第236話 核を回収しよう
「よし! じゃあ夕方までには帰ってきたいから、早く出発しようか」
今日は【トールの遺跡】に核を回収しに行く日だ。メンバーは俺とデューテ。回収するだけだから人数はいらないしね。
「……ねぇ。そんな日帰りじゃなくてさ。数日くらいかけてさ、ゆっくりしようよ」
いつもより元気のないデューテが言う。
「……お前、単に修行に帰りたくないだけだろ」
「あたりまえだよ! あんなキツイ修行。誰が好き好んでやりたがるんだい!」
来るべき天使との戦いに備えて、デューテはリュート達とアインス砂漠で修行中だった。今回は俺が参加してないから、ブートキャンプじゃなく自主練的な予定だったんだけど……単純にリュート達がブートキャンプの修行しか知らなかったから、今回も似たような修行になっているらしい。
まぁデューテも、文句を言いながら付き合ってるから、強くはなりたいんだろう。
ただ、そのデューテすら逃げ出したくなる存在が今回参加している。言わずもがな姉さんだ。
姉さんはセラ達を育てている時は、結構甘い感じだったんだけど、自分には厳しい。今回は俺の急成長も相まって、余計に張り切っているようだ。それに周りも釣られているみたい。
結果、俺の時よりも遥かに厳しい修行になっているようだ。帰りたくなくなる気持ちも分からんでもない。
「気持ちは分かるが駄目。俺だってあまり時間取れないから今日中にトールの宮殿の探索は終えるぞ」
「ぶーぶー! 横暴だよ!」
「お前……少しは年を考えろよ」
デューテは見た目は中学生っぽいが、既に三十を超えてる。ってか本当の年齢は知らないな。もしかしてアラフォーの可能性も……?
「なっ!? 僕みたいなカワイイ子にはね、年齢は関係ないんだよ! それに僕だってこの一年で少しは成長したんだよ!」
デューテの成長が止まっていたのは、トールと契約していたからだ。今は契約も解除になっている為、成長が再開したらしい。……のだが、正直何処が成長したのかさっぱり分からない。
「……本当に成長したのか?」
「ふふん! この一年で身長が五ミリとバストが一センチも増えたんだよ!」
ドヤ顔でデューテは答える。
「一年で五ミリ……ただの誤差じゃ? それに胸も……」
どう控えめに見ても増えてるようには見えない。
「キミは失礼だね! ってかそんなにジロジロと胸を見ないでよ! エッチ! ルーナとラミリアに言いつけるよ!」
「いや、胸が成長したって言われたら、誰だって見るだろ! 不可抗力だ」
こんなことで二人に怒られたくはない。
「なら今日は泊まりで。ねっ、いいでしょ?」
「それはない。泊りになったら本当に怒られるだろうが! よしさっさと行くぞ」
俺を脅してサボろうとするのは流石に甘い。
「あっ!? ちょっと待ってよ!」
俺がさっさと転移しようとすると慌てて追いかけて掴まった。
――――
「シオンくん。遅いじゃないか!」
「……何でトオルが居るんだ?」
トールの宮殿には既にトオルが待機していた。確かに今日行くって話はしたが、トオルも何やら忙しそうだったので誘いはしなかったんだ。まさか待ち構えてるとは思わなかった。
「ってか、待ってるくらいだったら、さっさと探索すればよかったじゃないか」
別に俺達を待つ必要はなくないか?
「だって一人で探索してもつまらないよ。こういうのはね、皆で探索するから面白いんだよ。力を合わせて障害を乗り越えたり、最奥で宝を見つけた感動は一人じゃ味わえないんだよ」
「いや、今回はそんな大冒険じゃないから」
今回はダンジョン攻略じゃなくて、知り合いの家にお邪魔する感覚だ。
「僕はね、主がいるのに不在の状態で入るほど無法者じゃなよ」
そういってトオルはドアを開ける。……いくらここに主がいるからって、その主の許可は貰ってないぞ。まぁ否定はしないだろうけど。
――――
宮殿内は前回と全く変わらない。結界内は電磁波で体は重いし、至る所に電流が走ってる。
ん? ちょっと待てよ?
「なぁ、デューテが空けた大穴とかどうなってるんだ?」
外から見た感じ、大穴はなかった気がする。それに、あの時は魔法でいろんな場所が欠けていたが、現在は壊れた形跡はない。
《我の宮殿には自動修復機能が備わっておる。まぁあれは巨大な穴だったから、修復に結構な時間を有したであろうがな》
なるほど。シクトリーナと同じように自動修復機能があるのか。ってことはそれも核ののうりょくなのかな? 壊れても自動で元通り……こうなってくると。俄然核が欲しくなるな。
「それで、宝物庫は何処なんだ?」
「こっちだよ!」
トールでなくデューテが答える。デューテもこの宮殿の内部は知り尽くしているみたいだ。
「そういえばこの宮殿には【魔素溜まり】はないの? 魔物が全然いないんだけど?」
一年前の決戦の時も魔物はいなかった。だけど、こんだけ魔素が集まってるんだ。
【魔素溜まり】がないと逆に不自然だ。
《ここの魔素は全て雷に変換する。だから【魔素溜まり】は存在せん》
「へえ、そんなことも出来るんだ。それも核の能力か?」
《その通りだ》
【魔素溜まり】の代わりに雷に変換か。これってかなり有用かもしれない。
「……ん? じゃあ何でこの宮殿の遺跡難易度がSなんだ? いくら結界内が電磁波や雷まみれでも、魔物が出なかったらそんなに難易度高くないんじゃないか?」
シクトリーナみたいに極悪な罠が沢山あるわけでもない。ならAランクの冒険者パーティーなら十分に攻略可能だと思う。
「キミねぇ。キミくらいの魔力なら少しだけ体がピリピリしたり、体がちょっと重くなるだけだろうけど、Aランク冒険者程度なら、中に入っただけで黒焦げになっちゃうよ」
デューテが呆れたように言う。そうだったのか。全員同じ効果だと思ってた。
《まぁ仮に宮殿内に入ってくる不届き者がおったが、その時は我が返り討ちにしておったわ》
がははっ、と笑いながらトールが言う。
トールが相手とか、魔物どころかラスボス、いやクリア後の隠しボスと戦うレベルだぞ。それなら攻略不可能なのは当然か。
「それにしても、ヤッパリここは居心地が良いね! 力が溢れてくるみたいだよ。ねぇシクトリーナにもこういう場所を作ろうよ」
「……お前には居心地いいかも知れんが、俺達には最悪な環境だからな。ってか、それ以前にお前はただの居候であって、城の人間じゃない!」
なんで居候の為のプライベートルームを作らねばならぬのだ。
「ちぇっ、ケチなんだから」
いや、ケチとかそういうもんじゃないと思う。……でも、デューテもアイラと旅して随分と仲良くなってたみたいなんだよな。その内、居候じゃなくて本当に居座ることになりそうだ。
――――
《ここが宝物庫だ》
目の前には一回り大きな扉。他の扉に比べて装飾も豪華で、一目見ただけで宝物庫だと分かる。ってか、宝物庫って隠してないんだ。てっきり隠し扉か何かだと思ってたよ。
まぁ隠してなくても、この扉を見たら誰も入らたがらないかもしれないが。
「……これって本当に入れるのか?」
扉はバチバチとプラズマが発生している。触ることはおろか、近づくだけで感電死してしまいそうだ。
《賊対策だ。厳重にするのは当然であろう》
確かにそうだけど……。
「僕は平気だよ。キミだって、ちょっとパチッてするくらいじゃない?」
そんな静電気みたいに言われても……。
「まぁデューテが平気って言うんなら、デューテが開けてくれよ」
「ったく、意気地無しだなぁ」
そう言いながらもデューテが扉を開ける。いや、意気地とかじゃなくて、単純にパチッとでもしたくないだけだ。
《どうだ。これが我の宝物庫だ!》
鳥型のため見た目は変わらないが、それでもトールがドヤってるのは伝わった。
しかし……これはドヤりたくなる気持ちも分かる。
宝物庫の中には数多くの武具に金塊。用途が分からない道具が沢山あった。まさに財宝って感じだ。
《今の我には必要なものは殆どない。好きな物を持ち帰って良いぞ》
「マジで!?」
うわっ、一気にテンション上がった。えっ!? 本当にここにある物貰っていいの?
《ただし、一つだけ条件がある》
「条件?」
何だ? 俺は思わず身構える。これ程の対価だ。とんでもない条件をつき出すんじゃないだろうな?
《ここで人型に戻ってもいいだろうか? 我も自分の武具を持ち帰りたい》
「なんだ。そんなことか。別に構わないぞ」
変に身構えて損した。確かに人型になれば、この中の武器も装備できるもんな。装備したままなら次回以降変身しても装備したままだ。ってか、時間に制限はあるけど、規制はしてなかったはずだが。
《感謝する》
トールは礼を言うとデューテから離れて人型にチェンジする。
「久しぶりに見たけど、やっぱその姿のトールはカッコいいね!」
デューテも久し振りなんだ。てっきり毎日のように人型になってると思ったんだけど……。
「ふむ。鳥型も楽ではあるが、やはりこっちの方がしっくりくるな」
トールは声を発した。そういえば人型は念話じゃなくてちゃんと喋れるんだったな。
トールは少し体の状態を確認した後、宝物庫内にあった籠手を装着し、帯のようなものを体に巻く。
その後で、巨大な鎚を持ち上げる。もしかしてあれがミョルニルなのかな?
「……以前の我よりも体格が小さくなっておるから、これではちと大きいな」
トールはそういうと鎚に魔力を流す。すると、鎚は一回り小さくなる。
うおっ!? そんなことも出来るんだ!
「ふむ、これなら十分使えそうだな」
「なぁ、それがミョルニルなのか?」
「そうだ。籠手がヤールングレイプル。帯がメギンギョルズ、そして槌がミョルニルだ」
籠手と帯にも名前があるんだ。ってことはその二つも魔防具ってことかな?
トールは使用感を試すように宝物庫内でミョルニルを振り回す。
「おいっ! 危ないだろ!」
「おお、すまん。嬉しくてついな。ほら、主らも適当に選ぶとよい」
「そうだな……って、武器が目的じゃねーし!」
思わず物色しようとしたが、ここには核を探しに来たんだった。
「でもさ、シオンくん。ここは本当にスゴいよ。この槍なんて物凄い魔力を感じるよ」
トオルが一本の槍を手に取る。確かにその槍は他の武器よりも更に凄そうだ。
「それはグングニルだな。我が父オーディンの愛用武器だ」
グングニル!? オーディン!? またとんでもない名前が出てきたな。
って、オーディンって、トールの父親だったの?
「そういえばオーディンの遺跡はないのか?」
「オーディンはこの地には来ておらん。あちらの戦争でフェンリルに食われて死におった」
食わっ!? えっ? つい先日聞いた話じゃ、フェンリルってロキの息子だよな。何で食われてるんだよ! しかもロキの次男はトールと殺し合いをしてるし……本当に北欧神話の人物相関が訳分からないよ!
「本来ここにある核はオーディンが使用するはずだった」
だけどオーディンは来なかった。だから余ってるのか。
「ほら、あったぞ」
トールは俺に向かって核を投げる。
「うわっ!? 危ないだろ。落として壊れたらどうするんだよ」
冗談抜きで危うく落とすところだったぞ。
しかし、これが核か。シクトリーナの核は何度か見たことあったけど、全く同じものみたいだ。
「よし、これでドライ海峡に城が作れるな」
さてと。目的の物は見つかったし、他のお宝を物色しようかな。
「ねぇ。……これあと四つ手に入らないかな?」
「はぁ? 四つ?」
またトオルが訳の分からないこと言い始めたぞ。




