第262話 ファントム会議をしよう①
「ふむ。【クリスタルコメット】の第二段階で終了か。案外あっけなかったな」
「第二段階って……えっ!? もしかしてあの魔法……これで終わりじゃなかったの?」
氷の結晶が流星のように降り注ぐ。まさに【クリスタルコメット】の名にふさわしいと思ったのだが、その上まだ何かあったのか?
「全部で第四段階まである。俺の予想では第三段階までは行くと思ったのだがな。名前のある天使であの程度では、敵のレベルは思ったほどではないのかもしれんな」
「……ちなみに第三段階と第四段階は?」
「それを教えては面白くないではないか。実際にその目で見るのが良いのだぞ」
……今後見る機会あるのかな?
「って、じゃあゼロが言っていた面白い攻撃って……」
【魔力の共鳴】と【クリスタルコメット】の第二段階までで十分に驚いたんだけど、それ以上があったの?
「第三はそれ程ではないが、第四段階はまさに一見の価値ありだ。あれを見れば魔法は芸術だと思い知らされる」
そう言われると激しく気になるのだが……。
「それよりも早くティアマト様の元へ向かわんか?」
戦いが終わってからゼロはティアマトの所に行きたそうに、ずっとそわそわしていた。
「そうだな。もう戦いは終わったし、敵もいないから近づいても……」
と、ここで俺は大事なことを思い出した。
「って!? 全滅させちゃってるじゃん! 駄目だよ! 何人か報告に生かして帰さないと!」
報告させるために色々と準備してきたのに……これじゃあ何のためにラピスラズリが幻影魔法を使ったか、分からないじゃないか。
「……ま、まぁ被害が出なかったのだ。それで良いではないか!」
ゼロの奴……完全に忘れてたな。まぁ俺も忘れてたから責められないけど。
多分戦った二人も忘れてたんだろうな。……まぁそれで油断して怪我するよりはマシか。
――――
「「本っ当に申し訳ございません」」
俺とゼロが二人の元に近づいた途端、二人から同時に謝られた。どうやら二人も全滅させちゃいけないことを、終わってから思い出したようだ。
「こちらからこの任を申し出たのに、それを果たすことが出来ず、この体たらく。妾は大役を任せて頂いた主に申し訳が出来ません。かくなる上はファントム四天王の名を返上することで……」
「そんなに重く捉えないでいいから! 二人が怪我もなく、無事に勝てたのが一番だから!」
ティアマトとテティスは土下座状態で、頭を上げない。というか、やっぱり主って俺のことなの!? 一体いつの間に……。しかもファントム四天王返上って……任命した覚えすらないのに。
「別に敵を全滅したからって、作戦が完全に失敗した訳じゃないから。だからさ。顔上げてよ」
考えてみれば帰すことで、こちらの謝った情報を流して優位にしようと考えたけど、別にデメリットは存在しない。
それに偵察隊が全滅したとなったら、次の偵察隊か、もしくは次は本隊がやって来るだけだろう。なら、やることは変わりない。それよりもそれ以上頭を下げられたら……段々ゼロの目が険しくなってきてるから、そっちの方が怖い。
「ほら、二人とも戻ろうよ。今後のことについて色々と話し合わないとね」
俺は必死に落ち込む二人を宥めながら、四人で通信室に帰還することにした。
――――
ファントム会議第一回。
集まったのは各島の管理者と今回活躍したラピスラズリと海魔王姉妹。それからヒミカとリカだ。
あまり人数が多くなりすぎても困るので、姉さんや【月虹戦舞】の皆には後で報告することにした。あっ、会議は通信室で行ってるから、通信隊はいるけどね。
「さて、トオル大先生。このあとはどうすればいいんだ?」
困ったときにはトオルに聞けば何とでもなるはずだ。
「……別にいいけどね」
トオルは色々と諦めたように呟く。……諦めるんじゃなくてツッコんで欲しかった。
「まずはラースくんとリースくん。お疲れ様。二人の魔法は完璧だったよ」
「だな。俺も見て驚いたし、ゼロも褒めてたよね」
「ああ、あれならば偽物だとは気づかれまい」
ゼロが言うんだから、天使に気がつかれた可能性はまずないだろう。
「俺達に自覚はないが、役に立ったのなら良かった。これで少しは恩に報いることが出来ただろうか?」
別に恩返しとか考えなくてもいいんだけどね。ってか、こっちの方が感謝したいくらいだ。確か二人は金が必要な理由があったよな。確か孤児院か病人か……詳しく聞いてなかったけど、どちらかに反応があった。この会議が終わったら話を聞いて対応してみようかな。
「次にテティスくんとティアマトくん。二人もご苦労様。あの魔法は凄かったよ」
「ですが、誤って全滅させてしまいました……」
ティアマトはまだ気に病んでいるようだ。
「別に気にしなくてもいいよ。だって偵察だからね。通信設備も持って来ていたでしょ。だから全滅直前の様子までは伝わってると思うんだ」
そっか。帰らなくても伝わってる可能性はあるのか。
「リカくん。君たち二人は偵察隊のこと何か知らなかったかい?」
今はこっちにも敵の内情に詳しい人間がいる。ってか、本当なら偵察隊が来る前に聞くべきだったんじゃないのか? ……まぁ昨日来たからそんな暇はなかったもんな。と、自分自身に言い聞かせることにした。
「残念だけど殆ど知らないね。私らはただのプラナ様――ガブリエルの使いっぱだったから。でも、通信は出来たと思うよ」
リカがガブリエルと言い直す。今までプラナ様って呼んでいたから癖が染みついてるんだろうな。
「通信手段はやっぱりあの手鏡?」
「そう、あれは貴方達が殺した天使……私達はパシリって呼んでたけど、その天使が作った魔道具なの。テレビ電話のような物と考えていいわ」
使いっぱにパシリ呼ばわれる天使。……いや、それは関係ないか。
でもあの伝令は、やっぱり想像通りの能力だったみたいだな。
「あの天使は死んだけど、まだ使えるのか?」
「魔力が残っている限りは使えるわ。だから私達も極力通信は控えていたわ」
「そういえばヒミカが手鏡を持っていたな。今も持ってるのか?」
俺はスーラからヒミカがガブリエルに報告して転移したって聞いている。
「いえ、持っていると居場所がバレそうだったので、置いてきました。……持って来た方が良かったですか?」
正直少し調べてみたい気持ちはあったが……。
「いや、逆探知されたり、盗聴される可能性を考えると、持って来なくて正解だったと思う」
うん。リスクの方が高すぎる。
「それで? その手鏡って、いくつくらいあるの?」
「幹部の天使なら全員持ってるんじゃないかな? 今回倒された天使も幹部の一人だから、間違いなく持っていたでしょうね。他にも遠征に行く天使は持っていることが多いわね。私達はパーティーだったから一つだけ支給されてたわ」
ってことは持っていたのはヒミカだけで、リカやスバルは持っていなかったんだ。
「そういえばスバルがリーダーだったんだろ? 何でヒミカが持ってたんだ? いや、そもそも何でスバルがリーダーだったんだ?」
普通に考えたらリーダーのスバルが持ってるべき物じゃないかな? それ以前に、性格や能力を考えたらリカがリーダーで良いと思う。
「スバルがリーダーだったのは、元から私達のまとめ役だったからよ」
元からってのは日本にいた頃の話だな。
「ヒミカが通信機を持っていたのは、スバルが面倒くさがったからね。どちらにしろスバルは感情的なところが多かったから、報告とかは無理だったでしょうけど」
「面倒だと思ってたのはリカも同じでしょ。いっつも私に押し付けて……」
「ごめんごめん。でもヒミカにはいっつも助かってたよ」
押し付けてって言う割には、特に怒っている訳でもなさそうだ。ヒミカは面倒見のいい人だったんだろう。リーダーシップを発揮するスバル。ブレインのリカ。世話焼きのヒミカ。多分三人のバランスが丁度良かったんだろうな。
「それで、その手鏡以外に通信手段はないのかい?」
話が脱線しそうだったせいか、トオルが話を戻す。
「……手鏡以外は私は知らないわ。少なくてもガブリエル傘下にはいなかったと思う。だけど、それ以外の天使に関しては私は殆ど知らないから、もしかしたら通信の魔法を使える天使はいるかも知れない」
「なぁ、そもそも天使たちの組織ってどうなってるんだ? それから、名前付きの天使って何人くらいいるんだ?」
リカがガブリエル傘下っていうんだから、他のグループもあっていいはずだ。
それに名前付きの天使にしたって、今回のサハクィエルなんて聞いたこともなかった。リカ達にも名前付き天使は入っていたんだし、後何人くらいいるのか……。
「一番トップが教皇さ――メタトロンね。その下にガブリエルとラファエル。七大天使の中でも昔から教皇にお仕えしている二人がいるわ。そして残りの七大天使。ミカエルとウリエル、イェグディエル。この三人は、一応ガブリエルとラファエルと同じ立場になってるけど、どう見たって二人よりは格下だったわ」
ミカエルやウリエルはガブリエルが降臨させたといっても過言ではない。イェグディエルはラファエルが降臨させたんだっけ? その三人は、役職はともかく逆らえない立場なんだろうな。
「七大天使の残りの二人、セラフィエルは現時点でどうなってるのか不明だわ」
セラフィエルの器のサクが死んだから、状況が分からないんだろうな。少なくてもまだ降臨はしていないようだ。その辺りの話……流石に詳しく聞きづらいな。
「最後の一人……バラキエルは貴方達の方が詳しいでしょ?」
「ああ、俺達の切り札だな」
バラキエルの英霊を俺達が持っている限り、ガブリエル達は俺達を無視できない。
「七大天使がそれぞれ一つのグループとして成り立っているわ。でも実際にはガブリエル傘下とラファエル傘下の二つって感じね。ミカエルとウリエルは実質ガブリエル傘下だし、イェグディエルはラファエル傘下と言っていいと思うわ」
大きな二つの組織か……。
「この五人の天使の下に、名前付きの天使がいるわ。ガブリエルとラファエルの下に十人くらい。残りの三人に五人前後の名前付き天使が従っているわ。それから教皇の下にも数人の名前付き天使がいるわ。私達は最初、教皇の下だったけど、途中でガブリエルの元に移動になったわ。というか、そもそも私達は名前付きの幹部枠じゃなかったけどね」
召喚主が教皇だったから、教皇の下だったんだな。にしても、単純計算で名前付き天使は五十人近くいることになるのか。リカ達は異邦人組だから特別枠だったのかな?
「ガブリエル傘下の天使の名前なら、うろ覚えだけど分かるわ。サハクィエルもその中の一人ね。後の七大天使の傘下は分からないわ」
ってことは、十人くらいの天使の名前は分かるってことか。今は覚えられないから、後で詳しい詳細を聞いてみよう。
「ガブリエル派閥とラファエル派閥の仲はどうなんだい?」
派閥の仲か。……俺は気にもしなかったけど、確かに大きな派閥が二つだけなら色々あるかもしれないな。実際の所どうなんだろ?
「結構鋭いこと聞くわね。どちらも教皇からの寵愛を独占したいって対立しているわよ」
寵愛……ってことはラファエルも女性の姿なのか? ガブリエルはともかくラファエルが女性のイメージはなかったな。……いや、そもそも天使って両生じゃなかったっけ?
「今はガブリエル派が一歩優位って感じかしら。ガブリエル派はミカエルとウリエルがいるでしょ。一方ラファエル派はイェグディエルだけ」
数の面で負けてるのか。
「一応セラフィエルはラファエルが見つけて来たから、セラフィエルが降臨したら、ラファエル派になるはず。だから、そう考えると互角と言っていいわね」
「ん? でもセラフィエルの器だったサクはガブリエル傘下だったんだろ? 普通ならラファエル傘下になるんじゃないのか?」
「それは教皇の指示だから何とも……。多分教皇は派閥なんて知らなかったと思うわ。七大天使は立場上は対等なんだしね。実際にはサク君が降臨したら、私達が傘下になってたんじゃないかな」
ふーん。あまりよく考えてなかったのかな?
「でもラファエルはそれで文句言わなかったのかな?」
「その時の話を聞いてないから分からないわ。でも……降臨したら戻ってくる自信があったんじゃない? だとすれば、ガブリエル派の内情を知るチャンスだもの」
自分の所に戻ってくることが分かれば、スパイに出来るってことか。一方ガブリエルは自分の派閥に取り込めるチャンスってことで受け入れたって感じかな。
「だから最後の一人であるバラキエルを自分の派閥に取り入れようと、どちらも必死になって探しているのよ。ガブリエルは海を……ラファエルはまだ探していない大陸の遺跡を探してるって噂で聞いたわ」
「じゃあその勝負はガブリエルが勝ったんだ」
海を探したガブリエルの勝利ってことだな。
「ファントムなんて予想外の敵が現れなければね。今回飛行船も壊されちゃったし、失態として教皇に話すでしょうからね。ラファエルにもバレて、それこそ全軍がやって来るんじゃない?」
全軍がやって来る。……この作戦。本当に間違ってなかったのかな?




