第183話 出航しよう
「それでは船内を案内させていただきマス」
船内の案内なんて本当は止めたいんだが、ここまで来てホーキング達が納得するはずがない。
それに俺も船内のことは全く知らない。正直言えば、ものすごく気になる。
「イチカ。船内の案内は構わないが、機密情報の取り扱いには注意してくれよ」
俺は彼女の耳元でそっと囁く。
「ワタクシに命令できるのはマスターとトオル様のみデス。ワタクシは皆様に快適に過ごしていただくように命令されているダケデス。シオン様の命令には従えまセン」
コイツ……流暢になっても根本は変わってねぇ。
「デスガ、今仰られたことは、トオル様から既に命令として戴いておりマス。魔力結晶で説明できる範囲でしか、説明は致しまセン」
くっそ。なんかバカにされた気分だ。
しかし、どうやら最低限の秘密は守られそうだ。魔力結晶の範囲ってことは、恐らく冷蔵庫や電気など電化製品くらいの説明ってことだろ。それなら黄の国で浸透し始めてるから問題はない。
俺はイチカから離れてトオルの方へと向かった。
「トオルトオル。イチカの奴、どうやら俺の命令は聞いてくれないみたいなんだ。だからヤバイと思ったらちゃんと止めてくれよ」
「ははっそんなに心配しなくても、ちゃんと僕達の正体がバレないように言い聞かせてるから大丈夫だよ」
正体がバレないように……か。既に手遅れのような気もするが……まぁ気のせいだよな。
――――
「マズハ、ここがこの船の中心部。コントロールルームでございマス」
ちょっと待てえええ!! 俺は慌ててトオルの下に向かう。
「お、おいトオル。いきなり中心部って何考えてんの!!」
本当は大声で叫びたかったけど、そうもいかないので小声で話す。
一番最初に案内する場所がコントロールルーム? 一番案内しちゃ駄目な場所じゃないか!!
「シオンくん。こればっかりは仕方がないんだよ。彼らには、まず配魔盤のことを知ってもらわないといけないからね。大丈夫、配魔盤の説明が終わったらそれ以上はしないから」
配魔盤。
簡単にいうとブレーカーのようなもので、電気の代わりに魔力結晶を使用している。赤、青、黄の魔力結晶を設置して、送魔線と呼んでいる魔力を送るケーブルを伝って、船内のコンロや冷蔵庫、灯り、水道が使えるようになる。
また、使用することによって魔力結晶の魔力が消耗されていくのだが、外にあるソーラーパネルから魔力が自動で補充されるためエネルギーが尽きることはない。
ドルクが城に来てから作ったシステムだが、現在のシクトリーナ城や城下町には全てこのシステムが使われている。
また、黄の国にも同システムを利用したコンロなどを発売しているが、ソーラーパネルのシステムだけはまだ教えていない。その為、魔力結晶に手動で魔力を補充する必要があった。
「あの人達にも配魔盤のシステムは教えるけど、ソーラーパネルの仕組みについては企業秘密ってことにしてるよ」
まぁそれなら黄の国と同じシステムになるから、真似されても痛手ではない。それに俺達の正体もバレにくいか。
「ナオ、この船は全てゴーレム技術で動かしておりマス。人型はワタクシを含めて三体デスガ、それ以外のゴーレム技術もお楽しみくだサイ」
「おいおい、ゴーレム技術も十分秘匿情報じゃないのか?」
ゴーレムは魔力結晶の範囲とは違うはずだ。
この際、イチカのことはもう仕方ないこととしても、他のゴーレム技術まで教える必要はないはずだ。
「……多分さっき誉められたから調子に乗っちゃったかな?」
「それ、理由になってないぞ。じゃあイチカはさっき人間っぽいって言われたから、それが嬉しくて他のゴーレムも自慢しようと? おい、本当に大丈夫なのか?」
「ははっ随分と感情豊かになってきたでしょ?」
「笑って誤魔化しても無駄だからな。後でちゃんと言い聞かせておけよ」
俺の命令は聞いてくれないから……頼んだぞトオル。
――――
「コチラハ、客室となりマス」
次に案内されたのは客室。別に今回は日帰りなのだから案内する必要はないと思うのだが……。
「ムッ? 灯りが……なるほど、これが配魔盤の効果か」
「エエ。そこにあるスイッチかリモコンを使えば灯りのオンオフが可能デス」
「この冷蔵庫というのは昨日の巨大な箱と同じ物か!? 昨日は見せてくれなかったが……中は氷室のように保存が効くのか」
「食料の保存以外ニモ、コオリを作ることも可能デス」
「これ……捻ると水が出るんだね。しかも海水じゃなく真水なんだ」
「水だけでなく、温度調整により温水も出すことができマス」
「この部屋って暑くもなく寒くもなく……快適ですね!」
「部屋内だけでなく船内の空調は全て管理しておりマス」
イチカは全員に一つずつ丁寧に答えていく。客室は城の部屋とほぼ同じ仕様の為、俺には真新しいものはないんだが、皆は全てが物珍しいんだろうな。
あと何気にノーマンが興味深そうに観察しているのが気になったが、考えたらノーマンってシクトリーナに来たことなかったんだっけ? じゃあ珍しいのかもな。ちなみにホーキングとレムオンの付き人は主をそっちのけで、ノーマンにベッタリ付いている。
多分ホーキング達の邪魔をしちゃ悪いと思っているのか、この船に気後れしてるのか、はたまた同じ執事ってことで親近感でも湧いてるのか。多分全部だろうな。
イチカはこの後、レストラン、遊戯室、売店を案内した。
レストランと遊戯室は城とあまり差がない。ただ売店だけは興味深かった。突っ込みどころが満載でって意味だが。
ジュースやアイスのようにすぐに食べられるものから、クッキーやら饅頭の箱詰めされたお菓子。キーホルダーやペナント。トランプなどの娯楽品などが置いてある。
いや、凄いんだけど、この商品を一体誰が買うの!! これ利用するの俺達だけでしょ? 旅館じゃないんだよ?
キーホルダーやお菓子のパッケージにはレスポールってロゴが入ってるし……この船の為に作ったんだよね? ゴーレム達の生産速度があれば、多分数日で十分に生産は可能だっただろう。しかし、なんて無駄なことをしているんだよ!!
そして一番ビックリしたのがレジだ。スタッフがいないのだから当然無人レジだ。
万引き防止の為か、出入口にレジが設置してあり、商品を持ったまま抜けようとすると出口が閉まる仕組みだ。まぁここで買う人が万引きするはずがないんだけどね。
「シ、シオン君。船から出る前にお土産を買ってもいいのかい!?」
ホーキングが興奮して俺に聞いてくるが……欲しい商品があるのか?
「……いいと思うよ」
ホーキング達が最初で最後の客になる可能性があるんだから、いくらでも買ってくれればいいさ。
あっ塩ソフトクリームがある。これは今食べよっと。
――――
俺達は塩ソフトクリームを食べながら次の案内場所へと向かう。
俺が食べ始めたら皆も買って食べ始めたんだが……十人以上の大人が全員塩ソフトを食べる姿はある意味ホラーに近い。
「ソレデハ次は水族館とプールの見学に……」
ん? イチカが急に止まったぞ? ……もしかして壊れたか?
「申し訳ございまセン。どうやら目的地に着いたようですので、船内の案内は一旦終了いたしマス。甲板へ向かいまショウ」
どうやら壊れたわけじゃなかったらしい。イチカがどこか……まぁニコかミユなんだろうが、通信していたようだ。ゴーレム間で通信できる方法があるのか、それともトオルの魔法が関係してるのか。ゴーレムについては殆ど分からないなぁ。
にしても……目的地? 決めてたっけ? いや、それ以前に……。
「えっ? この船、出航してたの?」
全く動いている気配がなかったんだけど?
「エエ。コントロールルームに案内していた時点で、船は出航しておりまシタ」
そうだったんだ。出来れば教えて欲しかった。というか出航のシーンを外で見たかったな。
「それで目的地ってどこなの?」
「特に指定はございまセンでしたので、ルーアンの領海外で釣れそうなポイントを選ばせていただきまシタ」
イチカの返事にはホーキングが反応した。
「領海外だってぇ!? だってルーアンの漁業水域って三十キロはあるんだよ! まだ僕達がこの船に入ってからそんなに時間が経ってないじゃないか!」
あっルーアンの漁業水域って三十キロなんだ。日本では二百海里水域って授業で聞いた気がするけど……それがどのくらいの領域なのかが分からない。でも多分それに比べると狭いのかな?
まぁ船の規模が違うし、漁業で賄う量も違うので妥当なところなのかな?
「この船が出向してから既に一時間以上が経過しておりマス。現在この船は港より四十キロ地点で停船しておりマス。なおレスポールは平均二十ノットの速度で運航しておりマシタ。従って領海を抜けるのに一時間も必要ありまセン」
「おいトオル。二十ノットってどれくらいの速度なんだ?」
俺は小声でトオルに話しかける。常識だったら恥ずかしいからな。
いや、俺だってノットが船の速度を表すのは知ってるんた。ただ、それがどの程度の速さなのかは知らないだけだ。
「大体時速三十七キロってところだよ」
時速三十七キロか。
じゃあ障害物もなく減速しなかったら余裕で領海は抜けるな。
この速度が速いかどうかは分からないけど、ホーキングの様子を見れば……速いんだろうな。
まぁとにかく、ここにいても仕方がない。外の風景も見たいし、俺達は甲板に行くことにした。
……結局案内されなかったけど、水族館とプールってどうだったんだろう? 気になるけど、多分今までの場所よりもヤバそうな技術が使われてそうなので、案内されなかった方が良かったと思っておこう。




