第237話 フェンリルの遺跡に行こう
《シオンちゃん!! わんわんなの! 可愛いの。モフモフしたいの!》
「落ち着けスーラ。そんなに興奮すると……ほら、すぐ逃げちゃうじゃないか」
興奮したスーラの覇気に怯えて逃げる狼。正直スライムに怯えて逃げるってどうなんだ?
《うー、残念なの。シオンちゃん。次こそはゲットするの》
ゲットって。俺はどこのモンスターマスターになればいいんだ?
「うーん。正直、僕はちょっと苦手かな。可愛いと思うし、モフモフには触りたいけど……僕が近づくと、毛が逆立っちゃうんだよ」
……静電気かな?
漏電するから海には入れないし、モフモフにも触れない。そう考えると、デューテも色々と苦労してそうだ。
「皆、ここへは狼を捕まえに来たんじゃないんだからね。目的を忘れちゃ駄目だよ」
珍しくトオルが真面目なことを言う。いつもなら今の狼の種族や蘊蓄を語りそうなんだけど。
「ちゃんと分かってるって。でもさ、どうせ一番奥に置いてあるんだし、道中くらいまったり行こうよ」
「もう、僕たちには時間がないんだよ。急がないと……」
なんかトオルらしくないな。……もしかしてコイツ……。
「トオル。お前もしかして狼が苦手なのか?」
俺がそういうと、ピクッとトオルが反応する。えっ!? 本当なの?
「……犬は、子供の頃に噛まれたから、好きじゃないんだよ」
トオルはポツリと呟く。マジか……トオルにも嫌いなものがあったのか。
「恐らく、この先も結構現れると思うぞ。苦手なら外で待ってた方が良くないか?」
「別にダメって訳じゃないよ! 単純に愛でたりする気持ちにならないってだけ! それに近づかなければ平気だよ」
そのわりには、今の言い訳も必至に見える。
「第一、僕が一緒じゃないと、シオンくん達はいつまで経っても出てこない気がするよ」
うっ、それは否定できない。特に今回はスーラがかなり喜んでる。まさかスーラがモフモフ好きだったとは知らなかったよ。
「だからさ。ねっ、早く目的のものを手にいれて帰ろうよ!」
仕方がないな。まぁ、そもそもここにいるのが寄り道みたいなものだし。さっさと帰らないと怒られそうだもんな。
――――
俺達は【トールの遺跡】を出た後、この【フェンリルの遺跡】に来ていた。
本当は来る予定なんかなかったが、トオルが核があと四つ、計五個欲しいと、我が儘を言い始めたからだ。
結局トールの宝物庫には一つしかなく、トールの遺跡に使われていた核を回収して二つ手に入れた。
だが、残り三つ足りない。
そもそも何で五つも必要なのか。それをトオルに尋ねた。
「中央の島と、四方の島。全部に欲しいよね」
とのことだった。
俺はてっきり城塞都市は一つの島に建設するだけだと思っていた。でも、トオルは四つの島全てに城を建設予定だった。
トオルの計画では、四方の島に、それぞれ別々の特徴のある城を建設。
その全てを攻略すると、結界が破れ、中央の島へ辿り着くことが出来る。
中央の島は城なんか建てるスペースはないのだが、トオルは高くそびえ立つ塔を建設したいそうだ。
俺の頭には四天王と魔王という言葉が思い浮かんだ。
これって、完全に攻略される敵側の視点になってるけど、タワーディフェンス系のゲームみたいで、すごくワクワクする。
正直、天使達がドライ海峡に着くまでに、四つの城が完成するとは思えない。現に今はまだ一つ目の島も完成してない。
だけど、そのロマンを追うために、この【フェンリルの遺跡】へ核を回収しに来た。
トールの話によると、方舟に乗る際に、ロキとフェンリルも核を持っていたらしい。フェンリルはここで使用しているはずだから、少なくとも一つ。ロキの核もあれば、二つ手に入る可能性がある。
俺はこの遺跡について詳しく知らないため、入る前に、冒険者ギルドのクリスにケータイで聞いてみた。
この遺跡は魔狼族と呼ばれる狼の魔物が多く現れるらしい。
赤の属性を持つファイアウルフ、青の属性を持つフロストウルフ。黒の属性を持つシャドーウルフなど、属性に応じて名前は違うが、総じて魔狼族と言うらしい。
他にも魔狼族の上位種として、シルバーウルフ、ウェアウルフ、ダイアウルフ種がいるらしい。
ダイアウルフはモンスターカードにもなってないので、見つけたら是非写真に納めたいな。
ちなみにこのフェンリルの遺跡はすでに殆ど攻略されているらしい。
結構強そうな魔物も多そうだけど、出てくるのが狼系だけなので、対策が立てやすいそうだ。
だが、油断は禁物。素早い動きと、高い攻撃力。余程ベテランの冒険者グループでないと、奥までは進めないそうだ。
なお、核のようなものは見つかっていないらしい。トールに言わせると、隠し部屋が最奥部にあるらしいから、攻略した冒険者が探せなかったんだろう。
だから俺達は最奥部を目指して攻略していく。
――――
「なあ、何で狼達は姿を現せないんだ?」
最初のあれっきり、狼は全く姿を現せなかった。お陰でスムーズに攻略はできるんだが……物足りない。
《わんわんの気配はするのに、姿は全然見えないの》
スーラも狼が出てこなくて、しょんぼりしている。
「攻略が進んで良いことじゃないか」
狼……というか、犬が苦手なトオルは一人意気揚々と進んでいく。
《狼どもは五感が優れておるからな。我らの強さに敵わぬとみて、現れぬのだろう》
強さに敏感なのかな。まぁ確かにこの面子で動き回っていたら、どんな魔物も逃げ出すか。
《うー、私もシオンちゃん以外の乗り物が欲しかったのに、残念なの》
スーラめ。何気に俺を乗り物扱いしやがった。くそっ、肩から叩き落としてやろうかな。
―――――
《あっ! シオンちゃん! 前の方にヘンテコなわんわんがいるの!》
変なわんわん? 前の方って言うけど、暗くて俺にはまだ見えない。懐中電灯の明かりを照らしてもそれらしい姿は見えない。
気配を探ろうにも、あちこちに隠れている狼の気配があるので、よくわからない。
「デューテ。前の方に変な魔物がいるらしいんだけど分かるか?」
「変な魔物ぉ? ……えいっ!」
デューテは手から電撃を放つ。
おいおい、何ぶっぱなしてるんだよ!
「あっ、確かに狼っぽいのがいたね」
デューテの電撃の明かりで一瞬だけ姿が見えた。かなり遠くの方だったな。
「ちょっ、ちょっとデューテくん! 今度はもっと明るく照らしてくれないかい!」
トオルが急に興奮したように叫ぶ。
「もう、わがままだなぁ」
デューテは文句を言いながらも、今度は電球のようなものを召喚し、前方へ飛ばす。
うん、随分と明るくなった。ってか、そんな魔法が使えるなら早く使って欲しかった。
さて、スーラが言ってた変な狼はどこ……。
探すまでもなく、姿が見えていた。俺はその姿を見て絶句する。
《ほら、ヤッパリ変なわんわんなの。体は一つなのに頭が三つもあるの。でも、モフモフじゃないからどうでもいいの》
スーラの言う通り、正面の魔物の頭は三つあった。俺はその魔物の名前を知っていた。
「ケルベロス……」
地獄の番犬ケルベロス。目茶苦茶有名な魔物だ。しかし……そのケルベロスは、デューテの最初に放った電撃のせいで、ひどく怯えており、子犬のように小刻みに震えている。えっ!? 本当にこれケルベロスなの?
「ってか狼じゃないじゃん!」
俺は思わず声に出してツッコむ。地獄の番犬って犬じゃん! いくら似ているからって、それでいいのか?
「ねぇシオンくん。ケルベロスだよ。捕まえようよ!」
トオルが興奮して俺に言う。
「トオル……お前、犬が苦手じゃなかったのか?」
「苦手だよ。だから僕は近づかないから頼んだよ」
苦手だから退治するって選択肢はないのか。まぁ神話マニアのトオルなら仕方ないか。
「しかし……随分と情けなさそうな犬だぞ。本当にあれでいいのか?」
探したら他のケルベロスもいるかもしれない。
「いや、多分あの子だけだよ。ほら、あんなに怯えてるのに逃げないでしょ。どれだけ怖くても、あそこをしっかり守ってるんだよ」
そっか。確かケルベロスって門番の役目をしてるんだよな。なるほど、あそこを守るように命令されてるから、どんだけ怖くて震えていてもあそこから動かないのか。
「ん? 誰かに命令されてるのか? 誰に?」
もしかして飼い主がいるのか? フェンリルの遺跡で最奥部の前にいる番犬。ってことは主は……。
「もしかしてフェンリルがいる?」
生きてはいないだろうが、英霊がいる可能性があるかもしれない。いや、フェンリルだけじゃない。ロキもいる可能性がある。
「トール。ロキとフェンリルの英霊っていると思うか?」
《いや、間違いなくおらん。気配が全くせん。恐らくあやつは核に命令されておるのだろう》
恐らく一番詳しいトールが言うんだ、間違いないだろう。
「核に? 核って自我があるのか?」
さっき回収した核に、自我はなかった気がする。
《自我があるわけではない。核を発動する際に、そういう命令を飛ばすのだ》
分かりにくかったので、詳しく聞いたところ、プログラミングみたいなものみたいだった。
今回の場合、核には【魔素溜まり】から魔物が発生した場合、一番強い一匹が必ずここで門番の役目をしろ。そんな風な命令ではないかという話だ。
《我の宮殿では自動修復と、結界の発動、魔力が溜まれば電撃を発する三つの効果があった》
シクトリーナは自動修復と結界と……それだけかな? いや、転移扉もかな?
《主らはあの魔物をテイムしたいのだな?》
「ああ、出来ればテイムしたい」
《であれば我に任せるがいい》
「えっ? 大丈夫なの?」
トールの魔法は雷だ。テイムなんて出来ないんじゃないのか?
《我は生前、何度かここに来たことがある。フェンリルが我を例外登録しておれば、核を操作することが可能のはずだ》
例外登録……そういえば、シクトリーナも勝手に転移が使われないように、登録した人じゃないと、転移扉の使用が出来ない。そもそも見えもしないって話だったな。
それと似たようなものかな。
トールは鳥の姿のままケルベロスに向かって飛んでいく。……大きさから考えると、一口で食べられそう。
まぁ実際は、鳥型でもトールの方が無くなったわけではない。その為、気配に敏感なケルベロスの方が怯えてる。
トールはケルベロスの前で止まり、話しかけているようだ。
鳥型は念話だし、少し離れているため、何を話しているか分からない。
が、しばらくすると、ケルベロスがトールに向かって頭を垂れた。
どうやら説得に成功したみたいだ。
トールが羽を広げてこっちに来るようにとジェスチャーする。
トオルの方がケルベロスに近づくのを躊躇していたので、無理矢理引き連れて、トールの元へと向かった。




