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ロストカラーズ  作者: あすか
第六章 青に忍び寄る白
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第192話 見捨てよう

「ただいまやで! って、ウチここに来るのは初めてやっ! ただいまちゃうやろ!」


 元気よく店のドアからミサキ達が帰ってくる。


「……ミサキ。なんかいつもよりもテンション高くない?」


 元々ノリのいい子だけど、断じて一人ノリ突っ込みをするような子じゃなかったはずだ。


「そら、最近ずっと働きづめやったし、久しぶりの旅行やけん、そりゃテンションも上がるっちゅうねん」


 そのテンションのせいか、いつも以上に訛ってる。

 ミサキは日本中を転校しまくってたらしいから、色んな方言が混ざってるんだよな。……でも、ちゅうねんは方言じゃないよな?


「はぅ、それもあるけど、ミサキちゃん。リナちゃんと仲良くなったから……久しぶりに新しい友達が出来て、余計にはしゃいでるの」


 リナちゃん? ……ああ、カタリナだからリナか。愛称で呼ぶくらいだから、レンもそれなりに仲良くなったんだろうな。


「それで宿は決まったのか?」


「うん。リナちゃんのお薦めで、ヴィーナスって、宿に決めました」


「ヴィーナス? 聞いたことない宿屋だな」


 って、ヴィーナスて凄い名前だな。この町の宿って、荒波亭や潮風亭みたいな名前ばかりだと思ってた。


「はぅ。どうやら女性限定の宿屋さんだそうです」


「女性限定? それって経営が成り立つのか?」


 今日聞いた話じゃ、そもそも観光という概念がなく、泊るものは商人か冒険者だけ。

 ミサキ達みたいな女性で商人は少ないだろうし、冒険者にしたって、女性の冒険者は今までも何人かいたけど、女性のみの冒険者グループって……そういえば見たことはないな。それなのに女性だけって……誰が泊まるんだ?


「普段は宿屋と酒場も兼ねてまして……主な客層はこの町に住んでいる女性の方なんですよ」


 俺の疑問に答えてくれたのはリナ……じゃなくてカタリナだ。


「もちろんこの町以外の方……例えば、男女ペアの冒険者でも、宿くらいは別々に行動したい女性もいるみたいです。そしてこの町の女性……主に家庭がない独身の女性ですが、職場での飲み会の場に利用したり、帰るのが面倒になって、そのまま一泊ってこともあるそうですよ。私も何度か利用しちゃいました」


 カタリナのようにギルドの受付や他にも商店の店員、針仕事などは女性が多い。その上、この町は男性が漁業に出るので、干物などの加工食品の製造にも女性が多いだろう。

 仕事が終われば女性だけで飲みに行くってことも十分考えられる。女性だけの酒場は、酔っ払いの男性に絡まれる心配がないので重宝されているらしい。おまけにそのまま宿で一泊すれば、帰る手間も煩わしさもないって訳か。


「へぇ、町の人が利用する女性専用の宿兼酒場か。確かに面白いな」


 こういう発想が出来るその宿の支配人は優秀な人だろうな。

 会って話を聞いてみたいけど、女性専用なら会う機会はないかもしれないな。


「それよりシオンさん。道中リナから聞いたで。ギルドで盛大にやらかしたらしいやんか! ったく、これ以上フラグを増やしてどうするんや?」


「はぁ……フラグってなんだよ。ちゃんと聞いたんなら違うって分かるだろうが」


 俺はため息を吐きながら答える。どうやら話す手間は省けたようだが、カタリナ視点の話だから脚色とかもあるに違いない。


「せやかて今回の旅行って、ナンパの旅なんやろ? ならフラグって言ってもええんやない?」


「はあ? 何言ってんだ? ナンパの旅? んなわけないだろ」


 いくら男だけの旅行だからって、ナンパの旅とか……そんなの後が怖くて出来るわけがないだろ!


「でも、ゼロさんと色街に行く計画立てとったんやろ? スーラさんから全部聞いたで」


 ミサキがニヤニヤしながら肩にいるスーラの分身を撫でている。

 確かにゼロと話してた時にはスーラがいた。だが……ちょっと待て。何で分身のスーラがミサキに報告できる? 分身は命令は聞くけど、本体のように念話は不可能の筈だ。


 俺はハッとして自分の肩にいるスーラを見る。分身を作ってからずっと喋ってないけどまさか……。


「せや、そっちが分身で、今こっちにいるのが本物の方や」


「なっ!? スーラ。何でそんなことを……」


《シオンちゃん。私と偽物の区別がつかなかったの》


「いや……流石に同じ気配で、黙っていたら普通は気がつかないと思うぞ!」


 悲しそうに呟くが、そもそもスーラは普段は周りに人がいると気を使って話さないんだから分かる訳ないだろ。


「スーラ。もしかして俺が気がつくか確認するためにこんなことを?」


《それはついでなの。シオンちゃん。浮気はダメなの》


 どうやらゼロとの会話を聞いていたから報告するためにミサキの方へついて行ったんだ。

 くそっルーナに説明した時は何も言わなかったから油断した。……いや、そもそもスーラがいる前で色街の話をしたゼロがすべて悪いな。


「いやいや、確かにゼロはそんな話はしたけど、ちゃんと断ったし……第一バレたら大変だから行くわけないだろ!」


 これは事実だ。後が怖いから行く予定は本当になかった。


「ふーん。でもキャバクラはOKなんや」


 ミサキは再度ニヤニヤして答える。

 んなっ!? 確かにキャバクラくらいなら……って思いはしたし、実際に明後日あたりに行こうかと……結局行けなくなったけどさ。

 しかしキャバクラ計画はまだ誰にも話してないぞ。念話もしてないからスーラにも聞こえてないはず。


《シオンちゃんのやましい気持ちがちゃんと聴こえてきたの》


 マジかよ! スーラもラミリア並みに俺の考えが読めるようになってるんじゃ……はっ、忘れてた。ラミリアは?


 ラミリアは帰ってきてから一言も言葉を発していない。俺の位置からはミサキに隠れて見えないラミリアだったが……俺は少し動いて、恐る恐るラミリアの方を見た。


「ひぃっ!?」


 俺は恐怖で思わず悲鳴を上げる。ものすごく冷たい目つきのラミリアがそこにはいた。


「シオンさん。ラミやん、スーラからキャバクラの話を聞いてからずっとこうなんよ。早く何とかしたってや」


 いやいやいや、何とかって……どうすればいいんだ?


「えっええと、ラミリアさん?」


 ギロッ。


「ひぃぃ……いや、その……ち、違うんだよ」


 ヤバい。これは本当にヤバい。エキドナとの模擬戦の時のような、土下座コースの怒りとはまた別の怒り……その視線だけで人が殺せそうな眼は初めてだぞ。


 弁明したいけど、何も言葉が出てこない。違うって言ったけど、何が違うのか自分でも分かってない。浮気とかバレた旦那は皆こんな気持ちなんだろうか?


(ねぇねぇミサキん。シオンさんとラミリアさんってお付き合いしてるの?)

(いや、こんなんやけど、付き合ってないんや。ちゅーか、今シオンさんはまだ誰とも付き合ってはないねん。一応候補として、ルーナっちゅう本命と対抗のラミやんが二強やな。他にも元カノとか何人か候補はおるようやけど、ウチの考えでは恐らく二人のどっちかで決まりやろ。まぁシオンさんは優柔不断やから、決めきってないみたいやけど)


 本人達は聞こえてないと思ってるだろうけど、バッチリ聞こえてるからな! ったく、誰が優柔不断だ。


「……シオンさん」


「はっ、はい!」


 思わず背筋をピンと伸ばして返事をする。


「私とシオンさんは恋人同士ではないんですから、シオンさんが何をされようと別に気にしませんよ。ですが、シオンさんがそんなに女性にだらしない人だったとは思いませんでしたけどね」


 気にしてないって人の声とは思えないくらい、スゴくドスの効いた恐ろしい声だ。


「いや、許してくれ。本当に悪かったって!」


「ですから、許すとか許さないとか関係ないですから」


 関係ないというか、許す気は微塵もないといった感じだ。ただ、謝るしか出来ないので、俺はラミリアの機嫌が治るまで謝罪をし続けるしかなかった。

 結局、今回は未遂ってことと、今後もうキャバクラも禁止ってことで何とか許してもらった。


「いいですか? 二度目はないですからね」


「はい。それは勿論」


 二度目どころか一度目すらなかったのですが……とか反論したら駄目なんだろうな。


「あと、ちゃんとルーナさんにも報告するんでそちらからも怒られてくださいね」


「……はい」


 やっぱりルーナにも報告されるのか。同じ目が待ってるのかなぁ。


「なんか……シオンさんって、将来尻に敷かれそうですね。何となくヒモって呼ばれる理由が分かる気がします」


 カタリナがボソッと呟いた一言がトドメとなって俺に深く突き刺さった。



 ――――


「にしても、リンとノーマンは遅いな」


 ラミリアの機嫌も治まったので、食事にしようと思ったが、リンとノーマンがまだ帰ってこない。

 早くしないとせっかく作った料理が冷めてしまうぞ。


「なぁなぁ二人には悪いけど、先に始めようや。ウチ、マグロなんてこっちに来て初めてやから、もう辛抱堪らんわ」


 ミサキは今にも料理に齧りつきそうな勢いだ。俺も今日の船でマグロを食べた時はそんな気持ちだった。


「ちょっと待てって。リンに連絡してみる」


 もしかしたら、今こっちに向かってるかもしれない。あと数分くらいなら十分待っていられるからな。


 俺はケータイを取り出し、リンを呼び出す。……中々繋がらない。


「うーん。繋がらないな。ノーマンの方に掛けてみるか?」


 そう思って切ろうとしたら繋がった。


「おっ、繋がったな。リンどうし……」


『シオン様のばかーーー!!! 私に何か恨みでもあるんスか!!』


 ……繋がったと思ったら突然の罵声。一体どうしたっていうんだ?


「お、おい。バカって……一体何があったんだ?」


『知らないっスよ! 言われたとおり護衛してたら、次から次に敵が襲ってくるじゃないスか! 確かに狙われるかもとは聞いていたっスけど、ここまでとは聞いてないっス!』


「えっ? もしかしてお前ら襲われてんの? 大丈夫なのか?」


『マフィアって聞いたっスけど……一人一人は大したことないから大丈夫っス。ただ次々に湧いてきて……倒した人数は五十以上は数えてないっス』


 どうやらこの通話中も襲われているようだ。叫び声や怒鳴り声が聞こえてくる。襲ってるのはマフィアの下っ端だろうが……俺が商業ギルドの前で会ったのは十人ちょっと。それを考えると、現時点で倒した数が五十って随分と多いな。まだいるのか?


「応援は必要か?」


『残り人数は半分くらいスから、強敵がいない限りは大丈夫っス。それに、応援が来る頃には終わってるかもしれないっス。……あっこら邪魔するなっス』


 確かに今すぐに駆けつけても間に合わないかもしれないな。


『ただこの後……あっ、この!? 領主様を無事に送って、倒した連中を警備に突き出すので……えいっ!? 帰るのはまだ当分先になりそうっス』


 所々の掛け声は敵の攻撃を避けてるのか? ……大変そうだな。


「じゃあ大変そうだし、邪魔しちゃ悪いから切るぞ。あっそうだ。俺達は飯が冷めないうちに先に食ってるからな。ミサキがこっちに来て初めてのマグロって我慢できそうにないんだ」


『ちょっ!? マグロってなんスか!! 私も食べたことないっスよ!!』


 俺はリンの悲痛な叫びを聞きながら通話を切った。


「ちょっとシオンさん酷いやんか。なんかウチが意地汚い女みたいに聞こえたで」


 いや、飯から視線を外さない時点で本当のことだと思うぞ。


「それで……何やら大変そうでしたけど、リンさんはなんと?」


「ああ、どうやらマフィアの下っ端と戦闘中らしい。五十人倒して半分とか言ってたから、まだ当分かかるぞ」


「えええっ!? ちょっと大変じゃないですか!! って、何で皆さんそんなに落ち着いてるんですか?」


 俺の言葉を聞いて驚いているのはカタリナだけ。あっガロン夫妻は料理完了後、自分達の分だけ取って奥に引っ込んでる。聞かれたくない話もあるだろうからって理由を言ってたけど、多分煩いからって理由もあるだろうな。


「いや……まぁリンが負けるわけないやん」

「リンさんですよね。心配するだけ無駄ですよ」


 ミサキはさっさと食べたいから。ラミリアは心配すると助けに行くのが自分になるって分かってるから何も言わないんだろうな。何せここにいる戦闘員は俺とラミリアの二人しかいないもんな。


「はうう。でも本当にいいの?」


 レンだけは少し心配そうにしている。


「じゃあレンが助けに行くか?」


 冗談交じりに言ってみる。

 勿論レンは非戦闘員だから実際には行かせないし、戦わせるようなことはさせない。だが、実際には朝練などで最低限の護衛術は身につけてるし、魔力だけを考えたら、レンはSランク冒険者並みだ。

 マフィアの下っ端相手なら負けることはないだろう。


「はうあ!? ……リンなら大丈夫だよきっと」


 変わり身が早いな、おい。まぁいくらレンと言っても、目の前の料理を差し置いてリンを助けに行く真似はしたくないよな。


「よし、じゃあリンとノーマンには悪いけど、先に食べて待ってようか」


 否定の声は上がらなかったので、申し訳ないが、リンとノーマンを見捨てて、俺達は食事を始めることにした。

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