第3話 大学に行こう
俺がカラーズに行きたいと告げたら、ソータはやっぱりって顔をした。
「あ~、多分そう言うと思ったが……本気か? 俺からすると止めとけとしか言えないぞ」
ソータは頭をガシガシと掻きながら答える。
「さっきも言ったが、向こうはこっちみたいに電気はないし、飯も不味い。非常に不便だ。そして何より常に死の危険がある。魔物に殺されるかもしれない。人間だって碌なやつがいない。貴族とか王族に至っては俺達のことを人とすら認めてないようなヤツらばかりだ。実際俺は何度も死にかけた。同じ人間に拷問を受け人体実験もさせられた。アイリスの母親だってそうだ。同じ人間でありながら、拷問を受け奴隷商人に売られひどい仕打ちを受けたらしい」
ソータは思い出したのか体が震えている。そうとう酷い目に遭ったのだろう。
それにしてもソータの言い方だと、魔物や魔族よりも人間の方が危ないイメージだな。
「ん? ちょっと気になったんだが、アイリスの母親って人間なのか? エルフじゃないのか?」
さっきの話の同じ人間っていう言葉に引っかかった。
「ん? ああ、アイリスの母親は人間ってか元日本人だ。さっき言った俺よりも未来から来ているかもしれないって人だ。まぁあまり話していないから本当に未来かどうかは分からないけど。本人はカラーズで五十年以上生きてるから地球の知り合いももういないかもしれないって言ってた。確か…スミレって言ったかな? ツクモスミレ」
その言葉を聞いた俺は心臓がドクン! と跳ね上がった。何? …今ソータは何て言った。
「ソータ。すまないがもう一度アイリスの母親の名前を言ってくれないか? スミレって言ったか? ツクモスミレ。ツクモじゃなくてクオリって言わなかったか?」
「クオリ? いや、確かツクモだったと思うぞ? そのそもそのエルフの村が【ツクモの里】って名前だったし、住人もツクモ様って呼んでた。九十九でツクモってのが由来だって聞いて………おい! どうした!?」
よほど俺の顔色が悪かったんだろう。ソータが心配して俺の両肩をつかむ。
俺はソータの言葉にさーっと血の気が引くような感じに襲われていた。一体どういうことだ?
「そんなはずはない…だってスミレは……スミレがいなくなったのは去年なんだ!!!」
俺は思わず叫んだ。ソータが一瞬ビクッとする。
「落ち着けって、どういうことだ? 知り合いなのか? でもお前の知り合いはクオリって言うんだろ? スミレって名前だけが同じじゃないのか?」
――――
九折菫。高校からの同級生で俺の恋人……だった。でも今から約一年前、突然行方不明になった。
当時は事故や誘拐の線で捜査されたが、未だに行方が知れない。
あまりにも目撃証言が少ないため、自分から失踪したんじゃないかと疑われる始末。
そんな筈があるわけないのに! ……そして、おそらくもう捜査すらされてないだろう。
菫の両親は高校生の時に離婚しており、親も菫に興味を持ってなかったようで、行方不明になっても気にもしてない。
『紫遠は九重だから九十、私は九折だから九。足すと九十九だね。私、両親も名字も嫌いだけど紫遠と合わせての九十九だったら好きになれそう』
当時菫はよくそう言っていた。
実際に菫は名前が必要な場面、お店に予約を入れたり、ネットでのハンドルネームに使用したりするのは全てツクモと名乗っていた。
でも……菫が行方不明になったのは一年前じゃないか。五十年も経っているわけが……ってさっきの話、本当にゲートが地球と繋がるときに時間軸が違っていたら…カラーズの五十年前と繋がった?
そんな馬鹿なと言いたいところだが、さっきまでの話で否定できる材料を持ち合わせていない。
「ソータ。俺は絶対にカラーズに行く。菫がいるかもしれないんだ。……たとえ違ったとしても本人である可能性があるなら会ってみる価値はある」
こっちでは再会する可能性がほぼない。なら……カラーズに賭ける価値はある。
さっきまでは興味本位だったが、今は違う。今度は真剣にお願いした。
「今はゲートがあるからカラーズに行くことは可能だ。だが、さっきも話したがゲートが繋がっている場所も時間もランダムだぞ? 探している相手がいない時代に出る可能性もある。それに行ったら最後地球に帰って来れないぞ?」
ソータも俺の本気が伝わったのか、さっきみたいに否定するだけじゃなく真面目に取り合ってくれる。
「構わない。少しでも会える可能性があるんだ。正直俺は菫がいなくなった地球で俺はずっと退屈をしていた。両親はすでに死んでいる。姉は…いるが、姉なら一人でもやっていけるし問題ない」
正直今の日本には何の未練もない。
「ソータ、俺が向こうに行ったら、この家は自由にしていいし、親が死んだときにもらった遺産もやる。働かなくても数年は暮らしていけるはずだ。だから……協力してくれ」
学費以外ほとんど使っていないので貯金額は二千万くらいある。
「……分かった。ただ、今すぐじゃない。ゲートはまだ数日残っている。少なくとも今日から三日は大丈夫だ。だからせめてその間は準備期間に当てろ。親しい友達に挨拶してもいい。向こうに行くために必要な道具を揃えてもいい。もちろん考え直してもいい。時間が余るなら俺達に日本のことを教えて欲しい。だから最低でも出発は明後日だ」
確かにソータの言うとおりだ。不便な異世界に行くんだったら、現代日本の便利な道具は準備した方がいいだろう。それに、お別れを言いたい人物もいる。少なくとも姉にはちゃんと話した方がいいだろう。恐らく正月には帰ってくるはずだ。その時に実家に帰ったら弟がおらず、知らない人達が住んでいるのは流石に問題だ。
「そうだな。確かに準備は必要だ。出発は明後日で問題ない。じゃあ俺は早速出かけてくるから留守番は頼んだ」
まずは大学に行こう。学費の問題もあるし、退学届も出しておくか。後は…あいつに相談したいな。
早速行動と思って俺が席を立つとソータが慌てて呼び止める。
「すまん、出かける前に何か食い物をくれないか? さすがに腹が減って…シオンが帰ってくるまで何も食べれないのは正直辛い」
時計を見るとすでに昼になっていた。随分と話し込んでしまったようだ。
「そうだな。じゃあ簡単なものになるが、三人分作っておくから起きたら食べさせてくれ。あと家の中のものは自由に使っていいから。二階にある漫画も読んでいい。ただ、姉の部屋には入らないように」
さすがに無断で姉の私物を勝手にあさったら後が怖い。
「助かる。じゃあ俺は二人が目を覚ますのをゆっくり待ってるわ。多分もうすぐ起きるだろう」
俺は三人分の昼飯を作って外に出かけることにした。
――――
「そうだった。車がないんだ」
出かけようとガレージに行こうとした足が止まった。車はゲートに飲まれ、真っ二つになっている。
俺は仕方なく電車で大学まで向かうことにする。
俺は電車に乗っている間にこれからのことについて考える。
大前提なのが、残していくソータや姉さんの迷惑にならないことだ。俺の我儘で異世界に行くんだから、出来る手続きは終わらせておかなくてはならない。
まずは大学だな。退学届を出すだけでいいのかな?
それからサークルだな部室に顔を出して……サークル仲間に本当のことは言えないよな? 言っても止められるか、頭おかしいやつに思われるだけだ。よし、メンバーには旅行に行くと言って誤魔化そう。あっ、でも準備の相談はしたいな。
その後は銀行で金を下ろす。買い物と、余ったらソータへ渡さないと俺の通帳じゃ下ろせないだろう。…ってそもそもお金って一括でいくらまで下ろすことができるんだ?二千万って大金を全額下ろせるのか?
使い道は半分を準備に使って、残りをソータ達に残してやればいいだろう。
家の名義変更は役所とかになるのか? 財産の譲渡とかだよな…流石にそこまでしなくてもいいか。でも税金とかうるさいよな?
あと、近所に挨拶周りしないといけないか。ソータ達が不審人物扱いされたら困る。
あーもう!! 想像以上に細かいことがたくさんありそうだ。
一つ一つスマホのメモに記入していると気が付けばもう降りる駅に到着した。俺は午後の講義は受けず、学生課に行って退学届を出すことにする。
退学届は受付に聞くと用紙はすぐに用意をしてくれた。が、それを受領するにはどうやら担当教員の承認が必要らしい。
大学の講義はそれぞれ別の講師が行っている。三年生だからまだ研究室もない。そのため誰が担当教員なのか分からない。
調べればすぐに分かるだろうが、とりあえず後回しでいいだろう。
そう思い、書類だけ手に入れて学生課を後にする。
次に向かったのが大学でのメイン拠点である部室だ。
俺は大学でアナログゲーム同好会に入っている。
主な活動としては一般的な囲碁や将棋、麻雀、トランプ有名なものからTRPGやドイツのボードゲームなど電気を使わないゲームで遊ぶことだ。また、自作で新しいゲームを作っては皆で遊んでいる。
俺は仲間とよくTRPGを遊んでいる、自分でシナリオを書くこともあれば、人が作ったシナリオのプレーヤーになって遊んでいる。
部室に入ると会いたかった部屋の奥に一人、いつものように本を読んでいる人物がいた。
氷山透、このサークルの主だ。俺と同じ大学三年だが、授業を受けているのを見たことがない。まるでここに住んでいるかのようにいつも部室にいる。
本当に進級しているのか? むしろ学校に在籍しているかも怪しいが、色々と物事をよく知っていて頭の回転も速く頼りになる男だ。
「あれ? 紫遠くん、今日は早いじゃないか。午後の授業は?」
透は読んでいた本から顔を上げて挨拶をする。
「んー、サボり。それより今ここにいるのは透だけ?」
「見ての通りさ。授業が終われば何人かは来ると思うよ?」
ラッキーだ。こいつ一人の方が今は都合がいい。
「いや、用事があるのは透だけだから」
「僕に用事かい? 珍しいね。一体何かな?」
さて、ここで全部打ち明けるか? ……いや、やっぱり様子見しよう。
「新しいシナリオの相談があったんだ。他の人に話すとネタバレになるだろ?」
「僕にはネタバレしていいのかい?」
「透にはサポートしてもらおうと思ってね」
「シオンくんのシナリオなら僕もプレーヤーをやりたいところだけれど?」
「そう言うなって、それに内容じゃなくてプレーヤー視点での回答が欲しいんだ。それにどっちかって言うと心理テストに近いかな」
「まあいいよ、それでどんな内容だい?」
俺はとりあえず適当に話をでっち上げることにする。
「舞台は誰もいない山奥の僻地だ。そこで長期間、それこそ何年も住むことになった。ただ、そこには家も食料も何もない。全部自分で用意する必要がある。しかしそこには恐ろしい神話生物がいるらしい。準備期間は今日を含めて三日間。その時間内で手に入るものは何を持って行っても構いません。お金の心配は要りません。一体何を持っていけば死なずにすむでしょうか?」
「なんだいその無理ゲーは? 絶対にプレーヤーは死んでしまうんじゃない?」
数日ならよくある探索者だが、何年もとなるとかなり厳しくなるだろう。
「そこを何とか出来るように持っていくように考えたいんだ」
何せ俺の命が掛かっている。
「ふーん、いくつか質問していいかな?まず、そこへはどうやって行くんだい?」
もちろん徒歩で……と言いかけたが、思いとどまる。ゲートはガレージにある。車でも行けるんじゃないか? それなら持って行く物も増える。
「行き方は問わない。徒歩でもいいし、車を使ってもいい。ただ、ガソリンの補充はないし、目的地に着いても道路は舗装はされてないので向こうでは走れない。あと、乗物の準備も二日の間ですませないといけない」
俺の車はもう動かない。もし車が必要なら買う必要がある。
「ならまずはキャンピングカーかな」
「えっキャンピングカー?」
予想外の言葉に俺は思わず聞き返した。
「だって家もないんだろう? で、目的地にも乗って行ける。ならテント替わりでも利用でき、大型だから荷物の保管もできる。コンセントもあるから充電とかも出来るしね」
「言っとくが、もちろんガソリンの補充は出来ないぞ? 俺はよく知らないが、ガソリンがなくなったらコンセントがあっても充電は出来なくなるんじゃないのか? ガソリンの予備を持って行くにしても限界があるぞ?」
「確かに運転は厳しいかもしれないが、サブバッテリーの方はソーラーパネルがあったら充電や他のことは十分できるよ」
「でも高いんじゃないのか? さっき予算はいくらでもって言ったけど、流石に準備の総額は一千万円以内にして欲しいかな。第一、こんな短期間でキャンピングカーなんて準備できるのか?」
「中古のキャンピングカーなら五百万で十分いいのが即日で手に入ったりするよ」
「へーそうなんだ。普通にテントや寝袋くらいしか考えてなかったや」
やっぱり透と話すと色々と為になるな。
「勿論その二つも用意しておくよ。何かあったときなどに役立つからね。後はバッテリーやタイヤの予備なども必要かな。他には防災グッズとか」
「防災グッズ?地震とか起きた時に使う?」
「あれ実はすごく便利なんだよ。ライトや最低限の食料、携帯用トイレや防寒対策がリュック1つにコンパクトに収納されているんだ。一個だけじゃなく何個か用意しておくといいかもね」
「なるほど…防災グッズと」
俺はメモをとりながら透の話を聞き続ける。
「後、内容的は少し被るけどサバイバルグッズかな。防災グッズの中に入っていないナイフや虫除け、コンパスとか役立つものが多く入っているよ」
「バラバラに準備せずに最初からあるセットを購入する訳か。そういえば普段のシナリオでも探索者の時にもそれ系は準備するもんな」
「そうだね。後はスマホやタブレット、ノートPCやプリンタもあったらいいかな。キャンピングカーなら使えるしね」
「使えるけどネットには接続出来ないぞ」
「ネットが使えなくても予め各種辞書や辞典をダウンロードするんだよ。サバイバルするかは知らないけど、食べれる野草や昆虫・動物図鑑、料理本なんかもいいかも。メタ的にいえば神話図鑑みたいなのがあれば神話生物が何か分かったりしないかな?」
「確かに直接本を持ち歩くのは嵩張るか」
「電子機器が使えない場合があるなら紙媒体もあった方がいいけどね。できるだけ身軽にした方がいいなら電子書籍は必須じゃないかな」
確かにありだな。キャンピングカーと防災グッズ。電子機器と本か、いろいろと準備が必要だな。
「そんなところか? 他には何かある?」
「あとは武器だね。神話生物が出るって分かっているんだろ? なら武器は準備しないと」
武器か……銃は手に入らないし、金属バットとかは実際はあまり役に立ちそうにない。ソータに言えば何か貰えるかな?
「武器はとりあえずいいや、敵は何にするか考えてないし」
「そう?じゃあ今考えつくのはこんなところかなぁ?」
「了解。助かった。また、何か思いついたら電話でもメールでもいいからすぐに連絡くれ」
そう言って俺は席を立つ。
「あれ? もう帰るのかい?」
「ああ、早速準備したいからな。じゃあな!」
「準備って……もしかして今から買いに行くの?」
しまった! せっかく誤魔化したのに準備するとか…
「いや、シナリオの準備だよ。さっそく書かないとな」
ものすごく怪しげな目で透が見てくる。さすがに無理があったか?
俺は誤魔化すためにも急いでるからと言って慌てて部室を出た。