第215話 行き詰ろう
「あーもう! どうなってるんだよ一体!!」
《シオンちゃん落ち着くの!》
解毒薬の開発を始めて早三日。開発は想像以上に苦戦していた。
「魔法自体はすでに完成しているんだ。あとは薬にするだけなのに……」
ガブリエルの毒に付与されている探査と狂乱の魔法。それぞれを解呪する魔法は完成している。ただし、それを同時に……一つの薬にすることが出来ない。
それぞれの解毒薬で二個作れば簡単だ。捕らえた魔物やティアマトならこれでもいいだろう。だけど、海に流すなら話は別だ。海で別れてしまうと解呪が出来ない。
一つの魔法に二つの付与を行うのは難易度が高いと思ってたけど、まさかここまでとは……正直舐めてた。
恐らく根本的に何かが違う気がする。その何かが分からないと何時まで経っても完成しないだろう。
《シオンちゃん。もう三日も研究室に籠ってるの。皆も心配してるだろうし、息抜きの為にも一旦外に出るの》
「……そうだな。シャワーでも浴びて気分転換でもするか」
この部屋には誰も立ち寄るなと言ってある。流石に一旦顔見せはした方がいいか。
俺はスーラに言われるまま一旦外に出ることにした。
――――
「あっ、シオン様……その様子ですと、まだ完成してないようですね」
いつからそこに居たのだろうか。扉を出るとルーナが待っていた。
「ルーナ。ああ、どうにも行き詰ってしまってな」
「そうですか。ですが、根を詰めすぎてもよくありません。一度ゆっくり体を休まれてください」
「スーラにも言われたよ。とりあえずシャワー浴びて、飯食って寝ることにするよ。そうだ、飯の間に三日間の話を聞かせてくれるか?」
「畏まりました。では後程食堂に……いえ、お部屋にお食事を用意いたしましょうか?」
話を聞くなら食堂よりは自室の方が良いかな。
「分かった。じゃあちょっと先に部屋に戻ってるから、軽い食事を持って来てくれ」
俺は食事を頼んで自室に戻ることにした。
――――
「シャワー上がりのシオン様……なんだかドキドキしてしまいますね。はっ!? わたくしもシャワーを浴びてきた方が宜しかったですか?」
……何を言い出してるんだコイツは?
「ほら、馬鹿なこと言ってないで、報告をしてくれ」
俺は呆れ声で持って来てくれたサンドイッチを口に入れる。
「むぅ、つれないですね」
ルーナは不満そうに頬を膨らませる。いつものルーナらしくないかわいらしい仕草だ。
「……熱でもあるのか?」
「失礼ですねっ!? ええ、どうせわたくしには似合いませんよ!」
ルーナはむくれてプイっとそっぽを向く。その仕草も普段のルーナにはありえない。本当にどうしたんだ?
《ルーナちゃんはシオンちゃんが珍しく真剣に頑張っているから嬉しいの。カッコいい姿にキュンキュンなの》
「ちょっ!? スーラさん!?」
ルーナが顔を赤くする。えっ? 図星なの? それにしてもキュンキュンって表現はどうかと思うぞ。
……しかし、カッコいいって言われるのは嬉しいが、それって普段はダメダメって言われているようなものだよな? なんか複雑だ。
「まぁまぁ。そんなルーナも可愛いよ」
「か、かわっ!?」
更に真っ赤になるルーナ。もう耳まで赤い。うん、新鮮でかわいい。
「もう……揶揄わないでくださいまし! 報告ですよね! えーと……」
恐らくこれ以上揶揄われたら堪ったもんではないと思ったのだろう。ルーナは慌てて報告を開始した。
ルーアンはこの三日間、特に問題はないようだ。ミサキ達は着実に町に溶け込んでいるようだ。
「それで……ホーキング様からご相談を頂いております」
「相談? なんだろ」
「リンが捕えた冒険者やゴロツキの処罰についてだそうです」
「処罰って……犯罪奴隷にするんじゃなかったのか?」
「それが、マフィアの構成員の方を優先に王都へ連れて行くことになりました。レムオン様の兵の数から冒険者の方まで連れていけないそうです。そのため、彼らの処罰方法を変えたいとのことでしたが」
レムオンの兵は五十人って話だったよな。マフィアが二百人くらい連れて帰る。それだけでも厳しそうだ。食糧問題とか、見張りだけでも全く足りない。恐らくホーキング側からも兵を出すだろうし、応援の部隊も来るかもしれないな。
「処罰方法を変えるって……どうするんだ?」
「それを相談したいと申しておりましたが……」
あっ、そうか。しかし、いくら反省していると言っても解放したら駄目だろうし……。
「一応ホーキング様の案を伺っておりますが、正直シオン様次第の部分がありまして」
「俺次第? どういうことだ?」
「その……シオン様は解毒薬が完成されましたらどうされるおつもりですか?」
「どうって……そりゃあ魔物を治して回るけど」
「トオル様が隔離されている魔物ならシオン様だけでも構わないでしょうが、今現在も暴れている魔物や、他の町から海に撒かれている毒、それも出来ると思いますか?」
「それは竜宮城にいる魔族に助けてもらおうと思ってたけど……」
確か最初の会議でそんな話だったはず。
「ホーキング様はそれを彼らに頼んではどうかと仰ってます」
「頼むって……ドウェイン達に薬を撒かせるってことか?」
「ええ、彼らならどこに毒を撒いたか知っているはずです。それに、海にも詳しいですし、効率よく海に解毒薬を撒くことが出来るのではないかと」
確かに同じ場所に撒けばいいだけだからな。
「彼らにはその後、ルーアンには戻らず、他の町で撒かれた毒も中和してもらいます。予定としては半年ほどの船旅になるでしょうか。そして、戻ってきたら罪を帳消しにして、解放を約束する」
「半年……それってかなり危険じゃないのか? それに、船はどうするんだ?」
クルーズ船だと目立ちすぎるし、ルーアンにある漁船だと頼りなくないか? それに彼らは日帰りや数日くらいの経験しかないはずだ。長期間の船旅なんてとても……。
「一応犯罪の帳消しですから、それなりのリスクは負っていただきます。船は現在クルーズ船のように豪華ではないですが、遠洋漁業に適した漁船を準備しております」
「準備がいいな」
「まぁシオン様は断らないと思いまして」
確かにそうだな。
「しかし、連中が引き受けるのか?」
命がかかってるんだ。普通に犯罪奴隷の方が良いって言うんじゃないのか? 無理矢理行かせても、ちゃんと仕事をしてくれないと意味はないぞ。
「そこは希望制にするそうです。ですが、何年も犯罪奴隷として生活するよりも、半年で戻れるなら皆さんそっちを選ぶと思いますが」
そういうものなのかな?
「分かった。だが、いくら犯罪者って言っても安全管理はしっかりな」
「ええ、一応船には魔物除けの結界を張りますし、万が一に備えて転移の扉と緊急呼び出し機能も付けます。考えうる限りの対応は出来ているはずです」
まぁそれは俺が考えるより確実に安全な設計になっているだろうから心配するだけ無駄か。
「彼らには解毒薬の散布の他に、近海では獲れない魚の漁獲、カラーズ大陸以外の無人島の散策などを行っていただきます」
俺の頭にはマグロ漁船って単語が思い浮かんだ。いやいや、それはちょっと夢がないな。無人島の散策もするんだから大冒険だろう。
「なにか新発見すれば、帰って来た時は彼らは英雄になるかもしれないな」
難しいかもしれないが期待して待ってようかな。って、その為には俺が解毒薬を完成させないといけないのか。うう、さらにプレッシャーが掛かってきたぞ。
――――
「それからもう一つご報告があります」
おっと、まだ報告があるのか。トオルたちの方かな?
「捕虜にしているラピスラズリのお二人の件です」
「あー、完全に忘れてた。どうなってる?」
会議が終わったら話を聞こうと思ってて、結局解毒薬の制作に取り掛かっちゃったんだよな。そっか、三日放置してたことになるな。
「今は女性の方も起きておりまして、牢で大人しくしております」
うーん、どうしようか。話を聞かなくちゃだけど……。もう面倒だから解放しちゃうか?
《シオンちゃんシオンちゃん! あの二人に魔法のこと聞いたらどう?》
「えっ!?」
《だってあの二人、変な魔法使ってたの。何か参考になるかもしれないの》
そっか……あの二人は青と水色。それなのに透明になったり幻を見せたり、吹雪をおこしていた。
そして何よりキラキラした魔法。その秘密が何かの役に立つかもしれないな。
「よし、じゃあ今から話をしてみよう。大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫のはずですが……その、お二人同時にお話しされますか?」
「そのつもりだったけど……何か問題があるのか?」
「いえ、その……男性の方は比較的問題はないのですが、女性の方がシオン様を随分と毛嫌いしておりまして……シオン様の命令がありましたから何もしておりませんが、メイド一同あの方には憤りを感じております」
……まぁ妹の方には人質とったり、あくどいことをしてきたから嫌われているのも当然か。
しかし、魔法に関しては妹の方が上のようだったから、兄よりもむしろ話を聞きたいのだけど。
「じゃあまず兄の方と話して、それから妹と話そう。で、大丈夫そうなら両方から話も聞いてみよう」
「片方ずつ話せばそれで十分じゃありませんか?」
「いや、二人で隠している秘密とかあったら同時の方が話をしてくれると思う」
もし秘伝の技とかだったら、個別では絶対に話さないはずだ。とにかく二人と話をするために俺は牢へと向かった。




