閑話 十頭卑弥佳①
今回と次回は閑話となります。
ヒミカ視点で、トビオから逃げた後の話になります。
トビオの暴走から逃げ出した私は、そのまま町の外に逃げることにした。
こうなった以上、この町にはもういられない。トビオが私達の仲間だったのは、調べたらすぐに分かることだ。
「ヒミカ! 今すぐ戻りなさい! アイツ……絶対にぶっ殺してやる」
「落ち着いてリカ! 今戻るのは自殺行為でしょ! 一旦体制立て直さないと……」
私はリカにそう説得したが、もう戻る気はなかった。
スバルがあんな無残な姿にされていたんだ。そりゃあ私だって、リカと同じようにトビオに対しては怒っている。いや、殺意さえ抱いている。
でも、多分私達じゃトビオに敵わない。私達の中で一番強かったスバルでさえ、あんな簡単に殺されているんだ。それにリカは足が動かないようだし……。
一体トビオはリカに何をしたの? それが分からないと、何も出来ずにトビオに殺されてしまう。そしてトビオに体を……考えるだけで虫唾が走る。
私は街道から少し逸れ、見つからないように木陰に隠れることにした。
そして、鞄から手鏡を取り出す。
「ちょっとヒミカ! 貴女まさか……」
「こうなった以上、もう連絡しない訳にはいかないでしょ。それにプラナ様なら、トビオの魔法のことを何か知ってるかもしれないじゃない」
私達はトビオのことを何も知らない。あんな最低なクズ野郎のことなんて興味もなかったから。
私は手鏡に魔力を流し、少し待つ。しばらくすると、その鏡にプラナ様の顔が映った。
「ヒミカですか? 貴女から連絡が来ると言うことは、目的の町に無事潜入できたのでしょうか?」
プラナ様はご自身の魔法や、ご自身の力を分け与えた部下の居所は調べることが出来るのだけど、私達のように、別の名付き天使で部下に命じられた者の居場所は調べることが出来ないらしい。
「ええ、無事に町へは辿り着くことが出来ましたが、問題が発生しました」
「問題……ですか?」
私はプラナ様に、トビオが命令を無視して町の住民を殺したこと。その為、スバルを見張りに付け、私とリカで情報集めをしていたこと。そして、その間にトビオはスバルを殺し、現在も町で暴れている旨を説明した。
「……情報は集まったのですか?」
「え? ええ、必要な情報はすべて集まったかと」
私としては情報のことよりもトビオの対処について聞きたかったんだけど……。
「では今から貴女達を回収します」
「ちょっと待ってください! トビオはどうなるんですか!?」
「心配せずとも、四人全員回収します。トビオに関しては戻ってきてから処罰します」
それならまぁ……。
「畏まりました」
「では、召喚されるまで少し待ちなさい」
手鏡の通話が一方的に切れる。今は召喚されるのを待つしかないか。
「トビオ……戻ったら絶対に殺してやる……」
リカはずっとそれしか言わない。でもプラナ様もいるし、もうリカが死ぬことはないよね。
それよりも……私はあの時逃がしてくれた一人の男性のことが気掛かりだった。
シオンさん……死んでないよね?
――――
暫く待つと私達の足元に魔法陣が現れ、私達は帰還することになった。
この召喚時の体が無くなりそうな感覚は何回やってもこの召喚には慣れない。
召喚され、目を開けると、そこには思いもよらない光景が広がっていた。
「トビオ!? ……死んでるんですか?」
召喚されたスバルの死体の隣にトビオの死体があった。トビオは胸のあたりに刃物で斬られた跡があった。
さっきまでトビオを殺すって言ってたリカも呆然としてる。
「やはり貴女方がトビオを殺した訳ではないのですね。……あの町には名付き天使をも殺せる人物がいるということですか。これは貴女方から詳しく話を聞く必要がありますね」
正直私も混乱しているから、少し落ち着きたかったけど、プラナ様の様子からすぐに報告しなさいとの空気を感じる。仕方がないので、私はシオンさんに聞いた話をプラナ様に報告することにした。
ファントムのこと、彼らが何処から来て何処にいるのか。そしてファントムの目的。
恐らく七大天使であるバラキエルは、すでにファントムの手に落ちていること。それからロストカラーズのこと。
それからファントムは撤退して既に町にはおらず、もう来ることがないことも含めて伝えた。
「……貴女方は、それほどの情報どうやって知ったのですか?」
「それは……」
私はシオンさんのことを話すかどうか迷った。
シオンさんは最後まで否定していたけど、日本人なのは間違いなかった。恐らくシオンさんは、私達のように召喚されたんじゃなくて、ゲートとやらでこの世界に来た異邦人なのだろう。
異邦人については話に聞いたことがあったが、差別され、酷い目にあっていたらしい。もしかしたらシオンさんも随分とひどい目に遭ってきたのかもしれない。だから日本人だと言うことを隠しているのかも……。
私達に色々と教えてくれたのは、同じ日本人だから……って可能性はないだろうか?
同じ日本人として少しでも役に立ってくれたんじゃないかな?
でも、それをプラナ様に話したらどうなるだろう。
恐らくトビオを殺したのはシオンさんだ。私達を逃がした後、戦って勝ったんだ。
それをプラナ様に話したら、シオンさんは名付き天使を殺せる実力者として、脅威を感じて消されるかもしれない。
それに、トビオを殺した人物と、ファントムの情報を与えた人物が同一人物だと知ったら、この情報も罠だと思われるかもしれない。
……私だって、あんなに簡単に情報を流すなんて怪しいから、罠かもしれないと少しは思ってる。
それでも、シオンさんは私とリカを逃がしてくれた。だから信じたかった。
「情報を持っている人間が男だったので、私の魔法で知ってることを無理矢理聞き出しました」
私が言い淀んでいると、リカが横から報告した。リカがシオンさんを庇った?
リカの魔法は相手を誘惑する。リカが手に入れたレミエルは、本来幻影を支配する天使らしい。
それをリカが相手に幻を見せるだけの魔法にせずに、相手の心に幻を見せ、支配する魔法にした。
リカが魔法を唱えると、相手は思考能力が低下し、リカに従うようになる。
今回はシオンさんに使用し、話を聞きだしたことにしたんだ。実際にはシオンさんにはリカの魔法は効かなかった。それなのに……リカはどうして嘘を?
「そうですか。確かに貴女の魔法なら相手は嘘を吐くことが出来ないでしょう」
プラナ様もリカの魔法の能力は知っているので、納得してくれた。
「しかし、そうなりますと、トビオを殺した人は何者なのでしょう? 二人に話によるとファントムはあの町から撤退しているようですが?」
「恐らくトビオを殺したのは、私達を逃がした冒険者だと思います。私が動けなくなった後に、一人の冒険者がやってきて、私達を逃がしてくれました。恐らくその者だと思います」
「その冒険者の詳細は分かりますか?」
「申し訳ありません。偶々町にいた、Aランク冒険者ということしか分かりません」
「たかがAランクの冒険者が、天使の力を持つトビオを殺せると思っているのですか?」
「その冒険者には、何故かトビオの魔法が効きませんでした。トビオが驚いているのも確認しましたから、恐らく事実だと思います。魔法が効かないトビオを殺すのは容易だと思います」
トビオの運動神経は全くと言っていいほどない。それはこの世界にか来てからも変わらない。だから私達はトビオが弱いと決めつけていた。
「確かに魔法が効かないのでしたら、負けるのも肯けます。ですが、天使の力が効かない冒険者……ですか? 一体何者です?」
「その冒険者はエルフの秘宝のお陰だと言ってました。ペンダントのようでしたが、そのペンダントに魔法を防ぐ効果があったそうです。一瞬しか見ておりませんが、確かに強力な魔力を秘めてると感じました」
「エルフの秘宝……その者はエルフだったのですか?」
「見た目は人間のようでした。ですが、私は本物のエルフを見たことがないので、分かりません」
リカはプラナ様からの質問に淀みなく答える。リカはシオンさんのことを伏せてはいるが、嘘は吐いてない。シオンさんがA冒険者なのも、あの町の住民じゃないのも、エルフのお守りのことも全部直接聞いた話だ。だからプラナ様もリカが隠していると気がついてないように思う。
でも……何でリカはシオンさんを庇い続けるの?
「……その冒険者はスライムを連れていませんでしたか?」
スライム? あの町でスライムのを連れた冒険者の話は聞いた。シオンさんはファントムの仲間のように言っていた。
でも、何でプラナ様がスライムの冒険者のことを知ってるの?
「いえ、スライムは連れていませんでした」
リカもスライムの冒険者の話をしない。シオンさんが、スライムの冒険者じゃないけど、一ヶ月前まで居たことは言わなくていいの?
「そう……」
プラナ様は少し当てが外れたような表情を浮かべる。何なんだろう一体。
だが、それは一瞬のことで、すぐに元の表情に戻った。
「では確認しますが、ファントムという組織が、別大陸からやって来て、ここより遥か西の土地を拠点としている。ここまではいいですね?」
「はい。どれ程の距離があるか分かりませんが、この大陸からかなり離れた位置のようです」
「恐らく私の魔法が消えた辺りでしょう。あれもここから西の海でした」
それは行く前に聞いていたから知っている。私達の報告わ聞いてから出発するって話だったはずだ。
「ファントムの目的は我ら母なる大地への侵入。これも間違いないですか?」
「ええ、確かにそう言ってました。既に場所も分かっていると」
プラナ様他、大天使の方々はロストカラーズという言葉を使わない。
「場所を知っている……にわかには信じられませんが、それでも、我々よりも知っていることは多そうですね」
プラナ様や教皇様はこの大陸から出ていないので、ロストカラーズの場所は知らない。
「分かりました。では二人は休んでいいです」
「休んだ後は、またあの町に行けばいいのでしょうか?」
あの後町はどうなったのだろう? トビオが死んだから町は無事だろうけど……シオンさんは無事なのかな?
「いえ、あの町からファントムは撤退したのでしょう? でしたら、もうあの町に行く必要はありません。トビオを殺した冒険者が少し気にはなりますが……貴女方は既に面が割れているので、これ以上の探索は難しいでしょう。かといって、貴女方以上の適任もいません。それよりもファントムの方を優先させます。数日後に出発する偵察部隊には入れませんが、次回は貴女方にも参加してもらいますから、それまでは待機を命じます」
「あの……私の足、動かなくなったんですけど、治すことって……」
リカの足は結局動かないままだ。ケガもしている様子はないのに……。
「残念ですが、もうその足は動くことはありません」
「「えっ!?」」
その言葉に二人で驚く。もう……動かない?
「トビオの魔法は対象に死を与えること。その足は怪我でも病気でもなく、すでに死んでいます。動くことは適いません」
「そんな……」
私はがっくりと項垂れるリカを後ろから支える。そんな……そんなことって……。
「何か……何か方法はないのですか?」
「その足を捨て、ホムンクルスの技術を応用すれば、新しい足を用意することは出来ます」
それって……要は本物そっくりの義足ってこと?
「少し……考えさせてください」
だよね。歩けようになるって言っても、自分の体の一部を無くすってのは凄く勇気のいることだと思う。
「そうですか。必要になればいつでも言いなさい。医療室にいけばすぐに交換できるよう手配しておきます」
「……ありがとうございます」
「それでは私は教皇様へ報告に向かいます」
そう言ってプラナ様は二人の遺体を浮かび上がらせる。……これも魔法なのかな?
「あの……その二人をどうされるんですか?」
「まずは二人の体内に入っている天使を回収します。その後は……トビオの方は教皇様が興味を持っておられましたので、教皇様へお渡ししましょう。スバルの方は……破損が酷いですね。こっちは処分することになるでしょう」
「処分って……」
プラナ様のあんまりな言葉に私は言葉を失った。私達はプラナ様の部下でプラナ様の為に働いていた。
少しくらい死を悼んだり、労いの言葉があってもいいんじゃない!? それなのに、壊れた道具みたいに処分って……。
「もういいですか?」
プラナ様はもう私達に興味が無くなったようで、こちらを振り返らすに去って行った。
私はやるせない気持ちを感じながら自室に戻ることにした。




