日常編 女王の休暇①
レムオンの依頼で、青の国のパーティーに無理矢理参加させられることになり、若干憂鬱な気分で城に帰った。
「ヒカリさん。お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「ゼスト君も元気そうだね。背も少し伸びたかな?」
「ええ、ヒカリさんに似合う男になるために、毎日戦士長に稽古をつけてもらってます。もちろん勉強の方も怠っていません」
「そうなんだ。頑張ってるんだね、よしよし」
「……ちょっとヒカリさん! もう僕はそんなに子供じゃないですよ!」
「そう? ごめんね」
「兄様。それを言うなら、もう少し早く手を振りほどかなくては……堪能してから言っても説得力がないですよ」
「あははっ、そうだよねー。カナリアちゃんも元気してた?」
「ええ、ご無沙汰しております。お陰さまで、この通り元気に過ごしております」
「カナリアちゃんは相変わらず、大人びてるね。ゼスト君の妹とは思えないよ」
「ちょっ!? ヒカリさん! それどういうことです!?」
「ええ、兄様の分までわたくしがしっかりしませんと」
「カナリアまで!?」
「「あははははっ」」
俺は思わずその場で崩れ落ちそうになった。いくらなんでも不意打ち過ぎるだろ。
「ちょっと!! 何でいるの?」
城にはヒカリと話していたゼスト王子とカナリア王女以外にも、シトロン女王と、侍女のマチルダまでいた。
「あら、シオン様。ご機嫌麗しゅう。いえ、ひょんなことから、二ヶ月ほど休暇を頂きまして……」
「それ休暇じゃなくて、移動の時間でしょ!」
しかも、一ヶ月じゃなくて、二ヶ月って言った。この女王。ちゃっかり帰りの時間まで計算に入れてやがる。
「あら? もう存じておりましたの?」
「たった今、レムオンからパーティーの話を聞いた。一ヶ月後に青の国でパーティーがあるんだってな」
「ええ、そうなんです。ですので、私達は本日、青の国の王都へ向けて、出発いたしましたの」
「出発してないじゃん!」
「だって、移動の時間が勿体ないではございませんか。その時間を有効活用しなくては……」
「有効活用って……休暇言うたやん」
「あら、休暇と言いましても、ちゃんと二人は学校に通わせますし、私もこの城や町を、しっかりと視察させていただきますわ」
……学校はともかく、女王は絶対ただの観光だよね!
「……ここに来たのは四人だけ?」
「もちろんですわ。ここのことを知っているのは、私達だけですのよ」
「おかしいよね!? 何で他国の王に会いに行くのに、お供が侍女のマチルダだけなの!? 普通護衛やらお偉いさんがわんさかいるはずでしょ! えっ? まさかお忍びなの?」
「いえ、流石に二ヶ月も留守にするので、お忍びではバレてしまいますよ」
だよなぁ。
「ですが、人数を伴っての移動ですと、到底一ヶ月ではたどり着けません。ですから、部隊を分けて行動することにしました。他のパーティー参加者と護衛はそちらで移動予定です」
「分け方が不自然! 何で護衛対象と護衛が分かれるの! 女王の護衛は一番大事じゃないの?」
確かに人数が多くなると、それだけ移動に時間が掛かるのは分かる。だから、二つか三つの部隊で別々に行動した方がいいのは分かる。でも、女王にはせめて将軍とか強い人物が護衛につくべきでは?
「ええ、ですから私の護衛は、私の国で一番の強者にお願い致しました」
「……ちなみに誰?」
まさか俺達のことじゃないよね? というか俺達なら納得するはずがない。
「我が国で一番強い者はリュート様とデューテ様に決まってるではありませんか」
……Sランク冒険者で絶大な人気を誇る二人。確かに二人が護衛すると言えば、将軍よりも安心かもしれない。
「……二人は?」
「さっきまでここにいらしてましたよ。シオン様に見つかるとうるさいと申して、すぐに帰りましたが」
あの二人……俺のことをなんだと思ってるんだ? ということは少なくとも二人は……いや、ここにいる全員。今回のパーティーのことを知ってたってこと?
俺はチラリとヒカリを見る。ヒカリが慌てて視線を逸らす。やっぱり知ってたな。
「でもさ、確かに二人が強いのは分かるけど、でも部外者でしょ? よく許しが出たね」
いくら女王が強くても、冒険者の二人だけに護衛を任せるとは到底思えないんだけど……。
「ええ、説得が大変でしたよ。最終的には時間が足りないことと、キャンピングカーは七人しか乗れませんと言って、突っぱねましたが」
移動はキャンピングカーなのかよ。しかも、時間が足りないからって……日時を決めたのは女王だよね? 強行スケジュールにしたのは部隊を分けるため。完全に計画通りじゃないか。
「その……普通は王族専用のさ、立派な馬車や竜車で移動するんじゃないの?」
「ええ、アズラットもそう言っておりましたわ」
「アズラット?」
聞き覚えのない名前だ。
「アルヴィスの代わりに新しく宰相になった者です。優秀なのですが、口喧しいのだけはどうにかして欲しいものです。今回のパーティーは彼の紹介も兼ねているのです。今頃、その豪華な竜車で移動しているのではないですか?」
女王はクスクスと笑う。
裏切り者で行方不明になった宰相のアルヴィス。多分ガブリエルに始末されているだろうが……。新しい宰相がいるんだ。そりゃそうだよな。
しかし……この女王には少し位口うるさい人がついてないと駄目な気がする。アズラット……会ったことはないけど、苦労してそうだな。
「アズラットがあまりにうるさいので、キャンピングカーを見せ、この車よりも速く走り、長時間乗っても、お尻が痛くならず、何時でも温かいティーを飲め、シャワーを使用することが出来る。その上で、夜も足を伸ばして寝れる馬車を用意すれば乗ってあげると言ったら諦めましたわ」
ひどい……そんなのもう一台キャンピングカーを用意しろって言っているようなものだ。
アズラット……本当に可哀想になってきた。
「ん? 今七人って言った? あと一人は?」
女王親子とマチルダで四人。リュートとデューテで六人。あと一人……それこそアズラットになるんじゃないの?
「もちろん私に決まってるじゃない!」
「ね、姉さん?」
そこにドヤ顔でメイド服を着た姉さんが現れる。……もしかして、隠れて出待ちしてたのか?
「いや、姉さんはもうメイドじゃないでしょ!」
「あら、私はサクラ様のような優秀な侍女を辞めさせたりはしておりませんよ。マチルダが戻ってきたので、私の側付き侍女からは離れましたが、非常時の護衛メイドとしてやっていただくことになっておりましたの」
「……は?」
そんなのアリなの?
「まぁ今回が初仕事だけどね」
「仕事って……要は口裏合わせだけでしょ! 本当にいいの? またメイド間で変な軋轢を生むんじゃないの?」
「今回は大丈夫よ! 前回はただの侍女だっけど、今回は護衛メイドだしね。一応護衛が出来るテストとして、将軍も倒したし。それ見たら、お局さんも逃げ出しちゃったわ」
確かお局さんって、以前姉さんを虐めてた人だよな。国の将軍を倒した相手を虐めてたんだから、そりゃあ逃げ出すよ。
「あの人は仕事は出来たのですが、我が強くて……今は降格して、兵士宿舎の寮長になっております」
あちゃー。左遷されちゃったか。元々マチルダの次に偉い人だったよな? まぁ性格のせいかもしれないけど、随分と降格しちゃったな。
「サクラ様が護衛として付くことにより、リュート様とデューテ様。外部の者以外も護衛役になったので、アズラットも何も言えませんでしたよ」
……その姉さんが一番の部外者なんだけどな。
「……じゃあ本当に一ヶ月、いや二ヶ月もここにいるの?」
別に直接俺に被害がある訳じゃないけど、なんだかなぁ。
「一応、アズラットとは数日置きに、途中の町で待ち合わせをしておりますので、その都度出向く必要がございます。まぁ私も自国の町を見回るいい機会だと思っておりますが」
ああ、一応自分の町の視察も兼ねているんだな。……いきなり女王が自分の町に来たら、大騒ぎだろうな。いや、でも女王が青の国のパーティーに参加するために出て行ったことは知れ渡ってるのかな? だとしたら、準備をしている可能性はあるな。……ラスティン辺りが何か言ってきそうだな。
「そういう訳で、短い間ですが、よろしくお願いいたしますね」
そう微笑んだ女王は悪女という言葉が似合いそうな笑みを浮かべていた。
……まぁ少しくらい王族という鎖から解き放たれてもいいのかもしれないな。




