第230話 待ち構えよう
「シオンくんさ。マフィア壊滅前に頻繁に門を通る人物がいるか調べるように言ったの覚えてる?」
俺とラミリアはホーキングに話を聞きに来たらホーキングからこんな質問が飛んできた。
「ああ覚えてる。マフィアの中に潜んでいる天使を探そうと思ったんだよな」
だけと、その回答を待たずにアジトを攻めることになったんだ。そして、ダリオを見つけたから、結局無駄になってしまった。
「それで門番から話を聞いたんだけど、この一年、毎月必ずやって来る商人がいるらしいんだよ」
「もしかして、そいつが伝令の天使で、商人の真似事をしてダリオに接触していたと?」
まさかダリオの方じゃなくて、伝令の方が引っかかるとは……。
「可能性は高いんじゃないかい? 行商人なら定期的に来ても怪しまれないし、マフィアと取引しても不自然じゃない。それに、他の町にも同じように毒を配ってたとしたら、偽装としては最適じゃないかな?」
確かに行商人なら固定客がいるからと毎月訪れても変ではない。他の港町にも訪れやすしだろうし、最適には違いない。
しかし、流石に空を飛んで侵入したとは考えにくいと思ってたが、まさかこんなに堂々と侵入していたとは……。
「ってことは、その偽商人を捕まえればいいのかな? マフィアの実験した毒を売った罪として処罰しても問題なし?」
「うーん、出来なくはないと思うけど、旅の行商人をいきなり捕まえるのは無理があるかな。先に何か証拠を手に入れることが出来ればいいんだけど……」
マフィアと違って、行商人に後出し証拠は無理か。確かに俺だって領主の方を疑ってしまう。
しかし証拠と言っても、取引現場を目撃……は相手が死んでるから無理だし、荷物改めも理由がないと出来ない。
「じゃあ大っぴらじゃなくて、暗殺か?」
「シオンくん。暗殺するなら町の外でしてよね」
やっぱりそうなるよな。ルーアン殺人事件でお尋ね者にはなりたくない。死体も一緒に処分をして……いや、町に入った記録は残る。
現時点で門番は協力的だが、もし調べた行商人が行方不明ってことになったら、ホーキングの信用ががた落ちだ。
「どうせその天使が町に侵入するまではどうにも出来ませんから、町の中で尾行して、相手がガブリエルと通信しそうならその前に取り押さえればいいのでは?」
「確かに相手がどんな行動をするか分からないから、それが一番か」
ラミリアの言う通り、実際に行商人の行動を見ない限り判断できないか。
とりあえず、町に入ったらすぐに教えてくれるように頼み、この話は終了した。
――――
「あと、ドウェイン達のことなんだけど……」
俺はホーキングにもう一つの要件を繰り出すことにした。
「ああ、海に出すって話だよね。どうかな?」
「えっと正直に言うと、薬に関してはもう心配要らないんだ」
なにせティアマトが殆どの毒を持っていた。現時点で捕まってなくて毒に侵されている魔物は殆どいないだろう。だからテティスの部下や姉さんたちだけでなんとかなりそうだ。
唯一問題だったのが、今から流される毒だ。だがこれも遊撃隊の流す噂のお陰でどうにかなりそうだ。
当初は色んな所に毒に侵されている魔物がいると思ったし、これからも毒が撒かれ続けると思っていた。
そのために……って、思ったけど、その必要もなくなった。
だが、じゃあ別に船を出さないってことではない。彼らには別件で船に乗ってもらおう。
始めに聞いたときにも思ったが、彼らには海の冒険者になってもらおうと思う。
まぁ冒険者といっても、別に新大陸を発見するために大冒険……や、海の強い魔物退治を……とかではない。
新大陸発見は流石に経験や実力が足らなすぎる。
それから魔物退治はせっかく海魔王の二人と仲良くなったんだから、退治なんてするわけがない。
彼らには他の港町との交易ルートを見つけてもらおうと思う。
この世界、流通は商人の馬車くらいだ。そこで大型船で交易できれば馬車に入らない大型の荷物や大量の荷物を運ぶことができる。
そのための海流の動きなど、安全なルートを探してもらうのだ。
「って、考えたんだけど、どうだろ? 他の港町と連携がとれるようになると町の発展に役立つと思うけど……」
「確かにそれが実現したら面白くなりそうだね。こちらとしては大歓迎だよ」
ホーキングは賛成してくれるらしい。
「じゃあ決まりだな。詳しい話や船に関しては、数日後の天使が来てからってことで」
ホーキングにも異論はないようなのでその方向で話を進めることにした。
出来れば伝令の天使の件が片付いて、本命の天使が来る前には出発したいな。
――――
「シオン様! それらしい人物が来たそうですよ!」
「えっ!? もう来たの? 予定より二日も早いじゃないか」
ホーキングと話をした次の日にそれらしい商人が町の中に入ったと報告があった。
ダリオに聞いた予定日は明後日のはずだが……会うのは二日後の予定で前乗りしただけなのか、もしくは既に何か勘づいてるのか……。
「その商人は今どこにいるんだ?」
「今は町に入るための受付に並んでいるそうです。後三十分はかかるって話です」
町に入る前に報告に来るとか、門番はかなり優秀だな。
「そっか。じゃあ俺は気配を消して、対象を見張ってるよ。ラミリアはすぐにトオルに連絡してくれ」
「分かりました。……シオンさん。くれぐれも軽率な真似はしないでくださいね」
「分かってるっての」
ったく、ラミリアは俺をなんだと思ってるんだ。
《日頃の行いのせいなの》
(だったら尚更どう思ってるって話だ。それよりもスーラ。流石に今回は隠れてくれよな)
ラミリアがいるため、念話で伝える。
流石に伝令の天使ともなれば、俺のことを知ってる可能性はある。顔は分からなくても、肩にスライムって特徴は今は封印した方がいい。
《仕方ないの。でも、狭いとこはやだからこうするの!》
スーラは自身の体を変形し、俺の手首に巻き付く。これだけならただの紫色のブレスレットにしか見えない。
「それ、スーラはキツくないのか?」
何時間かかるか分からないし、変身しっぱなしなのは辛いんじゃないのか? 大人しく鞄の方がいいと思うけど……。
《別にいつもの丸型を変えてるだけだから、どうもないの》
スーラは元はアメーバ状でぐちゃぐちゃの体だ。それを体に魔力のコーティングすることでいつもの丸型を維持している。
そのため、形が変わろうが、その形でコーティングするだけなので、手間は替わらないそうだ。
それなら良いけど……心なしか丸型に比べて質量も減っている気がする。どこにいったんだろ?
それにしても、進化しても相変わらず中身はぐちゃぐちゃなのか。今はアークスライムって種族らしいけど、魔力解いて、アメーバスライムになったら種族も変わるのかな?
「本当にスーラさんって何でもありなんですね」
ラミリアも呆れたように言う。本当にその通りだと思う。
まっ、これでスライムだと気がつかれないだろう。姿を表す予定はないけど、安心して表に出れるな。
――――
「あれが例の商人か。とてもじゃないけど、天使には見えないな」
ラミリアの言う通り、商人が一人受付をしていた。報告に来た門番に話を聞くと、彼で間違いないらしい。
今商人と対応している門番は裏事情を全く知らないため、この商人に対して様子を探るとかはしてもらえない。ただ、ホーキングからバルデス商会に関することのみ話さないようにお願いしている。近々計画していることがあるから、それまでは内緒にしておきたいと言うと納得してくれたらしい。
「この町には良く来ますけど、いつもよりも活気に溢れているように見えますよ」
世間話のつもりだろうか、商人の方から門番に話しかける。
「そうかぁ? まあここ最近色々なことがあって、忙しいだけじゃないのか?」
「一つ前の町で聞きましたよ。何でもこの町に巨大な船が現れたらしいじゃないですか」
巨大な船? ……もしかして豪華客船のことか!? えっ!? マフィアの話じゃなくて豪華客船のことが噂になってるの?
と、考えたらあれはマフィアが潰れるもっと前だ。あれが今頃他の町で噂になってるのか。
「ああ、そういえばそんな話もあったな。俺は仕事中でここにいたから直接は見てないが、普通の船の五倍、いや十倍はあったって話だ」
「十倍ですか!? それはまた大げさではないですか?」
「いや、本当らしいぞ。目撃者は一人や二人じゃないからな。実際に見た奴から話を聞いたが、この町の領主の館よりも大きかったって話だぞ」
「領主の館よりも大きい! 想像もつきませんな。それで、その船は何処に行けばみられるので?」
「もうないぞ」
「はあ!?」
「どうやら領主が自家用船に購入を検討したらしいが、結局止めたらしい。その日のうちにどこかに行ったらしい」
「そんな……その船を拝むために前の町を早めに切り上げて来たのに……」
コイツ……船の為に二日も早く来たのかよ! あわよくば手に入れようとでも思ってたのか?
「ははっ、そいつは残念だったな。そもそも町の連中はそんな船のことなど既に忘れてるぞ」
「へ? そんな巨大な船があったのにもう忘れてるので? だってつい先日のことでしょう?」
「そうだな……十日と少し前か? まぁその後にこの町でそれ以上のことがあったんだよ」
「それ以上のこと?」
「ああ、実はこの町にのさばっていたマフィアが壊滅したんだ」
「ええっ!? マフィアって……ほ、本当に壊滅したんですか!」
おっ? この反応は本当に知らなかったみたいだな。
「ああ、なにやら反乱を起こそうとして魔道具開発中に自爆したらしいぞ。連中のアジトから煙が出てきたときは驚いたぞ」
マフィアのことで唯一口止めしたのがこれだ。紫の煙……本当は霧だけど。紫色ってことは言わないように念を押している。門番も紫色なのは印象が悪いと思ってくれたのか、疑問も持たずに納得したらしい。
「そ、それで……マフィアの皆さんは全滅したんですか?」
「いや、ボスともう一人側近が死んだって話は聞いたけど、それ以外は反逆罪で捕まって、つい数日前に王都の兵がやってきて、王都に移送した」
「その……亡くなった側近の方の名前は分からないですか?」
ダリオかどうか知りたいんだろうな。
「いや……多分聞いたが、忘れちまったな。なんだ? 気になるのか?」
「い、いえ。マフィアの方にも取引相手はおりましたから……せめて無事ならと思いまして」
「そういうことか。確かに商売相手だったら気にはなるよな。まぁ死んだ奴が商売相手か分からんが、生き残りは一人残らず王都へ搬送されたから、どっちみち無事とは言えんかもな」
「そ、そうですか」
「さて、長々と話してしまったが、受付は問題ない。あと最後に滞在期間だが、今回は何日くらいの滞在予定だ?」
「えっ? あー、そうですね。……あああっ!? しまった。前の村に忘れ物をしたのを思い出してしまいました。急いで取りに戻らないといけないので、町に入るのは後日にします」
「は? おい、町には入らないのか?」
「ええ、忘れ物を回収したらすぐに戻ってきますので、今回は結構です」
偽商人は慌てて外へと出て行く。これ……もしかして報告しに行ったんじゃね? トオルがまだ来てないけど、これは尾行するしかないな。




