日常編 ハンナと遊園地④
「あっ、あそこにお姉ちゃんがいるよ」
俺の肩の上から、ハンナは正面を指差す。
「確かにあれもお姉ちゃんだけど、アイラじゃないな。……でも、リカにも話すように言われたし、行ってみるか」
俺はお化け屋敷の出口にいたヒミカに声をかけることにした。
――――
「ヒミカ。こんなところで一人で何してるんだ?」
「えっ!? あっ、シオンさんですか。いえ、子供達がお化け屋敷に入ったので、出口で待ってるんですよ」
「一緒に入らなかったんだ?」
「私がいたら頼っちゃいそうらしくて……子供達だけで、怖がりたいそうですよ」
子供にもそう思われるのか。……やっぱり委員長タイプだよな。
「そういや、研究隊はどうだ? 上手くやってるか?」
俺がそういうと、ヒミカは大げさにため息を吐いた。
「……っとに! あの人達は本当にメイドですか? 研究に没頭して、散らかしっぱなしだし、何も言わなかったら、ご飯も食べないし……研究している時間よりも、あの人達の世話で手一杯ですよ」
……苦労してそうだ。
「それに、リズさん達は何故か私のこと、委員長って呼ぶし……」
それは仕方がないと思うぞ。でも……。
「あまり酷いようだったら、俺からも言っとくけど?」
研究隊の新人だから、雑用くらいは当然だと思うけど、ご飯の世話まではしなくていい。
「いえ、大丈夫ですよ」
「そうか?」
「ええ、一応私も色々と教えてもらってますし……文句は言いたいですけど、そこまで悪い気はしないですから」
……根っから世話焼きさんなんだな。
「……シオンさん」
「ん?」
「リカのこと……ありがとうございました。私じゃどうしようもなかったから」
「別に話を聞いただけだよ」
この間のリカが俺の背中で泣いていた事件は、リカがちゃんと説明して、誤解だと分かってもらえた。
その代わり、リカはヒミカにこっぴどく怒られてたけど。
元々ヒミカはリカが思い詰めていることには気がついていたらしい。ただ、それは復讐をすることに……って思っていて、罪悪感だとは思っていなかったようだ。
その後ちゃんと二人で話し合って頑張ろうって結論に至ったようだが……。
「ふふっ、私も泣きたいことがあったら、背中を借りますね」
「そういうことが言えるんだったら、ヒミカは大丈夫だよ」
「そうですか? 私も結構思い詰める方ですよ?」
……そう言われたら、確かにヒミカは病みそうな感じがする。ヒカリと気が合いそうだ。
「……後ろから刺されないように気をつけるよ」
「なっ!? 刺しませんよ!」
ヒミカが怒ったので、俺は逃げることにした。
「ははっ、冗談だよ。んじゃあ頑張れよー!」
「ちょっとシオンさんー!?」
後ろからヒミカの声が聞こえてくるが、俺はそのままこの場を去ることにした。
「シオンお兄ちゃん。ハンナも泣きたくなったら、背中を貸してくれる?」
「なに言ってるんだ。ハンナが泣きたくなったら、背中じゃなくて、胸を貸してやる。第一、ハンナが泣きたくなるようなことは、俺がさせない」
もし意地悪するやつがいたら、俺が懲らしめてやる。
「……うん! シオンお兄ちゃん、ハンナを守ってね」
「……どう聞いても、プロポーズにしか聞こえませんね」
ボソリとラミリアが呟く。さっきから黙ってたと思ったら……。
「なに言ってるんだ? そんなわけないだろ?」
ハンナは大事な妹なんだから、守るのは当然じゃないか。
「シオンお兄ちゃん! ラミリアお姉ちゃんも、シオンお兄ちゃんに守ってやるって言ってほしいんだよ」
「ちょっ!? ハンナ!」
「なんだ焼きもちか」
「焼きもっ!?」
ラミリアの顔が真っ赤になる。
「安心しろって、ラミリアのこともちゃんと守ってやるから」
「……どうせ全員にそういうんですよね?」
「まぁな。どんなことがあっても、誰一人殺させやしないさ」
天使なんかに仲間は誰も殺させやしない。絶対に。
――――
「アイラお姉ちゃん、いないね?」
「そうだな。もう粗方遊園地内は見て回ったけど居ないな。どこかで入れ違ったのかな?」
まぁこっちも真剣に探している訳じゃない。アトラクションで楽しみながら、なんとなく探しているだけだ。
鏡の迷宮やビックリハウスなと、閉鎖された場所でで遊んでいるときに、すれ違ったりしていたのかもしれないな。
「ハンナは何が面白かった?」
「メリーゴーランド! ハンナね、お姫様みたいで楽しかったの!」
「そうかそうか。じゃあ今度はお姫様みたいなドレスを着て、乗ってみようか?」
「お姫様みたいなドレス!? ハンナが着れるの!?」
「もちろんだ」
ドレスくらい作ってもいいし、黄の国のカナリア王女からお古を貰ってもいいかもしれない。シトロン女王に頼めば普通にくれるだろう。
「わぁ……楽しみだなぁ」
「さて、そろそろいい時間だし、最後に観覧車に乗って終わろうか」
「うん!」
――――
「アイラお姉ちゃん。いたね」
「ああ……いたな」
観覧車に向かう途中にアイラを見つけた。しかし……。
「……どうしようか?」
「……そっとしておこう。皆気持ち良さそうだし」
アイラと子供達は木陰で仲良くお昼寝をしていた。状況から察するに、読み聞かせをして、そのままお昼寝って感じだろう。
アイラは紙芝居のようなものを持っていた。
「この紙芝居は……自作か?」
「それ、アイラお姉ちゃんが自分で作ってるんだよ! 孤児院でも新作が出来ると聞かせてくれるんだぁ」
アイラ……そんなことしてたのか。
「どんな話なんだ?」
「えっとね。アイラお姉ちゃんのお母さんが作った本を元に作ってるんだって」
「え゛っ!?」
ちょっと待って! スミレの作った本って、確か俺が主人公の……。
「シオンお兄ちゃんが、悪の帝王をやっつけるの! すごく格好いいんだよ!」
やっぱりか!! 何してくれちゃってんの!? もう、恥ずかしくて、子供の前に立てないよ。
「アイラお姉ちゃんね。シオンお兄ちゃんのことが大好きなんだよ!」
そうか? 俺よりもどちらかといえば、リュートの方が……。
「アイラお姉ちゃん。早くにお父さんを亡くしたから、子供の頃からお話を聞いていたシオンお兄ちゃんが、本当のお父さんみたいだって。それでね。シオンお兄ちゃんが外の世界を見せてくれたって。色々なことを教えてくれたって」
スミレの娘だ。実の子じゃなくても、俺にとっては娘みたい感じている。
ただ……俺はアイラを外の世界に連れ出しただけで、大したことは教えてない。
黄の国を一緒に旅したときも、アイラが自分で覚えていったんだよ。
それに、最近では俺の手を離れて、自主的に活動している。もう立派に独り立ちしているよ。
「ねぇ、本当に起こさないでいいの? ……風邪引いちゃわないかな?」
「ここはそんなに寒くないし、お日様の光も少し当たってるから、大丈夫だと思うぞ」
というか、今の話を聞いて、アイラと話すのは少し気恥ずかしい。それに紙芝居……うん、この場から離れることにしよう。
俺達はアイラ達を起こさないように、静かにこの場を後にした。
――――
「うわぁ……すごいね!」
ハンナは観覧車の中から外を眺めて感嘆の声をあげる。
「そ、そうだな」
「シオンさん。外を見ずに言うのはどうかと思いますよ」
ラミリアめ。余計なツッコミをしやがって。
「シオンお兄ちゃん。やっぱり怖いの?」
ほら、ハンナが気にする。
「バッカ。んなわけないだろ。俺はもっと上から景色を楽しもうと思って、今は我慢しているだけだ。だからな、ハンナ。少しだけドタバタするのを控えようか」
観覧車だから、少しの振動ですごく揺れる。
「じゃあハンナも、もっと上になってからまた見ようっと!」
……やはり、天辺付近では外を見なくちゃ駄目だろうな。
「ねぇ、シオンお兄ちゃん」
ハンナの俺を呼ぶ声がさっきと違う。
ハンナは座ったまま、ズボンを掴みギュっと手に力をいれる。
「シオンお兄ちゃん。ラミリアお姉ちゃん。本当にありがとう」
「俺も今日は楽しかったし、別に礼なんて……」
「そうですよ。私も今日は楽しかったですよ。ありがとうハンナ」
最初は遊園地で少し残念な気持ちはあったけど、なんのかんの楽しめたのは事実だ。
「ううん。違うの。私がありがとうって言ったのは……私のお兄ちゃんとお姉ちゃんになってくれてありがとう」
そう言って、ラミリアの方を向く。
「今なら分かるけど、初めてラミリアお姉ちゃんに会った時、カルタの販売はもう終わっていて、私が持っていたお金も全然足りてなかった。本当なら、追い返されても仕方がないのに、ラミリアお姉ちゃんは、追い返さなかった。シオンお兄ちゃんなら、何とかしてくれるって言ってくれた」
「……私も今だから言いますけど、あの時は単純に関わり合いたくなかっただけで、シオンさんに全部投げただけですよ。追い返さなかったのも、泣かれるのが嫌なだけでした」
「ううん。そんなことない! だって、ハンナが迷子にならないように、後ろからこそっと道案内してくれたもん。お陰で、迷わずにシオンお兄ちゃんと会えたんだもん」
「それは……まぁ迷われると、後味が悪いですからね」
ラミリアは少し苦笑いを浮かべる。ラミリアが言ったことは、半分くらいは本音だろう。が、それでもラミリアの優しさは本物だ。
「そして、ラミリアお姉ちゃんの言った通り、シオンお兄ちゃんは私を助けてくれた」
「いや、俺だって最初は面倒くさくて、スーラに全部投げようとしたし……」
その所為で、ハンナは飴を舐めることになってしまった。
「ううん。でもシオンお兄ちゃんは、カルタをくれるだけじゃなく、他にも沢山のことをして、孤児院を助けてくれた。そして、私のお兄ちゃんになってくれた」
まぁ……見て見ぬ振りはできなかったもんな。
「それに、シオンお兄ちゃんは孤児院だけじゃなく、色んな人をいっぱい助けてた」
はて? ハンナの前でそんなに人助けしたっけ?
「今日ね。遊園地で皆がシオンお兄ちゃんにお礼を言ってた。皆ありがとうって。感謝してるって。それに、本当に皆楽しそうだった。私……それが本当に嬉しかったんだぁ。シオンお兄ちゃんは本当にスゴい自慢のお兄ちゃんなんだって」
そういえば、今日は誰かと会う度に感謝されていた気がする。別れると、ハンナが妙に嬉しそうだったり、甘えん坊になったりしてたのは、それが嬉しかったからか。
「それだけじゃない。デントおじちゃんだって、ラスティン様だって、ノーマン先生だって、本当は皆シオンお兄ちゃんに感謝しているの。私はそんなシオンお兄ちゃんをすごく誇らしく思うんだ」
誇らしい……か。本当に誇らしいこと出来てるのかな?
「私ね。今、ノーマン先生に色々なことを教えてもらってるんだ」
「……そうらしいな。昨日は本当に成長していて驚いたぞ。でも……今日は途中から、また自分のことを『私』じゃなくて『ハンナ』って言ってったぞ」
「えっ? うそっ!?」
「嘘じゃない。本当だ」
多分テンションが上がって無意識に元の呼び方に戻っちゃったんだろうな。
「うう……ノーマン先生から、立派な秘書になるには一番大事なのは言葉遣いって言われてたのに……」
「秘書?」
ノーマンとラスティンから聞いていたけど、俺は聞いていない振りをする。
「うん。シオンお兄ちゃんがやっていることは、皆を助ける大変なお仕事だけど、私はそれのお手伝いをしたいんだ」
皆を助けるのが仕事。……そうじゃない。俺は俺の周りしか助けない。今まで沢山の人間を殺してきた極悪人だ。
「今はまだ子供だから、シオンお兄ちゃんの役には立たないと思うけど、成人までに、ノーマン先生に色々なことを教わって、絶対に役に立てるようになります。だから、その時は、シオンお兄ちゃんの、お……」
そこでハンナの言葉が止まる。俯いて、必死に考えているようだ。俺はハンナが話し始めるのをじっと待った。やがてハンナは決意した顔を上げる。
「その時はシオンお兄ちゃんと一緒に働かせてください」
……多分、最初に言おうとした言葉とは違う言葉だ。恐らく必死に考えた末の言葉だろう。
「ああ、将来の俺の第一秘書はハンナ。お前しかいない。だから……待ってるぞ」
「……うん。ありがとうシオンお兄ちゃん」
ハンナは嬉しそうな……でも、少し悲しそうでもある表情を浮かべる。
ハンナは賢い子だ。きっと、俺が気づいたことも、そしてそれを言わなかったことで、叶わないことに気がついたんだろう。
でも……ハンナはこれを機にもっと成長するだろう。そして、将来きっと立派な女性になって、俺はこの時を後悔するんだ。
ああ……あの時ハンナの想いをちゃんと受けておくんだった。ってな。




