第173話 港町ルーアンに行こう
「おおー!! スゲー。本当に港町だ」
磯の薫り、広大な海、そしてこの世界に来て初めて見る船。テンションがだだ上がりだ。
「ふむ。人間も中々やるではないか。ここならば俺の野望も……」
「野望って……単純に海の幸が食べたいだけだろうが! 大袈裟に言いすぎなんだよ」
「別にいいだろうが。それよりも早く行こう。人間どもがどんな暮らしをしているか見てみたい」
「お前……一応人間に変装してるんだから、間違っても町中では人間どもなんて言葉を言うなよ。言ったら強制送還だからな」
「んあ? 分かってるって」
その上の空の返事。絶対に分かってないだろ。何か問題を起こしたら、本当に送り返してやる。
「ほらシオンくん。ゼロくんも早く行こうよ。ノーマンさんが待ってるよ」
「えっ!? ああすまん。今行くよ」
どうやらいつの間にか町へ入る手続きが終わってたみたいだ。ノーマンが入口で待ち構えていた。
「シオンが喧しいから一番乗りを逃してしまったではないか!」
「別に一番乗りとかどうでもいいから。ってか、一番乗りしたいならお前が手続きしろって……無理だよな」
無理というか、何が起こるか分からなくて怖い。
ゼロも随分とテンションも上がってるみたいだし……今から町に入ることを考えたら、暴走には気をつけないといけないな。
――――
俺、トオル、ゼロ、ノーマンの四人は海の幸を求めて、ハンプールから国境を越えて青の国へ。そこから比較的近い港町のルーアンへとやって来た。
ノーマンが一緒に来てくれることになったことをルーナへ説明すると、若干悔しそうにしながらも、俺達の旅行を認めてくれた。
その後、ノーマンと日程と場所を決めた。
ノーマンは、いくらハンナが代わりをやってくれると言っても、流石にいつまでも休むわけにはいかない。その為、最大でも十日しか一緒に行動できないらしい。
帰りに関しては転移で何とでもなるので、行きの移動時間と滞在期間で十日間と考えればいい。
そういうわけで目的地はハンプールからワンボックスで思いっきり飛ばして大体一日の距離にあるルーアンに決めた。
どうやらキャンピングカーは現在リュート達が使用してるとのこと。仕方がないからワンボックスでの移動となった。
その為、途中でキャンプをすることも出来ない。時間もないので目的地に急ぐ為、途中の町も全部スルーした。若干気になる町もあったんだけどね。余裕があれば帰りにでも寄ればいいか。
そして当日。早朝から移動を開始し、全速力で飛ばすことによって、何とか目的の町ルーアンに、門が閉まる夕方までには到着できた。
今思えば、俺がホリン、トオルはグリフォン、ゼロは自分で飛べるし騎獸くらい持ってるだろう。ノーマンは俺が一緒に乗れば問題ないから空から行けばもっと早く到着できたと思う。
まぁ実際は空を飛んでるところを見つかったら大事だから、これで良かったのかもしれない。
ちなみにワンボックスは町の近くでトオルの【物体交換】の魔法で車庫に置いてあったカードと交換している。その為、ワンボックスは今は城の車庫に戻っているはずだ。
カードの理由は名前を書いていたら間違えないし、名刺入れみたいなものに入れていたら管理もしやすいかららしい。
今までなら転移で送ったら、戻ってこれなかったけど、このカード交換することでいつでも呼び出せる。この魔法、地味に便利だよな。
――――
「さて……流石に今日は遅いし、さっさと宿を探して、町の見学は明日にしようか。ノーマン。宿の情報はある?」
「先程受付時に聞いてきました。宿泊施設はいくつかありますが、その中でも【潮風亭】か【荒波亭】の二つが良いと紹介いただきました」
「……潮風亭の方は静かそうで、荒波亭は賑やかそうな宿屋の名前だな」
潮風と荒波……お互いに港町っぽい名前だが、そこから感じるイメージは正反対だ。
「実際にそのようです。潮風亭は高級思考の宿で貴族達が主に利用しているそうです。荒波亭は酒場が兼任になってるので、漁師や冒険者が毎日飲みに来ているそうです。宿としての質は普通。ただし格安な上に、料理は美味しいらしいです」
本当に正反対の宿屋みたいだ。
うーん。どっちがいいかな?
潮風亭の方は静かで過ごしやすそうだけど、もし貴族が泊まってるなら面倒くさそうだ。
荒波亭は……料理の味は気になるが、賑やかしいなら絶対に揉め事を起こしそうな奴がいる。それに宿としては普通。別に金には困ってないから格安にする必要はない。
「シオン。俺はうまい飯と酒が飲みたいぞ」
ゼロのやつ……お前が問題起こしそうだから悩んでるんだよ!
「そうだな。じゃあ潮風亭に行って、貴族が泊まってなさそうならそこで。もし貴族がいたら荒波亭に行こう」
「おいシオン。荒波亭の方がうまい飯があるんじゃないのか?」
さっきのノーマンの説明ならそう感じるだろう。
「馬鹿。荒波亭は安くて美味いから人気があるんだ。潮風亭の方が高いんだから、そっちの方が美味いはずだろう? それに……俺は正直言うと宿の飯には期待していない」
「どういうことだ?」
「考えてもみろ。ここは黄の国じゃない。だから俺達が布教した調味料は殆ど無いはずなんだ。それに調理法も伝わってない。素材は一級品でもそれを活かしきれてないんだ」
ハンプールから比較的近いから調味料が手に入らなくはないだろうが、それでも貴重品。普通には手に入らない代物だろう。
料理だって、いくら新鮮でも生食はしないだろうから刺身などもないはずだ。他にも天ぷらや煮付けなども無いに違いない。
「なっ!? ではうまい飯は?」
「だから俺達が自分達で魚介を仕入れて料理するんだよ。なぁに俺に任せとけって!」
元々料理は苦手ではないし、旅の際やオッチャンの店で料理はしていた。
それに魚に関しては、こっちでも自分で釣った魚は自分で捌いて料理をしていた。アレーナに任せると食べられてしまうからな。
以前はそれで、勝手に調理場を使ってと文句を言われてたが、城の改装時に自室に簡易キッチンを作ってもらった。本当に簡易だから大がかりな料理はできないが、普通の家庭料理しか作れない俺には関係はない。
だからアレーナのようなプロには負けるが、そこそこの腕前だと言う自信はある。特に魚を捌くのはよほど変な魚でない限り任せてもらって大丈夫だ。
「シオンがそこまで言うなら、うまい飯は明日まで我慢しよう」
……別にいいんだけどさ。自分は何もせずに上から言われると何となく腹が立つよな。
「では明日は市場ですか? それとも漁へ?」
「明日はやることが沢山あるから、漁は明後日以降かな」
「やることですか?」
「ああ。詳しい話は宿に戻ってからにするけど、少なくても料理が出来る場所を探すのと、俺は冒険者だから、冒険者ギルドに滞在中の許可をしないと」
冒険者は依頼は受けなくても、緊急依頼や強制依頼が発生した場合に備えて、常に冒険者ギルドにどこにいるか報告する必要がある。
それを怠れば、ペナルティやランクダウン。最悪の場合は剥奪になる可能性だってある。
俺は普段はハンプールに常駐している冒険者ってことになっている。
だから今ハンプールで強制依頼が発動したら絶対に参加しないといけない。ただルーアンにいる旨を報告すればハンプールに行かなくていい。
まぁ俺の場合はクリスやギルマスが便宜を払ってくれるだろうから必要ないかも知れないし、本当にピンチなら急いで向かうけどね。
それでもやはりルールは守らなくては。
でも流石に今日は遅いから、申請は明日でいいだろう。
それよりも宿を決めることが最優先だ。
――――
まずは潮風亭の前へとやって来た俺達。
他の建物に比べると確かに高級感がある。しかし何か趣味が悪い。というか、貴族風だからそう感じるだけかもしれない。
「まぁいいや、とりあえず入ろうか。手続きはノーマンに任せていいか?」
「お任せください。それで貴族が宿泊されてればキャンセルでよろしいですか?」
「その貴族の程度にもよるが……まぁキャンセルが妥当だろうな」
貴族が一組で傲慢そうじゃなかったら泊っても良いと思う。まぁそんな貴族がいるかどうかは分からないが。
「では手続きをしてきますので、少々お待ちください」
そう言うとノーマンは宿の中へ入っていった。キャンセルの可能性もあるなら俺達は外で待ってた方がいいのかな?
俺が悩んでいると、トオルとゼロも中へと入っていく。おいおい、……まぁいいか。俺も気になるし、入っても問題ないよね。
――――
「うーん。正直ガッカリだったな」
俺の言葉にトオルとゼロが頷く。ノーマンですら苦笑いだ。
だがそれが俺達が潮風亭に対する感想だった。
幸いなことに貴族がいなかったから宿泊することにした。というか、俺達以外に宿泊客がいなかった。……本当に大丈夫なのか?
そして気になる夕食に登場したのが白身魚のムニエル。ただの焼き魚が出てこなかったのが高ポイントだが、恐らく小麦粉でまぶして、バターで焼いただけ。付け合わせやソースはない。せめてレモンだけでもあればもっとポイント高かったんだけどな。
パンは柔らかい白パン。それとスープ。どちらもそれなりに食べられる。確かに一般人ではなく貴族が喜びそうな……そんな料理だった。
それは分かるんだが……俺達が普段食べている食事と比べると……ねぇ。
案の定ゼロも不満顔。さっき料理に期待したら駄目と言わなかったら、下手したらここで暴れられていたかもしれない。
次に部屋。確かに今俺達がいる部屋は普通の宿屋に比べると確かに豪華なんだろうが……。
「この絵とか何なんだろうな?」
部屋には一枚の絵が飾ってある。恐らく海の風景画なのだろうが、お世辞にも上手いとは言えない。
それとも俺が分からないだけで芸術ってこんなもんなのか?
風景画以外はベッドが置いてあるだけ。
「ふむ……」
俺はベッドに触ってみる。ふにっとした感触。それなりに柔らかい。
普通の宿屋に置いてある堅いベッドに比べると寝心地は悪くなさそうだ。
しかし……宿というならもっと客が暇にならないように色々と用意しとけよ! 一人部屋でこれは寂しすぎるだろ!! そりゃあテレビや冷蔵庫は無理でもさ。せめて知恵の輪とかパズルとか……って、ハンプールで販売始めたばかりだし、ここにないのも無理ないか。
でも何か置いてあった方が人気が出ると思うけどな。やっぱり盗難とか多いのかな?
そして一番気に入らないのは、これで一部屋一万Gだという事実。今は四人で俺の部屋に集まっているが、ちゃんと四部屋取っている。なので四人で四万G。
安宿なら一泊平均二千G、豪華宿と呼ばれるところですら五千Gがいいところ。それなのに……。
「なぁノーマン。貴族ってこれで満足するのか?」
「どうでしょう? 一応水準は満たしているとは思いますが……」
やはりちゃんと水準以上は満たしてるんだな。
「シオンくん。やっぱり日本の水準を考えたら駄目なんだって」
「でもさ、金額分の期待はしたいじゃん。これじゃあボッタクリだよ。……明日は別のところに泊まるからな」
「では私はもう少し宿屋を調べておきましょう」
「んじゃあ、ついでに明日の予定も決めようか」
さっきは後回しにしたからな。
「俺は美味いもんが食べれればそれでいい」
夕食に出たワインを飲みながらゼロは言う。あまり美味くないと愚痴りながらも持ち帰って来るんだもんな。
「分かってるよ。とりあえず夕食で干物や塩漬けじゃない白身魚のムニエルが出たからな。ちゃんと新鮮な魚が手に入ることだけは確認できた。海に出るのは明後日以降になるから、明日は市場へ行ってみよう」
「シオンくんは冒険者ギルドに行くんだよね? いつ行くの?」
「朝一で行ってくるよ。少し時間が掛かるかもしれないから、皆は先に行っててくれ。美味そうなのがあったら買ってていいぞ。終わったら連絡するわ」
「冒険者ギルドって時間かかるの? ここにいますって報告だけなんでしょ?」
「そうなんだけどさ。朝は依頼を受けに来る冒険者で混んでるんだよ。多分並んでるだけで時間が掛かるし、初めての場所だから色々と聞かれるかもしれない。だからついでに料理できそうな場所を聞こうかなと。俺が料理するのに場所がなかったら料理できないだろ?」
キャンピングカーがあれば良かったんだけど今はない。
一応船の上で料理することも考えて、アウトドア調理セットは持ってきてる。だから誰にも邪魔されない場所があればそれでいいんだが……。
「それも私の方も少し探しておきましょう」
「ノーマンは? どうするの?」
「私はこの町の領主にご挨拶を。これから取引するかもしれませんからね」
「分かってると思うけど、取引先は吟味したいから、勝手に取引はしないでくれよな」
正直この町の大手商会とかと取引するつもりはあまりない。
経験から考えると、出来れば中小規模の商会の方がいいんだが、それは実際に見てみないと分からないもんな。
「もちろん承知しております」
ノーマンには愚問だったか。
「じゃあ僕とゼロくんだけ何もないんだね。じゃあ二人で市場で魚を見てるよ。あと船も見に行こうかな」
「じゃあ取引できそうな船を見つけといてくれ」
俺には無理だがトオルなら船を見て、ここの船は造りが違う! とか……うん、流石に無理だな。
まぁ地理を知るための散歩がてら見てもらえればいいだろう。
それに最悪船の手配が出来なくても、保険は掛けてある。
それよりもだ。トオルとゼロの二人だけで出歩くとか……怖すぎるだろう!!
「本当に問題だけは起こしてくれるなよ……」
俺はそれだけを願うのであった。




