第174話 絡まれよう
次の日の早朝。トオルとゼロを野放しにするのにかなり不安に思いながらも、一人で冒険者ギルドにやって来た。
冒険者ギルドに入ると……おおう!? 随分と賑わってるな。と思ったが、賑わってるのは冒険者ギルドじゃなくて隣の酒場の方だった。
酒場の方に目を向けると……どうやら満席のようだ。
どこのギルドもそうだが、基本的に冒険者ギルドは酒場と繋がっている。
何で酒場と繋がっているのか。以前クリスに尋ねたことがある。
そのときの答えは、待ち時間が掛かるから、らしい。
依頼達成の確認。採集物や、魔物の肉や素材。手に入れた魔道具など戦利品の鑑定など調べるのに時間が掛かる。他にも問い合わせや、手続きなど色々……とにかくギルドってのは時間がかかる。
その待ち時間を潰してもらうために酒場がある。
まぁ酒場とはいえ、鑑定中や手続きの最中に酒を飲むわけにはいかない。
どちらかといえば酒場よりカフェに近い印象か。実際にハンプールでは酒場じゃなく食堂と呼んでいた。
酒を飲むのはその日の依頼を無事に達成した際の打ち上げくらいだ。
しかし現在ここににる連中は酒を飲んでる。
現在時刻は朝。普通はこれから依頼を受けて仕事に出るはず。
俺も受付が混んでたら面倒だなと思ってた。しかし受付はスッキリ……こいつ等は何で朝から酒場で飲んでるんだ?
もしかして、昨日の夜に冒険者の強制依頼があったとか? その仕事が終わったとか……だとしたらマズいかなぁ?
「いらっしゃいませ! 冒険者ギルドへようこそ。お客様は初めてですよね? ご依頼でしょうか?」
俺が入口で固まっていたからだろうか? 受付から一人の女性が声を掛けてきた。
「えっいや……俺は冒険者登録をしているシオンって言うんだ。昨日の夜この町にやって来た。しばらく滞在するつもりだから報告にと思ってきたんだが……」
「あっそうなんですね。では受付の方へどうぞ」
俺は案内されて受付の方に行く。
「おい、あいつ。シオンって名前らしいぞ」
「ぎゃははっ女みたいな名前だな」
「見た目も随分と頼りない……実は本当に女だったりして」
「違いねぇ!」
うーん。酒場の方から実に不愉快な会話と下品な笑い声が聞こえる。
「あっ、あの……気にしないでくださいね。あの人達、いつもああだから……」
受付の子が申し訳なさそうに言う。この子も苦労してそうだな。
「いや、まぁ別にいいんだけどさ」
「シオンさんはこの町は初めてですか?」
「ああ。港町自体が初めてだったから驚いたよ」
「あっ内陸の方でしたか」
「内陸と言うか……黄の国から来たんだ」
「そうなんですか!? シオンって名前だからてっきりこの国の人だと思ってました」
「それ……よく言われるけど、そんなにシオンって名前は多いの?」
さっきの様子からシオンが女の名前ってのは分かったが、そんなに多いのかな?
「多いというか、王の名前がシアン王ですからね。同名にする訳にはいきませんから、せめて似たような名前の人は多いですね。シオンやシエンは特に女性に多いですね。もちろん男性にいない訳ではありませんが。ですが、男性ならジタンやジャンなどが良く付けられてると思います」
まず一つ疑問に思ったのだが、そんなに青の国の王はそんなに慕われてるのか?
黄の国ではシトロン女王はそれなりに慕われてたけど、別に似た名前が多いと言う話は聞かなかった。
青の国の王はシトロン女王以上に人気のある王なのか? それにしたって、名前をあやかる理由は分からないけどね。まぁアイドルの名前を子供に付けるような……そんなイメージに近いのかな?
聞いてみたいけど、この国の文化なだけかもしれないし、下手したら失礼に当たるかもしれない。迂闊には聞けないな。
しかし……何かある訳じゃないが、自分と同じ名前が多いと言われると、何となく落ち着かない。
「それでは冒険者カードを見せていただけますか?」
「ああ……出来ればそのまま確認してくれ」
この国にどれだけスリーブが普及しているか分からないから、念のため外さないように忠告する。
「畏まりました。……はい、シオンさん。確認取れました。へぇ魔物使いですか。珍しい職業ですね。もしかして、そのスライムが従魔ですか?」
「ああ。あと一匹外に待機している従魔がいるけどな」
「アイツ、スライムが従魔だってよ!? そんなんでよく魔物使いを名乗れるよな」
「よせよ。あのカマ野郎じゃスライムを捕まえるので精一杯なんだよ」
そしてまた爆笑。もしコイツ等がホリンを見たらどんな反応するかな?
《シオンちゃん。私なんだか腹が立つの》
思いっきりスライムを馬鹿にされてるからな。スーラが怒るのも無理ないか。しかし……コイツ等がスーラの正体を知ったらどう思うか……。
(我慢しとけ。どうせ二度と合わない奴らなんだから、言わせとけばいいんだ)
下手に構うと面倒になるからな。大分酔ってるみたいだし、大目に見てやるくらいいいだろう。
「あ、あの……それで、パーティー登録されてるようですが、お仲間はご一緒ではないのですか?」
受付の子もこの空気に居た堪れない気持ちになってる。別に俺が悪い訳ではないが、本当に申し訳なく感じる。
「あの……気にしないでいいからな」
俺はアイツ等に聞こえないように小声で言う。それを聞いて受付は少し気が楽になったように微笑む。
「えーと、仲間だったな。今はパーティーを少し休んでバラバラに行動してるんだ。ここには冒険者じゃない知り合いと休暇がてら魚を食べに来たんだ。だから今回は報告だけしに来たんだ」
「そうなんですね。では冒険者はシオンさんお一人だけ滞在……と。昨日からってことは、昨日はどこかに泊ったんですか?」
「ああ。昨日は潮風亭ってとこに泊ったんだ」
「えっ……」
俺が潮風亭と言った途端空気が変わった気がした。さっきまでこっちを見て馬鹿にしていた連中も大人しくなる。
「ん? どうした?」
泊った宿が何か問題があったのかな?
「いえ……少し驚いてしまいまして」
「そうなの? 町の門番にお薦めの宿って言われたから行ったんだけど……」
「お薦めって言われたんですか? ……もしかして貴族の方ですか?」
あー貴族御用達の宿って言ってたもんな。俺を貴族と勘違いしたってやつか。
「まさか!? そんなわけ無いよ。ただの一冒険者だよ」
「潮風亭を紹介するとしたら貴族の方かと思ったのですが……あそこの宿、貴族仕様ですので、普通より高くなかったですか?」
あっもしかしてノーマンが聞いたから潮風亭を紹介されたのかな? ノーマンはハンプールの領主執事だし、恐らく今日の挨拶のため、領主についても門で聞いてるはずだ。そう考えれば納得だ。
荒波帝の方は、ノーマン自身は領主本人ではないから、金銭的に辛い場合の保険って感じだったのかもしれないな。
「ああ高かった。一泊四人で四万Gも取られたよ。まぁそれでもサービスが良かったらここにいる間は……って思ったけど、そこまでサービスもいい訳じゃなかったから、今日はまた別の宿を探すかな」
「潮風亭でサービスが悪いって……」
受付が驚いている。ここではあれがサービス面でも最高級なのかな? トオルの言ってたように日本やシクトリーナと比べちゃ駄目だな。
「いや、サービスが悪いんじゃなくて、一万Gの価値があるかと言えばって話で……五千Gなら今日も泊まったかな」
別に潮風亭を悪く言いたい訳じゃないから一応フォローしておく。……今のがフォローになるのかどうかの話は別だけどな!
「あっははは……」
受付の人も乾いた笑いを見せる。どうやらフォローは失敗だったようだ。
「よぅよぅ兄ちゃん。随分と景気のいい話をしてるじゃないか。潮風亭に泊まれるくらい金を持ってるなら俺達に少し分けちゃあくれないかい?」
さっきまで俺を馬鹿にしていた奴だ。貴族でもない俺が金を持ってるとみて今度はカツアゲか?
「ちょっとドウェインさん! 止めてください。何を言ってるんですか!」
「なぁに。新しくやって来た新人冒険者を歓迎しようって言ってるんだよ。まぁ歓迎の酒代は俺達の分を含めて払ってもらうけどな」
がははっと、ドウェインと呼ばれた男は豪快に笑う。つーか新人って……一応冒険者歴一年は経ったぞ。ん? 一年ならまだ新人か?
「新人って……言っておきますけど、このシオンさんはAランク冒険者。ドウェインさんのCランクよりも上の冒険者ですよ」
コイツ……あれだけ人を馬鹿にしておきながらCランクかよ。まぁB以上に上がるなら素行も必要になる。この様子じゃその辺りが原因かな?
「はぁ? コイツがAランクだと? ははっ笑わせやがる。黄の国ってのはそんなに人材がいないのか?」
「あんなカマ野郎ですらAランクになれるなら、俺達が黄の国に行ったらSランクは余裕だな」
「違いねぇ。ってかあのスライムもAランクなのか?」
「ははっ倒せば分かるんじゃね?」
ってか、コイツ等本当に相手の実力とか分からないんだな。
「いい加減にしてください! これ以上この人に絡むと、ペナルティを与えますよ!」
ついに受付の子も怒っちゃった。確かにそろそろ目に余るもんな。
「おいおい、ペナルティは冒険者同士が争ったらだろう? 別に話しかけてるくらいでペナルティはおかしいじゃないか? なぁお前らもそう思うだろ?」
「そうだそうだ! あんまり舐めたこと抜かすとこの場で犯すぞ!」
「ぎゃははっそれは止めとけ。本当にペナルティを貰うぞ。だが……夜道には気をつけるんだな!」
うわぁ最悪だな。受付の子、すっかり怯えちゃって……。
《シオンちゃん。そろそろ我慢の限界なの》
アイツ等の言動に普段は温厚なスーラも御冠だ。……よし、ちょっとだけお仕置をしちゃおうかな。




