日常編 お勉強
「では今から授業を始めます」
今日は修行はお休み。この世界に来て随分経つので、この世界の常識の勉強を行う。
生徒は俺達地球組四人で先生はルーナだ。場所は会議室、ルーナの前にはホワイドボードがある。ホワイトボード……地球から持ってきていたことすら知らなかったよ。
ルーナの服装はメイド服でなくスーツ姿、眼鏡をかけており、手には指し棒が握られている。完全な先生スタイルだ。
そういえばルーナのメイド服以外を初めて見るな。あのスーツは姉さんのかな? 新鮮でちょっと得した気分だ。
「今日の授業はこの世界、カラーズについての常識に関してのお勉強です。おそらく皆さんは休み時間を利用して資料室の資料や持ってきた資料を読んで勉強していると存じます。ですが、約一名全く勉強していないと思われる人物がいましたので、この時間を作りました」
どうやらその勉強していない一人の所為でこの時間があるようだ。他の三人はいい迷惑だな。
「分かっていますか? シオン君」
「はい! すいませんでした!」
まぁもちろん勉強してないのは俺だ。だってさ、勉強なんて必要になってからでいいと思うよな? …って思ったのは俺だけで、他の三人はちゃんと暇な時間にソータのメモや資料室の資料を読んでいたみたいだ。
「シオン君は暇があったら村の子供と遊んだり、釣りに行ったり。最近ではアレーナとよくつるんでいるみたいですね」
「いやルーナ。それは誤解……」
「ちゃんと先生と呼びなさい!」
俺の否定よりも早く、ルーナは右手で眼鏡を正しながら叱りつける。今のルーナは完全に先生モードのようだ。そういえばさっきから俺への呼び方もシオン君になってた。
ちなみに村の子供と遊んだり、釣りに行ったりしたのは事実だ。アレーナとつるんでいた記憶はあまりないけど……この間サボったことをまだ根に持っているな。
「はい、ルーナ先生。すいませんでした」
俺は大人しく座った。今はいらぬ反論をしてさらに指摘をされたくはない。俺が先生と呼んだことで満足したのか、ルーナは気を取り直して授業を再開した。
「ではまず地球とカラーズの基本的な違いから始めましょう。まずは時間の進み方から。ヒカリさん、説明できますか?」
「はい、ルーナ先生」
ヒカリは立ち上がって説明し始めた。この雰囲気。なんか高校時代に戻った感じだ。
「まず時間ですが、これは地球と同じ一日二十四時間です。だけど、カラーズには時計の流通が広がってないため、人々に細かい時間は解りません。そして地球と違い、一週間の概念はありません。まぁ私達は癖で七日で一週間って使ってしまいますが……そしてここも地球と違いますが、一ヶ月はどの月も四十五日で固定になります」
「はい、よく出来ました。ついでに一年の流れも教えてくれる?」
「一年は八ヶ月で一年です。一月二月のような概念はなく、四季に併せて春の一月、春の二月、夏の一月、夏の二月、秋の一月、秋の二月、冬の一月、冬の二月と数えます。そして冬の二月が終わったら、新年の祝日が五日間あります。四季と新年の祝日合わせて三百六十五日で一年になります」
「その通りです。ヒカリさん座っていいですよ。そういえば皆さんがこちらに来てから、一つの季節が終わり、二つ目の季節も大分経ちました。この城やフィーアスには結界が張ってあるのであまり寒くはないかもしれませんが、季節は冬。もう少ししたら新年のお祝いですよ」
俺達が日本にいた時は秋だった。こっちの世界も季節が変わらずなら秋が過ぎて今は冬か。結界があるから気温も下がらないし、雪も降らない。季節感なんて全くない。まぁおかげで冬も安心して農業が出来るらしい。
「これは授業と関係ありませんが、冬が終わり春が来ますと忙しくなるかもしれません。どうやら赤の国が春に行動を起こす準備をしていると報告が上がっております」
えっ!? それってかなり重要な話じゃない? 授業よりもそっちの話をするべきじゃない!?
「その話は今後詳しくしたいと思いますが、その為にもこちらの常識を知る必要がございます。分かりますよね? シオン君」
「はい」
どうやら顔に出ていたみたいだ。俺が何か言う前にルーナに先手を打たれる。
「では、ついでに人間の国について勉強しましょうか。サクラさん、人間の国の国名と首都、王の名前は解りますか?」
ヤバい。この問題は俺は分からないぞ。まず国は四つ。赤と青と黄と白。これくらいは分かる。
次に王の名前……確か色が関係してたよな? こっちに来てからすぐに教えてもらったけど、それ以来だから覚えてないな。それに首都の名前は初めから知らない。
「ええと、赤の国の首都はミンガラムでカーディナル王、王族や貴族達が自分たちが裕福になるためなら下のものは奴隷のように扱う最低の国よ。青の国の首都はレヌシーでシアン王、漁業で生計を立てている国よ。黄色の国の首都はキンバリーでシトロン女王、唯一の女王よね。白の国は王権ではないらしいわ。一番偉いのは聖教皇、名前は知らないわ。多分教皇としか呼ばれてないから、公表されてないはず。首都って言っていいのかしら? ユノマールという町に大聖堂があって、そこに聖教皇がいるみたい。この世界唯一? の宗教かもね。宗教は敵にすると怖いわ」
姉さんって本当にちゃんと勉強してたんだ。何も見ずにこれだけ言えるのってスゲーな。俺は殆どが知らない情報だった。ふと他の二人を見る。特に驚いていない。……どうやら俺以外には常識だったようだ。
「ちゃんと覚えていたようね。サクラさん座っていいですよ」
少しホッとしたように見える。堂々としてたようだったけど、少し不安だったのかもしれない。
「青、黄、白に関してはここから離れた土地ですので、この城には情報はあまりありません。仮に人間の国と交流するとしたら、青と黄でしょうか。この二国に関しては対立しているわけではありません。白は魔族を天敵だと思っているため、交渉の余地もなく戦争になるでしょう。ですので、万が一にも近づかないようにしてください。赤に関しては今更言うべきことはありません。隣の国ですので、他の国とは違い資料はあります。しっかり調べておいてください」
これは……さっきの攻めてくる話の前にちゃんと調べとけって言ってるんだろうな。
「では……トオル君には個人カードの説明をしていただきましょうか」
個人カード? 何だそれ。聞いたことがないな。
「分かったよ先生。個人カードってのは早い話が身分証だね。その人の身分や立場が書いてある。誰でも持ってる魔道具だよ」
誰でも持ってるって……俺は持ってないけど? まぁ日本から来たから当然か。
「カードは村なら村長、町なら役所みたいな場所があるからそこで作るんだ。カードがないと、お金を持ってても買い物や宿泊、冒険者への登録など何も出来ないよ」
マジか! じゃあ俺が仮に町に行っても何も出来ないのか。
「カードの表には自分の名前、出身地、属性が書いてあるよ。そして裏面には自分の実績が書いてあるんだ。これはカードの種類によって変わってくるかな。カードの種類は職業に応じて変わるよ。最初は皆、村人証か市民証、身分が上の人は貴族証や王族証かな。仕事を始めるとその職業に応じてカードが変わるんだ。冒険者カードや商業カード、あとは兵士証などだね」
身分証は冒険者カードや商業カードに変更出来る。だから冒険者になるときに身分証がないと駄目なのか。
「国によってシステムが違うかもしれないから、今回は赤の国を例に出すよ。青や黄は違うかもしれないからね。まず村人証を持ったものは町へは入れない。買物も病院にだって通えない。税も支払いが多い。正直生まれたときから酷い扱いを受けちゃうね」
町にすら入れないのは問題だよな。ってか村人は自分の村以外に出歩けないってことだ。
「次に市民証だけど、町に住んでるから買い物もできるし病院にも通えるよ。市民証の欠点は生まれた町から外に出ることが出来ないことかな。町から出たいときは他の身分証に変更しなくちゃならないよ。多分これも赤の国だけのシステムかな?」
要するに飼い殺しのシステムだ。
「どうしても町から出たいときは、冒険者カードや商業カードに変えれば町から出ることが出来るんだ。因みに冒険者は村人から唯一変更できる職業だね」
村人は村人のままか、冒険者の二つの道しかないのか。
「冒険者の扱いは市民と同じ待遇で、元村人でも買い物や病院にも通えるようになる。冒険者ランクが上がれば更に待遇も良くなるかもね。商業カードは店を出したり働く人が商業ギルドで発行してもらえるよ。でも登録出来るのは市民以上だけ。だって村人は商業ギルドがある町にそもそも入れないからね」
じゃあ冒険者から商業カードに変更すれば村人も商人になれるのかな? かなり面倒くさそうだけど。
「兵士は国に仕える……言わば公務員。警察と自衛隊を併せたような人達かな。町の門番や城の警備、辺境地への巡回や辺境駐屯地の防衛など、色々あるよ。基本的には市民が厳しい試験を受けてなれる職業かな。あとはDランク以上の冒険者も兵士の試験が受けれるらしいよ。だから元村人も頑張ればなれる職業だって。まぁそういう人たちは例え兵士になれても、辺境に飛ばされるみたいだけどね」
兵士は頑張れば誰でもなれるが、元の身分が低い人には環境が悪い場所へ飛ばされるってことだ。でも固定給が貰えるのはありがたいかも。
「貴族と王族は別にいいよね。そのままだし。まぁとりあえず階級制度で下の方が厳しい待遇ってことだよ、シオンくんに一番分かりやすく説明すると、身分証を持っていない人がインフラレッド、村人がレッド、市民が橙、冒険者・商人が能力に追う怖じて橙~緑、兵士が青、下級貴族が藍、上級貴族が紫、王族がUV様って感じだよ」
何でそんな例えなんだよ!! でも分かりやすいな。状況も本当に似たような感じみたいだ。
「と、職業の話じゃなくてカードの話だったね。裏面の実績ってのは共通で、今まで倒したことのある魔物が載ってるよ。ゲームでいうところの魔物図鑑だね。一体どんな技術なんだろうね。興味があるよ。まぁこの機能が役立つのが冒険者かな。討伐依頼に証明部位とか必要ないからね。それに偽造できないから、本人の実績がはっきりと分かるからね」
この実績って気になるな。俺が以前倒したアーケテリウムや別の日に砂漠の訓練で倒したテラーニードルとか登録されるのかな? ……カードを持ってたらだけど。
「商業カードは少し特殊かな。まず自分の特許権が書いてあるよ。だから誰がこの商品や料理を発明したか分かったりするんだ。カードについてはこれくらいかな? 他にも冒険者や商業ギルドとかについても詳しく話した方がいい?」
「いえ、長くなりそうなので結構です。わたくし的には表に書いてあることと、裏面の共通項目だけのつもりでしたので」
トオルは物知りだから、一度説明し始めると長いんだよな。横道にそれたりして。考えてみればカードの説明に階級制度の話はいらないな。
「ここまで話してしまいましたので、わたくしから少し補足を致します。トオル君が話したのは人間の国の話です。ドワーフやエルフ、獣人、そして魔族にも同じような個人カードは存在します。ですが人間の国と違って一種類だけですね。わざわざ村人だの市民だの分けることは致しません。表に名前と出身地、属性、種族が書かれ、裏面に倒した魔物、これは魔石を所有している生物、つまり魔族も倒した数に反映されます。書かれるのは種族と数。例えばわたくしが殺されたら『シルキー×1』と表示されます。また、新種の魔物や登録されていない魔族などは魔力量によって分けられ『??(A)×1』のように表示されます」
「はい!」
俺は手を上げて質問する。
「はいシオン君」
「登録されてない魔物の登録ってどうやるんですか?」
ずっと不明のままなのだろうか?
「いい質問ですね。基本的には冒険者ギルドで行います。もしくは、カードを発行した場所でも可能です。ちなみに倒した人が名付けます。一回名付けたらそれが種族名になって今後他の人が別の場所で同じ魔物を倒したらその名前が付きます」
「ルーナ先生! 言っている意味は分かるのですが、正直理解が追いつきません。例えばですよ、俺が今ルーナ先生を倒したとします。カードには不明と出ました。だから俺は新しい種族、シルキーとして登録しました。で、登録した瞬間から……例えばドワーフの国でシルキーが倒されたとすると、??ではなくシルキーと登録されるのですか?」
「例えには納得がいきませんが、そういうことです」
「シオンくん、深く考えちゃだめだよ。簡単にいうと不思議なカードってことだよ」
いや、不思議すぎるだろう。しかし、これに関してこれ以上言及しても仕方ない。
「ルーナ先生、もう一ついいですか? 魔物を倒したときに表示されるってことは、たとえば広範囲魔法でまとめて敵を吹っ飛ばしても全部表示されるんですか?」
「ええ、シオン君の【毒の雨】でスライムが十匹まとめて死んだと仮定しましょう。カードの裏面にはスライム×10と表示されているはずです。過去にスライムを三匹倒していれば足して『スライム×13』と表示されます」
スライムを例に挙げられてスーラが肩で怒ってる。…ん?
「先生、例えばその中にスーラみたいに明らかにも強いスライムがいたらどうなるの? まとめて表示されるの?」
だとしたらちょっと勿体ないな。
「確かある程度の強さは判別したはずです。スライムはF級なのでFのままなら数字だけ、スーラさんのように上位種にもならずに強くなったのは『スライム(C)×1』になります。ただ、あくまでも魔力の高さが反映されてますのでイコール強さではございません」
ランクは戦闘力ではなくて魔力値のようだ。
「また、スーラさんがスライムから進化したらそのスライム名になってます。ポイズンスライムに進化したら『ポイズンスライム×1』のようにですね。ただ登録されてないに進化したら『スライム族(??)×1』のような表記になるはずです」
聞けば聞くほどこのカードは高性能すぎるだろう。これを一人一枚持ってるって、どれだけ量産できる魔道具なんだよ!
「ねぇ……カードってどこで作ってんの? 足らなくなったりしないの?」
町に入れない村人がどうやってカードを手に入れるんだろう?
「……さっきからやけに基本的な質問が多いと思いましたが、もしかしてシオン様カードをお持ちでないのですか?」
ルーナが驚いていつもの口調に戻っている。
「はぁ? 当たり前だろ? 地球にはカードなんかなかったんだから。なぁ」
俺は三人に向けて同意を求めた。
「え? 持ってるけど」
「はぁ? 持ってるに決まってるじゃない!」
「ちゃんと作ったよ~」
三人がカードを取り出す。
俺は一番近くにいたトオルからカードを見せてもらった。
カードには名前:トオル、種族:人間、属性:のところは透明になっている。
出身地:シクトリーナって書いてある。
裏面はトオルがカードに魔力を通すと、倒した名前の魔物の名前が表示された。その名前の部分に指を合わせるとページが変わったようになってその魔物の詳細や倒した数が表示された。
「な、なん……なんでお前ら持ってんの!?」
「いや、普通作るでしょ? じゃないと買い物も出来ないわよ」
姉さんは俺を見て心底呆れたようだ。
「ほら、シオンくんはソータくんのメモ読んでないから……。それにクミンくんの入門書も最後まで読んでいないようだし」
トオルの言葉に姉さんとヒカリが「あー」って呆れと納得の顔をした。
事情を察したルーナが会議室の本棚からそっとクミンの入門書を取り出す。
えっ!? こんなとこに置いてたの!?
俺は入門書の最後の方を読んでみる。
『属性魔法まで覚えたら卒業じゃ! あと、最後に個人カードを作っておくことをお薦めするぞ。これがないと宿にも泊めてもらえんからの。カードについてはソータのメモを見るのじゃ。ここでは作り方を教えるからの。本来なら生まれた土地で子供の時に作るのじゃが、お主らはそれが出来ないからの。今回は妾が特別に用意した簡易型の宝玉を使うがよい。宝玉はソータの魔石と一緒に入れておるからの。魔法の都合上、効果は一ヶ月しか持たぬので、それまでに属性魔法を覚えるのじゃ。でじゃ、要はこの宝玉に魔法を注ぐとカードが具現化されるのじゃ。簡単じゃろ? では楽しい異世界ライフを送るのじゃぞ』
すでに一ヶ月どころか半年近く経過している。
「……これマジ?」
恐る恐る聞くと、皆が首を縦にコクンとした。
「えええっ!? じゃあ俺はもうカードが手に入らないの!? えっ?」
俺は皆を見るが皆何も言ってくれない。それどころかそっと視線を逸らす。
俺はガクリと膝をついた。終わった……俺の楽しい異世界ライフが終わりを告げた。
「まぁまぁシオンくん、買物なら僕が代わりにしてあげるから」
「どうせここに引きこもってるなら必要ないでしょ」
「シオン君どんまい!」
三人の励ましがさらに俺を凹ませる。お前らはカードを持ってるから気楽だよな。
「これに懲りたらシオン君ももう少し勉強しましょうね。もしかしたら、他にも手遅れのものが出てくるかもしれませんよ?」
その言葉にハッと顔を上げる。
「ねぇこれ以上ないよね? 他に俺の知らないことってある?」
「……そもそも何を知らないか分からないから答えようがないわよ」
それもそうだが……ってか知ってることが何もない気がする。
「ちょっと俺、勉強してくるわ。ってことで今日はこれで」
まずは後回しにしていたソータのメモを読んで、資料室にも行かなきゃ。
――――
因みに個人カードはこの城でもフィーアス村でも普通に作れたらしいので、新規で作ってもらった。あの時皆が教えてくれなかったのは俺を反省させるためだったらしい。また、討伐数の記録に関しては登録してからが反映されるため今まで倒した魔物はゼロの状態だった。
今回の教訓:何事も後回しにしない。




