の呪い】の特効薬だと知っていて、持ち込んだんだ。
もっと言うと、【死の呪い】とユグドラシルは何か関係があるんじゃないか?
「……長老の所に行って確かめてみるか」
以前俺がロストカラーズのことを聞こうとした際、長老からはまだ時期尚早と断られた。
そして俺に大変なことが起きると、意味深なことも言っていた。そして力を蓄えろとも。
力を蓄える必要がったのは【死の呪い】をある程度、レジスト出来るようになる為じゃないか? あの時の俺なら、今ので死んでいたかもしれない。なら、今なら話してくれるんじゃないか?
すべての鍵は長老が握っているに違いない。俺は迷いの森の長老に会いに行くことにした。




