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ロストカラーズ  作者: あすか
第六章 青に忍び寄る白
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第226話 診察しよう

「うわぁ」


 ティアマトがいる結界内に入った瞬間帰りたくなった。

 俺の目の前では巨大な蛇が、二メートルくらいのピンクのクラゲを追いかけ回していた。

 巨大な蛇……ティアマトは三十メートル位って聞いてたけど、絶対それ以上あるだろ。

 そしてピンクのクラゲはティアマトを顔付近をフヨフヨと浮かんで煽っている。……すごくウザい。多分あれ、自我があろうがなかろうが、視界に入るだけでイライラしそうだ。

 間違いなく姉さんの仕業に違いない。これで、結界から注意を逸らしているのだろうが、正直ピンクのクラゲってだけで緊張感が全くない。


「なぁ姉さんは何を考えてあんなのを作ったんだ?」


「あれね。サクラくんの新しい従魔がモチーフなんだよ。まぁ勿論従魔の方はピンクじゃないけどね」


 新しい従魔って、確かオワンって名前のクラゲって聞いたけど……。確かに目の前のピンクのクラゲはお椀型のクラゲだけどさ。……姉さんは何を思ってあれを従魔にしたんだ?


「本物はワンダージェリーって言ってね。中々強い魔物なんだよ」


「ワンダージェリー……」


 もしかしてお椀型じゃなくてワンダーだからオワンなのか? いや二重の意味で名付けた? うん姉さんならあり得る。

 まっ、正直今は姉さんのクラゲなんてどうでもいい。寧ろウザいから消えて欲しいくらいだ。


「まぁいいや。それじゃあちょっくらティアマトを大人しくしてくるけど、二人はどうする? ここで待ってた方が安全だよ」


「だから僕はシオンくんと離れられないんだって」


 そういえばそうだったな。


「全く離れられないのか? 一分もあれば大人しくさせられるけど」


「そりゃあ一分くらいなら問題ないけど……本当に出来るの?」


「ああ勿論だ」


「シオンくんらしからぬ自信の持ちようだね。その自信がどこから出てくるのか、僕も興味が出てきたよ」


 それは離れて様子を見るってことかな?


「じゃあ魔力検査カードでも見て存分に驚くといいさ。じゃあスーラ、始めようか」


《ガッテンなの!》


 俺とスーラは【魔力の共鳴】の準備を開始する。今回は練習と同じ魔力十万での共鳴だ。


「二人とも。今から魔力が跳ね上がるから、()てられないように注意してくれ」


 俺が二人に注意するとトオルが慌てて止める。


「ちょっと待って!? 今以上に魔力が跳ね上がるの? 五層にするからちょっとだけ待って」


 俺の魔力が跳ね上がることで今のコーティングが破れる可能性があるのか。確かにそれは慌てるよな。


 トオルは急いで俺の周りに更に二層のコーティングを重ねる。よし、今度こそ問題ないな。俺とスーラは【魔力の共鳴】を開始した。

 互いの魔力が相手の体内へと取り込まれていく。実験中に何度もやったからもう手馴れたものだ。


「はははっ、なんだいその馬鹿げた魔力は」


 トオルが何処か自棄になったように言う。トオルがこんな乾いた笑いをするのは珍しいな。


「じゃあちょっと行ってくる」


 俺はティアマトの方へ向かった。



 ――――


 《シオンちゃん。かっこよく飛び出したのにちょっと情けないの》


「いやー、海の中を移動するのって大変なんだな」


 スーラがいなかったら危うく大恥をかくところだった。


 海中に潜ってからはトオルとテティスが誘導してくれたし、単純に真下に落ちるだけだったので、気がつかなかった。

 だから、いざ二人から離れて一人で早く移動しようとしたら、どうやって動けばいいか、全く分からなかったのだ。

 二人にバレないように、スーラが俺の足と手に分裂体を設置し、ジェット推進のように勢いよく噴出することによって前に進めるようになった。

 これがなかったら辿り着くまでに一分過ぎるところだったぞ。


 俺が近づくことによって、ティアマトの意識がピンクのクラゲから俺の方に向く。

 意識がなかろうが、どちらが脅威になるかは分かるみたいだな。

 だが、今から行動しようとしても手遅れだ。デカイ図体。頭と尾はそれなりに行動できるようだが、それ以外の部位は反応が鈍い。

 スーラのお陰で海流の乱れも気にせずに進める。俺は労せずにティアマトの背中に安着した。


 確かトオルのコーティングがティアマトに当たってる部分なら魔法を使っていいんだよな。

 俺はティアマトとの接触部分を確認する。接触部分のコーティングはティアマトの体にめり込んでいた。まぁ魔法だからめり込んだって表現はおかしいか。すり抜ける? の方が良いかな。

 とにかくこの部分なら魔法を使えるってことだな。


 俺は手のひらをティアマトの体に当て、【毒投与】を唱えた。ティアマトは糸が切れたようにガクッと動かなくなった。


「よし、大人しくなったな」


 これだけの図体だから効果が現れるまで時間が掛かるかも? とも思ったけど、共鳴のお陰で相手への影響力も早くなったみたいだ。


「おーい! もう大丈夫だぞ!」


 俺は大声で二人を呼ぶ。どうでもいいけど、さっきから普通に海の中で話してるこの声って、どうやって届いてるのかな?


 俺が疑問に感じつつも二人には聞こえたようでこちらにやって来る。


「まさか本当に動きを止めるなんて……僕は初めてシオンくんのことを怖いと感じたよ」


「初めてって……それを言うなら俺はトオルのことをいつも怖いと思ってるよ」


 膨大な知識量、魔法の発想力、いつも飄々としていて何を考えているか分からない。一時期は隠し事が多すぎて、裏切るんじゃないかと不安もあった。正直敵に回したら天使なんか目じゃないくらい怖い存在だと思う。


「それにしても……あの姉をどうやって大人しくさせたのですか?」


「さっき言っただろ。眠らせたんだよ」


「でも状態異常になるはずが……」


「その状態異常を無効化する魔法を使った。その上で麻酔を打った」


 今回の【毒投与】の付与は耐性無効と麻酔。

 今回眠らせるんじゃなくて麻酔にしたのは、自我がない状態で眠らせて効果があるか分からなかったからだ。ある意味、自我を失っている状態って、眠っている状態と言えなくもないからな。

 でも、麻酔なら自我があろうとなかろうと、動けなくなる確率は高いと思った。全身麻酔だと呼吸も何もかも止まってしまうので、生命活動だけは維持できるほぼ全身麻酔状態だけどね。


 しかし、二種類付与を覚えてから出来ることが大幅に拡がった。今までの魔法も色々と応用が効きそうだから時間がある時に吟味しないとな。


「耐性を無効に……そんなことが可能なのですか!?」


「魔法はイメージだからな。出来ないことはないさ」


 俺の体に影響を及ぼすもの全てを毒に見立てた毒魔法。それなら耐性だって体に影響を及ぼすからどうとでもなる。


「じゃあ麻酔が効いてる間にさっさと診察を始めようか」



 ――――


 ティアマトの診察を開始するとすぐにとんでもないことが分かった。


 ティアマトは単純にガブリエルの魔力に負けた訳じゃなかった。

 何百、いや千以上の数の毒がティアマトの体内から感じられた。

 いくら巨体だからといっても、これだけの毒を偶然取り込んだというのは考えにくい。

 ティアマトはわざとガブリエルの魔力を体内に取り込んだのだ。


 それは何故か……ガブリエルの毒から他の魔物を守るためだ。

 彼女が犠牲になって毒を取り込まなかったら、何千という海の魔物が狂乱状態に陥っていたはずだ。


 思えば一年もの間毒を流され続けたにしては、被害が少なすぎた。

 それはルーアンを見れば分かる。海の魔物は町から通常五十キロ地点までは現れない。現れたとしても三十キロ地点くらいにはぐれ魔物が現れるくらいだ。何故魔物は現れないのか? 少し気になったが、あの町に魔物除けの類いはなかった。だから魔物が現れない理由はない。

 無人島だったアインス、ツヴァイス、ドライ、フィーアスの近海には魔物は沢山いた。だから別に陸地に近い場所に棲息できない訳ではないのだ。


 考えうる可能性として有力なのが、町の近海に近づかないのは魔物間同士での決まり事だったとしたら? 恐らく海魔王のティアマトやテティスが決めた理だろう。海の魔物はカラーズ大陸には近づかないとかそんなところか。


 しかし、だとすれば自我を失った魔物はその理を無視して町を襲う可能性だってある。今考えると、はぐれ魔物がそうだったのかもしれない。ホーキングは偶にしか現れないと言っていた。


 一年間でガブリエルがどれだけ毒を撒いたか。ルーアンで仮に一日一回撒いたとしても三百六十。実際は三百も撒いてないかもしれないが、仮に三百撒いたとしたら三百の魔物が狂乱状態になったことになる。自我がないから同士討ちや全く関係ない場所へ行くこともあるだろうが、半数は町の近海へ行ってもおかしくはない。

 そして他の町でも似たような感じのはずだ。一体いくつの町で撒いていたか分からないが、下手すれば一年間で青の国は崩壊してもおかしくはなかったはずだ。


 それを防いだのがティアマト。恐らく彼女の体内に撒かれた毒の大半が入っているのではないのか?

 今トオル達が隔離している狂乱した魔物はティアマトが耐えきれなくなって毒を取り込めなくなったから毒に侵され始めたのではないか?


 この一年、人知れず一人でガブリエルの毒と戦ってたんだ……。恐らく上に立つ者の立場で考えると、自己犠牲はやってはいけない選択だったと思う。だが……。


「ここまで尊敬できる人は初めてかもしれないな」


 俺は誰にも知られずに全ての海の魔物を守ろうとした彼女にこれ以上ないくらいの敬意を表した。

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