日常編 ハンナの成長
今回からしばらくハンナ編に入ります。
ラース達とヒミカ達。ついでにゼロ。
立て続けに、放置していた問題を解決してきた。……数日経っても、ゼロは旧友を探しに行ったっきり、戻ってきてない。まぁ二ヶ月くらいかかると言っていたし、カミラとは連絡を取ってるみたいだ。島の開発もフレアとカミラが参加して順調みたいだし、問題ないだろう。
だから、今日も放置していた問題を解決する。今回は俺にとって、何よりも大事な問題だ。その為、何がなんでも解決する必要がある。
俺は気合いを入れて、ハンプールのラスティンの屋敷へ向かった。
――――
「ハンナー! 元気してるか?」
「あっ! シオンお兄ちゃん!」
ハンナはいつも通り、俺へ向かって駆け出し、飛びついて……来ない!?
ハンナは、ゆっくりと歩きながら、俺に近づく。
「シオンお兄ちゃん! 久し振りだね!」
「あ、ああ。久し振りだけど……ど、どうしたんだハンナ?」
「ん? どうしたって何が?」
ハンナは俺の質問が分からないようで、首をかしげる。もしかして、しばらく会いに来なかったから、嫌われた?
「いや、いつもなら、元気よく俺の胸に飛び込んでくるじゃないか」
「もう! シオンお兄ちゃん。私だっていつまでも子供じゃないんだよ」
今のハンナの言葉に、俺はハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
ハ、ハンナが、自分のこと私って……。今までのハンナは、自分のことをハンナって名前で呼んでいた。
それに、いつまでも子供じゃないって……。少し照れながら言うなんて……。
ハンナに一体何が……。だって、最後に会ってから、まだ一ヶ月ちょっと。二ヶ月も経ってないんだぞ!
「ハンナ。領主は何処だ?」
「ラスティン様? 執務室にいると思うよ」
ラスティン様だと!? あいつ、名前で呼ばせてるのか。
「よし、挨拶に行こう」
詳しい話を聞かないとな。場合によっちゃあ……ふふふ。
「シオンお兄ちゃん? なんで怖い顔して笑ってるの?」
いかんいかん。顔に出ていたようだ。
「ハンナに会えて嬉しい気持ちを我慢してたら、ちょっと強ばっちゃっただけだよ」
「別に我慢しなくても、私もシオンお兄ちゃんに会えて嬉しいよ!」
ああ、本当にハンナは天使だな。
だからこそ、ラスティンを問いたださないとな。
――――
「じゃあハンナ。少しだけ領主と大事な話があるから、お仕事して待っててくれ。終わったらすぐに会いに行くからな」
「うん! じゃあまた後でね」
ハンナは元気よく手を振ると、仕事に戻っていった。
……このあと行われるかもしれない惨劇を、ハンナに見せるわけにはいかないもんな。
俺は執務室のドアをノックする。
『入っていいぞ』
部屋の中から、ラスティンの声が聞こえた。よし、ちゃんといるな。
俺は扉を開けた。
「ん? なんだシオンじゃないか。ひさしぶ……」
「貴様あああ!! ハンナに何をしたああ!!」
俺は部屋に入るや否や、ラスティンに食って掛かる。
「うわっ!? な、なんだ!?」
「吐け、さあ、今すぐ吐け。正直に答えたら、命まではとらん」
「い、命!? お、落ち着けシオン! 一体何があったと言うんだ!」
「これが落ち着いていられるか! ハンナが……ハンナが……」
「おい! ハンナって……ハンナに何かあったのか!?」
「何があったじゃない! あの純真無垢で幼かったハンナが大人になってるじゃないか!」
「……は?」
「は? じゃない! あの『シオンお兄ちゃん大好きー!』って、駆け寄って来てたハンナが、『もう子供じゃない』って、ハニカミながら言うんだよ! 絶対におかしいよな!」
「……おかしいのはお前の方だ。いきなり掴みかかってくるから、何事かと思えば……ただ単純に、ハンナが成長しただけではないか」
「たった一ヶ月であんなに成長するもんか! きっと何かあったに違いない……ラスティン。俺はお前を信じていたのに……このロリコンが!」
「ロリ!? き、貴様こそ何を考えておるのだ!」
「それに、なんでハンナがまだここで働いてるんだよ! とっくにノーマンは帰ってきているだろ!」
「むっ、それは……」
「ほらやっぱり、やましいことが……」
《あーもう! いい加減にするの! スーラパーンチ!!》
「がはっ!?」
俺はスーラの一撃で沈んだ。
――――
「はい。ハンナが急に大人びていたので、寂しかっただけです」
スーラの一撃をもらった後、俺はいつものように正座をさせられ、説教を受けていた。
目の前にはラスティンとノーマンの二人がいる。ノーマンは俺が沈んだ後に、ラスティンが呼び出した。ちなみにハンナはいない。ラスティンが気を利かせたようだ。
ハンナにこんな情けない姿を見られたら、俺はきっと耐えきれない。
「まったく。これではシオンの方が子供ではないか」
「うう……返す言葉もない」
「いいですかシオン様。元々ハンナは年齢の割には心が幼すぎました」
「……それは何となく思ってた」
「それもこれも、シオン様が甘やかしすぎたからです。シオン様がハンナの成長を妨害していたのですよ」
「いや、俺にそんなつもりは……」
「そんなつもりがあろうが、なかろうが、それが事実です」
俺はスーラに殴られた以上の衝撃を受けた。俺のせいでハンナが成長できなかった?
「ハンナはここで働くことになって、ようやく年相応に成長したんですよ」
「それだけじゃない。あと、最近孤児院に人が増えたんだろ? 友達が増えて喜んでいたが、自分は年上だから、しっかりしないとって、言ってたぞ」
ラースの住んでいた孤児院の子供達のことだな。そっか、年長者としての自覚が出てきたんだな。
「でも、ハンナが一番成長した理由はシオン様。貴方ですよ」
「……どういうこと?」
「シオンはさっきノーマンが戻ってきても、ハンナが働いていることに疑問を持っていたな?」
「え? うん」
「ハンナが、自分から働かせてくれと言ったんだ。私が理由を聞いたところ、ハンナは、将来シオンの役に立ちたいから、今の内からしっかりと勉強したいと。ノーマンに師事したいと言っていた」
「ハンナがノーマンに……」
「ノーマンがシオンの秘書代わりで、一緒に旅に出ているのを知っているからな。その役目を自分がしたいと思っているんだろう。無論こちらとしても、ハンナのように使える人材は、戦力としても非常に助かるから、断る理由はなかった」
……いかん。感極まって涙が出そうだ。
「それなのにシオン。お前ときたら……」
「いや、本当に悪かったって。でもさ、あれだけ変わっていたら、そりゃあ驚くって。嫌われたかもしれないって、本気で思ったぞ」
思春期の娘を持つ父親って、こうやって、スキンシップが少なくなるのを寂しく感じるんだろうか? 俺、ハンナに下着を一緒に洗濯しないで! とか言われたら、立ち直れない気がする。いや、一緒に選択する機会とかないけどさ。
「とにかく、ハンナは頑張ってるんだ。邪魔だけはするんじゃないぞ」
「分かってるよ」
寂しい気持ちはあるけど、俺だって、ハンナには立派な大人になってもらいたい。
「それで? 今日は一体なんの用事があったんだ? まさか、ハンナに会いに来ただけではないんだろ?」
「いや? ハンナに会いに来ただけだ」
「……シオン。もしかして暇なのか?」
「暇なもんか。数ヵ月後には天使との戦争が控えてるんだぞ。時間なんていくらあっても足りないよ」
「そうだろうな。だから、私も気を使って、ルーアンとの交渉を引き受けているんだ」
今はラスティンとルーアンとの商人が交渉してるんだよな? ルーアンの商人は、ノーマンと一緒にハンプールに来たって話だったけど、今はいないのかな?
「ノーマンも……ルーアンでは、途中から、ずっと任せっきりで悪かったな」
ずっと放置して、気がついたら交渉して勝手に帰ってたもんな。
「途中からと申しましたが、最初からだった気もしますが……」
……ノーマンも言うようになったな。
「ま、まぁいいや。それで? 取引はちゃんと出来そうなのか?」
「ええ、問題ありません。信用できそうな商会ですから」
「そっか。良かった。何かあったら……ミハエルさんに言えば、ミサキとレン経由で、大体のことは出来ると思うから」
「分かっております。今年中には交易が始まるでしょう」
「そっか。楽しみにしてるよ。じゃあ俺はハンナに会いに行くから」
「お、おい! 本当にハンナに会いに来ただけなのか?」
「だからそう言ったろ。あっ、ハンナを数日借りても大丈夫か?」
「……なにする気だ?」
「いや、ここに働かせる時に、次はハンナと遊びに行こうって約束したからな。だから、ハンナと遊ぼうって……」
その約束を果たすのが、今回の放置していた問題だ。
「お前……本当に忙しいのか?」
ラスティンはもう一度同じ質問をする。
「当たり前だろ! でも、これからもっと忙しくなるからな。今しかチャンスがないんだよ」
来月になったら、準備も追い込みで動けなくなるに違いない。今しかないんだ。
「……仕方がない。今ハンナを呼ぶから待ってろ」
――――
「ハンナあああ! 俺が悪かったよ。ごめんよおお!」
「きゃっ!? シオンお兄ちゃん。いきなりどうしたの?」
俺はハンナが部屋に入って来るなりダッシュで抱きつく。俺の所為でハンナが成長できなかったんだ。いくら謝っても償いきれない。
「あっ、またラスティン様がシオンお兄ちゃんの悪口を言ったんでしょ。駄目ですよラスティン様」
……ん? また?
「いや、私は何も……」
「ハンナ。ラスティンはいつも俺の悪口を言っているのか?」
「そうだよ。『シオンめ。いつも仕事を増やして……』とか、『またシオンが厄介ごとを!』とか」
「ほほぅ」
俺はラスティンの方を見る。
「なっ!? それは悪口じゃなくて事実だろうが!」
……まぁそうだな。
「でも、シオンお兄ちゃんのお陰で、仕事が増えて、この町が豊かになってるんでしょ? じゃあ感謝しないと!」
「うっ、そりゃあそうだが……」
「そうだそうだ。あまり文句を言うと、拠点をルーアンに変えちゃうぞ」
ふふん。さっき怒られた分、ここで憂さ晴らししてやる。
「なっ!? お前……ここぞとばかりに反撃してきたな。でもいいのか? ここから出て行くと、ハンナと別れることになるぞ」
なっ!? コイツ。ハンナを人質に……。
「シオンお兄ちゃん。この町から出て行くの?」
「バッカだなハンナ。俺がハンナを置いてどこかに行くわけないだろ。それよりもハンナ。今から俺とお出かけするぞ」
「シオンお兄ちゃんとおでかけ!?」
「ああ、約束したろ? 今度はハンナと遊びに行くって。泊りがけでさ、どこでもいいぞ」
「うん! あ、でも……」
ハンナはチラリとラスティンとノーマンの顔色を伺う。
「ハンナ、たまには息抜きも必要です」
「そうだぞ。たまには思いっきり甘えてこい」
二人の言葉にハンナは満面の笑みを浮かべる。
「はい! ラスティン様。ノーマン先生。ありがとうございます!」
さて、どこに行こうかな?




