日常編 ゼロの旅立ち
「シオン。今回は世話になったな」
「いや、俺の方こそ色々と助かったよ」
久しぶりにゼロに誘われたので、俺達は二人で酒を飲んでいた。
二人で飲むのは、青の国に出発する前以来だな。……思えば、あれが今回の全ての始まりだったな。
「結局、旅行は殆ど楽しめなかったな」
男だけの気兼ねしない旅行。結局、十日の予定が、二泊三日で終わってしまった。しかも、釣りしかしてない。バーベキューすらやってないよな。
「ああ、すまん」
「別にゼロが謝る必要はないさ。旅行以上に大事なことが出来ただけなんだから」
海を助けることが出来た。それだけで、旅行分の価値があったってもんだ。
「だけど……全部終わったら、またあのメンバーで行きたいよな」
あっ、でも、次は流石にリュートも誘わないと、今度こそ拗ねてしまうよな。ラースは……いや、絶対にリースがついて来るから無理だな。
「そうだな。シオンには釣り勝負の借りもあるしな」
「……まだ覚えてるのかよ」
だが、他の奴と違い、ゼロは三百キロ級のマグロを釣ったんだ。流石に完敗だ。
「まぁ確かにあれは俺の敗けだ。よし、俺に出来ることがあれば、何でも言うこと聞くぞ」
「では頼みがある。お前達が今開発している島。俺が管理する島があったよな?」
「第四の島だな」
まさか管理を降りるって言うんじゃ……? いつもの面倒くさいが発動するのか?
「天使との決戦が終わってからでいい。あの島を俺にくれないか?」
「はぁ?」
島が欲しい? まさかそんな話をされるとは思わなかった。しかし何であの島……。
「理由を聞いてもいいか?」
今のゼロがこだわる理由は一つしかないから、何となく予想はつくが、はっきりと聞いておきたい。
「あの島がティアマト様のいる竜宮城に近いからだ」
やっぱり。
「ゼロは……夜魔城に戻らないのか?」
「戻るもなにも、元々俺は隠居した身だ。隠居場所を移すと思えばいい。それに、トオルに頼めば、夜魔城とゲートを繋いでくれるだろうよ」
「なんだ。じゃあ今と変わらないじゃないか」
結局転移があれば何処にいてもそう変わらない。心配して損した。
「俺も、我が父と同じく、トオルの助けがないと、海中で過ごすことはできんからな。それならば、せめて近くにいたいと思っただけだ」
全く献身的なことで。
「しかし、あの島に一人で住むのは大変だな。カミラ達も移住させるのか?」
「いや、カミラにはカミラの暮らしがある。と、そうだ。カミラ達だが、次の戦争には参加させぬことにした」
「えっ? そうなの?」
結構な戦力として期待してたんだけど……ってか、それなら第四の島はどうなるの?
「ああ。トオルが言うには、ドライにだけ戦力を集中させるのは危険と言うんだ」
そういえば、俺の正体に気づいてる可能性があるから、シクトリーナを無人にするのは危険って言ってたな。同盟は公表してるから、夜魔城にも来る可能性があるのか。だとしたら、無理してドライに来てもらうことは出来ないな。
「だから、俺は部下を呼ぶことにした」
「ゼロの部下? カミラ達以外で? ……あの、なんちゃってレイスか?」
「おそらく貴様が言ってるのは、フレアのことだろうが……。アレはなんちゃってではなく、ちゃんとしたレイスだ。そもそもこの流れ、旅行前にもしたぞ。いい加減、名前を覚えてやれ」
……確かに旅行前にも殆ど同じ会話をした記憶がある。
「だけどさ。俺はあのレイスと一回しか会ってないんだ。名前だけ聞いても、流石に覚えられないよ」
俺がフレアに会ったのは、最初にゼロに会いに行った時だけだ。その時も、エキドナがあしらっただけで、俺は会話もしてない。
泣くと幼女化するって面白要素がなかったら、存在すら忘れてる自信がある。
「一度しか会ったことが無いと言うが、フレアはよくこの城に遊びに来てたと思うが?」
「それは、遊びじゃなくて、メイドの研修だろ? 流石にメイドの研修に顔は出さないぞ」
顔を出したところで、追い返されるに決まってるしな。
「そうか。シオンはあの時しかフレアと会ってないのか。では今度挨拶するように言っておく」
「いや、わざわざ挨拶なんていいよ」
幼女化するのは面白かったけど、実際に話すとなると、面倒くさそうだ。というか、今後もあまり接点はないに違いない。
「まぁ無理にとは言わんが……。トオルとはよく遊んでいるようだぞ」
「なに? トオルと?」
初耳だぞ。一体どんな繋がりなんだ?
「ああ。トオルにはよく懐いているようだ。一時期は、もうひとつの人格になる度に『トオル君に会いに行ってくる』と飛び出してたぞ。そして、毎回途中でエキドナに追い出されて、泣きながら帰ってきていた」
「なにその面白イベント」
自分でやるには勘弁して欲しいが、端から見るとすごく楽しそうだ。
そもそも、トオルにそんなイベントが発生していたことに驚きだ。
「どうやら、トオルはフレアを妹のように可愛がっているようだが、エキドナがそれに嫉妬して……のようだ」
「妹のようにねぇ? そもそもトオルはフレアのことが嫌いっ言ってたぞ。そもそもそれが理由で喧嘩を売ったのに、いつの間に仲良くなったんだ?」
トオルも俺と同じく、最初の一回しか会ってないはずだが?
「俺の勘違いでなければ、喧嘩を売ったのは、トオルではなく、シオン。貴様だった気がするんだが? それから、トオルは謝罪に来た際に、フレアと話をしているぞ。戻ってきたフレアが『トオル君に遊んでもらった』とはしゃいでいたからな」
ああ、謝罪はエキドナに任せてたから、俺は行ってないけど、トオルは行ったのか。
「あれはトオルに言われて喧嘩腰になっただけだ。……今だから言うけど、あの時は殺されるかと思って、内心は冷や冷やだったんだぞ」
「そのわりには、俺をジジイ呼ばわりした上に、呪いまでかけやがって。あれの解呪は苦労したぞ」
「……俺の【毒の契約】を自力で解呪したのは、後にも先にもゼロだけだよ」
しかも、あれは全力以上のドーピングをした上でだ。それを聞いて、絶対に敵わないと思ったもんな。
「あの時の貴様はまだ弱かったからな」
弱いって……。一応魔王のヘンリーよりは強かったんだけど。
「……それが、今や俺より強くなるとはな」
「強くって言っても、魔力だけだろ。経験や知識を考えると、ゼロにはまだ勝てる気がしないよ」
あと、エキドナにも。ティアマトだって、理性がある状態ではどうなるか……。俺もまだまだだよな。
「っと、話が逸れたな。んで? 結局、フレアと二人であの島に住むのか? 結構大変だと思うぞ」
「誰が二人と言った」
「えっ? でも、カミラ達じゃなくて、ゼロの部下って、フレアしかいないんじゃ?」
「そんなわけあるか。俺だって、元は魔王だったんだ。俺に従う幹部はそれなりにいた」
……そういえば、ずいぶん昔――ゼロに会いに行く前に聞いた気がする。ゼロが魔王を引退した際、幹部はヘンリーに従わず、ゼロと一緒に去っていったって。
んで、ゼロから聞いたヴァンパイアの説明では……。
「なぁ。その幹部って確か……」
「エルダーヴァンパイア。第三世代のヴァンパイア達だ」
やっぱり!
「……それって、ヘンリーやカミラより強いんじゃ?」
第四世代のヴァンパイアのヘンリーやカミラよりも上の世代。……弱いはずがない。
「当然だな。それどころか、魔王に引けを取らん者もおる。名前付き天使にだろうが負けはせん」
「おいおいおい。めちゃくちゃ強力な戦力じゃないか! ……協力してくれそうなのか?」
「知らん。これから交渉するんだからな」
「交渉……これから?」
「奴らは俺が隠居した後に各々の道を進むと言って、散っていった。頻繁に便りを寄こすものもいれば、俺が隠居して二百年、全く連絡しない奴もいる。竜魔王にケンカを売って返り討ちにあった奴もいたな」
おいおい、危ない奴じゃないよな?
「ああ、そういうわけでシオン。俺はしばらくの間留守にする。あいつらを探すところから始めるから……一ヶ月。いや、二ヶ月は帰ってこん。だが、心配するな。天使との戦争前には必ず戻る」
「はぁ!? いや、そんな急に……第一島の開発はどうするんだよ?」
「トオルに任せる。細かな所は、カミラかフレアに聞けば、俺の好みに仕上げてくれるはずだ」
おいおい、マジかよ。
「シオン。貴様には俺が不在の間、ティアマト様をお任せする。もし、ティアマト様に何かあれば、ただでは済まさんからな」
「いやっ!? 俺、そもそも一人で海に入れな……」
「よし、では行ってくる!」
「えええ!? 今から行くのかよ!」
これからって今からって意味だったのかよ!
「善は急げだ。元々近日中に出る気だった。だが、今シオンと話して興が乗った」
いや、興が乗ったって……。話ながら、テンションが上がったから、思わずってことだろうが、急すぎないか? って、俺が考えている間にもう居なくなってるし……。
にしても、エルダーヴァンパイアか。楽しみであり、不安でもあるな。ゼロが上手く手綱を握るんだろうけど……。でもまぁ本当に来てくれるんなら、対天使への強力な戦力になるのは間違いないな。期待して待つことにしよう。




