日常編 滅亡の謎
「では、シオン様がロストカラーズと呼んでいる大陸について……妾が知ってることをお話ししましょう」
「そういえば、ロストカラーズって名前は、この大陸に来てから出来た名前だったな。元々の名前は何て言うんだ?」
「あの大陸に、決められた名前はありませんでした」
「大陸に名前がない?」
そんなことありえるのか?
「あの大陸は一つの大陸のみで完結しておりました。ですので、名前が必要なかったのです」
なるほど。一つしかないと、名前は必要ないのか。日本だって、外国と交流するときに日本の名前は使うけど、日本内だけで完結するんなら、県名や都市名だけで十分だもんな。
このカラーズ大陸だって、ロストカラーズと区別するとき以外にカラーズって、わざわざ言うことがない。だからこそ、ロストカラーズって名前が浸透したのか。そして、天使がその名前を嫌っている理由も、その名前が正式ではないからだろう。
「もちろん、大陸内には国名や地名はありました。『アトランティス』や『ムー』。『アガルタ』に『ヴァルハラ』などが有名でしたね」
……そりゃあ有名そうだ。名前だけでワクワクしてくる。というか、ロストカラーズって神話の総本山って感じだよな。
「ティアマトはどこに住んでいたんだ?」
「妾は……まぁ転々としてましたね。最終的には海に帰りましたが」
ティアマトは少し言いにくそうだ。あまり聞かれたくない話題なのかな?
うーん。多分色々とあっただろうから、あまり根掘り葉掘り聞くのも悪いな。俺は口を挟むのを止め、ティアマトの話を黙って聞くことにした。
――――
ティアマトの話は、正直俺にはかなり難しかった。多分神話に詳しいトオルならもっと理解できたんだろうが……。
とりあえず俺が理解できたことは、ロストカラーズには国みたいにいくつかの勢力があった。それが各神話に分かれている。
簡単に言うと、ロストカラーズで、北欧神話国やギリシャ神話国、バビロニア神話国みたいに分かれている感じかな?
その中で、当時天使達は空――雲の上の天上界に住んでいて、地上に土地を持たなかった。
雲の上に住むとか、想像もつかないな。
天使は下に住むものを自分達よりも地位が低いと下に見ていた。
トールも天使達はいけ好かないと言ってたけど、まぁそんな風に思われていたのなら、仕方がないと思う。
ただ、空から見る地上は、皆楽しそうに暮らしていた。空には雲だけ。何もないのに、自分達よりも地位が低い者たちの方が楽しそうなのが天使達には許せなかった。
そこで天使達は、地上を手に入れることにした。天使が目を付けたのは、ロストカラーズの中でも最も美しいエデンと呼ばれる国。ただし、そこには別の種族が住んでいた。
天使はエデンに住んでいた種族を【禁断の果実】を用いて追い出すことにした。
【禁断の果実】――口にすると、自分の体内に眠っている欲望を増幅する果実。
エデンにいた種族は、【禁断の果実】を食べることにより、欲望を持つようになった。その欲望を満たすために、自主的にエデンから出ていった。
エデンを飛び出した種族は【禁断の果実】を各国に広めた。
【禁断の果実】を食べた者は次々と欲望を解放した。
ある者は財宝や武器を求める物欲を。別の者は異性を求める色欲を。単純に暴れたいだけの破壊欲求。他にも食欲など……欲望を満たすために、家族や仲間、国から全てを奪おうとした。
そして、奪われたものが【禁断の果実】を口にして、怒りや嫉妬欲を解放。その流れは国内だけに止まらず、大陸全土を巻き込んだ大戦争となった。
俺は以前トールの身内関係がドロドロしすぎているって思ったが、それも【禁断の果実】のせいのようだ。
大陸全土を巻き込んだ戦争は、突然発生した――後に【死の呪い】と呼ばれる死を撒き散らすガスの発生とともに終わりを告げた。
【死の呪い】がなぜ発生したか、それは分からない。戦争中に誰かが発動させた魔法なのか、それとも戦争のダメージにより、本当に大陸が死んだのか。今となっては全てが謎のまま。
ただひとつ確かなことは、この大陸に居続けたら全滅する。そこで【禁断の果実】を口にしなかった正常な者は戦争を止め、国関係なく、方舟に乗り、大陸から出ていくことにした。
【禁断の果実】を口にした者は、正常な判断は出来ず、【死の呪い】発生後も争い続けた。
仕方がないから、見捨てて行くことにした。願わくば、正気を取り戻して、別の方法で逃げてくれるのを願って……。
――――
「ですが結局、方舟を追いかけてきた者はいませんでした」
「……話を聞く限りじゃ、全て天使が悪いじゃないか」
地上に住む者を見下していたくせに、羨んで奪い取る。それが原因で戦争が……って。
しかも、今はカラーズまで巻き込んで似たようなことをしている。全く懲りていない。
「当時の連中は、よく天使を許したな」
「えっ? 許してませんよ」
「でも、一緒に方舟に乗ってきたんだろ?」
ここに天使がいるってことはそういうことだよな?
「とんでもない。天使のせいで、家族と戦うことになり、国が滅びたのですよ。方舟に乗せるわけないじゃないですか」
「……じゃあ何で天使は今ここにいるの?」
「当時、天使はエデンを手に入れましたが、大陸が戦争になると、地上はやはり野蛮だと言って、さっさと空に戻っていきました」
「いや、野蛮て……。自分達がけしかけたんだろ」
「そんなの天使には関係ないんでしょうね。ですが、天使が住む空はロストカラーズの上。そこにも【死の呪い】が届きそうでした。そこで天使達は、【死の呪い】が届かないように、ロストカラーズ全体に、強力な結界を張りました。【死の呪い】が外へと漏れないように……」
「ロストカラーズの結界は、天使達が張ったのか」
「ですから、方舟に乗り遅れた者や、【禁断の果実】を口にした者は、ロストカラーズを脱出できず、追いかけてこれなかったのです」
「おいおい、保身のために他全てを切り捨てたのか。マジで最悪じゃないか」
「ええ。……ですが、それでも結界から抜け出して、外に出ることが出来た者もいたはずです。少しでも別の大陸にたどり着いたと、妾は信じております」
天使もその可能性を考えているから、ファントムの存在を否定しきれないんだな。
「でも、じゃあどうして天使は今ここにいるわけ?」
「実は、天使のいた天上界はロストカラーズの魔力で存在していたのです。ですが、結界を張ったことにより、魔力が途絶えて……」
「落ちたのか?」
「いえ、生き物だけ残して消えてしまいました。ロストカラーズの結界を解けば、また現れるのでしょうが……」
そっか。雲だから落ちるとかじゃなく、消えちゃったのか。ロストカラーズの魔力が復活すれば、雲も復活することになるのかな?
「でも、結界を解くと【死の呪い】が飛び出してくると」
「そういうことです。居場所がなくなった天使は、仕方なく、方舟を追いかけることにしました。そして、方舟に遅れること数ヵ月。天使もカラーズ大陸へとやって来たのです」
「何で追いかけてきたんだ? 別の大陸に行けばよかったじゃん。というか、そもそも追いかけられるの?」
数ヵ月遅れってことは、方舟の行方なんて分からないんじゃないのか?
「恐らく闇雲に大陸を探すよりも、方舟を追いかけてきた方が、助かる確率はあると考えたのではないでしょうか? 方舟に乗っている者の魔力を感知することは可能でしたでしょうから」
そっか、方舟には大物ばかりが乗ってるんだから、魔力も強大。知った者が乗っていれば、魔力を感知できる天使がいてもおかしくないか。
「それと復讐の意味もあったのかもしれません。事実、カラーズにたどり着いた天使と戦いになりましたからね」
下等な生き物の所為で住む場所を失った復讐か?
「復讐って……むしろこっちがしたいくらいじゃないのか」
「そうですね。天使を倒そうとする者。もう戦いは嫌だと戦場から離脱する者。そこでも大勢の命がなくなりました。その結果、天使の敗北で戦争は終結しました」
「天使が負けたのか……」
「天使はカラーズにたどり着くまでの移動で、すでに満身創痍でしたから」
こっちは既に数ヶ月経ってるから、鋭気は十分ってことか。
「その戦争で敗北した天使がどうなったか。それは分かりませんが、今の状況を考えると、恐らく白の国がある場所でひっそりと生き延びたのでしょうね」
もしくは霊になって復活したかかな。
「当時はまだ人間の国はありませんでした。恐らく白の国は天使が作ったのではないでしょうか」
そりゃあ数万年前の話だからな。人間の国が無いのも分かる。それに、今の白の国の状況を考えると、天使が作ったのも頷ける。
「妾はその戦争時に、七大天使の一体を玉手箱に封じることに成功しました」
「その……玉手箱はそもそも何なんだ?」
「ロストカラーズ時代に作られた封印の箱です。強力な魔力も遮断することが出来る……一種の結界のような魔道具です」
「別に霊を封じ込める箱ではないんだな?」
「魂は魔力の塊みたいなものですからね。封じるにはちょうどよかったのです。それで、浦島の話に戻るのですが……」
「……そういえばそうだったな。すっかり忘れてたよ」
「彼の玉手箱には……【死の呪い】が封じ込められてました」
「なっ!?」
俺は驚きすぎて、思わず立ち上がる。玉手箱の中に【死の呪い】が入ってた?
「恐らく玉手箱を開けると、白いガスが噴出したでしょうね。それを吸い込んだのなら、死んで当然です。……おじいさんになった理由は分かりません」
「まぁただのおとぎ話だから、じいさんになったとかはどうでもいいけど……」
でも、時代が飛んで、玉手箱と白い煙までは事実だったってことだ。竜宮城の話も溺れていたことを隠したかった浦島が見栄を張ったなら、かなり忠実に話は作られたのかもしれないな。だが……。
「……何で玉手箱の中に【死の呪い】が入ってるんだ?」
「もちろん研究するためです。【死の呪い】が解明できれば、帰ることが出来るかもしれないですからね。当時は、皆が帰ることを夢見てましたから。でも、天使との戦争でそれどころじゃなくなって、結局封じ込められたままなんですが」
「研究って……ここで開封しても【死の呪い】は蔓延しないのか?」
「ロストカラーズでは、大陸中から常に発生していたから、誰も抗えなかったですが、そもそも、ガス単体では増えることができません。ですので、玉手箱の中に入っている程度では、一人を殺すのが精一杯ですよ。魔力やレジスト能力が高い人なら影響を受けないんじゃないでしょうか」
【死の呪い】単体ではすぐに消えてしまうのか。
「なぁ……浦島の玉手箱以外に、【死の呪い】の入った玉手箱はあるのか?」
「ええ、まだ何個かございます。……必要ですか?」
「ああ。色々と調べてみたい」
「シオン様なら問題はないかと思われますが、くれぐれも他の方には触れさせては駄目です」
「ああ、気をつけるよ」
「では帰りに……いえ、考えたら玉手箱は第一竜宮城の方でした。後日お渡ししますので、今日はもう辛気くさい話は抜きにして、楽しみましょう」
「そうだな折角だし、もっと楽しく飲むことにしようか!」
ある程度話は聞いたし、せっかくなんだから、楽しまないと損だ。
《…………》
何も言わないスーラを若干不気味に感じつつも、俺は綺麗なお姉ちゃん達と朝まで飲み続けた。




